08.斬り尽くす心を闇に喰らわれて
ゼフィーア王国王都軍第二師団配下の数班が大通りを駆け、告げられた通りの風体の男を発見したのは午後の早い時間であった。
ひょろりとした長身、薄汚れた軽装。
旅の荷を持つでもなくただ肩に大振りの剣だけを担ぎ。
肩下まで伸びた髪はひどく汚れているがおそらく黄赤、ぼさぼさに荒れ、顔にかかって表情を隠す。
噂されるように眼につく人々を斬り伏せて進む風ではないが、纏う雰囲気は異常の一言に尽きた。
どこか禍々しく、かつて神の子〈アスカ〉が祓い尽くしたという魔物とはこういうものではないかと思えた、とは彼を包囲しその姿を認めた兵士たち共通の感想であった。
男を発見した兵士たちは、刺激せず動向を注視しつつ北の広場へ誘導、という指示に従い、男に気付かれぬよう大きく包囲して移動を始めた。
だが、兵士たちが誘導するまでもなく男は北を目指していた。
ゆらり、ゆらりと、定まらぬような足取りで、しかし周囲に目を向けるでもなく、まっすぐに。
時折、手が剣の柄尻を探る。痩せた体に不釣り合いな大剣の柄には、黒く光る玉が埋め込まれていた。
◆◆◆
「師団長、至急で居城に立ち入らせてください。非常事態としてなんとか捩じ込んでもらえませんか」
「……無理だ」
セインの懇願に頷くことはできない。むしろ非常事態となれば、人の出入りはより制限される。
苛立ちを隠さずにセインは師団長に詰め寄る。
「“石”は、装飾品に加工されているだろう、とお話ししましたね?
自然の産物でない“石”は、類を見ない宝玉として珍重される傾向があります。莫迦みたいな高値がつくことがほとんどだ。王宮内でもそこらの侍女士官が持てるものじゃない。
基本的に居城区画内から気配が動かないから、所持者は王妃かその子供らだろう」
知らず口調が荒れるが、そんなことを気にしている余裕はない。
しかし、と渋面を作るノーマンに舌打ちしていると、ミシリーが場違いに軽い声を上げた。
「あたし、探してきましょーか? 王妃様あたりが持ってる、セインさんの紅玉と同じやつ取ってくる感じでいいんでしょ?」
貰うか盗るかは状況次第だけど、と悪戯っぽい笑みを浮かべて言えば、弾かれたようにセインが顔を向ける。赤土色の瞳が見開かれて、驚愕を表している。
セインの不意を突けたことがちょっとばかり楽しい、そんな笑顔でミシリーは言葉を続ける。
「セインさんの花の顔がそうも歪んでると、ちょっとね~。それに、まあ、基本は遺跡探索が専門だけど、お宝があるって聞くと潜り込みたくなるのは性分だし~。
さすがに居城の間取りなんて知らないから時間かかるかもだし、あたしも我が身が大事だから無理はできないけど?」
「……紅くないと思う。浄化してない“石”はほとんど黒い。光に透かして微かに紅が差すくらいだ。大きくもない、たぶん親指の先くらいの小粒。装飾品に加工されて身に着けられている可能性が高い。
持ち主が渡すのを異常に拒む場合は無理するな。狂気に堕ちた奴から“石”を引き剥がすのは常人には難しいから、その状況だけ教えてくれ」
探す物の形を伝え、ミシリーの顔をまっすぐに見つめる。
「本当に無理はしなくていい、けど、……頼む」
にーっこりと笑うミシリー。
「お礼は満面の笑みでよろしく! 抱擁付き大歓迎!」
「抱擁はないっ!」
反射で叫ぶセインにひらりと手を振り、踵を返す。
「って行かせるか!!」
アレイクとノーマンがミシリーの進路を塞ごうと動く――が、ミシリーはさらに方向を変え訓練棟の壁を駆け上り、二階の空いていた窓から中へ侵入成功。
「はあぁ?!」
「これっくらい出来なくて盗賊は務まらないよ~」
驚愕の兵士二人に軽く言葉を残し、小柄な少女の姿は消えた。
その騒ぎの間にセイルはルドの傍に置いていた自分の剣を取る。
アレイクを睨みつけて誘導予定の広場の位置を確認する。
深く息を吐き、アレイクは口を開いた。
「……東南の門と正門の間に、城壁が凹む形で閑地が設けられている。二小隊くらいが展開できる程の広さがあって、そこで囲い込んで取り押さえれば牢獄も近いしな」
「押さえて投獄が基本なんだな? 頼むから殺すなと伝達してくれ」
「それ、は。……状況に寄るだろう。俺たちは市民や市街の安全を優先する」
「“石”に自我を喰われ感情も感覚も失くした木偶状態なんだ。所持者に罪はあるかもしれない、でも断罪は“石”を引き離してからだ」
まったく、と肩を落とすのはノーマンだ。
「後で第一師団がクソ喧しいなぁ、こりゃ。
……ユークリッド殿、城内の警備は第一師団の管轄でな、第二師団には手が出せんことの方が多いのだよ」
「てことは城壁の向こう側は第二師団の管轄だな? 殺すなって伝達は師団長からってことにしておく。
ルド、ここに居ろ。班長さん、ルドを保護しておいて」
「って、こぉらぁああ! 人の話を聞ーけー!!」
嘆くノーマンを放り出し、言うだけ言ってセインは駆け出した。
◆◆◆
〈鬼〉捕縛に動員されたのは、第二師団第四大隊の兵士。主には市街警備の増強と城門・城壁の警備のために散り、一小隊が〈鬼〉の監視・誘導に、そして捕縛のため一小隊が閑地への配備となった。
閑地を形成する城壁の三辺に一小隊が付き、〈鬼〉が中程まで入れば開いた一辺を監視についていた一小隊が塞ぐ。
どれほど脅威と言われる殺人狂でも、袋の鼠となれば捕縛は困難ではないと思われた。
〈鬼〉は始め、まっすぐに正門に辿り着いた。だが、常ならば開かれているそれは固く閉ざされ、二十人ばかりの兵士が無言でその前を塞いでいた。
彼らを前に、かくり、と首を傾げた素振りをして〈鬼〉は東の方へ目を向けた。
わらわらと兵士が湧いては市街に駆けて行くのが見えた。
…………あちらの 門 が 開いている よ…………
ゆらり、ゆらりと歩を進め、閑地の奥の城壁にある潜り戸から兵士が出て来ているのを確認すると、変わらぬ歩調でその潜り戸を目指して閑地に足を踏み入れた。
◆◆◆
駆け出したセインに一拍遅れて、アレイクも駆け出した。
「師団長、ルドの保護をお願いします!」
「アレイク! あー、行っちまった。模擬剣握りしめてってどうすんだよ、班長……」
はあ、と溜息を落とすノーマンを尻目に、ルドは木の根元に戻る。
班長さんに借りた本はここに置いて行こう。一応お城の中だし、盗難はないよね、うん。じゃあ、これだけ持って、と。
部屋からこれだけは持ってきた法術士の必携品たる短い杖を取り上げ、はるか上方にあるノーマンの顔を見上げて朗らかに宣言する。
「師団長さん、僕も行きますね。失礼します」
ぺこりと頭を下げて、さっさと走り出す。セインやアレイクに比べれば短すぎる足でも、不意を突けばあっというまにノーマンの手の届かない距離だ。
ノーマンの悲哀を帯びた叫びだけが残された。
「ええぇぇえ! ちょ、おっさんイジメすぎだろ子供たちぃい!!」
遅れはほんの一拍ほど、にも拘らずアレイクはセインに追い付けずにいた。閑地のある城壁方向へ進むセインの足は、一切の迷いがなく速かった。
そういえば立ち入りを許可された外郭は無駄に探索した。それはもう、何が面白いのか謎なほどやたらと隅々まで歩き回った。
――まさか建物や城門の位置関係の把握のため……、脱走経路の下見だったか!?
兵舎に招いた初日、目的の物に手が出せないことを確認した後に、セインに時間潰しの希望があるかと訊けば「まあ滅多に入れる所じゃないし」と言って、立ち入り可能な区域の探索をねだってきた。
外郭区域には、城門とは別にいくつか、兵士の出動用の潜り戸や目立たない通路などもあった。特に秘されている訳でもないのでアレイクは乞われるままに案内した。
好奇心旺盛な子供っぽさを内心微笑ましく思ってあちこち案内してやったのに。
――お前ら、場合によっては“石”を強奪して逃げる気だったな!?
考えてみれば王都に入る際の検問は術ですり抜けてきた、と堂々と申告した子供たちなのだ。警備の目が厳しいから城門を同じ手で抜けるのは諦めただけで、隙があれば勝手に侵入していただろうことは明白。
その考え方は出ていく時にも通じる訳で。
――なんでこんな子供たちの密入国その他の罪状を一旦留保とかっ!
アレイクは距離の縮まぬ華奢な背中を恨めしげに睨みつけ、迂闊にも脱出経路調べの片棒を担がされたことに、セインたちと関わり出してから幾度目かの頭痛を覚えた。
苛立ち紛れに距離が縮まらない背中に怒鳴りかける。
「セイン! お前で相手になるのか!」
〈鬼〉は狂気の剣士だ。これまでの情報から、残虐を好む性質と共にその剣技のずば抜けた強さが際立っている。アレイク相手に全敗、細く軽い体と斬撃で、狂気に支配される剣豪を相手に勝負になるのか。
「するしかねえだろ! ミシリーが未浄化の“石”を持ってきてくれりゃ、かなり楽に片が付くけどっ!」
「付くのか! お前、術らしい術は使えないって言っていただろう!」
アレイクの認識でいけば、“石”は『術の補強・増幅を目指して作られて少々用途外の悪属性を持った術道具』という扱いだ。術が使えないセインが手にして、何の役に立つというのだろう。
「媒介にできる! 浄化済みでも、使えなくはないけど、未浄化の方が、強いからッ」
怒鳴り返すセインの息が乱れ、僅かに速度が落ちる。
セインの回答を全く理解できないなりに追い上げようとしたアレイクは、しかし追い付く前にセインの姿が潜り戸に消えるのを見た。
そして、アレイクが潜り戸に辿り着いた刹那。
獣のごとき咆哮が響いた。
「――――アァァスカアァァァァ!!」




