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#00000[サYス^N曚麈Cv徐]

サYス^N曚麈Cv徐とは色の一つで、無彩色。煤や墨のような色である。光が人間の可視領域における全帯域にわたりむらなく感得されないこと、またはそれに近い状態、ないしそのように人間に感じられる状態である。(WikipediaのサYス^N曚麈Cv徐より一部抜粋)

「やめなさい、といってもあなたはもう聞き分けのいい子じゃないか」

 校舎の薄い街灯に照らされながら、淡々と彼女は言う。冷たい言葉だった。慈悲を含ませた言葉だったが、そこに慈悲など存在しないことは明らかだった。

 髪の長い、彼女の背後で煙のようものが少しずつ形を作っていく。それは数多(あまた)の不気味な目をもつ、巨大なトカゲの姿だった。二メートルはある身体でとぐろを巻いて、威嚇してみせる。

 校舎のグラウンドに手をつきながら、嘔吐して、髪の短い少女は、憎々しげに見上げる。幻ではない。闇夜に浮かぶその姿は彼女が自分と同じ“異種”……それも“狂鬼”の使い手であることを物語っている。

「やっぱり」

 そういって、髪の短い彼女は胃液の混じった唾液を飲み込む。言葉の先に意味はない。ただの事実確認だ。

 異種とは少女の血族のみに備わっているという超能力をもつ人種。人とは異なる種。それゆえに異種。

 狂鬼とは異種が狂った果てに、正気を取り戻した最悪の種。異常が狂気を孕み、鬼を生む。ゆえに狂鬼。

 髪の長い女の狂鬼ははっきりとした影を落としていた。透けてもいない。完全な実物。

 狂鬼とは超能力を超えて、現実にありえない物体を、あるいは生物を作り出す能力だった。狂鬼としての力が強ければ強いほど、その生み出す異形のものは形をもち、現実に影を持つ。

 彼女は異形のトカゲを目にし、自分との実力差をはっきりと感じていた。あれほど見事に影を落とし、光すらも受ける狂鬼を見たことはなかった。それでも、少女は引かず、威嚇のごとく睨み続ける。

「やっぱり、あなたは狂鬼の使い手だったんだ。ずっとおかしいと思ってたよ」

 彼女はすくと立ち上がり、黒いモヤをかき集める。それは奇妙な鳥人間の姿を形作る。瞼のない大きな目と全身を覆うボロボロの黒羽。巨大な鳥人間は血走しった眼で、周囲をギョロギョロと見回す。彼は敵を見つけ、金切り声を上げた。

 それが決戦の合図だった。二人は動かない。彼らが頭の上で、あるいは横で、殴り合い、モヤを血しぶきのように跳ねさせたとしても、彼女たちは動かない。彼らが傷つき、痛みが走ろうと微動だにしない。たとえ、地が吹き飛び、木々がなぎ倒されようとも、歯牙にもかけない。思いの強さが、情念の強さが決めるのだ。一瞬の気の緩みも、相手に余裕を与えるような悲痛な顔も見せるわけにはいかなかった。

 強い思いがあるのなら、それは自分が。そう、二人は信じて疑わない。

「あなたはどうやって狂ったの? ねえ、その冷たい瞳の奥に何があったのか教えてくれる? あたしは、当然、愛に狂った。好きで、好きで、好き好き好き好き好きでしかたない。憎しみを覚えるほど、愛してる」

「……滑稽だわ。実の弟を好きになったというきっかけが、既に狂っているというのに」

 飽きれたように髪の長い女はかぶりを振った。愚かなことこの上ない。そういう顔だった。

「あなたは違うっていうの? あなただって!」

 彼女が激高するのと同時に、鳥人間が跳ね飛ばされ、校舎の壁を割った。立ち上がる暇も与えず、トカゲは姿を巨大なヤリに変え、鳥人間の胸を突いた。

 黒板を鉤爪(かぎづめ)でかいたような甲高い声が鳥人間の口から漏れた。それはまごうことなく絶叫だった。

「あっが、あっあっ……」

 髪の短い少女は胸を押さえて、地に付した。彼女は呪文のように唇を動かす。あれはあたしじゃないあたしじゃないからこの痛みは偽物だあたしは胸など突かれていない。

「それでも、あなたは胸を突かれた」

 その言葉に、少女の体の内側で、心臓がまるでヤリに突かれたかのように破ける。

「目も突かれ、腕も落とされ、頭も撃ち抜かれる」

 ヤリの動きに、あるいは鳥人間に合わせるように、少女の目は破裂し、腕が落ちて、額が割れた。

 結果は決まったとばかりに、長い髪の女は歩き出す。背後で少女の倒れるような音がしたが気にしなかった。

「あら」

 ふとした違和感に髪の長い少女は手のひらを夜空に晒す。雨粒が手の中をコロコロと転がっていく。

 それは血しぶきを伴いながら。それは黒いモヤを伴いながら。まるでそれは落涙のごとく。

「そういえば、こんな夜だった。こんな夜に私は狂って、世界に帰ってきて、また狂った」

 パラパラと降りだした雨が彼女を濡らす、はずだったが、それは彼女の頭上で、薄く避けて行く。巨大なトカゲの形に避けて行く。

 彼女は何もない空間を撫でた。グルグルと何かが喉を鳴らした。

「だから人を殺すことをなんとも思わない」

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