『恋』
私は湖に浮かんでいる。その水は温かくも冷たくもなく、ただただ私を包んでおり、まるで私の体液まで満たしているようだった。何もない。私は湖に浮かび、目を閉じて、何もないそこで何故か過ごしている。
ある時、その、きっとコバルトブルーに輝く水面へ、ふわりと青い香りが漂った。鼻から吸い込んだそれは、甘いような苦いような、どこか瑞々しさを含んでいる。耳元で柔らかな水音が聞こえる。瞼の裏は真っ暗だが、音源から小さな輪が広がっていく様が想像できた。今度は、はらりと頬に触れる。まろいそれは重さもなく、軽やかに辿っていった。次は瞼、次は鼻筋。はらりはらりと、青い華やかな香りが充満していく。
なんだか私はいてもたってもいられなくなって、重い瞼を開いた。コバルトブルーに輝く水面より少し薄いスカイブルーの蒼空から、はらはらと、桃色に熟れた花弁が落ちてきていた。どこからやってきたのだろう、空の先は見えないのに、どこからか生まれて、湖へ落ちてくる。幻想的な景色に見惚れていると、その花弁の一つが私の唇に辿り着いた。優しい香りを漂わせたそれは、なんだかもの珍しくて、根元の方から先の方へ濃淡のグラデーションになっている。職人が作った精巧な砂糖菓子のように思えてきて、私は食してみようと考えた。口を開ければ、柔いそれはするりと私の粘膜に触れ、白い歯に触れる。ゆっくり咀嚼すると、苦い汁とともに、花から甘く青々しい香りが抜けていった。何度か噛みしめると、あの柔らかさはなくなり、渋さが強くなる。
「なんだ。飲み込んでしまえば、ただの繊維質じゃないか。」
私は再び目を閉じた。