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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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14.暁に逡巡払うは双の剣


「――回収してから叩け、って言われても難しいよねぇ」


 湖からやや離れたところにクロッセは出現した。ということは、次も湖の手前でアレは出てくるだろう。

 独り言だったルドの言葉に、アレイクが小さく頷く。


「アレの相手をするのと、“石”を回収するのと、二手に分かれるか」

「うーん。セインは相手組で確定だから、僕は回収組の方がいいですよね。セインには浄化の術だけ最優先で使えるようになってもらって。今までも血を媒介に“石”の浄化をしてたから要領は分かってるだろうし、一発浄化は無理でも地道に『力』をけずれれば足止めとしては有効だし。こないだ同様アレイクさんとカイルさんの剣でも削って」


 具体的に割り振りを詰めて行けば、カイルもいつもの軽い調子で乗ってきた。


「あ、あれなんだっけ剣の強化? ルドがやってくれた剣に浄化の術を乗せるヤツ、あれまでよろしく。あとは結界もできると休憩ができていいかな」

「……簡単に言うな、と愛し子がぼやいていますけど」

「んで、姉ちゃんはルドと回収組、と」


 ユーク経由のセインの苦情はさらりと聞かないふりでミシリーの役を決めれば、ミシリーが半ば反射的に噛み付いてくる。


「は!? なんでアンタが決めんのよ!」

「魔物への対抗手段があるか、ミシリー?」

「うぐ……っ」


 だが、そんな反論もさっくり封じて、ではどう動くか、という話へと流れて行った。



 アレイクたちの作戦会議を眺めながら、ユークはセインの『力』をゆっくりと体内に循環させて馴染ませていた。唇は引き結んだまま、そっと言葉を紡ぐ。向けるのは内側に居るもうひとつの意識体。


 ――午後からは私が制御しなくても大丈夫そうですね。

 ……大丈夫、ですかね……。

 ――ええ、心配はいりませんよ。早々に実技訓練でも始めましょうか、長居する気はないのでしょう、愛し子?


 脳裏で向き合う赤土色の瞳が僅かに細められて、薄い唇が苦笑を描く。言外にユークの言い様を肯定して、けれど、と眉根を寄せた。


 ……初代。

 ――はいはい?

 ……綻びを繕う、というのは、一朝一夕に身に付く術ですか?


 ルドの言った通り、浄化の術式は“石”と血の補助を必要としながらだが行使歴はある。道具抜きで扱うことも左程時間はかからないだろうと楽観視できる根拠があるが、カイルの要望である清めの術式だの結界の術式だのは、知識だけで実用経験はない。

 清めの術式は浄化の術式と似て非なるもの、浄化の上が清めだ、と言えば易いか。結界も基本だけならまだしも、出入り制限を掛けるような応用はかなり煩雑になると記憶している。


 初代ユークがそもそもシルグルアへの帰還と封じられたセインの『力』の解放を求めたのは、神の子〈アスカ〉の、救世の魔術士と呼ばれた偉人の跡を継がせたいがためだったはずだ。

 対クロッセのことだけでも習得すべき術は面倒なほどだというのに、より高度なものを指導されても果たしてどうにかなるのか。


 できれば今日明日にでも発ちたいと言わんばかりのセインの様子に今度はユークが苦笑し、それから声音を改めて真摯にセインに語りかけた。


 ――午後に、時間を下さい。貴女とだけ、お話をしたい。




  ◆◆◆




 払暁よりも早い時刻。月が沈み、星がその輝きをせさせる漆黒の時間に、セインは目覚めた。


 中央棟の三階、南側に取られた部屋は三間続きの主寝室、元はセインの父親の部屋だった。ブロンクにここへ案内されたときは複雑だった。代々の館の主の部屋であり、自分は当主としてなんの責も果たしていないと思えば、幼少期に与えられていたひと回り手狭な部屋へ向かいたかったが、セインが収まるのが当然と使用人一同が構えていたので否とは言えなかった。


 野宿上等で数年を過ごしてきた身にはくすぐったいと思いつつも最近なにかと縁がある、ふかふかの高級寝具の中で身を転がすことしばし。深々と息を吐くと、意を決するように起き上がった。

 就寝前に用意されていた洗面用の水で顔を洗って口をゆすぎ、緩い三つ編みにしていた髪を梳かして首筋でひとつに括り直す。身に纏う簡素な旅装はシルグルアの意匠デザイン王都エリクシアを脱出し、西の神殿を経由した際に調達したものだった。



 明けきらぬ時間帯、屋敷の中はまだ静かだった。厨房などはあるいは起き出しているかもしれないが、中央の通路と階段とをまっすぐ突っ切るセインにはそれらの気配は感じられなかった。


 誰とも会わずに玄関前の吹き抜けに降り立つと、ぐるりと階段を回り込んだ。階段下の壁に同化するように設けられている扉は物置場、鍵のかかっていないそこへ滑り込み、廊下から入る常夜灯の細い明かりを頼りに荷を漁ることしばし、出て来た意中の品と、ついでに発掘した懐かしいブツに苦笑を閃かせてセインは踵を返した。


 吹き抜けに戻って、玄関ではなく右手、西翼の棟にある茶室サロンへ入る。大きく取られた窓――気候の良い時季には外でお茶ができるよう設けられている露台テラスへの出入り口でもある――からそっと外に出た。


 手頃な空間スペースは東西の建物脇に僅かしかないことは覚えている。

 セインが幼少期に鍛練に使っていた場所は西翼側、東翼側はクロッセが術の訓練に使っていた。



「……なんでいる」


 目指したところには先客がいた。


「え、朝の散歩? 西こっち側ならうろちょろしててもアレイクの安眠妨害しなくて済むと思ったんだけど、まさかセインを起こした?」


 きょとん、と返したのは薄闇に明るい髪色をほんのり浮かび上がらせているカイルだった。

 王子エリオット以下、セインの連れは全員東翼に寝間を与えられた。当主代行であるガルゼスは昨日の内に麓に降りたものの、前日にはやはり東翼の一間を使った。


 セインは昔の習性で西側に出て来ただけだったが、カイルはそれなりに気を遣って動いたらしい。


「セインこそ早いなー。まあ、昨日は疲れたっつって寝るのも早かったから当然っちゃ当然か。んで、手に持つソレはナンデショウカ」


 最後が妙に片言なのはなんなのか。微かに口元も引き攣っている。

 セインは自分が手にしている物を一瞥して、カイルを見遣り――薄い笑みを口元に浮かべた。


「ちょっと懐かしくて引っ張り出しただけだったんだが。長さは丁度いいだろ、軽いか重いかは知らないけど。ちょっと付き合え」


 言ってカイルに放ったのは二振りの木剣だった。物置から発掘したそれは、セインが幼少期に使っていた鍛練用の物と予備で、つまりは子供用で小振りである。セインの手には、近年セインが使っている細身の長剣と似通った長さの木剣が一振り残った。

 元々探したのは教官役が使っていたこの長めの木剣だったが、一緒に出て来た小さな剣は、木の幹に打ち込みもするかと、へし折れたときの替えにしようと掴んできた。


「……もっと色気のある付き合いに誘われたーい……」

「ミシリー呼んでこようか」

「欲しいのはセインの色気であって姉ちゃんの殺気じゃないっての」


 言いつつ受け取った小さな木剣を振り回す。


「ん、長さバッチリ、ちっと軽いけど重心が揃ってるから問題ねぇな。――どっからでもどうぞ?」

「準備体操は不要か?」

「セインこそ」


 にやりと笑ってカイルは剣を構えた。僅かに膝を落とし、右は腰元に引いて、逆手に握った左を前に。カイルの剣は型があるようでない。今は順手に持っている右も逆手で構えることがある。膝を落とすことなく棒立ちで、どうぞ、と誘うことさえある。迂闊にかかっていけば面白いようにあしらわれるので慎重に対峙する。

 数合剣を打ち鳴らして僅かに間合いを取り直す。詰めて攻めに入ったのはセイン。相変わらずの攻守の流れが読めない剣捌きでなすのがカイル。時折セインの剣を払うついでのように木剣がセインの腹や手首を狙って振られるが決定的な一打はない。


 普段ならもう少しカイルの攻撃が多い。セインを疲れさせて隙を突くつもりであるなら見逃した隙が多すぎる。


「……っ、あそん、でるのかっ」


 あっさり膝を折られるのも癪だが甚振いたぶるように流され続けるのも気に喰わないセインが打ち合いの合間に責めれば、カイルは困ったような笑みを浮かべた。


「セインがまぁたぐるぐるしてるみたいだから気が済むまで付き合うかと思ったんだけど……さくっと潰した方が良かったか?」

「――――っ!」


 反射的に突進して、結局さくっと転がされることになった。



「んーでぇ? 今度はどんな悩みの迷路で遊んでんの」

「……遊んでねえよ」

「ふぅううん?」

「ルドみたいな反応ヤメロ」

「うんうん、俺はルドみたく腹黒くないからな、いじめずにちゃんと聞くぞ。ルドほど頭良くもないから聞くだけかも知らんけど」


 しれっとルドを悪者に仕立てるカイルに苦笑を禁じ得ず、小さく噴き出した弾みで零れた声はそのまま嗚咽に近い色を滲ませた。


「……父様の、遺言を果たせば、終わると思っていたのに」

「ユークになに言われた?」


 昨日の午後、昼食直後から夕食直前まで、セインは聖堂に籠っていた。ユークとふたりだけで話があるからとルドすら同席させずに、聖堂には内側から錠が落とされて。日没直後の食卓に現れたセインは、常の無表情に更なる磨きをかけて感情が見えない状態だった。

 食後も早々に入浴を済ませて、疲れたと言って宵の内のような時間から寝室に入ってしまったのだ。


 ユークとの対話でなにか思い悩むことができたとしか思えない状況だ。


「セイン」

「言いたくない訳じゃなくて。上手く言えないんだ」


 眉尻を下げて小さく微笑むさまは妙な儚さを漂わせる。草地に無造作に座り込んで斜めに向き合っているセインに手を伸ばそうとして、カイルは辛うじて自制した。


 ――うっかり触ってまた固まられちゃたまらんもんな。


 神聖都市エレアザルでのうっかりは結構痛かった。セインは最早気にしていないだろうが、カイルとしてはクラルテでの身の上話と併せてしっかり心に刻んでいる。口先だけの戯れなら、ミシリーやアレイクという制止役がいる場での行動なら、まだセインに実害を与えることは無いけれど。

 だから微妙に手の届かない距離は固持する。代わりに軽い声を投げた。


「セインは真面目すぎだなぁ」



なんとか間に合った…。

カイルとの夜明け前仕合に持ち込むまでがしんどかった。

そして逡巡払いきれてないというタイトル詐欺(爆

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