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紅の闇  作者: 水無神
間章 最果ての地ヒペリオン
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04.微睡のときは終わり、

※流血描写はありませんが、血の話になります。

 (月のモノ絡みになります)


 転機はやはり冬の初めに訪れた。

 ユークがサフィルとユフィルの家族となって、ちょうど二年が経つ頃だった。



 その日は朝から腹痛を訴えたユフィルを小屋で休ませ、サフィルはユークとふたりで森に入った。僅かに残る木の実や薬草を採集し、仕掛けた罠にかかっていた小動物うさぎなどを回収する。がつがつと長身にものを言わせて歩き回るサフィルに、ユークは小走りについて来る。


 ユークの身体は二年前から一切変化がない。地に着くほど長かった髪を腰辺りで切り揃えただけで、細い手足も白い肌も、胸元も一物も、なんら変わるところがなかった。表情だけはそれなりに豊かになり、当初は皆無に近かった生活能力――知識だけはやたらとあったが、現実に即さない無駄知識が多く実践はまったく駄目だった――が格段に向上しただけだ。


 小屋に戻ったのは正午ひるを回った頃。

 獲物を土間に放りながら、サフィルはユフィルを呼んだ。

 返事はない。


「ユフィル? ――ユフィル、どこだ!?」


 居るはずの寝床代わりの納戸に、黒髪の少女の姿はない。敷布を引っぺがされたのか乾草が剥き出しになり、掛布がその傍らに落ちていた。


「ユフィル!!」

「サフィル、外です。手水トイレ付近に気配があります」


 どんどん表情を険しくして声を荒げていくサフィルに、ユークが冷静に告げた。具合の悪いユフィルひとりを残すため、ユークが小屋周辺に護りの術を掛けたと言っていたのを思い出す。八つ当たりを自覚しつつ「早く言え」と怒鳴って踵を返した。


「……血の臭いがしますね」

「ユフィル、どうした!?」


 ユフィルの姿があったのは小屋から十数歩のところに作っている手水の脇、寝床から消えていた敷布はユフィルの身体に巻き付けられている。近付くより早くユークが不吉な呟きを漏らし、益々焦ったようにサフィルが駆け出す。――駆け出そうと、した。


(ない)で!!」


 ユフィルはあり合せの板や木片を組んだだけの手水の壁に背を預けるようにして身を丸めていた。膝を抱えた腕に伏せた顔を上げずに叫ばれた言葉に押し留められて、足は地に縫い付けられる。


「……ユフィル……? ンなとこじゃ体が冷える。中に入ろう、な?」


 辛うじて発した声は無様に掠れ、震えた。サフィルがユフィルと出会ってもうすぐ丸九年、これほどの拒絶を受けるのは初めてだ。

 サフィルの声掛けに、ユフィルは頭を微かに振って拒絶を重ねた。


「ユ……」

「ユフィル、出血があるなら手当をしましょう? 安静にしないと悪化しますよ」


 柔らかく声を掛けながら、サフィルの半歩後ろに控えていたユークが足を踏み出す。再びユフィルが来るなと叫ぶがユークはサフィルほど繊細ではない。構わずユフィルの隣にしゃがみこんで、――固化フリーズした。


「ユーク?」

「サフィル、………………ユフィルに、血の道が通ったようです」

「は?」

「……女性の月の物の処置をしたことは?」

「へ?」


 普段、のほほんとした態度を崩すことの無いユークが珍しく困惑している。おろおろと紡がれた言葉の意味を正しく理解した瞬間、サフィルも奇声を上げて取り乱した。


「――――っでぇええ!? え、ちょ、ユーク、どうすりゃいいんだ!?」

「どうして私に訊くのですか、貴方の方が人生経験豊富でしょうっ」

「こんな経験あるかいっ! 神様譲りの無駄知識に縋ってなにが悪いか!!」

「無駄って……」


 ふたりが頭を抱えている横で、ユフィルは声を殺して泣いていた。

 あ、と先に頭を上げたのはユークだった。


「サフィル、里の方でお分かりになりそうな方は」

「お、あ、アルマがいる! あのお節介ババァ!」

「……お世話になるのですから口には気を付けてくださいね、サフィル……」


 サフィルの小屋いえは山の中腹にあるが、麓には数戸が集まる里がある。サフィルが己の種族を秘しておくために里から離れたところに小屋を建てたものの、他者との接触を絶っていては生きていけない。冬籠りの時期以外は月に一、二度は下りて野菜や塩などを山の恵みと引き換えに入手している。

 少ないながらに交流のある里の住人の中で、特にアルマという中年女はとにかく世話好きの世話焼きで里でも名物扱いだ。夫は苦笑いで「ごめん、世話されてて」と耳打ちしてくる始末、頼ればむしろ喜んで面倒を見てくれるだろう。


 ユフィルの着替えを包んできます、と踵を返したユークを見送らずにサフィルはユフィルの傍に膝をついた。


「ユフィル、動けっか? ああぁ、無理せんでいい、抱えるぞ」

「やだぁッ!」

「ユフィ、」

「いやだ、汚い、おっちゃんが汚れる、やだやだやだ」

「……ユフィル」


 やだやだ、と泣き言を繰り返すユフィルの頭をゆっくりと撫でて、サフィルは優しく名前を呼ぶ。


「ユフィル。汚くない。怖くない。大丈夫だ」


 言いながら、そっとユフィルの細い肩に腕を回した。



 有翼の者〈ヴォル・レーン〉は、多少の制限はあるが基本的には自在に空を舞う。しかし、サフィルの〈翼〉は空を飛べない。跳躍を補助し、落下速度を緩め、あるいは短時間の滞空を行う程度だ。聖寵の者〈ディ・エンファ〉から見ればそれでも驚異的なものだが、有翼の者〈ヴォル・レーン〉としては半端でしかない。


 ――半端に有翼の者〈ヴォル・レーン〉寄りに生まれるより、きっぱり聖寵の者〈ディ・エンファ〉として生まれとりゃあ、どれほど楽だったか。


 小雪の舞う獣道を跳ねて駆け下りながら内心で悪態を吐いた。


 〈翼〉は、基本的にはサフィルの意思で出したり消したりが可能だが、感情が振り切れると無意識に出現する。喜怒哀楽のいずれでもそうなる。髪は、染まりにくいが染められない訳ではない、だが、感情はどうにもならないこともある。人里離れて住みついた理由はそこにある。年齢を重ねただけ感情の制御はできるようになったとは思っているが、……元来、サフィルは気が長い方でも穏やかな方でもない。


 しかし、思う端から考えを振り払う。


 ――聖寵の者〈ディ・エンファ〉として生まれとったら故郷を失くすこともなかったか。そうしたらユフィルとはうてない。


 両腕に抱えた温もり。サフィルが放浪の果てに見つけたかけがえのない温もりだ。

 確かめるように腕に力を込め、次の跳躍に羽ばたいた。




  ◆◆◆




 ユークがほてほてと小走りに里に辿り着いたのは、日が完全に落ちてしばしのこと。

日暮れのあとに外に出ている人間は見当たらない。だが、ユークは迷うことなく里の一画を目指した。

 里の中央付近に建つ家屋の玄関脇に、目指す気配は座り込んでいた。


「――サフィル」


 そっと声をかけると弾かれたように頭が上がった。憔悴したような三十路男の目が見開かれた。


「――ユーク!? おま、なんで、ってかその恰好……?」

「どうしても気になって。この恰好は――同じ悪目立ちするならこちらの方が言い訳を付けられるかと」

「あ――……、そうだな」


 ユークが普段着ているのはユフィルのお古、今はその上に頭から深々と布を被って髪と目元までを隠していた。


 北の地に於いて淡い金髪は目立つ。なのにユークの髪はなにをやっても染まらない。紅の瞳も同様に目立つ。茶色や琥珀色はあれど、ユーク程に鮮やかな紅を持つ者はいない。辺境のどん詰まりの山里に鮮やかな色彩を纏う子供が忽然と現れれば大騒ぎだ。だからユークはこの二年、一度も里を訪れなかった。

 ――紅の瞳が魔性の証という事実はまだ辺境の地に於いては知られていないが、それも時間の問題と思えばさらに足を重くさせた。


 淡々と返したユークに、サフィルは苦笑を閃かせて立ち上がった。勝手知ったる、とばかりに玄関を開きながらユークを屋内に誘う。


「ユフィルは奥の部屋を借りて休んどる。おかみさん(アルマ)がついてくれとるから」



 二度、扉を叩いて入った部屋には小さな寝台がひとつと簡素な椅子がひとつあるだけだった。椅子には恰幅の良い中年女が座り、寝台にはユフィルが半身を起こしていた。


「――ユーク!?」

「あら、サフィル。その子は?」


 サフィルに促されて部屋に足を踏み入れた小さな姿にユフィルが思わず声を上げ、振り返った中年女が首を傾げた。


「俺ンとこのです。留守番させてたんですが、ユフィルが心配だったみたいで下りてきちまいました」

「あらあら、いつの間に子供が増えたのかしら。坊や、それともお嬢ちゃんかしら? 初めまして、アルマよ」

「初めまして、アルマさん。ユークと言います」

「まあ、男の子ね。お顔を見せてもらえる?」


 性別はまだ定まっていないのだが、アルマは男性名ユークと聞いてそちらで納得したようだった。膝を折ってユークの隠された顔を覗き込んでくるのをサフィルが制した。


「あー、おかみさん。こいつ顔にデカイ傷があるんで勘弁してやってください」


 もっともらしい口実をでっちあげ、ユークの頭をそっと引き寄せる。


「まぁ……、ごめんなさいね。私は席を外すからゆっくりしてちょうだいね」


 痛ましげな表情で心底同情したふうなアルマが部屋を出たのを見送ってから、ユークはアルマの座っていた椅子に腰を下ろした。サフィルは扉を閉めてそこに凭れかかる。

 ユフィルは血色の戻らない顔色だったが気分は落ち着いたようで、ちょこんとお行儀よく座ったユークに苦笑を見せつつ静かに声を掛けた。


「……ユーク、なんで来たん?」

「普通に歩いて来ましたよ?」

「いや、手段じゃなくてぇ……ぅう」

「ユフィル、寝ていてくださいっ」


 ユークににじり寄るように身動きして、腹ではなく腰を押さえて呻くユフィルを慌てて制止すれば、半端に突っ伏したユフィルが唸る。


「寝ててもダルイ……起きててもツライ……。いらんわぁ」

「いや、いらないは駄目ですよ」

「なんで」

「子供を授かれる身体になるということはとても素晴らしいことです。春で成人(十五)でしょう、重ねて目出度いことですよ」

「……でも、迷惑かけとるし。しんどいし。……面倒……」

「ユフィル」


 少しきつめに名を呼ばれて、ユフィルは「はぁい」と気の無い返事をした。


 他愛ないお喋りをしていたユフィルとユークの会話が途切れたところで、それまで沈黙していたサフィルが口を開いた。


「……ユフィル。お前、この冬はここで世話ンなれ」



前書きは悩みましたが、一応主軸がコレだったので念のため。

…どの程度注意書きとか入れるものなのでしょう…。

あらすじに「予告なく戦闘/流血描写が入ります」ってしてしまえば良いのか、

でも言うほど血みどろを書いているつもりもないし…みたいな(-_-;)

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