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#f200f2[マゼンタ]

マゼンタ(マジェンタ、magenta)は、色の一つで、明るい赤紫色。ピンクに近い紫、もしくは紅紫色こうししょくとも呼ばれる。色の三原色のひとつにもマゼンタがある。

色のマゼンタは、染料の唐紅(とうべに。マゼンタ、フクシン)にちなんでマゼンタと名付けられた。(Wikipediaのマゼンタより一部抜粋)

 下校の帰り道、彼は夕暮れ時の住宅街を歩く。結構な遠回りだったが、優一郎は気にしなかった。

 目的があるわけではない。“アレ”がいる家に帰りたくない。ただ、それだけだった。

「ちゃんと学校にいって、いい大学を出て、ちゃんとした仕事に就かないと幸せになれない」

 姉のこの言葉を彼は真実だと思った。必ずしもそれが正解とは思わなかったが、人並みの幸せを具現化するにはそれが最短の方法であることは疑いようのない事実だった。

 だから彼はこうして朝、学校に登校する。授業を受け、勉強をして、食事を取る。彼女の言葉通りに従うのは(しゃく)だったが、することもないので、彼はただ日々を生きた。

 怠惰だと思わなくもない。無為(むい)な時間を生きていると思わなくない。しかし、何かをするという気力が圧倒的に欠けていた。

「俺は家畜なんだ」

 そう口に出して彼は頷く。食われるために、美味しくなるために口に食事を運ばれ、生活を管理され、生きている。これを家畜と呼ばずしてなんと呼ぼうか。

「……ごめんよ、みんな。ごめんよ、母さん。おばあちゃん、おじいちゃん、おじさん、おばさん、みんなみんなごめんよ」

 彼は唐突に過呼吸を起こしたようにうずくまり、汗とも涙ともつかないものをボタボタと落とした。

「俺には無理だ。みんなの仇を取るのは無理だ。怖い、怖すぎる」

 時折、フラッシュバックする恐怖。人の体がねじ切られ、崩れていく様子。逃げ惑う人々の叫び声。不気味な鳥の化け物と彼女だけが、その中で笑っていた。ただ優一郎を見つめながら殺戮を続ける。その記憶が足をすくませ、彼の復讐と抵抗の意思を奪う。

 優一郎はそんな時、心の底から懺悔した。死者に、なんの手向(たむ)けもなく、ただのうのうと生きている自分を呪った。何かしたくても、何もできない自分の無力さを呪わずにはいられなかった。圧倒的な罪悪感と、絶望的な後悔の渦に飲み込まれ、息をしているのもやっとだった。

「君があの村の生き残りかな」

 不意に声が掛けられた。淡々とした物言いだった。抑揚がなく、感情を感じさせない声色だった。

 優一郎は慌てて悔し涙を拭い、居住まいを正して、声の主をみた。

「君があの村の生き残りか、と聞いているんだ」

 まず黒く大きなメガネが目についた。次に金髪に染めたロングの髪。カーキー色の細身のパンツと群青色に白い水玉模様が浮かんだシャツ。まるで少年のようだったが、幼い顔つきと声色は明らかに女のそれだった。

 端から返答など期待していないのか、彼女は飾り気のない言葉をただただ続ける。

「ネットでは結構有名なんだ。一夜にしてある村の人間が皆殺しにされた事件。現代の津山三十人殺しだなんて、冗談めかしていう奴もいる。君はその時の生き残りなんだろう?」

「……」

 少女は憮然とした態度のまま、肩掛けカバンからノートパソコンを取り出して、画面を優一郎に画面を見せる。事件を追った新聞の記事や週刊誌の切り抜きがデータ化されたものだった。それらは時間とともに急速に小さな扱いに変わっていた。

「当局の発表では凶暴な熊が原因とのことだった。しかし、熊があんなに人を連続で殺したりするものかな? 頭をねじ切ったり、粉々にしたりするものかな。特定の一族だけを襲うなんてことが果たしてあるのか。ネットでもそこのところで意見が割れているんだ。結局、アレは何だったのかと。だから、君に聞きに来た。何が起こったんだ?」

 その目は臆することなく、真っ直ぐだった。ひたすら真っ直ぐ、彼を見ていた。

 優一郎はどうしていいか分からず、ただ立ちすくんだ。あらゆる行動が答えになってしまう。それは無視ですら。

「何も話してくれないと会話の進みようがない。……そうだ、ひとつ話しをしよう。リアルでこの事件を追っていた人間は、私を含めて三人いた。その人間がどうなったか、君は知っているかな?」

「死んだんだろ」

 当然といった様子で優一郎は言った。

 当然といった様子で少女は頷く。

「うん。そうだ、死亡した。二人は友人だった。一人の男の名は天堂。彼は周囲八百メートルになんの建設物もない場所から、転落死した。もう一人の名は高部。彼は酷い拷問のち、自宅の風呂場で溺死した。どちらの友人も、脅されたはずなのに私のことを一言足りとも漏らしたりはしなかった。拷問で死んだ男、高部は……彼は死ぬ直前にこんなものを残した」

 少女はボイスレコーダーを再生させる。息を切らし、興奮した様子で男が叫んでいる。

 ――凄いぞ、超能力は本当にあったんだ。超能力者だよ、キサラギ。マジだぜ、超能力はあるんだ。

「この二時間後、彼は全身の皮を剥がされ、風呂場で溺死させられた。高部も、天堂も、あの集落の人間も、普通ではありえない死に方をした。それこそ超能力でも使ったような死に方だ」

「……それでも知りたいっていうのか、お前は。自分もそうなるかもしれないとは思わないのか? 俺がその超能力者だったらどうするつもりだ? なあ、キサラギ」

 さも以前から名前を知っているかのような口ぶりで、優一郎は不敵に睨む。他二名の名前が天堂と高部ならば、残るキサラギという名前は目の前の少女以外ありえなかった。それを利用して揺さぶりを掛ける。警告する。踏み込むべきではないと。死にたくなければ、消え失せろと。

 もう誰かが死ぬのを見るのは嫌だった。先ほどまで動いていたはずの人が、肉の塊に変わる瞬間を見るのはもう耐えられなかった。

「友達の仇討ちか知らねえけどさ、今、自分が大ピンチだってこと気づいてるか? この瞬間にも死ぬかもしれないんだぞ」

「仇討ちなどではない。私は情にほだされる人間はない。彼らと同じように、目的はひとつだ」

 相変わらず端的で、抑揚のない声色だった。

「へえ、じゃあ何だ? 有名にでもなろうって腹積もりか? 私は超能力者を捕まえましたってさ」

「ただ“納得”したい。ただ、それだけだ。この目で、この脳で、真実を見届け、納得したい。超能力者がいるのなら、それを見たい。高部と天堂が何故、死ななければならなかったのか。どうして二人は死ぬことになったのか。その理由を知りたい。ただ、それだけだ。恨みなどないし、死んだ友人に対する憐憫(れんびん)の情も持ちあわせてはいない。もし彼らが生きていたとしても、同じことを口にしただろう」

 彼女は一ミリの淀みを見せることなく、そういった。ただ、そうする機械のように、そうプログラムされたロボットのように言葉を吐き続ける。

 続けて、彼女はいう。

「二人は君の姉にインタヴューを試みて死んだ。確率的に考えて、ほぼ確実に君の姉は黒だが、君も二人を殺した一員ではないという保証はどこにもない。これは賭けだ。私は君が超能力を持っておらず、かつ善人であるという可能性に掛けている」

「随分とリスキーなことをするんだな」

 少女は足元の石を拾うと、手の中で遊ばせた。しかし、片時も優一郎から目をそらそうとしない。

「理由は二つある。君が善人であると信じる根拠は、私を実力行使によって排除せず、この事態から遠ざけようとした点にある。君に超能力がないという信じる根拠は……ああ、今からこの石を投げる。君の顔にだ、ほらっ」

 優一郎は顔を腕でガードして投げられた石から身を守る。しかし石は優一郎には当たらず、彼の耳元を通りすぎて背後に消えた。

 退屈そうにキサラギは手の土を払い、頷いた。

「うん。この通り、君に超能力があるなら、どうしてそれで身を守らない?」

「な、何が根拠だ! 全部、事後承諾じゃねえか。予想でもなんでもねえ!」

「過程はどうでもいい。結果が良ければそれでいい。このキサラギは賭けに勝ったわけだだけど、さて君はどうする? これでも否定をするのか?」

 意地悪く、不敵に頬だけを歪めて、キサラギは笑った。

 優一郎は歯ぎしりして、睨む。どうして分からないのだと睨む。こっちは命を守ってやろうとしてるのに、なんで自分から奈落の底に堕ちるような真似をするのか理解に苦しむと。

「……もういいだろ。超能力はこの世にある。お前の友達は俺の姉が殺した。多分だけど、殺した。満足したろ? じゃあ、消え失せろ。もう関わるな。じゃないと死ぬぞ。アレは俺よりも優しくないんだ」

 誰にも死んでほしくない。そう彼は心の底から思う。殺されるほどのことを誰がしたというのだと思う。死ぬということは誰かが悲しむということ。人が死んだだけ、誰かが悲しむ。そんな思いは自分だけで終わらせたい。そう思う。

 優一郎は気がつけば泣いていた。誰のための涙かも分からず彼は涙を零す。

「そこだ。そこだよ、優一郎くん。私が君に声を掛けた最大の理由だ。君は泣いていた。他人のために泣いていた。そうだね? 死んだ家族に懺悔していた。見ていたよ、その顔。そんな人間が人を殺せるわけがない。そんな顔の人間が人の死に耐えられるわけがない。だから君を信用した」

「分かってんならよ、頼むから、もう関わらないでくれ。お願いだから」

「それは無理だ。君は可哀想な立場かもしれない。辛い経験があるのかもしれない。しかし、それで私の好奇心は満たされない」

「死にたいのか、お前は!」

 優一郎は激高して、キサラギの胸ぐらを掴んだ。もう実力行使しか残っていないと彼は思った。命を失うよりかはずっといいだろうと思う。

 その時だった。彼女は言った。自分が胸ぐらを掴まれていることなど、まったく気にした様子はなく、彼女の薄い唇は音を出す。

「ところで、話しは変わるが、君の姉を殺してみようと思うんだけれど、問題はないかな」

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