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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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17.女子会は枕抱えて深夜まで


 セインたちのユークリッド邸滞在の終了のお知らせは、滞在十日を超えた頃にやって来た。既に月が変わり、夏の最終月である緋月ヒゲツになっている。


「――王からの使いが、三日後しあさってには領主館に着くそうだ」


 領主館のガルゼスから齎された手紙を机上に放りながら、セインは顔を上げた。場はセインの使う屋敷のあるじの間、居間を挟んで寝室と対になっている書斎である。窓際にどどんと置かれた大きな執務机の向かいにアレイクを挟んでミシリーとカイルが立ち、ルドは机の上、カイル寄りのところに座らされている。


「会うの?」

「逃げる。とりあえず結界の基本の術式は展開できるようになったし、あとは移動の合間に復習すればなんとかなるだろ。明日には領主館ふもとに下りようと思う」

「……『逃げる』って言葉選びが潔いよね……。でも結界、本当に基本だけだよね。あの人・・・に対抗するには心許ないんだけどなー……」

「必要ならエレアザルにしばらく滞在させてもらうさ」


 杖を抱えるようにして手紙を覗き込むルドに肩を竦めて返した。


「で、移動についてなんだが。ルド、一度でどこまで繋げられる?」

「王子様は一緒じゃないんだよね? 僕たち五人だけなら西の神殿までは行けるかな。レイリーさんが補助してくれたら確実だと思う」


 西の神殿、というのは王都脱出の際に最初に出た神殿のこと、ということは次の転移術で王都を越えたところまで出られる計算でいいか。そうルドに問えば「大丈夫だと思うよ」と平然と応じる。


「うーん、でもその先が難しいかなぁ。セインが『力』を発現できるようなったから神殿の転移陣は無断使用しても大丈夫だろうけど、国府関連のは難しいよね。出た途端に捕まっちゃいそう。王都の向こうの神殿の次って、港の役所だったでしょ」


 港の役所はゼフィーア王国側の港湾都市メールから繋いだ転移陣になる。そこから神殿ひとつを経由して王城の聖堂に出た。港から王城聖堂には直接移動できる距離だが王城への到着日時の調整のために経由させられた。急ぎ足をしていたセインには余計な回り道だったが、今となってはむしろ感謝だと思うから勝手なものだ。


「直接メールに繋ぐのはやっぱ厳しいか?」

「セインが補助できたとしても無理だよー」


 ルドは一度『視た』ことのある転移陣にしか道を繋げない。回数をこなして感覚を掴めば未知の転移陣にも接続できるというが、現状ではエレアザルからここまでの経路を逆走するしか手がない。

 そしてセインは転移術までは手が出せていない。転移術は高度な術式だ。転移陣を繋ぐ数歩分の空間は本来、人の領域ではなく、一歩『道』から外れれば虚無に呑まれて二度と出て来られない。伝承のたぐいではなく事実として記録も残されている。いくらセインでもそこまでの莫迦を実行する気はなかった。


「港の役所に出て、港を封鎖される前に船に乗れれば何とかなる、か……?」

「うん、それでこそ猪セインだ」

「うっさい。――神殿で手を借りられれば楽なんだけどな。にわかユークリッドにどんな対応してくれるか読めないから、自力で逃げる算段付けるしかないだろ」


 『名ばかりユークリッド』改め『俄かユークリッド』とは自嘲を含めているが的を射てもいる。

 セインの計画とも呼べない予定に一同は苦笑ながらも異論は出なかった。




  ◆◆◆




 控えめに扉が叩かれる音に、寝支度を整え終えたばかりのセインは首を傾げた。寝室から居間を窺えば、廊下に通じる扉がうっすら開いて小振りな頭が覗いている。さらりと流れる黒髪。


「ミシリー? どうぞ、どうした?」


 入室の許可と用件の確認をまとめて放てば、するりと室内に入り込んだミシリーが扉を叩いたのと同じように控えめに笑顔を見せた。


「今夜こっちにお泊りしても、いーい?」


 そう言うミシリーの姿はセインと同じく夜着姿、館内を移動するにあたって申し訳程度に上着を羽織っている。華奢な腕に抱いているのは柔らかな羽毛の枕。与えられた客間の寝台から持ち出して来たらしい。


「……枕持ってくるなよ……」

「いやいや、セインさ、セインの枕を取り上げるのは悪いからね!」

「枕なんざ無駄にあるっての」


 扉閉めて来て、と素っ気なく言ってセインは寝室に引っ込んだ。



「うわぁ、本当に無駄にあるー……」

「一人用だってのに何なんだろうな、これって」


 客間の寝台にも枕は三つばかり用意されていた。高さだの硬さだのをお好きに御調整ください、という意向らしいが、屋敷の主の寝台は客用の比ではない造りだった。

 重厚な天蓋付きの大きな寝台はミシリーとふたりで手足を伸ばして転がれる広さ、夏だからか掛布は薄手の物がそれでも二枚用意され、枕に至っては六つばかり載せられていた。――とりあえず二つを使って、残り四つは隅に積み上げていたセインである。


「一人用なん、だ? 夫婦用とかじゃなくて?」

「夫婦用の寝室は別にある。ここはあくまでも主人の――私の父の私室だった部分で、母の部屋も別個にある」

「……無駄ぁ……」

「……言ってやるな。金にせよ部屋にせよきちんと使うのが良い主人だそうだから」


 ミシリーとまったく同じことを思わずブロンクに言ってしまって説教された。

 主人たち――クロッセとセインのふたり――不在の間は、最低限の維持管理のためにしか金も部屋も人も使われていなかった。今回のセインの帰館は一時的なもの、と聞かされていても、主人が帰ったのをこれ幸い、と張り切りって出迎えの支度をしたのだという。十年以上の消沈した時間を払拭せんと、正規の使用人のみならず門前集落の民も一丸となって館の手入れをしたというから恐れ入る。


「短い夏の、農作業の繁忙期になにやってんだか」

「慕われてま……てるね、セイン」

「……噛みすぎだろ」

「うぅ、努力を誉めてくださいってんですよこんちくしょう」


 唇を尖らせてそっぽを向いたミシリーを促して寝台に上がった。いそいそと掛布をめくって潜り込んだミシリーの隣に胡坐をかいて座り込むと、ゆっくり息を吐いて気を落ち着かせる。


「――で、なに?」


 鼻先まで掛布を引き上げたミシリーがちろりと視線を投げて、しかしセインの眼と合わない内に頭の天辺まで掛布に埋もれた。寝台脇に置いた燭台ひとつの薄明りの中、セインは黙って待つ。少しして、布越しのくぐもった声が小さく届いた。


「女の子同士の内緒話ってことでどうかな、と」

「……なにがどう」

「秘め事についてですよぅ。ルド君にも話せないようなことをあたしが聞いても仕方ないかもしれませんけど」

「……敬語」


 ぼそりと突っ込むと勢いよく布の山が跳ね上がった。


「あーもうっ! いいから吐け! 溜め込むな!! こっちが気になってしょうがないでしょうが――!!」

「時間的に大声はいい迷惑だな。まあ空き部屋ばっかりだからどこにも聞こえてないだろうけど」

「話を逸らさなーいっ!」


 ふー、と毛を逆立てた猫のようになったミシリーに苦笑して、セインは視線を彷徨さまよわせ――やがてまっすぐにミシリーの蒼い瞳を見詰めた。


「……世界が壊れるのを良しとできるか?」

「…………おバカなあたしにも分かる話の振り方をしようよ、セインさぁん……。セインがなにかしないと世界が終わりますって話?」

「そんな感じ」

「セインひとりが全部背負い込んで踏ん張らないと保てない世界なんざ滅びてしまえ」

「……躊躇ためらいないなー……」


 きっぱりはっきり断言したミシリーに瞠目したのは一瞬、すぐに脱力した。肩の力が抜けて、先の苦笑よりもやや柔らかい笑みを浮かべることができた。


「私が踏ん張りたいと言った場合は、味方してくれるの?」

「しますよ支えますよ一緒に頑張りますよ!」

「……私が、人を辞めることになっても?」

「セインさんがセインさんであるならなんでも」


 試すような物言いを気にもせずに、ミシリーはセインの欲しい言葉を返してくれる。嬉しいような、苦しいような心地でセインの微笑が切なげに揺れた。


「うわぁ……セインさん、ものすっごい色っぽぉ……。あのバカには絶対見せちゃ駄目ですよ、その表情かお!」

「……『さん』と敬語」

「――ええい、やかましいぃ! なんだっていいじゃないですか! こんなことくらいであたしとセインの友情は壊れませんとも!!」


 叫んだミシリーは手近な枕をひとつ掴んで、ぼふんとセインの顔を埋めた。

 ふわふわの枕を無造作に押し遣って、紅に近い瞳で蒼天の眼差しを射抜く。


「人を辞めることに抵抗は薄いんだ。特殊な一族と言われ続けて来たからかな。ただ、ひとりになるのが、嫌だ。……怖い、と言ってもいい」


 見開かれる蒼い瞳が、ユークの話を聞いた日に見上げた空を思い起こさせる。



 ――館に着いた翌日。連れ一同とともに聖堂でセインの『力』の解放とクロッセ対策の相談をした、その日の午後。

 セインの身体の主導権を持ったままのユークは連れを聖堂から締め出すと、転移術で以って館の背後にある崖の上に出た。……ユークリッド邸に残るいにしえの術式、というのはこの転移陣を含めた複合術式で、敷かれている場は聖堂だ、ということをこのときセインは初めて知った。


 そうして崖の淵に腰掛けて夏の青空を眺めながら、セインはユークの過去と、狭間の者〈リィド・アスカ〉についてを教えられたのだ。



「狭間の者〈リィド・アスカ〉は世界の歪みを正すために創られた。歪みを直す作業は一朝一夕に終わることじゃないから、と初代ユーク様は長い寿命を与えられたそうだ。

 ――ユーク様のお子以降は、子子孫孫すべて、狭間の者〈リィド・アスカ〉に与えられた天恵の欠片かけらを受け継いでいるだけの聖寵の者〈ディ・エンファ〉だという。――ユーク様の跡を継ぐ、というのは、狭間の者〈リィド・アスカ〉に成る、ということらしい」


 ミシリーが首を傾げれば、艶やかな黒髪が動きに合わせて揺れた。


「……狭間の者〈リィド・アスカ〉の寿命は、三百年、だそうだ」



2014.08.11 誤字修正

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