幕間/酒豪の饗宴
※セインとカイルが墓参りに行ってる間の小ネタ。
ヤマ無しオチ無しです…。
「ほんでぇ、兄ちゃんらは糞餓鬼とどういう関係だ?」
乱雑に置かれた卓子のひとつに席を勧められて着席したアレイクの向かいに狸親爺、左側にミシリー。ルドがアレイクの膝の上に座ったところで、狸親爺が切り出した。周りを、決して上品とは呼べない男たちが二歩程度の距離を取りつつも隙なく取り囲んでいる。
問いに応じるのにアレイクが一瞬躊躇ったのは彼らにどこまで話していいかを測るためだったが、その隙に膝の上の子供が口を開いていた。
「ゼフィーアで会って、仲良しになったんですー。そのあとエレアザルの近くでまた会って、じゃあご一緒しましょうってなったの」
対外用の舌足らずな喋り方は、初対面の人間には違和感なく受け入れられるだろう。だが、素に馴染んでいたアレイクとミシリーは思わず身体を強張らせた。すぐに硬直は解けたものの、ミシリーは鳥肌でも立ったのか両腕をさすっている。
「ほぉん、あの餓鬼と『仲良し』ねぇ。……ゼフィーアで会ったのは、なんでだ?」
「〈鬼〉捕縛の現場に揃って居合わせたもので。ミシリーも」
「あたしは巻き込まれただけだと言いたいわねー。積極的にアイツと関わろうとした訳じゃないもの」
アレイクの色々省いた説明にミシリーが補足にならない一言を付ければ、狸は太い眉の下の円らな瞳を細くして不敵な笑みを浮かべた。
「そういや名前も聞いてなかったな。俺はドーンだ」
「あ、僕、ルドって言います」
「……アレイク・ダシルバ」
「〈カトレア〉のミシリーでぇっす」
名乗った狸改めドーンにルドが右手を挙げて応え、続いたアレイク、そしてミシリーの名乗りにドーンがひょいと片眉を上げた。しばしミシリーの顔を眺めていたが、口端を上げてにやりと笑う。
「……まぁ、人それぞれで事情はあらぁな? 深くは聞かないでおくよ、お嬢ちゃん」
「そりゃどーもー。あたしは色々訊きたいんだけどね?」
「へぇ、なにをだい? 〈カトレア〉が喜ぶような情報を俺らみてぇな辺境の破落戸が持ってるとも思わねぇがねぇ」
にやり笑いを一層深めたドーンに、ミシリーはそれまでのそっけない調子を翻して身を乗り出した。
「バルガ・オルヴァについて詳しく!! 外見・為人他内容は問わない!!」
「…………あー……」
「バカに関する話もバルガ・オルヴァに絡む限りは許容する!」
「あーあーあー。オルヴァ崇拝者がまさか北の国にまで居るとはな……」
ミシリーの勢いにドーンが遠い目をしてぼやくが、獲物を見つけたミシリーには気付くつもりがない。さあ喋れさあ語れと瞳を輝かせて迫るのみだ。
「……〈カトレア〉を騙ってまでどんな情報を欲しがっとんかと思ったが……嬢ちゃん、なにがしたい」
再び目を細め、しかし笑みは佩かずにドーンはミシリーの瞳を視線で射抜く。受けるミシリーは怯む様子もなく、軽く肩を竦めて皮肉気に笑って見せた。
「厳つい顔してる割に可愛い目元してるわよね、なるほど狸」
「……嬢ちゃんよぅ」
「騙り扱いされる謂れはないわよ? ちゃぁんと姐さんに許可貰って名乗らせてもらってるもの」
「ほぉーう。そりゃまたデカイ買い物したなぁ?」
表情を一転させて楽しげになった狸とは対照的に、ミシリーはがっくりと肩を落とした。小さく呻き、目線だけを上向けてドーンを恨めしげに睨んだ。
「…………ソレ言わないで……ちょびっと泣けてくるから」
「はっはぁ! 覚悟の買い物とはな! よし気に入った! バルガの話でいいんだったな。――おい、酒だ!」
ドーンとミシリーの遣り取りにアレイクは怪訝な表情を浮かべるも、ドーンの一声で周囲の男たちがどやどやと動き始め、酒と簡単な肴を並べ始めたために問いを挟む余地を見失った。
そうして日暮れ前から始まった酒宴が、肴はあらかた食べ尽くされて酒を主体にだらだらとしだした雰囲気になった頃。バルガ・オルヴァのあれこれを一通り語り終え、ついでに諸々の愚痴も吐き終わったドーンがふとアレイクに視線を止めた。
「そういや兄ちゃんはどこのアレイク君だ?」
「ゼフィーア王国」
「……そりゃ先の話で察しはついてらぁな。流れの剣士って風にも見えねぇンだが、糞餓鬼との関係は?」
す、とアレイクの瞳が眇められた。酔いの回ったドーンの赤ら顔を静かに見据えて――しかし口を開こうとはしない。
「アレイクさん?」
「王国軍第二師団の、……細かい所属は忘れたわ。門番の班長さんだったかしら」
アレイクの膝に座ったままで食事をしていたルドが首を上向けるのと、ミシリーが横からアレイクの身分を明かすのとはほとんど同時だった。
眉間に皺を寄せたアレイクがミシリーを睨んだが、組んだ膝に頬杖をついたミシリーは気にせず言葉を続ける。
「〈鬼〉捕縛に動いたゼフィーア軍の一員で、そん時にセインともあのバカとも面識持ってね? 騒動後さっさかゼフィーアを離れたセインの護衛と称してお役目返上して追っかけてきちゃってさぁ。しかも余計なお荷物連れて」
「……ミシリー……」
「挙句、追い付いて来たと思ったらお荷物が無駄にセインにのぼせちゃうし? 鬱陶しいったらないわ」
くすくすと漏れる笑い声は膝に抱えるルドのものだ。アレイクは低く呻いて、ルドを支えているのと反対の手で額を押さえて項垂れた。ミシリーは素知らぬ顔でドーンと視線を交わしている。
しばしの沈黙ののち、狸親爺が爆笑した。
「だぁっはっはっは! いいねぇ、兄ちゃん! あのバカ末っ子に負けんなや!!」
「…………っ!!」
周囲の男たちにも伝播して、狭い食堂に野太い笑い声が響いた。
国軍兵士という肩書は、裏の世界の住人にとっては脅威か金蔓かの両極端に振り切れるとアレイクは考えている。脅威と見做されれば消され、金蔓と取られれば知る限りの情報を洗い浚い吐かされかねない。アレイクが応じなければ当然実力行使となり、ルドやミシリーは無論、今ここに居ないセインをも巻き込むことになる。
故にアレイクは警戒したのだが、ミシリーはそんな葛藤を知ってか知らずか、さらりと暴露した。……正しくない追加情報付きで。
むきになって否定したところで燃え草を足すだけだと分かるだけに遣る瀬無い。奥歯を噛み締めて怒鳴りたい衝動を押さえ込んだアレイクは、手元の杯に酒を満たすと一気に呷ってすぐに次を注ぐ。どぼどぼと荒っぽい注ぎ方をしては乱暴に呷る。
アレイクの呑みっぷりに更に湧いた周囲がこれも呑めあれもそれも、と様々な酒を持ち出し、ついでに自分たちも酒杯を重ねて宴は最高潮を迎えた。
――呑まずにやっていられるか。
自棄になったアレイク・ダシルバは性質が悪い。
普段は嗜む程度に呑むだけ、気持ちよく楽しんで、絡むことも暴れることも、逆に陰気になることもない。自棄酒であっても、楽しそうではないというだけで、そうした態度は大きく変わらない。
ただ作業のように目の前にある酒を空けるだけだ。底も無ければ枠もない、がらんどうの中に淡々と酒が流し込まれていく。
静かに酒杯を重ねていくアレイクの様子に慄いたのはミシリーで、一通り話は聞いたことだし~、と手元の杯を空けるなり席を立つ。ルドもアレイクの不機嫌な気配を察してそそくさと膝から降り、ミシリーと連れだって適当な部屋を確保して早過ぎる就寝を決め込んだ。
――カイルとセインが死屍累々の惨状を目の当たりにするまで、あと半刻。
ちなみに失言したカイルをアレイクが叩きのめすのは、その四半刻後。
アレイクが正気に戻ったときには、セインもルドたちが占拠した部屋に入ったらしく、動いているのは自分と、自分の足元で蠢いているカイルだけだった。
深く息を吐いて剣帯に鞘を提げ直しながら、ふと眉を顰める。
「……む。ミシリーの話が有耶無耶のままだったな」
「姉ちゃんがどした?」
よろよろとカイルが立ち上がりながら、床に転がっていた未開封らしい酒瓶を捕まえる。アレイクはすかさずその手から奪い取って開封すると直に口を付けて呷る。
「アレイク酷い! 俺が拾ったのに!!」
「ミシリーが〈カトレア〉を騙っているという話が出ていたんだが」
カイルの批難をさらりと流して話を続けるアレイク。恨めしげなカイルの視線は無視して「どう思う?」と意見だけを求める。
「んー? 突っ込まないでいてやるのが親切ってもんだと思うね、俺は」
「……『裏』の礼儀か?」
「礼儀って程のもんでもないさ。落とし前は自分でつけるのがアタリマエってこと」
「…………」
「過保護過干渉な男は嫌われるぞー。まあ保護者役としては気になるか?」
へらへらと笑うカイルに半端に飲み残した酒瓶を押し付けて、アレイクはにっこりと笑みを浮かべた。それはルドがセインに説教をするときの笑い方によく似た表情で。――カイルは酒瓶を近くの卓子に置くなり踵を返した。
「――誰が『お父ちゃん』だこの糞餓鬼ィイイ!!」
「言葉遣いが壊れてるよアレイク! そして落ち着けマジで剣抜かないでぇえええ!!」
月の下に出ての第二戦が決着するまで、更に四半刻。
翌朝、すっきり晴れやかに爽やかな表情で挨拶を投げてくるアレイクと、ぼろぼろに疲れ果てて澱んだ眼差しで宙を見ているカイルとが非常に対照的であったとは、ルドの談。
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アレイクの基本の罵り言葉は「阿呆」です。
どーでもいい追加情報。




