15.悩み事向き合うだけが能じゃない
セインの顔は珍しいものだった。声には出さない「はあぁ?」という心の声がでかでかと現れた、あっけにとられたような顔。基本的に無表情からの微苦笑と顰め面、あとは怒号で歪めるばかりのセインには、黙って崩れる表情というのはなかなか見られない気がする。
「……真面目、ってのはアレイクにくれてやれ」
ようよう表情を戻して返すセインに、カイルは軽く考える素振りを見せて、
「確かにアレイクも真面目なんだけどなー、種類が違うんだよな。アレイクは余裕があるんだよ。土台に揺るがない信念っつーか『こうあるべき』って規範かな? それが明確にあって、そこに堂々と立った上で、ぶっ飛んだ事物を受け入れる余裕。俺みたいに規範から逸脱する事物に関して、一定の許容がある。ただし本人が土台から降りることはないから、真面目とか堅物とかって評価に落ち着くだけで。
ルドはアレイクより許容範囲が広い上に時々自分も手を出す……どころか人を唆してやらせる、かな。だから腹黒い」
再びルドを落としておいて――セインにも異論はない――カイルはセインに視線を据えて、手にしていた木剣をひょい、と一本向けた。
「対してセインは『ねばならぬ』型だ」
小さく首を傾げたセインに、妙に自信満々と胸を張ったカイルが続ける。
「父親の遺言を果たさないといけない、湖のアレを倒さないといけない、当主として領主として相応しくならないといけない。『やらねばならぬ』を背負い込んで、膝が震えようが肩が軋もうが必死で立とうとしてる。余裕の無い、生真面目で頑なな奴。『頑な』は一歩間違えると『意固地』に変化するから気を付けろー」
カイルの言葉をどう受け取ったのか、セインは僅かに眼を伏せて考え込んだ。
反応を求めることなくカイルも黙る。剣を膝の前に転がし、後ろに手を突いて空を眺める。セインと手合せを始めたときは黒に近い濃い藍色だったが、今は太陽が顔を出したのだろう、白みを帯びた青が広がってきていた。
「山の天気は変わりやすいって言うけどここは安定してんなー。暑くもねぇし」
到着した日も昨日も良く晴れた。今日の空も崩れる兆候はない。北の地であるから暑さも控えめだ――というか、大陸南部育ちのカイルには夏の盛りとは思えないほど涼しい――が、雨が全くないのも珍しいような気がする。
ぽつりと零した声にセインが顔を上げ、カイルと同じように空を見上げた。
「ああ……今だけだよ。緋月後半になれば一気に涼しくなるし、白月の終わりには雪も降る」
「うえぇ!? 白月て! 霜も降りねぇだろ!」
「んなもん早けりゃ黄月の内から来るぞ」
「まーじーで! ムリー、寒いのだけはないわー」
支えにしていた腕を倒して仰向けになり、手足を放り出したカイルが「寒いのキライ」と笑う。
「……私は暑い方がきつかったな。今はどこでもいつでも適当に合わせられるようになったけど、初めて南部で夏を迎えたときは倒れた」
一応日除けの布は被っていたのだが水分補給が足りなかったらしく、街道を歩いている途中で吐き気と眩暈を感じたあとに意識を失くした。気付いたときは木陰に寝かされていて、法術で結界内に微かな冷気が作られていた。
――まだ、クロッセと共にいた頃の話だ。
「南も広いからなぁ、俺らが居る辺りは湿気が少ねぇから過ごしやすいぜ?」
「お前が居たのは大陸南西部でも北寄りだろう、私が倒れたのはイーハのど真ん中だ」
「うあ。あの辺はキツイわー。いっぺんだけ遠征したけど南端は俺も無理かも」
結局「暑いのも嫌だ」と我儘な言いっぷりである。
他愛ない話に小さく笑うことができたセインは、その続きのような何気なさを装って訊いてみた。
「なあ、カイル。……この世界、っていうと話が大きいけど、今まで生きてきた場所って、好きか?」
へ? とカイルは寝転がった状態のまま首だけ起こした。
建物に邪魔されて陽光が直接に届くことはないが、既に周囲は充分に明るい。カイルの瞳の黄赤をはっきり認めてセインは視線を逸らせた。
「……ぐるぐるの正体はそれか。でっかいネタだと思うからややこしく考え過ぎてんだろ、セイン」
言ってカイルは首から下も起こした。座り直して再びセインと斜め向かいになると、セインの顔を覗き込むようにして自身の答えを放る。
「好きか嫌いか、の二択なら『好き』だな。ままならねぇことも多いけど、まぁ、どんだけ不条理だろうが残酷だろうが世界あっての命だし。『嫌い』っつーと自分の存在全否定に繋がりそうだし」
「……世界がどうなろうと自分が死んだあとのことなんて知らない、って言えるか?」
「言ってもいいけど? それがセインの望む回答ならな」
返されてセインは言葉に詰まった。
――そういうつもりじゃない、って、そういうつもりってどんなつもりだ。なにをカイルに言わせたい? なにをカイルに――言って欲しい?
眉間に皺を刻んで黙り込んだセインに、カイルは苦笑を漏らす。
「おぉーい、また別のぐるぐるに嵌ってんだろ、セイン。もちょっと軽く考えろ~」
「…………軽く、考えていいことじゃない」
「うんうん、きちんと考えないと『いけない』な」
むぅ、とセインは顔を顰めた。先に言われた性格の『ねばならぬ』型とやらを意識させる言いように反論を封じられた。
「まあ、正直……死んだあとのことなんざ確かに知ったこっちゃないんだが。でも俺とセインの子供やら孫やらが苦労するんなら嫌だぁな」
肩を竦めて言ったカイルに頷き――かけて、セインは停止した。
「――なんで、前提が、お前と私の子、なんてモノになるんだ?」
低い低い声で問い質すが、いかんせん相手はカイルである。人生面白がった者勝ちを標榜しているような男である。
「え、セインは俺の嫁だろ。俺、子供好きよ? おしめ替えから沐浴、食事まで一通り孤児院でやってきてるから面倒見るのも結構サマになってると思うよ? 是非たくさんヨロシク」
「……いらねぇよ」
「いやいや、子供は生まないと『いけない』んだよな? いっそ今から励む?」
「ミシリー呼んでくる」
「うわ、いらなぁい!」
本当に立ち上がりかけたセインを引き攣った表情で引き止めて、わざとらしい咳払いをひとつ。
「ん、とだな。だいぶ逸れたけども。ユークの話がどんなもんだか知らねぇけど、悩むってことは選択の余地があるってことだよな? 難しく考えると答えなんぞ出やしないから、セインがどうしたいかを考えろ。お前がお前でいられる方を選べばいいさ」
喋っている間は珍しく引き締めた表情だったが、口を閉じるなりへらりと崩れる。立てた膝を戻してカイルの言葉を聞いていたセインもつられるように小さく息を吐いた。
「じゃあ、『私ってなんだ?』ってお題を出しても?」
「――セーイーンー! 泣いていい? マジで泣いていい!? そんな出口も無けりゃ後退もできない迷宮に装備無しで突っ込むような無茶な問いはルドかアレイクに振ってくれ、俺無理!」
無表情は保ったつもりだったが面白がる気分は声に乗っていたらしい、カイルもまともには受け止めずに一頻り騒ぎ立て、そうして深く息を吐いて立ち上がった。戻ろうぜ、とセインを促す。
素直に立ち上がって西翼の茶室に向かいながら、セインは会話を続けた。
「っとに、なにをどうやったらお前みたいなのが出来上がるんだか」
「え~? こんな好青年は作ろうと思ってもなかなか難しいぞぉ」
「……いい加減で軽いだけだろうが」
「いい加減ってのは調節が程よいってことだから褒め言葉として受けておこう。セインみたくずぶずぶとどこまでも沈む奴と一緒にいるなら軽いくらいで丁度いいだろーし、これも褒め言葉としよう、うん」
どこまでも揺るがない莫迦だ、とセインは空いている手で思わず頭を押さえた。
「あのな……」
「そうだな、どうしてもって言うならまずお頭みたいな出来た御人に拾って貰わねぇと始まらねぇな~」
「そういや色物だったな、お前の育ての親って」
「イロモノ言うな。最強の双剣使いで豊かな知識と教養と礼儀を持つ最高の紳士だぞ」
「紳士が盗賊って」
「そこ突っ込まない。すっげぇカッコイイ美中年だぞー。俺の語彙力じゃ説明しきれねぇけど、会えば分か、る……」
カイルの言葉が不自然に途切れた。沈黙を恐れるようにセインが口を開く。
「……お前、さ。オルヴァ一家の話をするとき、過去形にしないんだよな」
クラルテでの休養日の午後、兵舎の談話室でルド相手に語っているのを聞いていて気付いた。
出来事は過去の話として披露しても、身内の為人を説明するときは一度たりとも過去形にしなかった。一時的に離れているだけの、今も元気にしている家族のことを話すように。
んー、と視線をウロつかせるカイルの隣で、セインは唇を噛み締めて俯いた。カイルが彼らを害することになったのは“石”が原因で。カイルが“石”を手にしたのは今からおよそ二年前、セインが大陸南東部から東部へ向かうべく北上を決めた頃だ。――南下していたなら、カイルが狂う前に『回収』できていただろうか。
面伏せたまま覆ることの無い過去を悔やむセインの頭を、骨ばった手が雑に撫でた。髪を掻き回されてびくりと固まったセインを宥めるように、同じ手がぽんぽんと優しく頭を叩いて離れる。
恐る恐る視線を上げれば、背を向けて手を振るカイルの姿があった。
「先行くわ。また朝飯でな~」
いつもの暢気な声、カイルは決してセインを責めない。謝罪はするな、と一番初めに宣告された。
だが、今、のんきな声を発する表情が見えないことが、見せずに去っていく背中が、セインの罪悪感をどうしようもなく刺激した。
「……ごめん、なさい」
早朝の大地に零れ落ちた謝罪は、夕焼けの空には届かなくていい。
仮題「頑固者 真面目腹黒 能天気」
…語呂がいいのでこのままタイトルにしようかと思いつつ。
ちなみに「能天気×2」がより正確。カイルとミシリーは紛う方なき同類です。
※二話前の「幕裏」を改稿し、「幕間/術士の師匠」として小話化しました。
お時間ありましたら覗いてくださると水無神が喜びます(笑)
法術解説をダラダラやってるだけになっちゃいましたが…orz




