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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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16.解答は日常会話のその中に


 ふと落ちた沈黙に、ねえ、とセインに声をかけたのはルドだった。

 セインの『力』が解放されて数日の昼食後の一服の合間である。


 開放以降、食事や風呂などの時間を除き、聖堂でユークとルドが教師役となってセインの実技訓練――セインは呪文や術式の構築に関する知識だけは無駄にあるので、発動の感覚を確認するだけで済む――を行っていた。ルドが指定した浄化の術は“石”や血の補助を無くすだけなので比較的すぐに要領を得た。その上位にある清めの術式も、懸念に反して意外と扱えそうなので安堵していた。


 しかし、もうひとつの要望である結界系についてが難儀している。


 基礎知識はあっても実用に至るには一朝一夕のことでは無理だと、頭では分かっていても、少しでも早くと急く感情の方はどうにもならない。

 焦りを露わにしだしたセインに、今日の午後はゆっくりお茶まで済ませてから聖堂に来い、と言ったのはユークで、ルドもそれに同意した。よって現在、この館に来た初日以来となる、全員揃ってのお茶の時間となっている。


 ちなみに『全員』にはエリオット殿下を含むが、ガルゼスは麓の領主館に居るため除外、給仕を務めるのは初日と同じくブロンクである。



 ルドの呼びかにセインは首を傾げてルドの顔を覗き込んだが、呼びかけてすぐに俯いた顔は上向けられる気配がない。


「セインは、“石”の回収とか……色々が片付いたら、ここ・・で領主様としてお仕事するんだよね……?」


 力無く紡がれた言葉に、セイン以外の同席者たちも一服の手を止めて幼子に視線を集めた。


「……丸っとガルゼス様に押し付けて延々世界放浪しててもいいけどな」

「姫、悪い冗談はやめてください。笑えません」

「半分以上本気ですが」

「…………姫」


 セインの不穏な発言に間髪入れずに突っ込んだのはエリオット、だがセインがそれに表情を変えず即答し、エリオットは口元を引き攣らせて固まるしかなかった。セインの猪ぶりにはまだまだ馴染めていない。

 ああ、とセインがエリオットに向かって言葉を続ける。


初代ユーク様に術指導の依頼はしますし、術本は基礎から応用までみっちり揃っていますし、殿下が法術を学ぶ環境としては不足しないと思います。必要とあればレイリーに指導役をやってもらえばいいですし」


 エリオットの処遇については忘れていないし自分セインが居なくても最低限の修業ができるよう保障するので安心してくれ、と伝えたかったのだが。

 セインの最後の一言に、エリオットは額を押さえて苦しげに呻いた。


 前ふたつの配慮はありがたく受け取って問題はない。問題は、レイリーを法術指南に充てろ、という部分だけだ。


 レイリーはヒペリオン領主館専属法術士であるが、国政に携わる貴族子息イライアスと婚姻した際に、国や貴族からの神殿への干渉を避けるという名目で神殿における地位は下位神官の下に置かれた。領主業の補佐に必要とされる法術以外の一切の術行使を禁じられているため、当然、術の使い方を他に指導するという行為も禁忌に触れるだろう。

 ヒペリオンへ向かう途上の馬車の中、雑談程度にだが説明された事情だ。セインが早々忘れたとは思えないエリオットにしてみれば確信犯かと嘆くしかない。


「さらりと国と神殿の決定をくつがえすようなことを仰らないでください……」


 ぼそりと発された異論には頓着せず、セインはルドを見詰める。長椅子ソファに隣り合って座っている幼子はまだ頭を上げない。


「……ルドは“石”の被害者でもあるからな。私にできる限りは望みがあれば聞くし、恨みつらみがあれば受けるぞ」

「うわぁ、今更ぁ……。もうとっくに終わらせた話じゃない、それ……」


 ルドの生まれ故郷で暴虐を働いたのは“石”を得た狂人だった。セインが抱く、一族の負債に巻き込んだ、という罪悪感はカイルに向けるものと同質だ。もっとも、共に旅をするようになってしばらくして、それらの話は洗い浚い済ませているのだが。


 苦笑交じりにルドが顔を上げてセインと視線を合わせた。


「セインがなんだかひとりで遠くに行こうとしてる気がして、ちょっと心細くなっただけだよ。……駄目だねー、セイン離れするって宣言したばっかりなのに」


 ルドの言葉に、ちり、とセインの胸が焼けた。

 付き合いの長さは伊達じゃない――というより、互いが互いに依存してきただけに、隠そうとしたところで極僅かな変化を感じ取られてしまう。


「……遠く、ね。ある意味では否定しない」

「セイン?」


 エリオットやブロンクが居なくても、今はすべてを話すつもりはない。だが、秘密があることだけは提示しておく。怪訝な顔をするルドに肩を竦めるだけで流そうとすると、斜め向かいの席からミシリーが身を乗り出してきた。


「セインさーん? 秘め事は無しですよう?」

「『さん』と敬語が取れたら耳を貸そう」

「あぅ」


 即答で返せばミシリーががくりと首を落とした。


「今更変えるの難しぃんだもぉん……」

「別にルドと話してる感じそのままでいいだろ」

「ルド君とセインさんは別物! 弟君とお兄ちゃんは別物ぉおお!!」

「……待てコラ。まさかまだ・・私を兄ちゃん扱いする気か」

「姫、『まだ』とは?」

「そこは突っ込まなくていいです殿下」


 セインが話を塞ごうとするが、ミシリーが満面の笑みでエリオットに応じた。


「セインさんを初めて見たとき美少年だと思ったからね! 絵に描いた理想がそのまま現実化した白皙の美貌に一目惚れたからね!! 無表情に冷めた眼で剣を突き付けられても幻滅なんてしようが無いくらいステキ男子だったもの! 再会したときは舞い踊ってよろこんだもの!!」


 王族相手にタメ口。セインへの敬語は取れないのに、という納得のいかなさと、熱を籠めて語られた内容との双方に軽い眩暈と頭痛を覚えつつ、セインはミシリーを半眼で見据えて低い声を出す。


「……ミシリー」

「男前万歳ばんざーい!!」


 めげないミシリーは一言叫んで、セインから距離を取るように椅子に背を貼り付けた。間にエリオットを挟んでいるため実力行使の反撃は飲み込んで、セインは深く息を吐いた。ミシリーと向かい合う席についていたアレイクが苦笑し、隣のカイルが遠慮なく爆笑している。


 胡乱な眼で一同を見回すが、ブロンクさえもミシリーをたしなめたりセインを擁護したりする気は無いらしい。苦々しく舌打ちをして残っていた茶を一気に飲み干すと、しかし丁寧に茶器を卓子テーブルに戻して立ち上がる。


「ごちそうさま。聖堂に行くから、お前らは勝手にやってろ」

「はいはーい。あ、爺さん借りていい? 前から借りたかったんだけど許可取る暇なかったからさ~」


 食事の時間には顔を合わせるものの、セインは黙々と食べてさっさと席を立つので捕まらなかったのだ。カイルの申請に、セインは僅かに眉根を寄せて問い返した。


「爺……ブロンク爺を? 食わせ者だけど剣は使えないぞ?」

「嬢様、食わせ者とはなんたる仰りよう。爺は忠義の者でございますぞ」

「うん、話が面倒になるから爺は黙ってて。で、カイル?」


 よよよ、と嘘臭い泣きを入れる老僕を放置してセインはカイルに視線を向ける。


「セインお嬢様の昔話とか根掘り葉掘り」

「却下。爺、コレには一切付き合わなくていい。アレイク、莫迦の相手を頼む」


 さくっと切って落として場を離れようとするが、甲高い声がその足を引き留める。ついでにわざとらしい舌足らずの声も追従してきて眉間の皺が深まる。


「え、あたしも聞きたい!」

「僕もー。セインの自己申告のお話は聞いたけど、第三者視点のお話聞きたぁい」

「却下。アレイク、子守りもよろしく」

「俺も聞いてみたい、と言った場合は」


 にんまりと、珍しい笑みを佩いてアレイクが追い打ちをかけてきた。両手と両膝を床に突きたくなるほどの脱力感をかろうじて抑え込み、セインはアレイクを睨み据える。


「……アレイク」

「うん?」

第二師団長ノーマンのおっさんと同じ顔になってんぞ」

「…………すまん」


 セインが低く言い放った途端、アレイクはぎしりと表情を固めてついでに呼吸も止めて一拍、絞り出すように謝罪した。


「あっはっは。それでこそセイン。なー、ルド。セインってこういう奴だよなー」


 カイルの思わせぶりな言いように、セインの表情が消える。


「……どれでこそ、だよ」

「無理無茶無謀を合言葉に無精と無愛想を貫き通す揺るぎなき猪」


 セインとしてはカイルに投げた言葉だったが、即答してきたのはルドだった。

 じとりとした眼をルドに向けると、少し前の気弱な風情はどこへやら、満面の笑みが迎え撃ってきた。


「合ってるでしょ?」

「迷路に落ちると前にも後ろにも動けなくなってぐるぐるして目を回すとこが可愛いところ、と付け足そう」

「わぁ完璧です、カイルさん!」


 現在のセインを一番理解しているだろうルドに力強く肯定されて、カイルはしてやったりとばかりに笑ってみせた。普段はカイルに反発しきりのミシリーがきゃらきゃらと楽しげに声を上げ、アレイクは苦笑交じりに、しかし一切の否定はせずに黙っていた。

 ちなみに『現在の』セインをまだ飲み込めていない殿下エリオットはやや怪訝な顔をして黙っている。ブロンクは内心を窺わせない凪いだ表情で給仕に徹していた。


「……私ってそんな奴か」

「え、無自覚も追加しなきゃかな? 見事に無い無い尽くしだね、セインって」

「ルド……」

「うふふー。でも僕はそんなセインが大好きだよ?」


 無邪気に向けられる笑顔をセインは眩しそうに目を細めて受け止めた。


「……聖堂に行く」

「うん、僕もお茶飲み終わったら行くね~」


 踵を返したセインの背に手を振って見送り、足音が完全に聞こえなくなってからルドは腕組みをして不満顔を晒した。


「……で、セインたら今度はなにを隠してるんでしょうね、カイルさん?」

「なんで俺に訊くよ、ルド」

「なにかご存知ですよね」

「黙秘」

「却下」


 半眼で迫る幼子とへらり笑顔で逃れようとする元盗賊の睨み合いは幼子の無言の勝利であった。


「詳細は知らねぇよ。選択の余地がある悩みだったみたいだから、『お前がお前でいられる方を選べば?』っつっといた。したら『私ってなんだ?』なんて頭痛しかしねぇようなお題出されかけたんで逃げた。からそれ以上は知らね」

「……また妙なところに嵌ってるし……」


 腕組みしたままのルドが零した言葉が、同時に落とされた溜息と共に茶室サロンに響いた。



主人公の評価が「無い無い尽くし」のアレでいいのかは疑問。

無情ではないのが救いでしょうか(笑)


2014.08.11 一部言い回し修正&誤字修正

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