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紅の闇  作者: 水無神
第四章 メルス王国
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幕間/少年の懊悩

予約投稿の日付が10/13になってました(爆)

寝ぼけ半分で触るものじゃないですね…。


 ぽかりと目が覚めた。


 板戸の閉められた窓、その僅かな隙間から白々とした光が射すが、しかし日の明るさとは性質を異にする月夜の空気。


 ――十五夜まんげつかな。……あれ、もう十六夜いざよいだっけ?


 目覚めた瞬間に冴えた頭で、しかし曖昧な思いを浮かべる。思考の動きは滑らかに早く、それだけに明確な形を捉える間もなく暇もなく流れ去っていく。

 天井を見上げたまま、身動きひとつせず、流れていく思考の欠片を掴もうとする。


 ――セインと出会った日は、月は無かったなぁ。曇ってたからか、朔だったか。


 掴んだのは心を占める大きな存在。自分を救ってくれて、護ってくれる、けれどとても世話が焼けて、面倒臭い存在。


 ――四年、かぁ……。


 セインの首にかかる紅玉の連なりは、出会った当初はまだ首に纏わりつくような長さだった。ようやく二十を数えたところだったろうか。それが今は三十二――ルドが預かるひとつを足して三十三。

 無意識に胸元に手が這う。そこにある硬質な存在を布越しに握りしめる。


 湖に待つ者が所持する個数は判明していない。複数個、それは間違いないが明確な数は判じかねる、と唯一その気配を視るセインが言う以上はそうなのだろう。

 だが、セインは明言を避けているものの、湖の他に“石”の気配が感じられない様子がある。


 ――だって、あの人と別れた場所だもの。本当なら近付きたくなかったはずだ。


 南に気配があるから、とゼフィーアからの南下を決めた時点では迷いはなかったが、メルスに入った頃から「嫌な方向だ」とぼやきが入り始めたのだから。

 大陸全土、大まかな方角だけなら存在を感知できるとかつて豪語していたセインが、それでも進路変更をしなかったということは。


 ――きっと、残りの六つは湖に揃ってる。揃ったら、終わり。……終わったら、セインはシルグルアに帰って……僕は、


 胸に乗せた手に力が入る。と、その手を宥めるように大きなてのひらが覆った。


「……カイルさん?」


 同衾している青年の名を呼べば、返事代わりか掌がぽんぽんと小さな手を叩く。

 上を向けていた頭を倒して隣を見遣る。こちらを向いて横臥していた青年は瞳を閉じたまま、眠っているようにしか見えない。――だが、赤子を寝かしつけるように柔らかく上下する掌は意識が覚醒していることを伝えていた。


「…………カイルさんは」


 捻っていた首を戻して天井を再び見詰める。ぽん、ぽん、と少し調子テンポを落とした堅い掌に励まされながら言葉を探す。


「カイルさんは、セインと一緒にいてくれるんですよね……」


 ぽん、と手が止まった。


「僕は、一つ所には、きっと居られないから」


 促すように大きな手が動きを再開する。


「僕は、ずっと小さいままだから。セインの旅が終わったら、森に行こうかなって」


 尻すぼみに声が揺らいで、続ける言葉を呑み込んだ。しばらく呼吸にだけ意識を集中させる。布越しに縋り付くように預かりものを握り締めて強張った手を、大きな掌が覆う。――少年には決して得られぬその大きさが、今は悲しい。


「森には、他の里があるはずなんですよ。小さき者〈エラス・ソルア〉の里は、ほとんど血族や近親者でひとつが構成されていて、結婚は別の里の人としていたはずだから。何度かそうやって、花嫁さんを迎える儀式を父が取り仕切ったのを覚えています」


 だから仲間の里を探すのだ。

 己が定住できる、己の在るべき場を得るために。


「……セインと過ごした時間は、お前のたすけにならないのか?」


 ぼそりとした呟きは、まるで寝言のように何気なく。


「術を修めて法術士として身を立てることも、学問を修めて学者の類になることも、お前にならできるだろ?」


 けれどはっきりと耳に届く、低い声。


 ――僕も声変わりは終わっているのに……セインより高いくらいだなんて。


 どうしようもない種族の特性。分かっているつもりで、ずっと頭の片隅に追いやって見ないようにしていた現実。


「……前回、ここに滞在したときに、セインとそんな話をしました。香油の調合屋なんかも面白そうだね、って。でも」


 それが叶うことの無い未来だと分かっていた、つもりだったのに。


「僕は……聖寵の者〈ディ・エンファ〉の世界で落ち着いて暮らすことはできません」


 森の暮らししか知らなかった。一度すべてをうしなって、初めて訪ねた外の世界は巨人の住まう荒れ地だと思えた。森をひらき土をならし、石くれで寝床を囲う異様な文化。一族の大人とは頭ひとつ分くらいの差しかなかったと言うのに、すれ違うのは見上げても顔の見えない人々。自分を拾ってくれた少女ですら、その腰に己の頭が届くかどうかの長身だった。


 すべてを失ったことに呆然としていたから、連れられるままに留まることなく流れていたから、自分の特異性には疎かった。しっかりした子だね、賢いね、と賛辞を向けられても、里でもやはりしっかり者だと言われていたから尚のこと、違和感は遠かった。


 ようやく少し落ち着いて、連れの少女に自分の身の上を、年齢を申告した際に、愕然とした表情で固まられて初めて、今歩いている世界の『常識』に気付かされた。


「セインが僕を必要としてくれたから、僕が居ると悪夢を見る回数が減って救われるって言ってくれたから、セインがもう要らないって言うまでは一緒に居られるなって」


 思っていたけれど。


「ミシリーさんっていう素敵な親友ができたし。カイルさんが押し掛け亭主になれるかは未知数ですけど、アレイクさんはずっと良い友人でいてくれるだろうし」

「ルドまで俺の扱いが酷い……」


 ふふ、と笑いが零れる。笑えたことに、悲しくなる。眉間に力を入れて、闇色の天井を睨みつけた。


「セインはきっともう、僕が居なくても大丈夫だから。僕は、」


 言葉を続けるより先に大きな掌に口をふさがれた。驚きに固まれば、もう一本の手が背と寝台の間に差し込まれ、ごろりと身体を転がされて青年の胸元に抱き込まれた。


「……ったく。セイン離れを頑張るって言うから微笑ましく見守るつもりでいれば」


 口を覆った掌は、今は小さな頭をぽふぽふと軽く叩いている。その上から響く声には苦笑が混じっているようだ。


「変なとこでセインと似てるな。ひとりで悲壮な覚悟決めようとしても無駄だ、誰もお前をひとりになんざしねぇから」

「でも……」

「なんなら俺が連れてってやるから」

「……カイルさん?」


 回そうとした首は頭を押さえ込まれて動かなかった。


「寝ろ。明日は出発だぞ」

「カイルさん」

「おやすみ。ぐぅ」


 呼び掛けには応じず、わざとらしい寝息を立てて青年は沈黙した。


 しばらく青年の腕の中で固まっていると、ふ、と体に巻き付いた腕が重みを増した。宣言通りに眠ったらしい。


 ――僕は、


 よく抱き枕にされた少女と同じく肉の薄い、けれど少女とは全く異なる硬さを持った身体に身を寄せて、少年も瞳を閉じる。


 ――どこで、生きて行けるだろう。


 答えはまだ、闇の中。



本編についてお知らせです。

一応、ヤマに入るので、まとめて書き溜めたいと思います。

が、現在ストックがまったくありません。

ので、来週はお休みします…。

再来週には再開します、と宣言して自分を追い込んでおきます!!


よろしくお願いします。

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