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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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幕間/剣士の弟子

※セインとルドが聖堂に籠って術訓練している間の風景。


「……そうして、神、の……あた? あえた……あ、与えた、か。与えた…………ねえ、これなんて読むのよ」

「与え給うた」

「与えたもーた、力を、法力と呼ぶ。法力は、てん……てんてんてまりの」

「天恵。……ミシリー」

「っだあぁぁって! なんっでわざわざ難しい言い回しすんのよぉ!」


 開いていた本に突っ伏しながらミシリーが喚いた。

 セインがルドと共に聖堂に籠って数日。ユークリッド邸中央棟最奥、聖堂と廊下を挟んで向かいの西側にある書庫での一幕である。


 三階分を吹き抜けにしてあるのは聖堂と同じだが、祭壇以外なにもなかったあちらと違い、こちらは窓と扉の部分を除いた壁にみっしりと書架が張り付いている。扉のある壁側から階段が伸びて、二階、三階部分の書架を取るための回廊に繋がっている。一階部分も、窓際に大小いくつかの机が置かれているほかは背の高い書棚が立ち並び、さながら本の森状態だ。


 一番小さな机に椅子を二つ寄せて向かい合って、ミシリーが開いた本を音読し、アレイクがそれを逆さから覗き込んでミシリーの読めない語彙を指導する、というのがここ数日のふたりの過ごし方となっている。


「法術士の概要を説明しているから特殊用語は多いが、基本の書だから子供でも読めるようにかなり噛み砕いてあるぞ? 学舎では十になるかならないかで学ぶ範囲だ」

「学舎なんざ行ってないもーん」

「だから勉強してみたいって言いだしたのはお前だろう」


 そもそものきっかけは、神聖都市エレアザルでルドがやって見せた創世記の暗唱である。カイルが内容を知っていてミシリーは欠片も知らなかった、という事実がミシリーのなにかに火をつけたらしい。雨で足止めを喰らったエレアザル滞在中、ルドとセインが大神官を捕まえて術講座を受けている間に、ミシリーはアレイクを教師に簡単な歴史などを学んだ。


 その際に発覚したことは、ミシリーは読み書き自体が怪しい、ということだった。


 ミシリーいわく、日常生活に必要な識字力と計算能力はあるし地図や建築物の見取り図を読むのはお手の物だから特に不便してなかった、とのこと。結局、幼児向けの絵本だの童話集だのを教本に、基本の文法と語彙から指導を始めたアレイクである。――大神殿の書庫にそういった本まで揃っていたことに感謝しながら。



「……法術士は各地の、神殿にはいそ……はいぞ、くされて、人々に神をた……たつ」

「尊ぶ」

「たっとぶことを教え、びょーきやけがをした人の手当をほこ……ほどこし……、」

「――熱心なものだね」


 訥々と音読するミシリーと根気よく付き合うアレイクに、いくつか離れた机から声がかかった。

 声の主は、賓客扱いの筈なのに屋敷の主たるセインに放置されまくっている王孫、エリオット殿下。彼も時間を持て余して書庫に籠る日が続いている。


「申し訳ありません、騒がせてしまいまして」

「兄さんが悪い訳じゃないと思うー」


 一方的にミシリーが喚いて騒いだのだ。立ち上がりこそしなかったものの深々と頭を下げたアレイクに、ミシリーは憮然としてエリオットを半眼で見据えた。気が付いたアレイクが咎めるより先に、視線の先のエリオットが苦笑でそれを許した。


「構わないよ、ダシルバ。咎めるつもりも冷やかすつもりもなかったが、邪魔をしたならすまなかったな。……ずっと本を読んでいるのにも少々飽きが来てね」


 手にしていた本を机の上に閉じて息を吐いた。

 エリオットは数度、カイルに再戦を挑みに行っている。しかし、まるで敵わずいいように遊ばれるばかりで、退屈を晴らすどころかむしろ鬱憤が溜まるだけの結果に終わった。最低限は鍛えているとはいえ、文武で言うなら文に天秤の振れる殿下は結局、大人しく書庫で過ごしている。


「ああ、お喋りが恋しくなったのね」

「ミシリー……、」

「なぁによ、兄さん。言いたいこたぁはっきりどうぞー?」

「……態度を改めろ」


 無言で肩を竦めて椅子にもたれたミシリーに、アレイクは頭痛を覚えて頭を押さえた。

 取り成したのはやはりエリオットだった。


「気にしなくていい。声を掛けたのは私だし、確かに会話に餓えてのことだ。

 ――ふたりは兄妹、ではなかったはずだな?」

「うわぁ、今更そっから? アレイクとは血縁もなにもないわよ、呼びやすいから『兄さん』。ま、実際頼りになる兄貴だしね」

「……お前に名前を呼ばれたのが初めてな気がする……」

「あたしもそんな気がする」


 思わず感慨深げな表情になったアレイクと、腕を組んで胸を張るミシリー。エリオットが奇妙なものを見る目でふたりを見比べていた。一緒に旅をしていてもそんなものなのか、と言いたげだ。


「王子様は法術のお勉強してたのよね? はかどった?」

「……君ほどではないかな。いくら呪文を覚えても実践はできないからね」

「そうか、やっぱ教師は要るよね。あたしも兄さん居なかったら食っちゃ寝で過ごしてる自信があるわー」


 話をエリオットに振ってみれば、苦笑というよりは自嘲に近い表情で溜息を落とされた。セインに師事するつもりで来てみたら、当のセインが修行のために他者を隔絶して閉じ籠ってしまっている。完全放置されたエリオットとしては複雑だが、無理を言える状況でないことは理解している。……半ば無理矢理連れてこられたのに遣る瀬無いものはあるが。


「門前集落に出るって選択肢はないのか」

「あたしにはない。バカ・・は楽しく力仕事だの子供とケンカだのやってるみたいだけど、あたしどっちも向いてないもん。森の探索くらいなら楽しめそうかな」


 ミシリーが『バカ』と呼ぶのはカイルで、日中のほとんどの時間を集落に出て過ごしている。時々は単身で森に入ってもいるようだが、大半は集落の者と交流をしている。斜面に張り付く狭小の畑とはいえ今は農繁期だ。人手はいくらあっても邪魔にはならないのだろう、便利に使われているらしい。

 だが、ミシリーの言葉にはエリオットが眉をひそめて警告をした。


「森の探索は君のような少女がひとりでするものじゃあないよ。この辺りは熊も狼も出る、しかもゼフィーア王国で見るものより一回り大きいとか」

「おぉう、すごい。あのバカ喰われなきゃいいけど。あー、でもそろそろ体は動かしとかないとなまるなぁ。今日はお屋敷探検でもするかな」

「……おい」

「大丈夫、漁らない壊さない持ち出さない」


 森が危険ならば安全地帯の探索を、と切り替えたミシリーをじと目で釘を刺しに来たアレイクに、片手を挙げて宣誓してみせる。納得したのか諦めたのか、アレイクは溜息をひとつ落としただけでミシリーに対してはそれ以上なにも言わなかった。小さな声で自分の予定を考える。


「俺も集落の手伝いにでも出るかな……」


 ちなみにアレイクは毎朝剣を振っている。カイルと一緒になれば手合せをするが、カイルが居なくとも素振りでの型の訓練だけは欠かしていない。最低限の鍛練はこなしているので別なことを、と考えたが、エリオットがそれを遮ってきた。


「ダシルバ、体が空くなら私に付き合え。せめて一矢報いたい」

「……承知いたしました」


 エリオットが一矢報いたい相手は夕焼け色の頭をしているのだろう。敢えて名を出さずに、しかし表情はあからさまに歪めて言うエリオットの言葉に、アレイクは大人しく従った。



 ――西翼側の空き地でエリオットと木剣を打ち合わせていたアレイクが、視界に掠めたモノに怒号を発するのはこの少しあと。


「二階三階の窓を出入り口に使うんじゃないこのド阿呆が――っ!!」

「いいじゃん近道発見だよ便利だよ――!」


 読み書きは教えられても素行を矯正するには至らない。『漁らない壊さない持ち出さない』に『無駄な軽業を披露しない』も付け加えさせるべきだったろうか、と頭を抱えたアレイク先生であった。



投稿ぽちっとな一周年の記念日にアップするのがこんなオチ無しヤマ無しでいいのか…。


いつの間にやら一年が経ちました。

読んでくださっている方々に深く感謝申し上げます。

こんなに長くなる予定ではなかったのですが(言い切りますよ、ええ)、

なんとか終結に向けて進めてまいります~。

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