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紅の闇  作者: 水無神
第四章 メルス王国
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12.傷痕を辿る指先愛おしく


 セインの力の入らない身体を起こして、寝台の側面に接している壁に凭れさせたのはアレイクだ。小さな寝台のこと、足を伸ばせば脹脛ふくらはぎの半ばから宙に浮く。じたじたと足掻くようにして膝を畳んでセインは大きく息を吐いた。


 セインが「起きる」と言うなり近付こうとしたカイルは即座にミシリーに威嚇され、扉の前で膝を抱えていじけている。出来うる限り居住まいを正したセインは、そんなカイルに視線を定めた。

 セインの視線に気付いたカイルが立ち上がり、首を傾げる。


「どした、セイン。あんまり見詰められると照れるぞぅ」

「……怪我は」

「わぁ流された。大丈夫だいじょーぶ、ルドが跡形もなく治してくれたもーん」


 軽い調子でカイルは暢気に笑う。ついでに左腕をぐるぐる回して見せるが、セインは愁眉を開かない。本当に完治しているかを疑っているのか、自分の事情に巻き込んで怪我をさせたことを悔いているのか――両方だろうなぁ、とカイルは内心で嘆息した。


「なに、疑ってる? 見る? 脱ぐ?」


 そんな顔をさせたい訳ではないから、殊更に軽く振る舞う。言いつつ上衣シャツの裾に手を掛けると、ミシリーの冷えた視線が刺さった。だが、いつもの辛辣な罵声が可愛らしい唇から紡がれるより先に、落ち着いた声が響いた。


「見る」


 いつもなら涼やかなはずのその音は、今は昏睡から覚めたばかりで少し掠れているセインのもので。


「……え?」

「脱げ」

「うえぇえッ?!」


 間抜けな音を発して固まったのはカイル本人、細縄を取り出しかけていたミシリーもぎょっとしたように表情を固めてセインを振り返っている。セインの寝台の傍らで面白そうに眉を上げたのはアレイクで、諦め顔で溜息を落としたのがルドだ。

 諦め顔のまま、ルドはまだ固まっているカイルに声を掛けた。


「……カイルさん、脱いでください。きれいに治っているのを自分の目で確かめないとセインは納得しなさそうですから」


 あ、上だけですよもちろん、と無駄に釘を刺してくるルドに、反論する余裕はカイルには無く。


 なんでこうなったんだっけ、とイマイチ回らない思考のまま促されるままに肌着ごと上衣を脱ぎ去る。広くはない――というか、素直に狭い部屋だから扉から寝台まではほんの数歩。寝台に座るセインの目線に合わせるために片膝を折って上体を傾けてセインに身体を晒した。気持ち、左肩が前にり出すように斜めに。


 セインの左手がゆらりと浮いて、カイルの左鎖骨辺りに指先が這った。

 しかめ面のまま、セインは壁から背を浮かせて顔を近付けながら、カイルの身体を指先でなぞる。


 身長はアレイクと変わらないのに、ふたりが並ぶとカイルはかなり細身に見える。無駄な肉は無く、鍛えられたしなやかな筋肉が息づいているのに、全体的に薄い印象が拭えない。

 その、厚いとは言えない胸から腹にかけて、大小取り混ぜて古傷が残る。ほとんどは小さいが、けれどしっかり痕が残っている以上は深かったのだと知れる。幼少時のものも、“石”に支配され〈鬼〉と称されていた頃に得たものもあるのだろう。ひとつひとつ検めながら右の脇腹にセインの指先が辿り着いた辺りで、カイルが身動ぎした。


「……セインさーん、ご納得いただけましたかねー。そろそろ色々ツライんですがー」


 視線をセインから逸らしつつ情けない声を吐く。

 カイルの腹に添えた左手を引くことなく、セインは一瞬唇を噛み、それからカイルに確認をすべく声を掛けた。


「……痛みも疼きもない、んだな?」

「ないです、ないない。むしろ別なトコが疼いてマズイ」

「どこが……」

「主にかはんし、んぶふぉわっ!!」


 セインから逸らされていた視線が戻って、妙にイイ笑顔を向けられたと思った瞬間、カイルの身体は床に沈んだ。――背後から、セインの方に倒れないよう斜めに蹴り倒したのはミシリーの足である。


「姉ちゃん酷ぇ!!」

「黙れ下種!! セインさんの要望だからと黙って見てれば調子に乗るんじゃないわよ!!」

「どわぁ、縄はやめてマジで首が締まるから勘弁して!」

「首の代わりに下種の根源をくびってやろうか!!」

「やーめー!!」


 毎度の流れである。

 が、いかんせん狭い室内だ。いつものように放置しておくにも限度がある。

 息を吐いて肩を落としたのは三人同時、口を開いたのはセインだった。


「ミシリー」

「はぁいセインさん!」

「下品」


 無表情に言い放たれた一言に、にっこり笑顔で振り返ったミシリーが硬直した。

 辛うじて細縄に捕らわれずに扉前まで退避したカイルの表情も引き攣っている。


 しん、と一転して静まり返った室内に、ミシリーの得物である細縄の端に付けられた鉤爪が落ちる音が、やけに響いた――。




  ◆◆◆




「皆さん揃ったことだし、セインの身体ことについて話そうか。別に秘密にしなくていいよね?」


 騒ぎを収めたころには日暮れが迫っていて、一旦夕食を摂るため解散した。再びセインの休む部屋に集合すると、ルドが杖の先に青白い光を灯してから切り出した。



 セインが世話になっているのは集落の長の家の空き部屋だ。寝台はひとつしかないため、ルドは毛布を貰ってこの部屋の床で寝て、あとの三人はそれぞれ別の家に世話になっているという。世話になっている家で食事も面倒見て貰っている、ということで食事時には別行動になるらしい。


 先に食事を終えたルドが運んできたセインの食事は薄い粥だった。やたらと薬草で嵩増しされていたのはルドの手製であることを示している。味の程は推して知るべし、黙々と平らげて水で口直しをしたところで三人が戻ってきた。


 先刻と同じように寝台の上で壁に凭れて座るセインの右にルド、左にミシリーが腰掛け、男ふたりは腰の剣を外すと床に無造作に座り込んだ。


「私の状態が極度の貧血以外になにかあるのか? まあ、なにがあっても隠すつもりは確かに無いけど……」


 ルドの口上に首を傾げかけたセインだったが、右手にぎっちりと巻かれた布の存在を思い出して――首を反対側に傾げた。細長く切られた包帯ではなく、手巾をそのままぐるぐると巻き付けられている右手を膝の上に乗せてルドに向き直る。


「カイルの傷を完治させたところでルドの法力が尽きた、って訳ではないんだよな?」


 煌々と発光する法術の灯りを一瞥して問えば、ルドはこくりと頷いた。光源たる杖を斜め前に座るアレイクに託すと、おもむろにセインの右手を取って布を解き始める。


「手首から上の裂傷は全部塞いだの。痕も残ってないよ。でも、手首の周辺から手先にかけてがね……手出しできなくて。傷は治されてるみたいだけど」

「手出しできないって……、って、なんだこれは」


 ルドの言葉を問い質すより早く右手の布が取り払われた。

 現れたのは、赤に染まった右手の異常な様だ。

 腫れたり爛れたりしている訳ではない。近い状態を探すなら痣、だろうか。


「っい、なにソレちょっとルド君こんな状態って聞いてないんだけど!?」

「ルド!? これはどういうことだ?」


 どうやら他の三人も右手の有り様を知らなかったらしい。一瞬身を引いてからセインにしがみ付くようにしてルドに責め寄ったミシリーと、驚きのままにルドを詰問しかけたアレイクを、ルドは冷めた視線だけで黙らせた。


「だから内緒にしたんですー。見せたらウザいから」

「……ウザ……ルドから可愛げがどんどんなくなっていく……」

「必要なときはいくらでもお子様ぶりっ子で愛想良くしますからご心配なくー」

「素直で純真なルドはどこへ……!!」


 抑揚なく棒読みで言葉を返すルドをカイルが混ぜっ返すが、溜息と共に「本当にウザいです、カイルさん」と丁寧に言われて項垂れた。

 その遣り取りを放置して己の赤い右手を目の高さに持ち上げて観察していたセインが小さく声を漏らした。


「…………浄化、治癒、……封じ?」


 眉間にくっきりと皺が刻まれる。

 訝しげに唸るセインの隣から覗き込んだミシリーも険しい表情になった。


「セイン、これ……なんかの模様か文字の、刺青?」


 項垂れていたカイルが頭を勢いよく上げ、アレイクも興味深そうにセインの右手に視線を注いだ。手首から先が鬱血しているように見える右手は、よくよく観察すれば細かな紋様がみっしりと書き込まれているらしかった。


「術式だ。彫った覚えはないけど……血で書かれているっぽいなぁ」

「書いてるって言うか、浮き出てるみたいなんだけど。やっぱりセインじゃないのか」


 幾度目かの溜息がルドから零れる。

 発言に違和感を覚えたのは恐らく全員、ルドに集中した視線の中から、問いを向けたのは当事者のセインだった。


「ルド、『やっぱり』って?」

「セインにこんな高等技術が扱えるとは思ってないから」

「……ルド君が厳しい……」

「今更ですよぉ、ミシリーさん? ま、感じる気配がセインの力とは異なるっていうのもあるけど」


 ひょいと肩を竦める、幼児の外見にそぐわぬ仕草でミシリーの批判を躱すとセインの右手に視線を戻す。

 浮き出た赤い術式を睨み据えていたセインが再び呟いた。


「……初代、ユーク様」


 呟きは虚空に転がって消えた。


 なぜここでその名が出るのか、と首を傾げた三人と、残念でした、とばかりに膝に頬杖をついたルドを一瞥して、セインはもうひとつ思い当たった名を唇に乗せた。


「魔の最も古き者、マグア様」


 刹那、セインの右手に浮かび上がる赤い術式のいくつかが紅の燐光を発し、掌の中に黒い靄が湧いた。一気にセインの右腕を覆う勢いで膨れ上がる。


 ミシリーは反射的に身を引き、男ふたりは即座に脇に置いた剣を取った。アレイクが放り出した、青白い光を灯すルドの杖が床に転がり膨張する闇を深くする。

 だが、闇はセインの顔や体を覆うことなく次第に縮小し、最終的にはセインの掌にすっぽりと収まる程度の塊となって落ち着いた。


 ――呼んだか、末裔すえよ。


 肉声ではない虚ろな響きのその声はセインの掌、輪郭の曖昧な黒い塊から発せられていた。



タグ「恋愛?」を反映すべく、ちょっとは甘くならないかと奮闘した結果が前半です。


…タグから「?」は外せないようです。

タイトルだけでも甘く…ということで、タイトル詐欺の前科だけが増えていく…orz

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