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紅の闇  作者: 水無神
間章 最果ての地ヒペリオン
61/90

01.闇は光の慈悲を得て、

突然ですが、初代ユーク編です…。


 混沌の闇の中。

 黄金きんの光が一筋。

 成したものは人形ひとがた

 闇にまろい光の人形。

 光は呼吸を与え。

 闇は鼓動を与え。


 光と闇とが只一度きり手を取り合い、創り出した唯一の存在。


 白く煙る大地に『彼』は降り立った。――あるいは湧き出た。

 白皙に鮮血のごとき紅い瞳。

 雪に閉ざされた鈍い陽光の下では鈍い黄味を帯びる銀の髪。


 静かに訪れた、狭間の者〈リィド・アスカ〉の生誕。




  ◆◆◆




 男はその日、滅多に訪れない山の最奥まで足を向けた。

 名はサフィル。成人男性の平均を頭ひとつ高い長身と、それに似合わぬひょろりとした痩躯に毛皮を纏った山猟師である。


 ――この冬は厳しそうだ。まだ灰月カイゲツになったばっかだってのに。


 既に足首近くまで積もっている雪に、内心で毒吐どくづきながらがつがつと歩を進める。

 獣道の果て、断崖絶壁の麓まで辿り着いて、上方を見上げたのは意図あってのことではなかった。しかし、その視界にあるはずのないモノが遥か高みに見えた気がして瞬くこと数度、見間違いではないと確信して慌てて崖に手を掛けた。


 ほぼ垂直とはいえ手足を掛けられる突起は少なくない。ましてサフィルにとっては高所こそが庭のようなもの。登りやすい経路ルートを取ったため目標の位置からは多少ずれたところに這い上ることになったが、ひとまず息を吐いて首を巡らせれば、やはりそこにあった、淡い色の長い髪。

 崖の縁に腰掛け、崖の向こうに遊ばせている膝から下はどうやら裸足だ。僅かに顎を上げて遠くを眺める横顔は、幼いのにあどけなさがない。長い髪に覆われて体格は判り辛いが、十になるかならないかの年頃だろうと見当をつけた。


 瞳の色は窺えないが裸足の子供、かつ、北国にはまず居ない淡い色の髪というだけで大問題だ。


「――おい、ンなとこでなにしてやがんだ!?」


 低い地声を更に低めて強い口調で声を掛けると、かくり、と細い首がかしいでおもてが露わになった。新雪の如く白い頬、通った鼻筋と肉は薄いが赤く色付く唇、やや吊り気味の目元と併せて信じられないほどに整った容貌だった。向けられた大きな瞳は鮮血を思わせる紅。茫洋として焦点がサフィルに合っているのかは怪しい。


「ったく危ねえなぁ。お前、どうやってこんなとこまで登って来た、親は……」


 言いつつ近寄ろうとしたサフィルは、しかし一歩踏み出したところで舞い上がった風に足を止めた。

 ――正しくは、舞い上がった淡い金髪の下から現れた白い肢体に。


「っちょ、待てお前、まさか裸……っ!!」


 申し訳程度に肉の乗った細い手足と薄い腹、ほんの僅かに成長の兆しを見せる胸元。

 あんぐりと口を開けたまましっかりと確認したサフィルは思わず叫んでいた。


「マジで裸ってありえぇんんん!! おま、なんで平然としてんの!」


 思わず頭を抱えた。短めにざく切りしている髪を掻き毟るようにして唸ったのは数瞬のこと、纏っていた毛皮を子供の肩から巻き付けて焦点のイマイチ合わない紅玉を覗き込んで宣言した。


「とりあえず一緒に来い、ってか連れて行くからな」


 毛皮ごと肩に担いで一気に崖を下る。非常事態だ、とサフィルは己の持つ能力を出し惜しまなかった。




  ◆◆◆




「ユフィル!! お前の昔の服いくつか残ってただろ、出せ! これに着せろ!!」


 どばぁん! と蹴破る勢いで扉を開け放ちながらサフィルは室内に向けて叫んだ。

 山の中腹、木々に囲まれてちんまりと建つ山小屋の土間続きの板間には小さな影が浮かんでいた。ゆらりと動いて板間の縁に寄って来たのはサフィルの腹辺りまでしか背丈の無い子供だ。背中まで伸ばした黒髪を無造作に束ね、黒髪には珍しい若草色の瞳が訝しげに細められる。


「――おっちゃん、帰ってくるなりなんなん。オレの古着がなんで要るん?」

「崖ン上で拾ってきた、着せたれ」


 ユフィルが居た板間の中央は四角く炉が切られていた。積雪の夕暮れにも拘らず熾されている火は弱い。その脆弱な火の傍に毛皮に包んだままの幼子をどんと据えた。置かれた毛皮を覗き込むようにしたユフィルが、ぎょっとしたように目を剥く。


「は、デカイ毛玉――て、おっちゃん! 女衒ぜげんでも始める気か!?」

「莫迦言ってないで服! あと怪我とかねぇか診てやれ」

「へいへーい。長持ながもちあさくんのメンドイからとりあえず今ある服着せとくよ。サフィルは回れ右、嬢ちゃんは毛皮から出な」


 言ってユフィルは板間の奥、申し訳程度の物置場から一揃いの衣を引っ張り出した。


「ほい、これが下着、肌着でこっちが――――っんぎゃあああぁああ!!」

「なっ、ユフィル!?」

「おおお、おっちゃん! コレ男やんか!! 花も恥じらう乙女になんちゅうもん見せるか――っ!」

「はぁああ!?」


 サフィルが振り返れば毛皮を足元に落として立ち上がった白い身体があった。崖の上で確認した通りの薄い肉とほんの僅かに兆しを見せる胸。しかし、視線を下げて確認する腹の下、両腿の付け根のその間。


「…………なんであるん……」

「って、なんでおっちゃんが気付いとらんの!? 裸のコイツに毛皮着せたんおっちゃんやろうもん!!」

「座ってたからンなとこまで見とらんわ! つかコイツ胸うっすらあるよな!?」

「は? ――はあぁ!? なんっじゃこりゃああ!?」


 子供の身体を横目で――うっかり下の方を見ないように、だ――窺ったユフィルが、完全な平地ではない胸元を確認して再び絶叫を上げる。


 混乱に陥っているふたりを放置して、子供は放り出された衣類を手にした。めつすがめつしながら、なんとか下着、肌着から長袴ズボン上衣シャツまでを身に着ける。持ち主との体格差は頭半分程度、厚手の長袖が手の甲までをしっかりと覆ってしまった。長袴の裾も引き摺っている。

 隠された己の肢体をしばし眺めたあと、子供はふたりに向き直り、ことり、と首を傾げて薄い唇を震わせた。


「……着ました」


 零れ出たのは鈴の音のように澄んだ声。子供特有の甲高かんだかさはなく落ち着いている。


「喋った……」

「え、おっちゃん、その反応はどういうこと!?」

「今まで一ッ言も喋らんかったんだよ、崖を跳び下りても悲鳴ひとつ上げんかった」

「跳び下り……って、崖って崖? 山の天辺の壁!?」

「そ。なんとなく登ってって、なんとなく上を見たら、このきらきらの髪が泳いどんのが見えてな? よじ登ってみたら裸のガキがぼーっとしてっから」

「……とりあえずお持ち帰りして来たんか」


 こっくりと頷くサフィルに、頭を抱えるユフィル。


「おーい、坊主か嬢ちゃんかはっきりしないお前さんは何者だー?」

「…………今の形態は二形ふたなり。成人体になる際に性別の選択を行う。確定後の変換は不可。成人体への変容時期は――」

「あー、うん、男でも女でもある・・ってことでいいか? いいな。よし次、お前さんの名前を教えてくれ」


 ようやく喋ったと思ったら不可解な単語を並べ立てる子供の言葉を途中でぶった切って、より端的な問いを投げる。雌雄同体、という存在はほぼ伝説、想像の存在ではあるが、目の前の子供の身体を見る限りそれが一番納得できる答えでもあった。

 サフィルの問いに、平坦な声音で、しかしはっきりと紡がれていた言葉が、不意に形作られるのを躊躇うように途切れた。


「……ィド・アスカ」

アスカ?」

「いえ、……ヒトとしての名はありません」


 子供は無感情な調子のまま首を振り、名無しであると言い直した。

 この時点でサフィルは「やっちまったなぁ」と思っていた。かつて拾った少女とは種類が違い過ぎる。――果たして山裾の里に下りて官吏を呼んで引き渡したとして、自分らは無関係と見て貰えるだろうか。


 やや不穏な想像に意識を傾けていたサフィルを放置して、ユフィルが楽しそうな声を上げた。


「よっしゃ、んじゃオレが付けてやろう! おっちゃんに任せたらテキトー過ぎる名付けされるからな!」

「おい、ユフィル」

「サフィルが拾った名無しで『フィル』とかな! ここに一音違いの『ユフィル』って名前貰ったのがるしな?」

「ぅぐ……っ、実は気に喰わんかったか……?」

「んにゃ大好き」


 きっぱり言い切り、ユフィルは首を捻りつつ考える。サフィルの拾い子であるユフィルの弟分兼妹分だ、繋がりのある名前がいい。が、フィルはあんまりだし頭の音を変えただけの〇フィルも三人並べると間抜けになりそうだ。だったら――――


「よし、『ユーク』でどうだ!」

「……それを安直とは言わないのか」

「言わん!」


 胸を張って宣言したユフィルに、『ユーク』と名付けられた子供が視線を向けた。それまで、どこか茫洋としていた紅の瞳に生気が宿り、しっかりと焦点が合っている。


「――『ユーク』を私の名前として認識します。ありがとうございます」


 ゆっくりと唇が弧を描き、鮮やかな紅が細まって微笑みを形作った。


「よろしくなユーク。オレはユフィルで、こっちののっぽなおっちゃんがサフィル。冬でもこの小屋に籠りっぱだけど、ユークは寒いの大丈夫~?」

「人見知りのユフィルが初対面から随分馴れ馴れしいな……」

「おっちゃんが連れてきたもん。危ない奴だったら放っとるやろ?」


 言い切ったユフィルに、サフィルは、ぐ、と喉を詰まらせて沈黙するしかなかった。


「有翼の者〈ヴォル・レーン〉のサフィル、拾ってくださってありがとうございます。聖寵の者〈ディ・エンファ〉のユフィル、名前をありがとうございます。よろしくお願いします」


 丁寧に言って頭を下げた新たな住人にふたりは目をみはった。


「……おっちゃん、話した?」

「言ってねぇよ、まだ」

「サフィルは崖を下りる際にを使われましたので。ユフィルは黒髪ですから。混じり気なしの黒は他種族ではありえません」


 銀色の者〈スィ・アルジア〉は名の通り銀の髪と目をしている。小さき者〈エラス・ソルア〉と有翼の者〈ヴォル・レーン〉は様々な色を持つが黒だけはない。

 淡々と語られた事実に、サフィルは幾度目か頭を抱えたくなった。


「どっからそんな知識を得たよ、お前……」


 唸るサフィルと納得したユフィル、ふふふと笑うユークの、三人の冬籠りが始まる。


サフィルとユフィルの言葉が変なのは仕様です。


本当は本編完結後に番外編でもやろうかと思っていた初代編でした。

が、なんだか物凄く書きたくなって、我慢できずに苦し紛れの「間章」です(汗

10話はかからない(予定)です……。お付き合いいただけると幸い。

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