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紅の闇  作者: 水無神
終幕後
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04.双剣の由来


 しゃらん、と澄んだ響きを残して双剣は鞘に収まる。

 抜身の剣での鍛練を終えた男は、傍らで瞳を輝かせている幼子を振り返った。


「お前が一人前になったら、この剣を譲ってやる。ただし、修行は厳しいからな?」

「うんっ、ぜってぇそのけんがにあうおとこになるよ、おかしら!」


 夕焼けのような瞳が、きらきらと眩いほどに。

 男は蕩けるような笑みを浮かべて膝を折った。

 煌めく瞳と高さを合わせて、ゆっくりと紡ぐ。


「剣は重い。人を傷つけ、あるいはその命を奪うたびに重さを増す。容易に抜いていいものじゃあない。愚かに振り回して許されるものでもない。――だけど、な。扱い方さえ間違えなければ、大切なものを護る至高の盾にもなると、俺は信じている」


 疑問符を浮かべて幼子は小首を傾げる。

 男は苦笑を落として幼子の頭を撫ぜた。


「今は解らなくていい。先は長い。じっくり教えてやるから、ついてこいよ?」

「うんっ!」

「ようし、いい返事だ。とはいえ、朝飯が先だな。戻るか」

「ええぇ、けんは?」


 すっかり『修行』に入る気だったらしい幼子が、その薄い唇を尖らせる。だが、男は笑ってそれをいなした。


「飯のあとだ」

「けーんー!」

「あ・と・だ」

「……おかしらのくいしんぼー」


 ぼそりと落ちた幼子の言葉に、男はにんまりと黒い笑みを佩いて応じる。


「よし、お前の朝飯も俺が食ってやる」

「だめ――!!」

「ああ、腹が減ったなぁ。二人分なんて軽く食えそうだなぁ、なんせ俺は食いしん坊だからなぁ?」

「ごめんなさいぃぃ! おれのごはんはだめー!!」


 さっさと歩き出した男の脚に纏わりつくようにして追ってくる幼子を愛おしく思いながら、男はしかし歩を緩めずに帰路を辿った。




  ◆◆◆




 しゃらん、と澄んだ響きと共に双剣を鞘に収める。

 手入れを終えたばかりのそれは、刀身は言うに及ばず、装飾の抑えられた柄も鞘も丁寧に汚れを落として仕上げた満足の状態である。


 カイルが上機嫌で腰に提げた双剣を撫でるのを眺めていた狸親爺ことドーンが、ふと口を開いた。


「……ん? おい糞餓鬼、バルガの野郎の印章があったよな、ソレ。どっからかっぱらって来たんでぇ?」

「おやっさん酷ぇ! ちゃんと貰ったの、ゼフィーアで! 〈カトレア〉の姐さんから! ミシリー経由で!!」

「ん? 嬢ちゃん?」


 ドーンの一言にカイルが反射で叫び、その内容に疑問符を浮かべたドーンが少し離れた所に居たミシリーを振り返る。むさ苦しい外見の中で唯一愛嬌のある円らな瞳に見詰められて、ミシリーは苦い表情ながら経緯いきさつを口にした。


「姐さんって呼ばないと死ねるけど実際婆ちゃんに近い年の熟女で生まれる前から〈カトレア〉住まいって言って憚らない古強者な姐さんが持ってたの。〈夕焼けの子〉の武器が要るならこれ持ってけって出してくれたのよ。なんで持ってたかは知らない」

「あ――……、あの金髪美人か」

「…………姐さんの地毛って金だったんだ……」


 心当たりがあったらしいドーンがどこか遠い目をして呟けば、それを拾ったミシリーも遠い目をして呟きを漏らした。セインが「地毛?」と首を傾げると、渇いた笑みでミシリーが応じてきた。


「常に脱色染色してるから会う度に色が違って、最後に会ったときは紫になってたけど……その前は青かったし、無難な茶色とかは見たことないな。金じゃなくて黄色とか、緋色とか緑色とか、いつも突拍子もない色してて。ってか今の地毛ってほぼ白髪だと思うけど――――あ、なんか悪寒が」


 ぶるりと身を震わせて自身の両腕を擦ったミシリーが、はたと動きを止める。そしてぐるりと体ごとドーンに向き直った。


「あれ? バルガ・オルヴァと関係があったのにバカが知らない、ってことは姐さん、バカが育つ前の知り合いってこと? 生まれは南部こっちだったの?」

「同一人物かはっきりしねぇが、まあ、あの女ならそうだろうな。バルガと付き合いがあったのは奴が二十歳前の頃からで、糞餓鬼が歩くようになる頃には居なくなっちまったが」


 っつー訳で、てめぇは乳こそ貰ってねぇが下の世話からなにからあの女にも世話になってっからな、と続いたドーンの言葉に、カイルが頬を引き攣らせて頷いた。

 そんな話を黙って聞いていたセインがぽつりと口を開く。


「じゃあゼフィーアに戻ったらその姐さんにも会いに行くか」

「は!? なんでセインさんが会う必要がありますか!?」


 反射で応じたミシリーの科白セリフに、セインは眉根を寄せた。


「なんでまだ微妙にさん付けだの敬語だのが戻るんだろうな」

「咄嗟にはこっちのが出やすいのよぉ……。で、なんでセインが会うの」

「バルガ・オルヴァの話ならなんでも、って勢いのミシリーがそれを言う?」

「聞きたくても姐さんに迂闊な話は振れません無邪気なお願いは無慈悲な借金にされて後々の取り立てが怖いです身に覚えがないとか言えないところが本当に泣けます」


 怒涛の勢いで言い切られた上に本気で泣きそうな表情をされてセインは僅かに身を引いた。


「……だったら、私が聞いてミシリーに話せばいいんだろ」

「セインに借金が付くじゃん駄目だから姐さんたちは本気で取り立てにかかるから大喜びで飾って見せ棚に置きかねないからずぇぇぇったい駄目だから!!」


 ミシリーとて旅の当初の立ち位置は『取り立て屋』だった。あの当時のミシリーのしつこさと鬱陶しさを思い出してちょっと遠い目をしたくなったセインである。しかし、そんなミシリーも現在は『友人』扱いである。そもそもセインにとって『友人』という関係性は人生初の存在だと言っていい。よって、出し惜しむつもりはない。

 セインはひとつ頷くと、真剣な表情でミシリーに告げた。


「取り敢えずミシリーの人生買えるくらいの個人資産は持ってるから大丈夫」

「うわぁい男前!」


 ユークリッド家が拝領するヒペリオンは、土地だけは広いが領民は少なく、かつ山沿いの痩せた土ばかりで民が食べていくだけでほぼ精一杯の実りしか育まない。税収の余剰などたかが知れている。

 しかし一族の歴史は古く王家との縁も深い。王家へ嫁した娘以上に降嫁してきた王家の姫は多い。姫君らの持参金はユークリッド家の私財として必要に応じて領地領民に投資してきたが、それでも数百年に渡って蓄財されてきたのだから半端ではない。


 五年ばかり生死すら知らせずにいたため没収されていようと文句はなかったのにきちんと保管されていたらしい。先だって帰郷した折に目録を確認させられた。清貧どころか極貧の旅暮らしに慣れたセインには使い道が思いつかない程度の資産だった。


「なんかあれば言え。丸ごと買ってやる」

「マジで惚れる! いやもう惚れてんだけど! これ以上あたしをメロメロにしてどうするつもりなのセインってば!!」

「どうもこうも末長く……、いや、友人以外の関係性を築くつもりはないぞ?」


 出し惜しむつもりはないが、道ならぬ方向へ間違えるつもりもないので一応突っ込んでおくセインである。隣で腹を抱えている子供には軽く膝を入れておく。少し離れた所に立ち生温い笑みで見守っている青年には一睨みを投げるが――これはまったく意味がなかったようで、変わらぬ微笑みで小首を傾げられただけだった。



「で、おやっさん。剣の話だけど」


 勝手に賑わっているセインたちを置いて、カイルは話をドーンに振り直す。

 セインの素性を知らないドーンは怪訝そうに遣り取りを聞いていたが、カイルの言葉で元の話題へ意識を戻したようだった。


「……あー、と。バルガの奴な、印を入れた双剣は二振り打たせたんだよ。一振りはバルガが持ってたヤツで、今は墓守ついでに狐婆が保管してらぁな。おめぇに会えたら渡すっつってたぞ、形見分けだな」

「あ――……」

「ま、受け取るか墓に埋めてくか腰のモンと交換してくかは好きに決ろや。で、だ。二振りの内、出来の良かった方を女に渡してたな」

「……えぇぇ……?」

「なんでぇ? 女に現を抜かすような男じゃねぇと思ってたか?」


 口をもごもごさせながらも言葉の出ないカイルを見て、くつくつと笑いを零した狸。


「ま、実際は色っぽい話じゃねぇよ。借りがあったらしくて『かた・・に持ってかれた』っつって肩を落としてたからよ」


 かぱん、と顎を落としてカイルは絶句する。ドーンを凝視すれども、笑ってはいるが偽りの色は見えない。


「さすが姐さん……若かりしとはいえあのバルガ・オルヴァの剣を取り上げるとか、ホントに容赦ないわー……」


 ミシリーの呟きにドーンが勢いよく笑って、その勢いのままカイルの肩を叩く。


「ま、元々そっち・・・はお前ぇに渡すつもりだったみてぇだったから、在るべき所に収まったってとこだぁな」

「……へ?」


 間抜けな声を漏らしたカイルの肩に手を乗せて――気持ちの上では肩を組みたかったのだろうが背が足りていない――ドーンは続けた。


「お前ぇを拾ってからすぐに打たせたんだよ、二振り。で、より出来の良い方をお前ぇに渡すんだって浮かれまくってたからな。――おぎゃあと泣くしかできねぇ赤ん坊が、双剣ってぇ性質上小振りとはいえ本格的に打たれた剣を振り回せるようになるまでどんだけかかると思ってたんだかなぁ」


 ドーンの笑いの勢いは落ちて苦みを帯びる。

 だが、しんみりとした空気になることはない。なぜなら少し離れたところで零れた呟きに、思わずカイルが噛み付いたからである。


「……まさかのバルガ・オルヴァは親バカ説……」

「事実だけど雰囲気台無しだから黙ってようか姉ちゃん!!」


 台無しにしたのはお前ぇだよ、とドーンの拳骨がカイルの腰を打った。




  ◆◆◆




 後日、カイルはオルヴァ一家と懇意にしていた孤児院の院長の老女、通称『狐のばぁちゃん』からバルガ・オルヴァの形見となった双剣を譲り受けた。


 二振りの双剣と小さな花束を手にひとり、丘の墓地を訪れた。

 バルガの剣は使い込まれ、柄にも刀身にも小さな傷が残っている。そのひとつひとつにまつわる逸話を聞かせてくれた穏やかな声を想う。


「……お頭の剣を貰うよ。ゼフィーアの姐さんに貰った方は、狐のばぁちゃんに預けてく。本当はお頭の墓標にしようかとも思ったけど……こういうのは使ってこそだ、ってのがお頭の言い分だろ? お頭のは俺が貰うから、こっちは俺の子に継がせるよ。絶対この剣が似合う奴に育てるから……いいよな、お頭?」


 風に揺れる墓前に供えた黄色い小花は、まるで『楽しみにしている』と笑っているようだった。



もう一話、バルガに絡むネタを書きかけているので一旦連載に戻します。

来週には更新&再完結表示します。多分。おそらく。予定は未定←

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