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徒花  作者: 似櫂 羽鳥
第一章
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幕間 菫の幸せな一日

 私こと「玉依菫(たまより すみれ)」はたぶん、今年一番の幸運を掴んだのだと思う。月読の大祭が行われ、その神の子が選定される御子の禊で、神様に選ばれたのだから。神社の冷たい水で体を清め、身も心も清廉に染まったスミレは誰よりも純粋で、月読様はそんなスミレだったからこそ、鐘を鳴らしたのだと思う。あの月読の鐘は選ばれた子供の前でしか音を鳴らさない。もともとあの鐘の中は空っぽだから、普通に鳴らしてもなるわけがないのだ。

 月読様になればなんでも願いが叶う。スミレの望みはたった一つ。あの人と結ばれること。

 でももう願いは叶ってしまった。だってスミレは愛する蘇芳様とこうやって一つになれたのだから。

「蘇芳様、スミレの願いは叶ってしまいましたの」

「そうか」

 優しく笑う蘇芳様。その笑顔はスミレだけのもの。だって、さっきまであんなに冷たかったのに、スミレが素直に思いをぶつけたら、優しく笑ってくれたんですもの。思い返すと恥ずかしいけど、本当はもっと早く積極的にアピールすればよかったんだわ。

『鬱陶しいな。今、イライラしてるんだ。これ以上付きまとわないでくれないか?』

 正直、スミレは蘇芳様の言葉に傷つきましたわ。でも、きっとこれは月読様の試練だったのですね。

『どうして、どうしてスミレを見てくれないの? スミレだけを見てよ、スミレだけのものになってよ!』

 恥ずかしい。これじゃプロポーズだわ。

『そうか。そうだったのか。ごめんごめん。君がそんなに僕の事を想ってくれてたなんて知らなかったよ』

 そう、この言葉を待っていたの。

『菫、君は僕のものにしてあげるよ』

 ああ、体が熱い。きっとこのままスミレと蘇芳様は一生一緒にいるんだわ。二人だけの世界。私と蘇芳様の楽園。二人で築きましょう。

「ここでいいかな」

「はい。蘇芳様とだったらどこまででも一緒に行きますわ」

 ここはどこかしら?やけに薄暗いけれど。ああ、そういうことか。蘇芳様も男の人なんだな。スミレは結婚するまではとか、そういう重い女じゃないわ。キスだって蘇芳様が望むならいくらでもするわ。

「君はそれなりにいい匂いがするね」

 そう。清廉なスミレはきっと蘇芳様に似合った香りが溢れている。

「じゃあ、遠慮なく僕のものになってもらうよ」

 首筋に冷たい感触が……冷たい?なぜ、私の首にナイフが刺さっているのだろう?

「一度でいいから首から気持ちよく血を啜ってみたかったんだ。これで君は僕のものだよ」

 ああ、そうか。これでひとつになれるんだ。苦しいけど、ああ、蘇芳様の唇が……すおう、さま。


 満足そうな表情の蘇芳は菫の死体をその場に捨てた。鮮度が落ちた刺身を捨てるように、二度と菫を見ることはなかった。そして、その光景を見ていた者が一人いることに蘇芳は気がついた。

「おや? そこにいるのは瑞樹さんかな?」

 瑞樹は戦慄を覚えずにはいられなかった。月守高校で一番の美男子でナルシスト、付き合った女の数は数知れずと有名な「水無方蘇芳(みなかた すおう)」。正直これのどこがいいのか理解できない瑞樹だったが、ひとつだけ理解できたことがある。こいつは異常者だ。

「どうしたんだい? まるで夜道で夜叉にでもあった顔をしているね?」

 瑞樹はその場から動けなかった。たった今目の前で行われた殺人、いや食事に吐き気以上に恐怖を覚えている自分がいた。

「大丈夫、もう満ち足りたから」

 何が満ち足りたのかは聞くまでもなかった。

「やっぱり試してみるといいものだね」

 やけにお喋りな蘇芳の目はとろりと溶けていて、酒に酔ったかのように見えた。

「僕に渡されたのはナイフでね。きっと親が僕の引き出しから持ってきたんだと思うよ」

「そう。蘇芳君、武器はみんな持ってるものなの?」

「そうなんじゃない? もしかして、渡された武器が気に入らなかったのかな?」

「いいえ。そうじゃないわ」

「気に入らなかったなら、相手を殺して奪うのもアリだと思うよ?」

「そうね。考えておくわ」

「それじゃ、僕は探し物があるからこれで」

「ええ」

 蘇芳は何事もなかったかのように瑞樹の脇を通り抜け、教室の入口を開いたところで止まった。

「そうだ、この事は内緒だよ」

「わかったわ」

 ひらひらと手を振りながら蘇芳が去るのを見ずに、嵐がただ過ぎ去ったのだと安堵のため息をこぼした。

 そして、なにも手にしていない自分の手のひらを見つめると、おもむろに菫の遺体から彼女のスタンロッドを拝借した。

「ハンディキャップ、か」

 彼女…「姫宮瑞樹(ひめみや みずき)」には、初めから武器など手渡されていなかった。

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