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紅の闇  作者: 水無神
間章 最果ての地ヒペリオン
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幕間/始祖の独白


 眼下に広がる夏の大地は夕焼けに染まり始めている。

 遥か昔にも、こうしてここで黄昏と向き合った。


 養い親たるサフィルを見送ったとき。

 姉とも愛しいひととも思ったユフィルを見送ったとき。


 ――最愛と呼んだ伴侶つまを見送ったとき。



「……十年置きくらいに、必ずここに里帰りをするようにしていました。大陸中に広がっていた綻びは、裏を返せばこの〈出口〉に繋がる道の途中に開いた穴ですから、私にとって移動の術を行使するのは容易たやすかった。一息にここに戻っては、ほんの一時ひととき、家族の団欒に混ぜて貰って」


 最初に戻ったときはふたりに大いに驚かれた。

 もう戻ってこないと思われていた――のではなく、ユークの成長ぶりに、だ。小柄なユフィルより頭半分小さかったユークが、成人男性でも長身の部類に入るサフィルと肩を並べていたのだから。


 幼体こどもから成体おとなへは、ヒペリオンの地を去って一年で変容させた・・・


 性別を男性に決定したのはユフィルへの淡い想い以上に、一人旅への不都合からだ。魔の侵出により人心は不安定になっている。治安も秩序も信じられない世界に女子供がふらふらと一人歩きしていては獲物にしかならない。

 変容は、始めれば数日のうちに完了した。肉体年齢でいえば二十代半ばほどか、心身が充実する年代の姿で落ち着いた。


 その姿で大陸を流れ歩き、綻びをちまちまと封じて過ごし、ふと気付いてみれば生まれ落ちた地を離れて十年が経っていた。なにかに引かれるように目の前の〈穴〉から生まれた崖上の〈出口〉へ道を繋ぎ――崖を降りたところでサフィルに見付かった。


「……時々ね、崖を見に来てくれていたのだそうです。私を拾ったときは偶然だったそうですけれど、以降は意識的に、また私のようなものが落ちていないか、――私が帰ってきていないか、山に入るたびに気にかけてくれていたと」


 十年ぶりに会う養い親の傍らには、彼に良く似た面差しの幼子がくっついていた。かつてのユークよりも小さく、しかし骨格のしっかりした逞しさを秘めた男の子。


「ユフィルに似た女の子をお願いしていたのに、と。再会の挨拶よりも子供に名乗るよりも先にそう言ってしまって。サフィルにも挨拶より先に拳骨を貰ってしまいました」


 サフィルとユフィルの長男だという子供を腕に抱いて山の中腹まで下れば、かつて土間続きの一間しかなかった山小屋は、器用に建て増しされて二間が新しくできていた。

 土間の竈で火の番をしていた次男、昼寝の最中だった三男、そして乳を飲み終えたばかりの四男という、男だらけの一家の中で、ユフィルは幸せそうに笑っていた。



 次の帰郷では更に男児がふたりと、待望の女児がひとり増えていた。

 五十を過ぎたサフィルは足を痛めて思うような猟ができなくなっていた。

 長男と次男は成人と同時に小屋いえを出て里の向こうの街で働き、仕送りをしているという。

 サフィルが行っていた崖への見回りは、三男坊が引き継いでくれていた。


 ――こんだけ子供がれば寂しいはずもないのに、なんか物足りんのよね。


 まだ舌の回らぬ末の六男をあやしながら、ユフィルは複雑な笑顔を見せていた。



 三度みたび帰ったとき、サフィルは寝付いていた。以前に痛めた足が全快することなく、じわじわとサフィルの身体を蝕んだのだと。

 次男から五男までは全員、小屋いえを出ていたが、代わりのように長男が戻っていた。妻子ができていて、小屋には子供の声がにぎやかに響いていた。それに成人を迎えたばかりの長女と、声変わりを終えたばかりの六男。


 サフィルの臨終は、仕事で遠方に出ていた子らもすべてが戻って看取った。

 呼び集めたのはユーク、普段は決して他人を巻き込まない移動の術式に彼らを乗せて間に合わせた。


 ――遺言が、ユークの家を建てちゃれ、って。あの崖ン下に家って。他に言うことなかったんかいな。


 瞳に涙を溜め、唇を噛み締めて、それでもユフィルは微笑んでいた。



 一人娘が里の若者に嫁ぎ、末っ子が独立し、曾孫が生まれ。


 サフィルの遺言である『ユークの家』は長男が、六男と自身の子らに手伝わせて木々を伐採して土地を確保するところから始めて。

 けれどその完成は程遠い、ようやく地均じならしができるか、という頃に。


 ユフィルは穏やかな笑みのまま眠りに就いた。



 ユークが大陸中の綻びを繕い終え、エレアザルで一世一代の見世物を果たしてヒペリオンへ定住のために戻ったときには、サフィルとユフィルの子らは皆鬼籍に入っており、孫の中にも去って行った者がいた。

 だが脈々と『ユークの家』建設は受け継がれていた。崖の麓には、彼らの生家よりも余程立派な、基礎からきっちりと築き上げられた、屋敷と呼ぶにふさわしい規模の家が出来上がっていた。


 その『家』でひっそりと残りの命数を過ごすつもりでいたユークの思惑を覆したのは、エレアザルでの『偉業』を知ってユークを追って来た国政に関わる者たち。人心を安らげ掌握するためにユークを、『神の子〈アスカ〉』を欲した。


 拒絶しきれずに国に連なる者として姓を作り戸籍に乗せられては人として偽らざるを得なくなった。そうして、子を望む声に抗しきれずに伴侶を娶った。



「……ユフィルに似た女の子を貰う、なんて。ほんの少しの本音は混じっていましたけれど、でも現実にするつもりはなかったのに」


 混血故の苦労もしたサフィルも、自身の血を更に混ぜて残すことを忌避した時期があったと言う。ユークも、己の血を残すことがどのような未来を呼び起こすのかと恐れなかった訳ではない。


「でも、彼女はまっすぐに私を見て、独りで背負わなくてよい、と。共に分かち合って行こう、と。ありきたりかもしれませんが、それでも、嬉しかった」


 迎えたのはサフィルとユフィルの来孫、長男の系譜を引く娘。北の民らしい艶やかな黒髪と藍色を沈めた黒い瞳。女性にしては長身の痩躯は確実にサフィルの系統、けれど柔らかに温かに微笑む表情はユフィルのそれだった。

 代々語り継がれてきた『ユーク』の存在を、正しく理解し受け入れてくれた、ユークにとっての唯一。


「彼女があまりにも早く世を去って、私はもう表舞台に居る必要性を見いだせなくなって。子や孫の前から姿を消して。でも、こっそり見守って」


 サフィルとユフィルの、私と彼女の血を継ぐ者たちが生きている。

 その事実だけで、世界の均衡バランスを保つ要石かなめいしとしての存在意義を噛み締めて生き抜いた。


 この世界が在り続けることが彼らの生きた証明。

 彼らと共に、己が生きていた証拠。


 己が、己であるために。

 ユークには、この世界が必要だった。



 ……初代。


「はい、愛し子」


 ……あなたは、お幸せでしたか?


 身体を明け渡している愛し子が内側から問うてくる。

 ふふ、と紅玉を細めて微笑わらった。


「ええ。とても幸せです」


 鮮やかな日没は終幕を迎えている。輝かしい黄赤だいだいから、己の瞳より深く暗い紅へ、そして――藍を沈めて黒へ。

 移り変わる色彩を見届けて、密やかにユークは言葉を足した。


「今も、ね。貴女に会えて、とても嬉しいと思っていますよ」



来孫:曾孫の孫。孫→曾孫→玄孫→来孫。Wiki参照。


『狭間の者〈リィド・アスカ〉のユーク』が転じて『アスカ・ユークリッド』

ユークが定住のための帰郷を果たした時点で『神の子〈アスカ〉』の呼び名が一人歩き状態で、『ユーク』が名前です、って言っても受け付けてもらえなかった。

…という、だから本文で語れよっていう裏設定でした。


サフィルは〇リだなぁ…と遠い目をしつつの間章でした。

ユークとその嫁さんはもうロ〇とかいうレベルの年の差じゃないので無言。

これで初代ユーク編は終了です。お付き合いありがとうございました。

次回からセインさんに戻ります。

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