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紅の闇  作者: 水無神
第四章 メルス王国
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14.日常に回帰させるは黄の小花


 魔王様降臨の翌日は、明け方から強い雨が降り始め、室内でも薄暗くなるほどざあざあと大地を潤していた。

 滞在費代わりに肉体労働を提供していた男ふたりも今日はできることがなく、狭い、と渋い顔をするミシリーを無視してセインが間借りしている部屋に集って雑談や旅の用品の手入れをして過ごしている。


 家主の厚意で昼食も全員分が賄われ、セインの部屋へと膳を持ち込む。セイン用にはルド謹製の薬草粥と緑野菜の煮びたし、あとの者には量はやや控えめながら雑穀の炊き込み飯に煮物と焼いた魚、スープに少しの果物、と品数は揃えた普通の食事だ。が、ここでも幅を利かせていた食材は芋だった。


「どこまでもイモ……。いや、魚が付くだけちょっと違うか? いやでもあの・・湖産だよね、この魚……」

「ミシリー、すでに何日も食べているのに今更だろう。有難く食べてしまえ」

「分かってる、分かってるよぅ兄さん! でもなんだかね、ついね!」

「大丈夫だ姉ちゃん、湖に死体なんざいくらでも沈んでる! 鳥とか獣とか含め!」


 煮物と羹に泳ぐ芋を睨み据えていたミシリーをアレイクが諌めたのにカイルが余計な口を挟んでミシリーが噴火し、という賑やかな昼食を終え、片付けまで済ませたところでルドが「セイン、吐き気も眩暈めまいもないよね?」と声を掛けた。


 床に敷物だけで座り込んでいる面々に申し訳ないと思いつつ、ひとり寝台の上に座るセインがルドの問いに軽く頷く。気怠さは残っているが、気分は悪くないし座っているだけで眩暈がするほどでもない。――寝たり起きたり、の動作の際にはまだくらりと来るものがあるが、それはルドも知っているから今は問題にしない。


「ん、前回より回復早い感じだな」

「一日長く寝てたからその間に血ができてたんでしょ、出血量は大差なかったから。間違っても回復力上がったぜやっほい、とか勘違いしないでよね」

「…………そんな阿呆っぽいことは言わない……」


 ルドの微妙な毒に気圧されつつ居住まいを正したセインは、ルドが持ってきた布包みを大人しく受け取って開く。

 持った感触で分かってはいたが、中から現れたのは紅と黒の“石”だ。浄化済みを示す紅の連なりにひとつだけ混じった、未浄化状態に戻ったそれと、ばらばらの、回収されたばかりの六つの“石”。


「七つ、か。浄化面倒臭いな」

「ま、術の訓練のつもりで気長にやろうよ。一日一個な感じで。全部終わる頃にはセインも全快してるでしょ」

「……むしろ貧血が悪化していそうな気がする」


 大量には要らないが“石”全体が濡れる程度には血に浸さないと浄化できない。一度に複数個を浄化するにしても、結局必要な血の総量は変わらない――とセインが語り切るより先に、ルドの表情が恐ろしいモノになっていて口を噤んだ。


「あぁのねぇええ、セイン? 僕、術の訓練、って言ったよね? そもそも、セインが術を使うのに自分の血を必要としたのは、そうすることで『封じられた』魔力を表出させるため、だったんでしょ? 今現在、セインの魔力は封じられるどころか駄々漏れなんだけど!? もっかい魔王様呼び出しでもする気なの、血が要るって!!」


 柔らかな茶髪が流れるこめかみに浮かんだ青筋の四つ角は、どうやら幻覚ではなく現実のようで。

 浄化即ち(イコール)血で洗う、な図式が身に染みつき過ぎていたセインとしては引き攣り気味に笑うしかない。誤魔化しの笑いではなく、自嘲だ。


「仰せの通りで……。そうだな、魔力の抑制の訓練も今のうちにやり直すか。付き合ってくれるか、ルド?」


 まだ青白い顔に、それでも穏やかな笑みを佩いてセインは“石”をひとつ、摘まみ上げる。


「ほんっと、神の子〈アスカ〉(ユークリッド一族)とか“石”とかって厄介。セインの右手に手出しできなかったから代わりに一個でも浄化できないかなって思ったのに、全然歯が立たないんだもん。なんなのさ、本当にもうっ」


 セインが殊勝になってもルドの御機嫌はまだ傾いでいたようで、発散の方向がセインから“石”に変わりながらもまだ説教と愚痴の間のような言葉が漏れる。

 泣きからの説教、ではなく、毒を盛られつつ憤慨しつつの説教は、すべての“石”を浄化し終える六日後まで続いたが、セインはそれを甘んじて受け入れた。


 すべてを繋いで首に通すとかなり長く、小粒をって抜き取り、右腕の上腕に回す腕輪状のものを作った。首に掛けるものも短くなり、再び紅玉はセイン以外の誰にも、その身から外すことはできない状態となった。




  ◆◆◆




 暴れていいよ、と法術士ルドのお墨付きが出たのは“石”の浄化が完了したその日の夜。翌日、セインは早速外に出た。湖に辿り着いた頃は爽やかだがまだ暑さの残っていた秋風も、先日の雨で少しばかり涼しさを増した。

 いつもの上衣シャツに一応上着を引っ掛けて、間に合わせで調達した剣を手に集落の裏手の閑地で身体を動かす。


「セイ~ン、相手要るかぁ?」


 野良仕事が一区切りついたらしいカイルが、自身の双剣を腰に声を掛けてきた。

 型を流していたセインは「頼む」と一言返して息を整えると、薄く浮いた汗を袖で無造作に拭ってカイルに向き直る。


 数合剣を重ね、間合いを取り直してカイルの懐に潜り込もうと足を踏み出すが、馴染んでいない細剣が上手くついてこない。舌打ちしつつ一蹴りで横に飛び退くとほぼ同時にカイルの双剣が空を薙いでいった。


「セイン、左でやっていいぞぉ?」

「今は、右の、調整中――だ!」


 気合を入れてカイルの右肩に打ち込もうとした切っ先は紙一重で躱され、お返し、との軽い言葉と共に双剣の片割れがセインの右太腿目掛けて落ちてくる。剣共々右足を引いて避けたところにもう一方の剣が首筋を捉え、――勝敗が着いた。


「……っそ、やっぱ完敗か……っ」

「女の子がクソとか言わな~い。むしろ病み上がりの割に良く動くよなぁとか思いましたケドね~?」

「体力だけはある、つもりだからな」


 セインが大きく息を吐いて剣を収めたところで、アレイクが先程のカイル同様に剣を提げてやってきた。

 身体を動かしたい、というアレイクの相手はカイルに譲り、セインは少し下がって腰を下ろした。まだ馴染まない剣の柄尻を一撫でして、相変わらず人間離れしているような剣技を繰り広げるふたりの手合せを眺める。


 アレイクの勝ちという、いつも通りの決着がつくのを見計らったように、ルドがミシリーとお茶を携えてやって来て午後の一服となる。

 ぬるめのお茶を啜って一息入れたところで、セインはふと思い出したように隣に座るカイルの剣に視線を落とした。


「カイル、剣を見せてくれないか?」

双剣これ? いいけど、どうかしたか?」

「ちょっとな。ちら見だったから」


 首を傾げつつも剣帯ごと渡してきたカイルから詳細を省いて受け取り、しゃらん、と引き抜いた二本を両手に持ってその内側を検める。


 薄く幅広い刃はひとつ鞘に収める際には内側に合わせる面が平らになっている。その根元に彫られた紋章は、翼持つ盾に五枚花弁の小花が三つ。丸く配置された八つの点に五枚の細い花弁が添えられた小花は、意匠化されても判りやすい薔薇や百合のように特徴的なものではなく、あまりにありふれ過ぎて本来の姿が想像し難い。


 セインはそっと指先でその花を撫でる。傍からミシリーとルドが寄って来て覗き込み、ふたり揃って首を傾げた。


「……僕、植物には結構詳しいと思ってたんだけどな……」

「あたしは食える草と毒な草だけしか覚えてないのよねー」


 誘われるようにアレイクも紋章を覗きに来たが、苦笑を浮かべすぐに元通り腰を下ろして茶器を手にした。カイルだけはにやにやと一同の反応を楽しんでいたが、セインが挙げた名に目を瞠ることになった。


黄苑ルドベック、で合ってるか?」

「うお、すげぇなセイン。図案化されたソレがなにか判るとか」


 黄苑ルドベックは大陸中央以南の、どちらかと言えば山地に多く分布する植物だ。夏から秋にかけて、黄色い小花を茎の頂点に複数、冠状に咲かせる。本来なら一本当たりの花数は十前後になるが、紋章とするには煩雑になるため三つに削られたのだろう。


「……『正しい選択』、か……」

「そしてまさかの花言葉まで知っている! でも惜しい、ちょい違う!」


 ひとつの花が秘める言葉が複数存在することはままあるが、複数の内のひとつを言い当てたなら『違う』と断言される謂れはないはずだ。なのにカイルは妙に力の入った調子で、しかも『ちょい違う』という微妙な表現でセインの呟きを否定した。

 怪訝な表情でカイルを見遣ったセインに、楽しげな様子のカイルが答えを返した。


「お頭いわく、『六枚花弁は「公平・正義・正しい選択」だが、五枚花弁は「不足の許容・寛容な結末」。翼と盾を合わせて、はぐれ者の自由を許し自由を望む者を護るという意味を持たせている』だそうな」


 ふふん、と胸を張るカイル。カイルにとって、バルガ・オルヴァは確かに『護る者』だったのだ。

 セインは眩しいものを見るように目を眇め、再び双剣に眼を落とす。


「……寛容、ね……。さすが『ルド』の花」

「いや、似てても僕の名前とは関係ないし。でも本当によく知ってたね、セイン。食べられる草と薬になる草しかくらいしか知識ないと思ってたよ?」

「ミシリーと同じ扱いか……否定しないけど」


 言われようの酷さに軽く笑って応じたたセインは、しかしすぐに、苦いというには少々違和感の残る、どこか複雑な表情をして見せた。


「――オルヴァ、か」

「ん? なに?」


 不意に上がった名前にカイルが目を瞬かせる。後ろに手を突いてのんびりした風情のカイルを見遣れば、薄い雲に和らげられた午後の陽射しに黄赤だいだいの髪と瞳は生き生きと輝いて見える。やはりセインは眩しげに眼を細め、やや言い難そうに、しかし今度は視線を逸らさずに言葉を続けた。


「オルヴェルト、って名前があって。『自由の番人』という意味の古語が由来で……多分、バルガ・オルヴァはそこから姓を取ったんだろうな、と」

「うわぁお。姓の由来なんぞ聞いたことないけどそれっぽい。お頭、ホント無駄に博識だなぁ」


 軽い調子の言葉とは裏腹に、泣き笑いのような、切ない表情になったカイルからセインはそっと視線を逸らした。手元の双剣、刻まれた紋章を目に焼き付けて、鞘に戻しカイルに差し出した。

 深く詮索することなく、笑って受け取る黄赤の青年こそが、『寛容』なのかも知れない。


 薄い白を流すあおを見上げて、セインは瞼を閉じた。



黄苑/ルドベック…キオンとルドベキアという二種類の花を足して割って妄想を加味しております。

ちなみに「花の形」がキオン、「正しい選択」の花言葉はルドベキア、「寛容」が妄想です。

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