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紅の闇  作者: 水無神
第四章 メルス王国
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09.決着の最後は拳が物を言い


 水底には黒髪を大きく散らした、二十代前半とみられる美青年の眠るような姿。


 ――五年ばかし沈んでたようには見えないわよねぇ。


 盛大に吐きたくなる息をぐっと飲み込んで、ミシリーはそれに泳ぎ寄る。

 先に潜ったときは指一本髪一筋触れぬよう大回りに周回したが、今度は恐る恐るその衣服に手を掛ける。裂けた布を更に引き裂いて、生白い腹を露わにする。


 果たして左の脇腹に、小さな黒玉が半分肉に身を埋めて存在していた。


 顔を盛大にしかめつつ、引き裂いた衣裳の下に覗く脇腹に埋まった黒玉の周辺を小刀ナイフつつく。確かに肉に埋もれ、かつ、五年ばかり湖底に沈んでいたはずの肉体は、腐敗どころかふやけることもなく硬さを保っている。


 ――うう、まじで切開しろと。


 流血は無いかもしれないが非常に気分が悪い。生まれたときから裏育ち、と言っても比較的温厚な仲間に恵まれ、血腥ちなまぐさい荒事とはほぼ無縁で過ごせた。それでも刃傷沙汰を目にしたことはあるし、弔いを手伝ったこととてある。


 ――だからって、死体を整えるのと切り刻むのはまったく別物でしょうよぅ。


 さすがにちょっと泣けてくる。全身水にかっている状態では泣けやしないが。


 息が続く内にやっつけてしまえ、と小刀を持ち直し、黒玉のへりに切っ先を立てた。先端を少々肉に埋めて黒玉と反対方向に倒せば掘り返せるだろう、と手に力を込めた瞬間、総身の毛が逆立つような嫌な気配に慌てて身を引いた。

 水中では機敏な動きは制限される。それでもできる限りの速度で死体から距離を取り状況をあらためる。


 ルドの法術はミシリーの身体を覆っている。胸元から臍の辺りにかけてじんわりと感じる温もりは呼吸を助けるものではなく純粋に魔除けだが、魔に『力』を与えているモノに手を出している身にはこの上なく心強い。

 見詰める先に死体は変わらずそこに在る。周囲を泳ぐ小魚一匹おらず、風や流れ込む小川の流れが作る微かな波に、衣の端と髪の毛を揺らしているだけだ。澄んだ水の中で、その死に顔だけが白く浮き上がっている。


 しかしその腹部に一瞬、――黒い靄が湧いたように見えた。


 ――まさかこっちに魔物が出る?


 セインから、魔としてのクロッセは引き付けておくから()体の方のクロッセはよろしく、と投げられた分担だ。こちらが魔と対決する心配はほぼないと思っていたのだが。

 警戒し過ぎて悪いことはない。なにせここは水中、動きは鈍く、呼吸はできない。靄が完全に消えていることを確認しつつ、一旦浮上した。


 ぶはぁ、と相変わらずルドの溜息を誘う勢いの息継ぎをして、ミシリーは岸辺に視線を走らせた。岸からやや離れた所に焚かれた火の傍で小さな姿が立ち上がっているのを見て取ると、大きく声を上げた。


「ルド君! ちょっとヤな感じがしたんだけど、ルド君的には問題ない感じ?!」

「……問題、ないですよ。回収できそうですか?」


 不意を突かれたから回答に一瞬詰まった、といった様子のルドが応じた。小首を傾げて首尾を問うのにミシリーはにっこりと笑んで見せた。


「問題ないなら大丈夫! 死体の切り裂きは気分悪いけどごほうび期待して頑張るよ!!」

「僕に期待しないでください、セインに頼んでくださいアレは!!」

「セインには別途請求するもん!」

「ミシリーさん!!」


 ルドの苦情は一切聞き入れない、と手を一振りしてミシリーは水を掻いた。




  ◆◆◆




 燐光を放つ長剣でクロッセの足掻きをあしらうアレイクの背を見ながら、セインは半ば這うようにしてカイルの許に近付いた。

 なんとか身を起こしたカイルの腹部から左肩にかけては鮮血に濡れ、大きく抉られているのが見て取れた。震える身体を支えるのは右腕一本。左腕はだらりと力無く垂らしたままだ。


「うぁ~……、やられた。いってぇ……」

「治癒術使えなくて悪い。……肩は」

「気にすんな~。骨は大丈夫だろ。ちょっと痺れた感じがして動かしづらいけど」


 青い顔をしたセインが状態を問うのに、気負うことなく軽い声が応じる。言いながら裂かれた上衣シャツを更に引き千切って雑に肩に巻き付ける。布が足りない腹から胸は剥き出しのまま放置するつもりらしい。――あるいは肩が最も深手だと言うことだろうか。


「あ、セイン。これ返す」


 言ってカイルが長袴ズボンの隠しから出したのは、ざっと血が拭われた大振りな紅玉。先程、セインに渡そうとしたところでクロッセが暴れ出したため、思わず持って動いてしまったものだ。


「うん……。カイル、剣を片方借りるぞ」

「へいどうぞ。動けるか?」

「……動くしかないだろう。アレイクは優れた剣士だけど、相手が魔物じゃキツイ」


 しつこくセインを狙おうとする『クロッセ』の『腕』をアレイクは危なげなく捌いている。だが、あくまでもセインに届かせないというだけで、決着には至らない。

 応急処置をされた右手に紅玉を握り込んだセインは、近くに落ちていたカイルの双剣の片割れを掴みふらりと立ち上がる。


 回る視界を宥めて、左手に力を込める。初めて持つカイルの剣はセインの細剣と重さは変わらなかった。長さはやや足りず、刃は薄いが幅広い。二本をひとつ鞘に収めるから腹の片面は滑らかな平面。目立つ装飾は無いものの、柄には滑り防止だろう複雑な流線が描かれ、刃の内側、平らな面の根元には紋章らしき刻印がされていた。


 ――翼持つ盾に五枚花弁の小花。


「……お頭の使ってた紋章なんだよ」


 セインが刻印に眼を留めたことに気付いたらしいカイルが、密やかに告げた。

 クラルテでミシリーから渡された双剣。受け取ったときに驚いていたのはミシリーが用立ててくれたから、だけではなかった。


「お頭がゼフィーアまで行ったことがあるとは聞いてねぇけど、情報屋カトレア相手だからどっかで繋がりがあったんだろな」


 苦笑気味に紡がれるカイルの言葉を聞きながら、セインはきつく唇を噛んだ。視線を上げれば、防戦一方のアレイクが、じりじりと押されて歩を下げ始めている。

 口の中で呪文を転がすように唱え、剣に浄化の術式を纏わせる。隣でやはりふらつきながら立ち上がったカイルが拾う双剣の片割れにも術をかけて、一歩を踏み出す。


 望む通りではなくとも身体は相応に動いた。失血している今の状態は自業自得だ、後始末を彼らに丸投げすることはできない。


「アレイク!」


 たった一声、それだけでアレイクは大きく後方に跳んでセインと入れ替わった。

 セインも躊躇わずにアレイクの脇を駆け抜ける。自分に向かって伸ばされた『腕』を剣で弾くだけで躱し、術式に拘束されたままの『胴体』へ迫る。

 下がったアレイクと、セインに続いていたカイルが『腕』を引き受けた。セインに追い縋ろうとする動きを許さず、執拗に切り落とし削ぎ落としてく。


 走る速度はそのままに、止まりかけた血を絞り出すように握った右の拳を一度脇に引き寄せて距離を測り――『クロッセ』の中心に、渾身の力で以って打ち込む。手首までクロッセに埋めた瞬間に『腕』も同時に動きを止め、一拍ののちに『腕』だけが霧散した。埋めた拳の中、紅玉に魔力を注ぎ込んで浄化の術式を発動させる。


 背後で、警戒は解かぬままのアレイクとカイルが僅かに距離を取るのを感じた。


 『クロッセ』は怯えたように激しく一度、びくりと震えた。足元に敷かれた、紅の燐光を放つ拘束の術式が力を強めて追い打ちを掛ける。


 二度、三度と痙攣を繰り返した漆黒の大きな闇は徐々にそのなりを縮め、深い色を薄めて人形ひとがたに――セインが兄と呼んだ、人間の『クロッセ』の姿に戻った。


「――――セ、イ……」


 掠れて艶を失った、がらがらの声がそれでもセインを呼ぶ。

 しばし彷徨った虚ろな目が、セインの眼差しに焦点を結ぶ。

 見詰めてくる瞳の色は、左が紅、右が――金に近い琥珀色。


「……貴方を尊敬していました」


 静かなセインの声が、色を失った薄い唇から零れる。


「深い知識と確かな技術の上に紡がれる術に憧れました。誰よりも優れた一族の者として認められ、崇敬を受ける貴方が誇らしかった」


 首筋で一括りにした淡い金の髪が、ふわりと風に揺らされた。

 クロッセが纏う灰色の長衣ローブは、端からざらざらと風に流れ始めている。セインの拳が埋められた胸の中央は、内側で浄化術が発動しているために血を流すように赤黒く滲んでいる。


「父様と同じ色を持つ貴方が羨ましかった」


 クロッセの表情が苦々しげに歪む。彼にとっては、セインの持つ色こそが妬ましかったことだろう。


 ――おいで、僕のかわいいセイン。


 思えば、そう呼ばれるたびに呪いは上掛けされていたのだろう。いつしかその呼び掛けをされるたびに得体の知れない気配を内側に感じるようになっていたのは事実だ。

 けれど拒絶はできなかった。


「……優しく私を呼ぶ貴方の声が、好きでした」


 セインに無条件で優しかったのは両親と兄だけで、しかも母は物心つくかどうか頃に亡くなっている。幼少期に僅かに会った一族からは戸惑いか蔑みを含んだ苦い声ばかりを向けられた。――そんな彼らも、父が亡くなる頃にはすべて死に絶えていたが。


 父や兄と親しかったガルゼスやイライアスとは、儀礼的に挨拶をした程度の記憶しかセインには無い。イライアスは「たくさん遊んだ」と言うが、セインの記憶に残っていない以上は数の外だ。


 故郷シルグルアを旅立ったあとは尚のこと。

 神殿伝いで移動すれば必然的に接する神官らは『ユークリッド』に対して一線を引いて構える。セインに対しては蔑みが透けて見えることもあったが、どちらにせよ気安く親しげに名を呼ぶ者はいなかった。


 希薄な人間関係しか築かれない年月。だからこそ。


「貴方と共に、生きていきたかった」


 ふたりきり、ずっと家族でいられると思っていた。

 抱えた闇を昇華してくれたなら。

 歪むことなくまっすぐに向き合ってくれたなら。

 そしてもう少し、時間を与えてくれたなら。


 ――貴方を心から、ひとりの男性として、愛せただろうに。


「さようなら、……兄様」


 どくりと最期に脈打って、魔物の姿が崩れた。



タイトルはアレですがシリアスターンです。

もっと中二っぽいのとか色々こね回しましたが最終的決定はコレです。


そしてイマイチ決着つけきれていないタイトル詐欺も健在。…泣

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