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#E500E5[マゼンタ]

マゼンタ(以下省略)

 彼女の殺すとという言葉に一瞬、優一郎は我を忘れた。しかし、次第にふつふつとした怒りが胃の底から沸き上がる。

「お前は何も分かってねえ。超能力ってもんがどんなものか理解してねえ。アレがどんなに恐ろしいものか、知らねえからっ! お前が殺せるならとっくに俺が……」

 何度も挑んだのだ。何度も殺そうとした。銃弾を空中で止めてしまうような相手に何度も向かっていった。それでも彼女を殺すことはおろか、笑顔を崩すことすらできなかった。

 苦悶に歪む彼のことなど気にせず、キサラギはやはり淡々と言葉を続ける。

「君こそ何も分かっていない。殺すということを真剣に考えていない。きっと君は撲殺、刺殺、殴殺くらいのことしか試してこなかったのではないかな。それで闇討ちか、不意打ちか、そんなところでしか戦ってこなかった。君はもっと人類の知恵を思い出すべきだ。ホモ・サピエンスという種族はこと殺戮に関しては抜きん出ている。彼女は怪物だ。彼女は人の社会に住まい、人のように考える怪物だ。存在自体が人の範疇を超えている。ならば食事に毒を混ぜたり、彼女の日用品に爆薬を仕掛けるくらいのことはやらなくてはダメだ。キサラギなら必ず、そうしてみせる」

 キサラギの瞳に動揺の色はなかった。情念もそこにはない。酷く酷く、それは乾いていて、ほの暗い。

「お前、なんて目をしてるんだ……うあっ」

 優一郎はそこでハッとして、突き出すように掴んでいた胸ぐらを離した。キサラギの右腕の行方に気づいたのだ。彼女の細く白い手は、バタフライナイフを握っていた。それは、あと数ミリで優一郎の腹を刺せるという状態で静止していた。

「随分と乱暴だな、君は」

 キサラギは居住まいを正すと、当然のようにナイフをポケットにしまった。やはりそこには殺意もなければ、愉悦や怒りもなかった。

 当たり前のことのように他人を殺すことができる意思。それが優一郎には理解ができない。他人の痛みを理解できない人種というものが存在することが、もはやお伽話に等しかった。

「……お、お前、何でアイツを殺そうと思ったんだ? 仲間の仇討ちとかじゃないな。ああ、そうか、そうだな。好奇心か。納得したいとかいう奴か。お前、本当にそれだけで殺すっていうのか?」

「そうだ。何か問題があるのか?」

 その狂気はまるで自分の姉のようだと思い、彼は遅まきに目の前の少女を恐ろしく感じる。

 キサラギという少女は冷静に狂気していた。きっと言葉の全てが本心で、やるといったなら本当にやるタイプの人間に違いない。そう思う。

「自分の好奇心を満たしたいからって理由で人を殺すのか、お前は」

「自分の欲望を満たすという理由で人を殺したんだろう? 君の姉は」

「言葉遊びはやめろ」

「だってそうじゃないか。君の姉の欲望が許されて、キサラギの好奇心が許されないなんて(いわ)れはないはずだ。それに無実の人間を殺すわけではない。君の姉は多くの人間を殺しているんだろう? 多くの罪を背負っているんだろう? 君だって死んで欲しいと思っていたんだろう? なら、丁度いい。誰かが罪を裁くべきだ。だから、このキサラギがやってやろうというんだ」

 確かに、と思わなくもなかった。キサラギの理屈は強引だったが、特定の誰かが裁かなくてはならないというルールはないのだ。誰かが香子を裁くことができるのなら、それでいいじゃないかと納得しかけ、優一郎は首を振った。そして笑う。違うと笑う。

「ああ、そうしてくれたら確かに楽だよな。お前の方が俺よか頭がいいんだろうな。俺なんかじゃ、想像できない方法でアイツを殺すんだろう。ひたすら馬鹿みたいにバット振り回してて、勝手に挫折してる俺より、きっとお前の方が確実なんだろうよ。それならお前や別の誰かにやらせた方がゴウリテキって奴だよな。でもよ、でも、殺すってことは罪なんだ。アイツが人を殺して、罪を背負って、その罪を裁くためってお題目で、お前がアイツを殺して、罪を背負うのか? そんな堂々巡り、変だろ?」

「意味が分からないな。では彼女の罪を放っておくのか? 殺された人間は残念だったねと、悲しむだけか? それこそ変な話しだ」

 キサラギは不思議そうに瞬きをした。長いまつげの奥が疑問に揺れている。

「違うよ、キサラギ。今の今まで忘れてたんだ、俺は。これは俺の罪なんだ。俺が原因みたいなもんなんだ。俺が当事者なんだよ。なら俺がケリをつけなきゃ、おかしいだろ? 他の誰でもない俺が、他の誰かのためにアイツを殺さなきゃいけないんだ。誰かに任せて、結果だけ待ってるようじゃダメなんだよ。……さっきの質問に答えるぜ、キサラギ。アイツを殺して問題ないか、だったよな? 問題はオオアリだ」

「要するにキサラギに、いや別の誰にも罪を犯してほしくないと。自分の責任であり、自分が原因だから、自分の手で殺してみせる。そういうことか?」

「そうだ。俺は誇りある一族の末裔だからな」

 憑き物が落ちたような、顔で彼は頷いた。忘れていた覚悟を今、思い出した。忘れていた後悔を今、思い出した。

 自分がみんなの場所にいなければ、あんなにも人が死ななくても良かったのに。そういう後悔。

 原因である自分こそが、呪われた自分こそが彼女を殺さなくてはならないのだ。そういう覚悟。

 今日までの自分は姉を憎悪していた。今日までの自分は姉を恐怖していた。今日までの自分は自分のことしか考えていなかった。優一郎はその思いをため息とともに恥じて、身から押し出す。自分は生と死に囚われていた。暴力と血に恐れおののいていた。だから、本当の覚悟に(めしい)でいたのだと。それは家族の死を、一族の死を侮辱する行為に違いなかった。

「キサラギを納得させてはくれない、ということか?」

「悪いな」

 子供のように唇を尖らせて、キサラギは眉を寄せた。

「困ったな、それではこの好奇心はどうなる? 超能力を見たいんだ、キサラギは。そのためにいろいろ準備してきた」

「すまねえが、我慢してくれ」

「嫌だ。絶対に超能力を見る。実際に見て、触れて、計測して、観測して、それを楽しむのだ。そして納得する。でなければ、何の意味もない。どうしても譲ってくれないというのなら、ここで子供のように駄々をこねてやるぞ」

 断りの語句を言おうとして、呑み込む。キサラギの目は真剣だった。本当に喚き散らし、その場で駄々をこねることが容易に想像がついた。優一郎は苦々しい顔をして、考える。下手をしたら、自分を殺してでも、香子に挑むということをするかもしれなかった。そこまでするのなら、もはや勝手にやってくれというのが彼の心境だが。

「そうだな、なら一緒にやるか」

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