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徒花  作者: 似櫂 羽鳥
第一章
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二、 午前十時、交戦

 俺と敦盛は三階の探索を終え、二階へと降りた。ここも上の階と同じように教室が続いているが、家庭科室や資料室など、特殊授業の教室が多く点在していた。幸か不幸かは解らないが、今のところ誰とも遭遇せずに済んでいた。御子に選ばれた他の友人達はどこにいるのだろうか。それに、文は…。

「くそっ、ここも収穫なしかよ」

 敦盛が美術室の扉を軽く拳で殴りつけ、舌打ちをする。時計が無いのではっきりとした時間はわからないが、きっと目覚めてから三時間以上は経っているだろう。当てもなく校内をさまよい、これといった打開策も見つからない。敦盛がイラつくのも無理はない。

「こんだけ探したってのに、誰もいないなんておかしいぜ! どっか見逃したか、それとも…もう殺されちまったのか…」

「いや…それはないだろう。ここに来るまでの間で、その…死体は、見てないから」

 口に出して、思わず寒気がした。

「きっと、すれ違っただけだと思う。ほら、反対側にも階段があったろ? 俺たちも教室入ったりとかしてたし、上手いことすれ違ったんだよ」

 死体、という自分の言葉をかき消そうと、俺は饒舌になる。不気味なほどの静寂と張り詰めた空気に押しつぶされそうになって、無理に笑って見せようとした。敦盛はごめん、と小さく呟き、俺の肩を叩いた。空の教室の扉を閉め、踵を返す。

「…とにかく、もう少しこの階を探索してみよう。それでも誰も見つからなかったら、上に戻る。きっと…何かあるはずだ」

「――――!!!」

 俺の言葉にかぶさるように聞こえてきたのは、甲高い悲鳴だった。

「綾!」

「ああ、あっちだ!」

 咄嗟に敦盛と俺は声のした方に走り出していた。俺たちが降りてきたのと反対側の階段、この階の端だ。全速力で廊下を駆け抜ける。

「やめて、来ないで!!」

 近づくにつれ、それはただの悲鳴から悲痛な声に変わってきた。誰かが追われ、階段を降りてくる足音も聞こえ始める。俺たちはようやく廊下の半分までたどり着いた。廊下の影から、足をもつれさせながら倒れこむ人影が見えた。

「委員長…?!」

 隣を走る敦盛が目を細めた。

「急ごう、敦盛!」

 言うまでもなく、敦盛のスピードが上がる。俺はついていくのがやっとなくらいだった。ぐんぐんと人影に迫り、風貌が明らかになる。両肩にかかったおさげ髪は乱れ、片方はほどけかけている。倒れた拍子に落としたのだろう、眼鏡を探して両手をさまよわせている。

「委員長! 大丈夫か!」

「あ、敦盛君…!?」

 敦盛の声に反応した彼女―――委員長こと「岩永桔梗(いわなが ききょう)」が顔を上げた。しかしすぐに階段の方に目をやり、恐怖に後ずさる。間もなく俺と敦盛は彼女の目前に立ちはだかった。

 階段の踊り場に、ゆらりと佇む学ランの影。俺たちを品定めするように眺め、口元をにやりと歪ませている。その左手には…鉄製のバール。

「…あいつは?」

 敦盛が小声で桔梗に聞く。彼女はようやく眼鏡をかけ、同じく小声で囁いた。

「し、知らない方です…急に襲われて…」

「あの人、知ってる…確か、三年の…大和先輩だ」

 俺は彼を睨みつけたまま二人に告げた。学校の行事で何度か顔を合わせたくらいだったが、特徴的な左目の眼帯ですぐに思い出せた。壇上から俺たち三人を見下ろす「大和飛燕(やまと ひえん)」は相変わらずにやにやと薄ら笑いを浮かべ、ゆっくりと階段を降りてきた。

「おやおや…邪魔が入っちゃったか。折角作品のいい素材が見つかったと思ったのに」

 彼の台詞に、敦盛が眉根をひそめた。

「君たち、悪いけどその子を返してくれないかな? 僕の作品の、大事なパーツなんだ。大丈夫、綺麗に殺してあげるから、さ」

「…ふざけんな!」

 手を差し伸べる飛燕に、敦盛が牙をむいた。そして視線はそのままに顎だけ振り向き、桔梗に囁く。

「委員長、綾と一緒に逃げろ。立てるか?」

「む、無理みたい…さっき転んだ時に、足をくじいてしまったようです…」

 俺の肩に桔梗をつかまらせ、立たせる。しかし彼女は顔をしかめ、右足を押さえた。

「…どうする、敦盛?」

 彼女を支えたまま、俺も飛燕を睨みつけた。彼はもう階段を降りきっていたが、襲ってくる気配はない。しかし俺たちが取引を拒否したら、きっと殴りかかってくるだろう。緊張が走る。

「…綾、委員長おぶれるか? 合図したら、さっきの美術室まで走るぞ。多分追ってくるだろうから、やばかったら俺が牽制する。ひたすら走るぞ」

 飛燕に届かないくらいの小声で、敦盛は俺に言った。悟られないよう頷き、桔梗を俺の背後に隠す。そして彼女にも目配せをした。桔梗は察したのだろう、申し訳なさそうに、俺の背中に体重を預けた。

「…さぁ、彼女を返してよ。僕もあまり気が長い方じゃないからね、早くしないと…君たちも殺しちゃうよ?」

 そう言った飛燕の口元から、笑みが消えていた。唾を飲み込み、敦盛を待つ。首筋を嫌な汗が伝った。

 敦盛が拳を握り、飛燕をきっ(・・)と見据えた。

「…走れ!」

 素早くしゃがんで桔梗を背負い、駆け出した。振り返らず、ひたすら進む。さすがに人一人を背負っているため思うように足が回らないが、それでも先へと足を出していく。美術室がだんだんと迫ってくる。ふとそこで気がついた。敦盛の足音がしない。俺より足の速い敦盛が、そこまで後れを取るはずがないのに。

 とにかくこのままでは戻ることも出来ず、俺は一旦美術室へ転がり込んだ。そして桔梗を降ろし、隠れているように言ってまた廊下へ出る。敦盛ははるか遠くで、飛燕と攻防を繰り広げていた。

「敦盛!」

 来た道を引き返していく。飛燕のバールが空を裂く。

 それを敦盛がかがんでかわす。

 バールは壁にめり込み、木片が散る。

「綾! 来るなっ!」

 敦盛が一瞬だけ俺を振り向く。

 飛燕がにやりと笑う。バールを振りかぶる。

 目の前には敦盛の背中だ。気づいた敦盛が振り返るが、遅い。

(間に合えっ…!)

 俺は全力で走りこみ、二人の間に割り込んだ。鞘のまま、刀で一撃を阻む。ガキン、と重たい音が鳴り、飛燕のバールは停止した。

「っ!」

 手に衝撃が走る。びりびりと肘まで伝わり、刀を取り落としそうになるが何とかこらえた。そのまま勢いに任せて飛燕を押し返す。彼も予想外だったのだろう、後ろに下がってたたらを踏んだ。その瞬間を敦盛が見逃さない。俺の真横をすり抜け、彼の懐へもぐりこむ。

「うぉらぁっ!!」

 掛け声とともに、敦盛の右ストレートがうなった。飛燕の腹に直撃。飛燕はくぐもったうめき声を発し、ずるずるとその場に倒れ伏した。後に残ったのは気持ちの悪い静寂。俺と敦盛の緊迫した息遣いだけが木霊する。

「…大丈夫か、敦盛?」

「…ああ。助かったぜ」

 きつい一撃をまともに食らった飛燕は気絶しているのだろう、ぴくりとも動かない。鈍器を振り下ろされた時の手の痺れもようやく薄れてきた。そしてそれと共に、生々しいまでの現実が俺に襲い掛かってきた。殺されかけたのだ、俺も、敦盛も。

「…行こう、綾。目ぇ覚ましたら厄介だ、委員長も心配だしな」

 敦盛は低い声で俺に告げた。恐怖とも安堵とも言えない視線で倒れた飛燕を見下ろしていた俺は、それで我に帰る。そうだ、桔梗を美術室に置いたままだった。人の気配はなかったが、何が起こるかわからない。黙ったまま、足早に俺たちはその場を離れた。

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