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紅の闇  作者: 水無神
第四章 メルス王国
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幕間/約束の結末


※前半は「10.餞に~」と「11.猪に~」の間の小ネタ、

 後半は「13.暗躍の~」と「14.日常に~」の間の小ネタです。


本編に入れるつもりで『約束は踏み倒すのがお約束』というタイトルまで考えていたけど閑話レベルだなと削ったのが心残りだったので、意地で回収です。



 駆け続けた森は薄暗さを増し始めた。前方の木々の合間から小さな火が見えたところで速度を落とす。勢いが落ちた焚火の傍に、求めるふたりの姿を確認したアレイクは、しかし安堵の息を漏らすよりも戸惑いに眉を上げた。


 火により近いところに居るのはミシリー、すぐ傍に座るルドに向かって手を伸ばしているが、見えない壁に阻まれ、ひとり奇怪な姿勢で固まっているようにしか見えない。

 アレイクの足音に、ルドが首を上げた。


「――無事か? ルド、ミシリー」

「アレイクさん! 良かった、ミシリーさんをお願いします」

「怪我……は、無いようだが。どうした?」

「とりあえず、ぎゅーってしてあげてください」

「…………却下。セインと合流してから存分にさせろ」


 アレイクはさらりとルドをなしたが、ミシリーは結界に縋り付いた格好のまま動かない。てきぱきと荷造りを始めたルドを見て、アレイクは溜息ながらにミシリーの首根っこを引っ掴んで立ち上がらせた。


「ううう、ルド君の嘘吐きぃ。約束したのにぃ。死体の切開ハラキリとかキモイこと頑張ったのにぃ。あぁあ、もうこの際兄さんでもいいからくっついててぇ」


 言うやミシリーはアレイクの腰に腕を回してしがみついて来る。一瞬身を引きかけたアレイクだが、ミシリーが震えているのは泳いだための寒さだけではないようだと判じて好きにさせた。


 ――どいつもこいつも。俺を本気で『保護者』とでも思ってるのか?


 そう内心で嘆きながらも、ここで諦めて勝手にさせるからより一層そういう扱いになるのだと気付かない。遠慮会釈なくしがみついて身体を密着させるミシリーの頭を撫でて宥めつつ、溜息を押さえられないアレイクはまだ二十代前半の色々お盛んなお年頃である。一応。

 更に落としかけた溜息をなんとか呑み込んで、優先させるべき事項を口にした。


「ルド、セインが失血で倒れた。カイルに任せてきたがあいつも負傷しているから、」

「先に言いなさいよ兄さん! ほら先導して!!」


 ルドが返事をするより先に、腰にしがみ付いていたミシリーが弾けた。

 突き放すようにアレイクから離れると、荷袋かばんを引っ掴んで肩に掛けながら火に土を掛ける。ルドも結界から“石”を取り出して自分の背嚢リュックに杖と一緒に突っ込んで荷造りを終える。

 背嚢を背負おうとしたルドを留めたのはミシリーだった。


「ルド君、あたしが荷物持ってくから、杖だけ持って兄さんと先に行って」

「あ、……でも」

「背嚢に結界とかお守りとかの術をかけてってくれると安心です」

「あは。了解です。――――お願いします」


 “石”に触れるのを忌避するミシリーに荷を任せるのを一瞬躊躇ためらったルドだったが、素直に背嚢を降ろして清めの術を全体にかける。セインたちが待つ場所はやや遠いが、ミシリーが本気で走れば左程の時間はかからないだろうと短時間設定で施して預けた。


「ルド、来い」


 アレイクが差し出す左腕に慣れた調子で抱えられて、すぐに動き出す。


「しっかり捕まってろよ」

「はい。お願いします」

「兄さん、その道まっすぐでいいのね!?」

「ああ、道なりに来い!」

「いざとなれば光の鳥(おむかえ)出しますから、迷子になったら動かないでいてくださいねー!」

「なんないから!!」


 軽口の応酬の間にも走り出していたが、アレイクの全速力にほぼ遅れずミシリーはついて来ていた。




  ◆◆◆




「と、いう訳でセインさん。あたしをぎゅーってしてください」

「どういう訳だよ……」


 セインが療養する部屋に一同が揃うなりミシリーが切り出した。


 意識の回復から一晩、辛うじて上体を起こしてはいるが気怠さを隠さないセインは覇気なく問い返した。聞けば湖での“石”の回収時、少々気味の悪い思いをする羽目になったミシリーがご褒美として「ルドを抱き締める」という約束をしていたという。


「なのにルド君が約束破るからぁ! 保護者セインに責任取って貰うしかないじゃん!」

「えー」

「えー、じゃない! ほらセイン、ルド君の代わりに褒めて宥めて甘やかして!!」

「アレイク、頼んだ」

「却下だ! なんで俺に振る、ルドとの約束なんだろう、巻き込むなッ!」


 旅用の小さな角灯ランプの煤落としをしていたアレイクが、急に投げられた話に噛み付く勢いで反駁した。どいつもこいつも大概にしろ、と威圧してくるアレイクも、そもそも約束してません、と膨れっ面をするルドも無視してミシリーはひょいと肩を竦める。


「兄さんには一回しがみ付いたけど硬くてデカくて慰めにならなかったからもういい」

「…………ふぅん?」

「――え、なにセイン? なんでそんな妙な表情になってるの?」


 いいや? と言葉を濁したセインは、苦い表情で角灯整備に戻っているアレイクを一瞥してから言葉を続けた。


「ミシリーが『しがみ付いた』んだよな? 逆やって貰えば?」

「ぎゃく」

「アレイクにぎゅーってして貰う」

「却下だ」

「ちょ、兄さん即答で拒否!? なに、あたしみたいな美少女を抱き締められる機会がそうそうあると思うの!?」


 視線すら上げずに即答したアレイクに、いや別にどうしても抱き締めて欲しいって訳ではないけど、と言いつつミシリーが異議を申し立てる。だが、そのミシリーの言葉を、カイルが笑い含みに混ぜっ返して来た。


「その気になりゃぁいくらでもあるだろ、アレイクなら~」

「へえ、そうなんですか?」


 お呼びじゃない、と睨みつけるミシリーの視線は華麗に流して、乗って来たルドに頷いてカイルは話を披露する。


「アレイク、ゼフィーア王国正規軍の有望株だってな? 現状の階位は下から数えた方が早いけど確かな実力と面倒見の良さと穏やかな気性とで師団長筆頭に上から目を掛けられ、班員たち下から慕われまくりのステキ班長。下町のお嬢ちゃんから娼館のお姐さんまでこぞって袖を引きたくなる優良物件と」

「……どこからの情報だ、カイル?」


 半眼になったアレイクが低い低い声で問い質す。滅多に無いアレイクの低い声に、しかし怯むでもなくカイルはニヤリ笑いのまま続けた。


「ん? ヒペリオン行く前にゼフィーアの王都(クラルテ)に寄ったじゃん? そん時に、えーと、ディイ、っつったかな、お前の親友マブダチを自称する兄ちゃんが切々と語ってくれたぞ? あとアレイクを崇拝してる勢いの下っ端君も力説して、さっさとアレイクを軍に戻せっておど……、懇願された」


 あの阿呆共いつの間に、と頭を抱えるアレイクの肩を、カイルは笑いながら軽く叩いた。あっけらかんとした様子からは、脅されたと言っても深刻な状況ではなかったらしい。ディイはカイルに対し強い警戒心を持っていたから、アレイクの知らないところでの接触があったとなれば少々不安を感じたが――不要なものだったようだ。


 が。


「その手堅い優良物件がまさかの追っかけ、って話は笑えたかな。隣国の貴族の姫さんに惚れ込んで職務返上で追っかけってった、つって軍内どころか王都中で相当話題を呼んだとか~」

「…………だからどこまで広がっているんだその噂は…………」


 ――王都中とか勘弁してくれ。復職はいっそ辺境部隊を志願しようか。


 泣きたいくらいの思いで呻いたアレイクに、覇気はないが意識ははっきりしている声音でセインが声を掛けた。


「……アレイク、責任取って私が貰おうか?」

「ちょ、セイン! 俺! 俺がその位置ポジションだから!!」


 アレイクが無言で首を振るより早く、カイルが慌てふためいてセインの座る寝台に縋り付く。身体の重いセインは首だけをことりと落としてカイルに視線を合わせ、非常に感情の乗らない平坦な声で一言だけ発した。


「えー」

「えー、じゃない! 俺が貰うって約束じゃんか!!」

「いやそれアンタの一方的な言い分かつ勝手に斜め解釈した話でしょうが」

「姉ちゃんだって今、一方的な約束の履行を迫ってるくせに~」


 カイルにざくっと指摘され、ぐ、と反論に詰まったミシリーと、セインの傍らで遠慮なく噴き出したルドと。

 僅かに気分を持ち直したらしいアレイクまでもが小さく笑って、結局『約束』は有耶無耶に消えた。


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