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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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18.その意志は言葉の陰に見え隠れ


 エレアザルで魔を祓い尽くした神の子〈アスカ〉の偉業を期に、『新暦』という新たな年号が置かれた。

 それまでの『大陸暦』に成り代わった訳ではなく、大陸暦は主にまつりごとに、新暦は神殿が作成する書類や文書にと使い分けられるようになった。神殿が民の生活に密着するようになると、民も新暦を主に用い始め、現在、大陸暦は公的書類――身近なものでは戸籍や身分証――に使われるものの、一般的に語られる年号は新暦だ。


 大陸暦の一七八八年が新暦元年、神の子〈アスカ〉の生年は伝わっていないが、公的に残された没年は新暦四二年、大陸暦で一八二九年である。



「以上を踏まえて。ユーク様が自己申告された生年はいつだったか覚えているか?」

「……う?」


 狭間の者〈リィド・アスカ〉の寿命が三百年、というところからなぜか年号の歴史に飛んだ話について行けないミシリーは首を傾げた。ミシリーの返事を待たず、セインは胡坐あぐらをかいた膝に片肘を突いて顎を乗せたやる気のない態度で話を続けていく。


「聖堂でちらっと言われていただろう。『一六〇〇年代末期にこの地に降ろされた』と。生年が一七〇〇年ちょうどだったとして、没年が一八二九年、享年御幾つだ?」


 苦い物でも食べたような顔でミシリーが指折り数え、首を傾げて暦年を呟き、再び指を折っては傾げた首の角度を深くし――頭を斜めにしたまま片手をちょこっと挙げた。


先生せんせー、人の寿命としてちょっと微妙な数になりまーす。特に生まれてからエレアザルで派手なことやるまでの年数がおかしいと思いまーす」

「そうだな。しかもユーク様は公的には死んだことにして葬儀まで出させた上で聖堂に引き籠もって余生を過ごされたそうだ。正式な没年――実際に肉体からだを土に埋められたのは大陸暦一九八八年」

「……先生、おバカにも分かるように解説お願いします」


 ミシリーが虚ろな目をしだしたのを小さく笑って、セインは言葉を探す。


 初代ユークがエレアザルで大技を見せ付けたのは、綻びが封じられたことを知らしめて人々を安心させる目的があった。事実、それで脅威は祓われたと認められた。だが、彼はその前に大陸中を回って、人の世界と魔の世界を隔てる障壁に空いた穴を繕って回ったのだ。――およそ、百年の間。


 『偉業』の時点でユークは二十代後半程度の姿を取っていた。大陸各地を流れ歩いていた間は不老で通していても、同じ地を訪れることはほとんどなく、足を運んでも数十年昔にふらりと来た余所者のことを覚えている者は既に去っており問題は無かった。

エレアザルに置いた術式の維持管理を術士に指導するためそこで数年を過ごしたが、幼子の数年と違い、外見が変わらずとも違和感は生まれない程度の期間だ。不老であることは知られなかった。


「エレアザルが落ち着いてから、ユーク様はヒペリオンに戻られて、貴族位を与えられて領地を得、伴侶を迎えて子を成して、早い段階で隠居して――仮初の葬儀を出したのが新暦で四二年。先の隠居のときは本棟の端の部屋で一応過ごされていたらしいけど、葬儀のあとは聖堂に。祭壇に大きな壁掛けタペストリがあるだろ? あの裏に崖を掘削して小部屋を造って起居してらしたとさ」


 早々に家督を子に譲って隠居したのは不老を伏せるためでもあった。年齢を重ねることは不可能ではないが、逆行して若返ることはできず、かつ、肉体的に老齢の状態になれば、当然身体の不具合は発生する。長い寿命を全うするには難があった。


「……えぇぇっとぉ? なんでそこまでして長生きを?」

「天与の寿命は途中で放棄できなかった。狭間の者〈リィド・アスカ〉は世界の均衡バランスを保つために創られた。存在そのものが世界を安定させる要石かなめいしに成るがために、ユーク様は定められた命数を長らえられた」


 煙を噴きそうな頭を抱えて呻くミシリーを置き去りに、セインは心にわだかまっているものを言葉に作り替えることに専念する。


「私が狭間の者〈リィド・アスカ〉に成ったとして、……子供を産んだとして、その子供よりも長く生きることになる。孫より曾孫より、長い。常に彼らを見送り続けるってのは薄ら寒いよな」


 むう、と不機嫌そうな顔をしたミシリーに苦笑を返す。難しい顔をしたミシリーが、じゃあ、と言葉を続けた。


「子供が成人したらさくっと世界放浪に出たらどうです、こないだ王子様に宣言したみたく。子供ももうお母さん恋しいって言いやしないでしょうし」

「残念ながら、ヒペリオン・・・・・を離れるという選択肢はないらしい」

「……うぇえ?」


 肩を竦めてすっぱり言ったセインにミシリーが困惑の視線を向ける。


「狭間の者〈リィド・アスカ〉は存在するだけで均衡を維持する要石になる、と言っただろう? 要石ってのは重石と一緒、動かずにどんと在るのが役目。各地の綻びを繕っている間はともかく、落ち着いた状態を維持させるためには、狭間の者〈リィド・アスカ〉はヒペリオンから長期間離れてはいけない」


 だからユークも聖堂に籠ったのだ。

 去っていく子らを見送るのは辛い、けれど遠く離れた地へ移ることも叶わない。ならば、接触を断ち、自ら孤独の中に在れば良い、と。


 しばし考え込んだ蒼天の瞳がきらりと輝いてセインに向けられた。


「うん、じゃあ引き籠もればいいよ。でもって時々来るお客さんの相手をしとけばそこまで寂しくもないでしょ」

「……うん?」

「生まれて育って年くって死ぬとこまで見てると辛いんなら、一生のうちのちょこっとだけの時間の触れ合いで我慢ってことで。同じお屋敷に住んでて『お客さん』ってのも変だけど。あ、あたしが大量生産しとけば本当の『お客さん』を送り込めるのか!」

「…………えぇと、ミシリー?」


 眉間に皺を寄せているセインに気付かないのか、ミシリーはひとり満足気に頷いていた。


「うんうん、大丈夫。うちの子たちにはよぉっく言い聞かせておくから! 一生のうちに一回はなにがあってもセインに会いに行きなさいねって!」

「……『大量生産』って……」

「十人くらい産んどけばあとは鼠算式に頭数は増えるだろうから、割とひっきりなしにお客が来るかもよ?」


 なにか問題? とばかりに笑うミシリー、どこからどう突っ込めばいいのかと項垂れるセイン。


「だってセイン、とっくに結論出してんじゃない。なら、あたしに出来ることはセインが少しでも気楽にその道を進めるようにすることだけだもん」


 ミシリーの言葉に、セインは勢いよく顔を上げた。その反応に、ミシリーには珍しい苦笑を見せられた。


「長い時間を生きることは嫌じゃないんでしょ? 孤独なのが寂しいってだけ、って断言したじゃん。ここまでの話もなんで長寿なのか、ってことの説明だし。初代さんの跡を継ぐのが嫌なら、子や孫に囲まれて適当に幸せに最期を迎えたいのでお断りします、で終わりでしょ?」


 弱い光源に、それでも赤が強いと分かる瞳が大きく見開かれる。

 世界の安寧を護る要石という役目は重い。継ぐことで世界が得る利益と自身がこうむる弊害を噛み締めて、安請け合いしてよい役目ではない、とセインは至極真剣に悩んでいた。

だが、継がなかった場合のことを同じだけ考えていただろうか―――?


 ――背中を押して欲しかったのか。私の選択を肯定して欲しかったのか。


 カイルと剣を交えたあの朝にはきっともう、結論は出ていた。恐らくは、ユークから話を聞いた時点で、それは自分セインが背負う役目だと受け入れていたのだろう。上手く言葉にできない、と言ったのは――葛藤しているからではなく、なぜ受け入れているのかを説明できない、という意味だったか。


 ――セインがセインでいられる方を選べ。


 すでに選んでいたなら。セインがセインでいられるように過ごせ、と言われるのだろう。そして、そんなセインを全力で支えると言い切る友人がいる。


「……ミシリー……」

「はいはーい」


 ミシリーがもそもそと布団に潜り込むのをぼんやりと見ながら、セインは浮かんだ言葉をそのまま唇に乗せた。


「……ありがとう」


 一瞬の間を置いて、ミシリーは鮮やかな笑みで応じてくれた。寝転がった状態で両腕を広げて「さあ寝よう!」とセインを誘い、肩を竦めたセインが僅かに距離を取って横になるとがくりと枕に突っ伏した。


「カイルにも、礼を言っておかないとな」

「いりませんよ! あのバカに気を許しちゃ駄目です危険過ぎます奴と接触する際は兄さんとルド君に両脇を固めて貰った上でお願いします隙を見せたら負けです!!」


 ふと零した呟きに怒涛の勢いで反論を浴びせられて、ミシリーはカイルをなんだと思っているのかと問い質し、その流れでじゃあアレイクはルドは、と話が膨らみ――この夜、女たちの内緒話は長く続いた。




  ◆◆◆




「ユーク様、貴方の跡を継ぎます。今すぐではなく、いずれ戻ってからになりますが」


 早朝、ミシリーを部屋に置いてセインは聖堂をひとりで訪れた。

 向かい合うのは祭壇の上の箱に座るユーク。膝上に両の掌で包み込むようにして輪郭の曖昧な黒い塊を載せている。


 ――ありがとう、愛し子。ええ、いくらでも待ちますよ。私はまた眠っているかもしれませんけれど。


 子供の姿で、年輪を重ねた笑みを湛えて、ユークは鷹揚に頷いた。


「……初代が眠っておられた場合は……」

 ――われが請け負う。


 セインの問いに応じたのはユークの膝にある黒い塊、正体は『闇』の塊である。


「…………魔王様の御手を煩わせて恐縮です」


 本来こちら・・・に在らざるべき存在である闇の者は、人型を取る勢いで出現するとそれだけで影響が大きい。セインの『力』の解放の際だけは全力で出たが、基本的にはこうした力の欠片だけで人の世に干渉――情報収集をするだけだ、というのが魔王の言い分――しているらしい。


 ――思うままに在れ、狭間の者〈リィド・アスカ〉を継ぐ者よ。汝が汝であることが、()と神の子らの世界の均衡を護る。


 魔王に投げられた激励の言葉に、口の減らない友人たちの姿を思い浮かべてセインは笑みを佩いた。


 翳りの無い、鮮やかな笑みを。



ユークの生年自称話は「13.古に~」参照。

第二章「16.眠る者~」で、セイン「初代が亡くなって九百年以上…」ユーク「そんなに経ってますっけ?」とやっていたのは公的没年と実没年の認識の差だったり。

どうでもいいネタの回収。


ここまででシルグルア編は終了です。

…無計画に広げてみた風呂敷の収拾をつけるのが大変そうです…。

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