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紅の闇  作者: 水無神
第四章 メルス王国
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02.月光と夜の黒とを梳り


 しっかりと香油を馴染ませた髪をゆっくりとくしけずる。

 毛先に傷みが無いかを確認し、丁寧に何度も櫛を通してその艶めきに嘆息する。


「はぁ、綺麗だわぁ」

「……気が済んだなら解放してくれ……」


 目を細めてうっとりしているのはミシリー、椅子に座ったセインの後ろで櫛を胸元に握り込み悶えている。一方、溜息を零すのはセイン、椅子に座った状態で「動くな」と命じられてしばし、ぐったりしてお疲れ気味である。


「湯を使って寝るばかりってときになんでこんな疲れることに……」

「なにを言うのセインさん!? こうした日々のお手入れが年喰ってからモノを言うのよ!! 手を掛けただけ艶を増す御髪を自然乾燥放置とかありえないからね!?」

「今更」

「今からでも充分だから心掛けようね~、お手伝いは喜んでするからね~」


 まるで小さい子供に言い聞かせるように語尾を伸ばしつつ、ミシリーは最後の一梳ひとけずりを入れて櫛を置いた。

 セインは椅子から立ち上がって伸びをしてから、櫛を仕舞おうとしていたミシリーを振り返って声を掛けた。


「……私もミシリーの髪をいじっていいか?」

「――ええぇええ!? いじってくれるの? むしろいじってください!?」

「よし交代。動くなよ」


 湯を使って寝るばかりだったのはミシリーも同じだ。こちらは一通りの手入れをしているので下手に触らない方が良いが――セインが触りたいと言うのに断る選択肢はミシリーには無い。いそいそとセインが座っていた椅子に腰を降ろした。

 香油は既に馴染ませてあるので付けず、櫛だけを通す。するすると通る髪に指を入れて細い束に分けてちまちまと編み込んでいく。


「……意外。セイン、髪結いができるの?」

「遊ぶ程度になら。昔はそれなりに『女の子』だったんだよ、これでもな」

「あー、自分の髪で遊んでたクチね」

「まぁな。……あと、クロッセも髪を伸ばしていたから、良くいじらせてもらってた」

「あぁ……うん、長かった気がする」


 昔を思い出して懐かしむ声音に混じったほんの僅かな苦みに這気付かないふりをして、ミシリーは湖の傍で見た男の姿を思い出す。闇を纏った禍々しさまで思い出して一瞬肩を震わせたものの、大人しくセインの指が髪をいじるに任せている。


「シルグルアは男女とも髪を伸ばす風習があるからな。王子エリオット殿下もイライアスも……ブロンクたちもそうだったろ?」

「なるほどー。黒髪長髪だらけで重苦しいとか思ったけど、それが社会常識なのねぇ」


 シルグルアで出会った人々は、老若男女を問わず長髪だった。男は肩下から背中にかかる程度、女は背の中ほど辺りがほとんどで、長ければセインのように腰過ぎまであっただろうか。子供でも十歳前後くらいから伸ばし出しているようだった。


「あ、セインが髪伸ばしてるのもやっぱ故郷の習慣だから?」

「いや、ただの無精」

「えぇえ~。それで毛先傷めてボロボロにしてるのってどうかと思うぅ……」

「……じゃあ切るか。アレイクくらい」


 ゼフィーア王国において男は短髪が主流だ。中でもアレイクは特に短い部類に入る。襟足は刈り上げる勢いの、前髪は眉上に整えられた短髪だ。

 反射の勢いでミシリーが駄目出しした。


「却下です!!」

「ちっ」

「舌打ち? 舌打ちする流れなのセインさん!? いいじゃん、長くて綺麗な髪がセインさんの美貌を引き立ててこけおどしに役立ってるんだから!!」

「こけおどしって、ミシリー……」


 セインが髪をいじっているので頭だけは固定して、器用に手足をばたつかせるミシリーの言い様に、かくりと肩を落としたセインである。


「いや、だって。神官の白い法衣着て、被り物なしの下ろし髪に紅玉の首飾りだけっていう簡素な姿でも威圧感たっぷりってすごいよ?」


 ミシリーの言う『威圧』の対象は、この大神殿に勤める上位下位問わずの神官たちだ。神聖都市エレアザルの大神殿に入った翌日、セインは朝の礼拝に参加した。大神官に並んで最前列に立ったセインに、かつて慇懃に無礼な対応をした神官らは顔色を失くして膝を折ったのだが。


見目容貌みめかたちっていうより、駄々漏れの魔力に恐怖した、ってのが正しいと思う……」


 礼拝にくっついて行ったルドから神官の反応を聞いたミシリーは「美人が凄めばビビるよねぇ」と笑うが、多分絶対違う。過去にも二度三度訪れている場だ。怜悧な美貌が迫力だったと言うなら、少なくとも前回の訪問時には違った対応がされていただろう。今回、『力』の解放が成された途端のへりくだりとなれば、やはり魔力に屈したと見るべきだ。


「んもう、上に立つ人間は見た目も大事なのよ? セインがどれだけ力持ちでも、おバカみたいな見てくれじゃ誰も言うこと聞いちゃくれないのよ? 小難しい話や説教だって、美人が理路整然と語るから耳を傾けて貰えるの」

「だから、……もういいや。そういうことにしておこう」


 ここ連日、セインは大神官を始めとした上位神官ほうじゅつしの中でも高位の者たちと議論を重ねている。――正しくは、セインの主張をれさせるための説得に労を割いていた。


「なんだっていいから、さっさと大神殿ここの厳重な清めの術式(けっかい)を解除して貰わないと困るんだよな。上手くいけばクロッセの力を削ぐことにもなるし」


 各地の神殿に敷かれている清めの術式、これは邪を祓い清浄な気を保つためのものだ。また、全ての神殿が同一の術式を展開することで大陸全土に効力を持つひとつの大きな封印結界に転じ、『魔界』との道を封じると言われている。

 神殿が建つ場所こそ神の子〈アスカ〉――ユークが繕って回った綻びの場、人の住む『こちら』と魔の棲む『あちら』とが接触する『穴』が在った場所である。魔の行き来を制限するためにこれらを封じるのは間違っていない。


 だが、このエレアザルの地だけは役割を異にする。


 創世の時代に神が置いたのは、人の世とは薄絹を隔てるようにして分離された人の感情こころの澱だけが届く別空間。そこから浄めの流れに乗せて薄めて人界に戻す機能システムだ。

 清められた気は最北の地、シルグルア王国ヒペリオンから世界に戻される。

 そして、そもそもの入口はここ。大神殿が位置する大陸のほぼ中央というこの場こそが、浄化機能の始点であった。



「入口に戸板を乗せて重石乗せて雁字搦めに鎖と鍵を掛けたんじゃあ、なぁ……」

「そっから汚物流して浄化させるってぇのに封鎖されてたんじゃ、周囲に撒き散らしておくしかないわよねぇ」

「……ミシリー……。表現がカイルっぽい」

「うああぁ、イヤぁああ!!」


 やはり器用に頭だけを固定して身悶えるミシリーを視界に収めつつ、セインはここ数日の、疲弊するだけの時間を思い出して溜息を落とす。

 「神聖なる大神殿の至高の術を解除せよとは神への冒涜か」と神の子〈アスカ〉(神の代理)子孫セイン――魔力駄々漏れという追加効果付き――に、それでも喰ってかかってきた上位神官たちはいっそ天晴なほどの『神の代理の代理』ぶりだが、だからといってセインも引き下がれない。


 大神殿を中心に稼働しているとされる大陸全土を包む封印結界は、実際には大神殿を含まずに実効が持たされており、敷かれている術式もユークが敷いた当時からほぼ変わらずに必要な術だけが使用されていることはユークが確認済みである。……実際に確認したのはおそらく魔王だろうが。


 問題は大神殿ここだけなのだ。


 かつてユークは人に『入口』を荒らされぬように、魔が逆行してこぬように結界を展開させたが、それは決して澱の流れを妨げるものではなかった。彼の偉業に集まって来た幾人かの術士たちには結界には触らぬよう壊さぬよう言い渡してユークは生地ヒペリオンへ戻ったのだ。


 しかし、長い年月を経る中で聖地聖域として祭り上げられ、法術の法術士による法術士のための地『神聖都市エレアザル』の、その象徴たる大神殿に敷かれた術式が神聖性の欠片も見えないただの結界では様にならない――と、考えたのかどうか。いつの間にか清めの術式が重ね掛けされ、その術に喰われる形で初代の術が崩れ。


 今や『入口』としてまったく機能していない状態に陥っている。


 ご丁寧に年に何度も掛け直しをして堅固にしているというのだから、まだ力を意のままに扱うところに無いセインには、大神官以下、上位神官らが動いてくれないことにはお手上げである。

 セインは法術を無効にするが、これはセイン本人に対して妨げにならないというだけで、解呪や破壊ができるわけではない。そして、魔に近しい存在になっているユークは影響を受けて大神殿には出てこられない。セインに憑依する、という選択肢はユーク本人が拒否した。


 ――愛し子が自分できちんと術を扱わないと覚えないでしょう?


 にこやかに『跡を継ぐといった以上よろしく』と、まだ正式には継いでいないのに丸投げされたセインである。



「大神官もさすがに大神殿の根幹に関わるようなことを独断専行はしづらいよなあ」


 幾度目かの溜息と共に、ほぼ無意識に動かし続けていた手を止めた。


「ミシリー、もうちょっと伸ばさないか? イマイチ結い難い」


 肩下まで伸びた髪は、しかしセインの技術では上手く結えそうになかった。いくつも作った編み込みをざっと解いて櫛を通す。数回梳るだけで編んだ跡は均され真っ直ぐになった。


「伸ばしてるとこよぅ。新年早々(半年前)にバッサリやったからさ~」

「ばっさり?」

「うん。腰まであったのをざくっと。良い値がつきましたとも」

「――待て、ミシリーは髪を売ったのか?」

「この通り癖が無く艶のある漆黒の美髪ですので高値がつきますの~。さすがに売れる長さになるのに五年くらいかかるから二回しか売ってないけど」


 あっけらかんと言い切ったミシリーに、だがセインは深い沈黙を返す。手だけが休まずミシリーの髪に櫛を入れていた。


「えぇと、セインさーん?」

「売るなよ」

「はい?」

「今後は絶対売るな。金が要るなら面倒見るから」

「――セインさんに求婚された!! 夢じゃないよね万歳ようこそ玉の輿――っいたい痛い櫛を刺さないでください痛いですぅうう!!」


 きゃんきゃんと吠える子犬の声が、夜の静寂に響いて行った。



女子会再び。…三度みたび

セインさんがずいぶん丸くなりました。

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