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紅の闇  作者: 水無神
第四章 メルス王国
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15.旅の連れ引き摺り倒して何処へ行く


 借りた双剣の片割れに彫り込まれた紋章に、対峙すべき相手クロッセのことが一瞬頭から飛ぶくらい、眼を奪われた。


 大切なものを見誤らないこと、大切なものを護るための判断を誤らないこと。

 なにが最善か、ではなく、なにが正しいか、を選び取ること。


 一拍後に戻った現実で、今、なにをすべきかの念押しをされた思いだった。



 閉じた瞼の裏に浮かぶのは、ひとりの女性。

 自分の中に閉じこもった少女に、言い聞かせるでもなく、ただ思い出を懐かしむように語っていたひとは、短剣に刻まれた紋章を見せてくれた。


 ――課せられた義務を正しく果たすことを宣言した家紋なのよ。


 見るともなしに眺めるこちらの反応は置き去りに、脈絡など気にも留めずに色々な話を流していく。


 自由の象徴たる翼と守護の象徴である盾。翼は民、盾は領主。民を護り、民の自由を守ることが勤めである、と。貴族階級にありがちな、義務と権力を履き違えて驕ることを戒めるのだ、と。

 盾が秘めるのは小さな花。山野に咲くささやかな花であるのに『正しい選択』を迫る、意思強き存在。


 ――本当はわたくしがこの家を継ぐはずではなかったのよ。二つ下の弟がいたから。


 穏やかに笑ってそう続けた、妙齢の貴婦人。


 ――なのに、あの子。十四で家出をしてしまって。元々、父とは妙にそりが合わなくて。自分は領主の器じゃない、なんて。父は父で、ろくに探しもせずに本人不在のまま弟を廃嫡、わたくしが婿を取って継ぐことになって。


 金に近い茶色の髪と、灰色と青色の中間色の瞳。

 重ねた年齢の分だけ髪の色は白さを含み、瞳の色はより色を深めている。


 ――でもねぇ、父が弟を探さなかったのは、父なりの『正しい選択』だったのだと、随分あとになって理解したわ。あの子はきっと『盾』にはなれなかった、『翼』だったから。あのまま家を継いでもなんの益もなかったわね――民にも家にも。


 思い出を辿っていた眼差しがふとこちらに向き、とても柔らかな笑顔になった。


 ――行き倒れていた貴女を介抱したのも、家訓に従っただけだわ。


 なんの益がある、と声には出さずに問うた思いは伝わったらしい。笑顔の質が、少々悪戯めいたものに切り替わった。


 ――息子が三人、よ? 後継云々を言うなら男子が優先されるでしょうけど、ひとりくらい娘が欲しかったわ。ほら、息子の嫁と自分の娘では、やっぱり違うでしょう?


 違いなんて分かるか、と思ったことも筒抜けていたらしい。遠慮の具合が変わるのよ、とにこやかに返されて、ずっと手元でいじっていた衣裳を差し出してくる。


 ――さあ、これを着て頂戴。そして髪を結わせてね。あと、お飾りも色々あるのよ。わたくしの娘時代の物。髪色が淡いから、濃い色の玉が合いそうよねぇ。


 ……着ない、という意思は拾って貰えなかった。まだ思うようにならない重い身体を捩じって足掻いて、それでも結局抑え込まれて着せ替え人形にされた。

 腫れものを囲い込むように隔離された環境でも、接する人々からは遠慮のない扱いをされたからいつまでも鬱屈していないで済んだのかもしれない。




  ◆◆◆




「――セイン?」


 不意に隣からかけられた声に瞼を開いて首を下ろす。ちんまりと覗き込んできていたのは、外見だけなら可愛らしい幼児。


「あ、起きてた。上向いて寝るとか器用なことしてるかと思ったよ」

「……うん、勝手に腹黒に育っただけだから仕方ないよな」

「えぇ? いきなりなに、僕のこと!?」

「他に誰が居る。ちょっと思い出してたんだよ、拾った当時は小動物的な可愛らしさがあったよなぁとか」


 ああ……、と遠い目になったのは当事者のルド以外全員だ。

 唇を尖らせて不服を表明したルドは、しかし誰にも取り合って貰えないことは承知しているのでさっさと話題の転換を切り出した。


「どんな流れで昔に思いを馳せてたのかはもういいけど。どうせなら未来これからについて話しませんか、保護者さん?」

「そうだな。とりあえず――ミシリー、オルヴァ一家のことは分かるか?」


 急に振られた話にミシリーが首を傾げる。出会った当初は肩に付かない程度だった黒髪が、肩を過ぎてさらりと流れていく。

 セインが「弔いとか」と少し濁して続けた言葉にコクコクと頷いて情報を提示した。


「えっと、拠点ってか主体メインねぐらをイーハ公国北部に置いてた関係で、そこに全員お墓作られてるはずよ。縁のあった別の一家が主導して葬って、孤児院の人間が日々の弔いをしてるって」


 言ってちらりとカイルに視線を投げる。

 気遣われたらしい、とカイルは苦笑を噛み殺した。基本的にセインを挟んで騒ぎ合う相手なだけに、こうした配慮はどこかくすぐったく、いっそ初対面時の噛み付きようが懐かしくなる。


「狸なおやっさんと狐のばぁちゃんだな。いつか礼を言わなきゃだなー」


 いつもの暢気さを装えただろうか。ぎこちなかった気がして肩を竦めていると、セインの落ち着いた声がおかしな話を始めた。


「じゃあ、このまま南下してイーハに入ろう。オルヴァ一家の墓と関係者に挨拶回り。ああ、メルスの南端の以前私が世話になった貴族家にも礼をしたいな。あとは――何処に行こうか、希望があれば」

「――ちょっと待て、セイン」


 遮ったのはアレイク、怪訝な表情の眉間には皺が寄っている。

 ぴたりと口を閉じたセインが続きを促すようにアレイクに首を向けた。


「オルヴァ一家の件がお前の中でしこりになっていることは理解するし、世話になった人間に挨拶もいい、が……そのあとは……」

「これから寒くなるしなぁ。南部で冬を越したいよなぁ」


 さらりと返ってきたセインのすっとぼけた回答に、アレイクが額を押さえて俯いた。他の三人の頭上にも疑問符だけが浮いている。


「セイン、エレアザルは?」

「いずれ寄って状況確認はするけど。今すぐ行ったところで私もまだ術を万全に使える訳でもないし」

「えっと、“石”って全部集まったんだよね? シルグルアおうちに帰らなくていいの?」


 躊躇いがちに結界その他の諸問題が残されたままの大神殿行きを提示したルドの言葉には取り合わず、アレイクが言わんとしていたことを進言してきたミシリーには、にんまりと悪い笑みを返してきた。希少レアな笑顔を見せてくれるのならう少し爽やかなものをお願いしたいとミシリーは切実に思う。


 その悪い笑みを浮かべたまま、セインは右腕と首元を見せ付けるように背筋を伸ばしてミシリーに問いかけた。


私が・・身に着けている“石”の数って幾つだ?」


 小粒をって腕輪状にした分と、小粒を引き抜いて少し短くなった首元の連なり。

 一連の作業をルドと一緒に見届けたミシリーだが、セインの問いの意図が見えない。


「……え、だから全部でしょ。三十九個、ですよね?」

「いいや、三十八だぞ?」


 あ、と声を上げてルドは自分の胸元を握り込んだ。ルドに預けられたひとつは、今も首から提げた小さな巾着袋の中に在る。よって、確かに。確かに『セインが身に着けている』個数は三十八、だ。誰がどう数えても、記録に残されている数まであと一個足りない。足りないが、だが、しかし。


「セイン……」

「どこだろうなぁ、最後の一個。とりあえずイーハに行って探してみようなぁ」


 しれーっと視線は宙に泳がせて、無駄に間延びした喋りを、完全な棒読みで。

 声にならない笑いを――愉快だからではなく呆れと諦めで――上げながら、カイルは隣で項垂れるアレイクの背を叩く。観念しろ、の意を込めた手だったが、アレイクは諦めようもなく唸るようにセインを呼んだ。


「…………セイン」

「アレイクが報告の義務を負っていることは理解している。放棄しろとは言わない、ただ、回収した“石”の数を明記しないでくれればいい」


 湖に複数個ある、という話をセインは誰にもしていない。シルグルア王国(ガルゼスやイライアス)にも、大神官にすらも。そしてアレイクも、主国ゼフィーアへの報告は『メルス王国王都の南にある湖方面に向かう』という程度の文面で出している。幾度かアレイク作成の報告書を覗き見る機会があり、毎度、随分端的な書きようだと呆れ半分に思ったものだが――むしろ好都合である。無事回収、次は更に南下、とでも送ってくれれば義理は果たすだろう。


 悪びれないセインの様子に、アレイクは最早頭を抱えて呻くしかない。


 ……義務は、放棄はしていなくても棚上げにはなっていると思うんだが、気にしたら負けだろうか。


 妙に清々しい表情を見せるセインに、ルドはじっとりと据わった眼を向けた。


「……人に詭弁だなんだって言ったのだぁれ?」

「保護者の教育がよろしくてな」

「育ててないから!!」

「ん。育っただけだな」

「ああぁ、もう! この屁理屈屋ぁあああ!!!」


 ルドは沸々と身の内に湧く正体不明の憤りに任せて大きく叫んで立ち上がり、腰に両手を当ててセインを正面から見下ろした。感情の発露に乏しい、けれど出会ったころに比べれば随分と柔らかな雰囲気を纏うようになったセインをしばし睨み据えて、――そうして深々と息を吐いた。


「――はぁ。もういいよ。猪になにを言っても仕方がないよね、うん。気が済むまで付き合うよ」


 口角を僅かに上げて笑みを佩いたセインの隣に、ルドはどすんと勢いよく座った。その向こうから、ミシリーが元気よく声を上げた。ご丁寧に挙手までついている。


「あたしはセインが行くとこなら何処へでも!」

「俺はセインの相方だし離れねぇぞ~?」


 カイルが続くが、すぅっとミシリーは目を眇めた。


「アンタのそれは誰も認めてないから寝言はくたばってから言いやがれ」

「姉ちゃーん、さすがにそろそろ泣いていいかーい」

「男が泣いても鬱陶しいだけだからやめろ。で、俺はセインの護衛兼カイルの監視役だからどう足掻いても同行することになるんだが」

「ちょ、鬱陶しいとかアレイク酷い!!」

「なんていうか……カイルさんって末っ子ですよね……」

「えぇえ、ルドまで生温い視線寄越すのヤメテ!?」


 わいわいと、賑やかな仲間に囲まれて、セインは再び空を見上げる。


 遥か高みを流れていく薄い雲。

 優しい蒼。

 穏やかに肌を撫でる秋の風。



 ――さあ、行こうか。





メルス編、完。

同時に本編、完。……です。


諸問題残っていたり最後に撒いたネタがあったりしますが、大筋としてはここまでです。

今回のタイトルと終わり方はエレアザルでうだうだやってる頃に固まったものでした。

何とか辿り着けて良かったです…。


ここまでお付き合いいただきました方々に、心より御礼申し上げます。

あと幾つか、小話等を上げて完結にしたいと思います。

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