01.脱走は手伝う方も曲者で
「あー、ようやくエレアザルまで戻ったなぁ」
どさりと長椅子に腰を沈めてカイルはぼやいた。苦笑で同意を示すルドが奥の間の寝台近くに荷を置きに行く。場所は神聖都市エレアザルの大神殿、先の滞在時にも世話になった客間だ。
前回はセインと同室だったルドは、今回に限らずここ最近、カイルとの同室が多い。誰が言うでもなくルドが自らカイルにくっついてくるのだ。セイン離れの一環か、とカイルも気に留めずに応じている。
月は変わって黄月になった。大陸中央のエレアザルではまだ暑さが残るが、暦の上では早くも秋になる。
湖からエレアザルに引き返して来たのは赤月が終わる頃だった。それから二月ばかりで大陸中央から北限の地を往復しているのだから忙しない。
往路は大神官の権威で以って最短経路を繋いでもらえたが、復路は国府関連の転移陣は避けた。対神殿では『ユークリッド』の威光が通用したが、国府関連が使えないためやや遠回りの転移となり、大神殿へ出たのが今日の正午過ぎだ。
「まあ、シルグルアからの出国が無事に果たせただけ御の字か……」
「ガルゼス様には感謝ですよね、あそこまで手を回して頂いて。まあ、…………びっくりしましたけど」
「なあ」
ふと遠い眼になったルドに、今度はカイルが苦笑を漏らして同意した。
思い返したのはシルグルア側の港町の手前、王都を越えた神殿に出た際の出迎えだ。
待っていたのはアルギウス家の四男、普段は領地で領主代行を務める領主夫人の補佐をしているという青年だった。
◆◆◆
国府関連よりは警戒や警備が薄いだろうと神殿の転移陣のみを経由しようと考えた。
それをヒペリオン領主館で別れの挨拶をしたガルゼスに伝えたところ、同席していたレイリーが乾いた笑いを零しつつ言った。
「大丈夫です、姫様。神殿は問答無用で姫様に膝を折ります。憂いなくご存分に使い倒してやってくださいまし」
首を傾げつつレイリーの補助を受けたルドの術で西の神殿に出てみれば、上位神官がセインを認めるなり驚愕の表情で固まり、次いでばらばらと跪いた。最終的に場の最高位たる神官長が出て来て頭を垂れる。恐縮しきりに述べた口上から――セインの解放された『力』に圧されている事実が判明した。
「……神殿限定、歩く通行手形……」
「便利ですねー。あたしも見えたら楽しそうですねー、あはは」
「一目で顔色を変えるほど解り易いのか?」
「制御優先で抑制は後回しにしたので駄々漏れですね」
「むう。そのくらい色気が付きゃいいのにな」
「うっさい」
セイン・ユークリッド、『名ばかり』返上の瞬間であった。
「国府関連の転移陣だって結局法術士が使うんだからセインがやれっつったら従わざるを得ねぇんじゃねぇの?」
「転移術を扱う法術士が転移陣の傍に常駐している訳じゃないから、法術士を出せと官吏に交渉しないといけない。その気になりゃ法術士を部屋に閉じ込めることは難しくないし、そうすりゃこっちはお手上げだ」
「…………納得」
提供された寝床でありがたく休息を取り、更に上位神官らの手によって王都の向こう、港町手前の神殿に出して貰えば、西の神殿から報せを受けていたらしい神官長以下、上位も下位も入り乱れての全神官に平伏する勢いで出迎えられた。
そして、彼らを押し分けて姿を見せたのが、アルギウス家の子息だった。
「お初にお目にかかる、ユークリッド家当主セイン嬢。ガルゼス・アルギウスが四男、キルフェイス・フォン・アルギウスと申す。父の命によりゼフィーア王国の港湾都市メールまでの案内人を務めます」
慇懃に頭を下げた青年はセインやエリオットと変わらない年頃。イライアスに――つまりはガルゼスに――良く似た面差しの、しかし瞳の色だけは冷ややかな薄青で、同様に表情も態度も冷えたものだった。
「ここから港町までは馬車移動、そこからメールまでは船とお手数をおかけするがご了承いただきたい。いかんせん、王命に反する行動でもある故、取れる手が限られます」
淡々と、出立は明日早朝、と予定を述べて一礼して退出していった青年を見送ったときは、そういう人物なのだと思っただけだったのだが。
港湾都市メールまで、馬車旅三日、船旅二日。船に乗る際の身許検めにしれっと偽造の身分証を提示させたキルフェイスには驚かされたが、最早『アルギウス家のやることは何でもアリ』な気がしてきていたセインは黙って従った。
「えーと、セインさんよ。これってありなのか」
「……長男の嫁が法術士って時点で異常とか非常識とかを超えた一族だなとは思ったから今更だ」
虚ろな目をしたカイルに、同じく光の無い目で返すしかなかったセインである。
◆◆◆
「…………すまなかった」
深々と頭を下げるのはシルグルア王国外務府外交官、ゼフィーア王国港湾都市メール駐在大使の職に就くイライアス・フォン・アルギウスだ。
「いえ。……どうしてイライアスが廃嫡されていないのかの理由の一端を見ました」
「察してくれてありがとう」
表情を落としたセインの反応に、イライアスは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。
乾いた笑みを作らせた原因はイライアスの末弟であるキルフェイスだが、現在別の間で待機させられている。この応接室には、船で気分を悪くしたルドを除いたセイン一行四名とイライアスのみである。
「あー、セイン。脱線は承知の上で訊くけど、この兄さんが廃嫡される云々ってどういうこと?」
「……イライアスの奥方は法術士。貴族と法術士は本来、相容れない。婚姻を結ぶとなれば貴族がその籍を抜けて神殿に入るか、法術士が法力を封じられて還俗するか、だ。ただし、法術士が還俗したところで元の出自が平民なら貴族との結婚は難しいけどな」
イライアスはアルギウス姓を堂々と名乗っている。継名の「フォン」は貴族籍にあることを示しているから、間違いなくアルギウス家長子としての立場は捨てていない。
娶ったレイリーは法術士、神官籍を最下に置かれながらも抹消されていない以上、俗世の身分から絶たれている。社会的身分を言うなら庶民、あるいはそれ以下の扱いをされてもおかしくはない地位になる。
「うん、まあ……初めは私が貴族籍を抜けようかとも考えたんだがな……」
そう考えるくらいには真剣にレイリーとの未来を望んだということで、それはそれで心温まるお話ではあるのだが。
「現実は?」
「……下の奴らに家を任せたら領地が害を被る」
三つ下の次男は脳筋。国軍王都警備隊に籍を置き日々鍛錬命。父親が王宮を訪れようがユークリッドの当主が十数年ぶりに帰国しようが気にもかけずに鍛練三昧。政治的駆け引きナニソレ筋肉増えるの、な駄目っぷり。
七つ下の三男は偏屈。王都の学府に王都の学府に一室を持ち日々薬草研究。病の者を救いたいという心掛けは欠片も無くただただ薬と毒の境を極めたいだけ。意思疎通ナニソレ知識の足しにも腹の足しにもならない、と真顔で言い切る。
一族郎党の心配だけなら或いはあとは頑張って、と縁を切るのもやぶさかではなかったが、領主としての責務を負った一族に於いては無責任に過ぎる。
項垂れて言葉を紡ぐイライアスに、同情と憐みの眼を向けるしかない一行である。
「……で、末の四男が、アレか……」
カイルの呟きはイライアスを更に深く項垂れさせた。
『アレ』ことキルフェイス・アルギウス。アルギウス家四男、年はセインの一つ上でエリオット王子と同年の十九。感情の起伏を感じさせない冷淡な態度とは裏腹に、カイルやミシリーが雑な口調で話しかけても最低限の反応はして見せる、どこかセインと似通った雰囲気を感じさせた青年は。
「あぁああ兄上ぇえぇぇえ!! お会いしとうございましたあぁああ!!」
外務府施設入口で出迎えたイライアスの姿を視界に収めるなり豹変した。
それまでの落ち着いた所作もどこへやらで全速駆け足、勢いのままイライアスに飛びついた。片足を半歩後ろに下げながらも辛うじて弟の突貫を受け止めたイライアスは、キルフェイスの肩越しに視線だけでセインらに先に官府に入っていろと伝えてきた。
セインたちが通された応接間でお茶をいただき、茶菓子で小腹を満たしてお茶のお代わりを求める頃に姿を現したイライアスは、深々と頭を垂れてセインへ謝罪した。
「兄ちゃんは大変だな……」
「私も両親も他のふたりと同じように接していたと思うんだが、な……」
カイルがしみじみと瞑目した。
イライアスは眉間を揉みながら過去をふと思い起こす。
「領主代行の補佐をさせるのにも一悶着あったしな……」
別に母親は息子の補佐がなくとも恙無く領主業を務めていた。だが、貴族の子弟が通う王都の学院を修了した末っ子が、「兄上の許に参じ兄上の御側に仕えます」と言い出したときはさすがに頭を抱えた。
久し振りに領地に帰った理由が末っ子の暴走制止とか悲し過ぎる帰省事情。父親と共に深い深い溜息を落としたものだ。
「どうやって説得したんです?」
「……『お前の兄上の戻る場所を整えておいてやれ』と、父が」
『あぁ……満面の笑みで承知しそう……』
幾度目かの溜息と共に吐き出したイライアスの言葉に、一同の声が重なった。
しばしの沈黙ののち、イライアスは身を起こし、さて、と話を転換させた。
「内輪の恥を晒すのはここまでにして、このあとの経路についてだが――」
す、と能吏の顔になってイライアスは手配の状況説明を始めた。
セインたちも気分を改めて耳を傾ける。
要約すればエレアザル大神殿に至るまでの神殿に協力要請の通告を出した、という内容だった。出国に偽造身分証を手配した父親の豪気なやりように比べれば至極穏当な対応だったが――法術士を介さずに大陸北東端から大陸中央までの連絡を短い期間でやって見せたあたり、やはり蛙の子は蛙、だろうか。
「メルス王国」編と銘打っていますが、エレアザルと湖しか行かないかもしれません(汗
少なくとも王城には行く予定が欠片もありません…。
久々のセインさん、と言いつつアルギウス家の事情編な一話目。
すみません。
後々まで引っ張るつもりは(とりあえず)ないですが、書きたかったんです。ブ〇コン君。




