幕間 角材とボク
文から逃走した茜と蘭は、背中に視線を感じていた。文のあの瞳は殺人犯のそれと酷似しているように思えた。じりじりと湧き上がる恐怖に押しつぶされないように、二人は手を繋ぎながら廊下を歩いていた。
不意に二人は見慣れた姿の少年を目の前にした。
「あ、茜さん、蘭さん。無事だったんですね?」
少年の名は「葦名柊」。自分がイジメられているともわからずに、愚鈍なまでに二人を友人だと思っている頭の悪い奴だ。
「柊、あんた生きてたんだ」
「ほんとぉ。お前なんかすぐ死ぬって思ってたんですけどぉ」
「あはは、なんか怖いから逃げ回ってたんです」
「チョーウケるんですけどぉ。てゆーか、それ何持ってんの?」
「あぁ、これですか?」
柊の手には自分の背丈と同じぐらいある太い角材が握られていた。半ば引きずるようにして持ち歩く姿は、文化祭の材料を運ばされているようにしかみえなかった。
「起きたら目の前にあったんです。たぶん、お父さんが削った木だと思うんですけど」
「ああ、柊の家って大工だったっけ?」
「はい。宮大工です。嬉しいな。蘭さん覚えててくれたんですね」
「武器が木の棒とかチョーウケる。ねえ蘭、こいつちょろいからサクッと殺っちゃおうよ」
「そうだね。むしゃくしゃしてたし、ちょうどいいね」
「え、なんですか? 何するんですか?」
困った表情を浮かべながら、柊は二人の会話に加わろうとしたが、自分に向けられた矢の先を見て凍りついた。
「チクッとしますよぉ」
まるでお医者さんごっこと言わんばかりに凶器を向ける茜は、いつものニヤケ顔を取り戻していた。
「すぐに終わりますからねー」
蘭も茜と同じように悪ノリし、柊の胸元にボウガンを向けた。
「わ、や、やめて、怖い!」
「チョーウケる。蘭、いっせーのせで殺るよ」
「楽しい」
満足げに笑う二人はいじめっ子のそれだった。
「いっせーのせ!」
「わーーー!」
柊は恐怖のあまり闇雲に角材を振り、二人の放った矢を叩き落とした。そして、その勢いのまま角材を振り回した。あちこちの壁にガツンガツンと角材をぶつけながらも、その決定的な一撃が茜のこめかみに直撃した。
「茜!」
弾き飛ばされる茜を目で追った先には、振り下ろされた角材があった。声を出す余裕さえなく、茜と蘭は絶命した。
「怖いよ。怖いよ。お父さんお母さんお姉ちゃんお兄ちゃん!!」
柊は二人を殺したことも気がつかないまま、その場から逃げ去った。