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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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11.苦しみを宵の静寂に吐き出せば


 静謐な空気に満たされた岩壁に張り付く居城。中央棟の正面にある玄関を潜れば吹き抜けの空間、まっすぐ奥へ伸びる廊下と左右への廊下が走っている。右に向かう廊下の手前に階段が見えていた。


 セインに四人の連れがいることも王族エリオットが同行して来ることも、ガルゼスがペリオン領を出立する前に通達していたらしい。客間の準備も食事の手配も着替えその他の用品も問題ないと胸を張るブロンクに先導されて、一同はひとまず茶室サロンへと落ち着いた。



「……で、『私にそっくりな“子供”が徘徊している』ってのは?」


 古参の女中が淹れた茶が行き渡るなりセインが口火を切った。

 セインの向かい、ガルゼスの掛けた長椅子の後方に立って控えたブロンクはひとつ頷くと、迷いなく言葉を紡いだ。


「端的に申し上げて『幽霊』でございます。主な目撃現場はこの中央棟、声も足音も立てず、ふわりと現れてはするりと消えます。姿はお屋敷を出られた頃の嬢様――より、少し年嵩のようですが、淡い髪のお色とお顔立ちは嬢様そのもの、にこにこと愛想が良く実害がある訳ではないのですが……気味悪さはございまして。術士に祓いを依頼すべきかと悩んでおりました」


 ブロンクが口を噤んだところであどけない声が問いかけた。


「お爺さん、その子、僕よりいくつか年上のセインに見えるってことですか?」

「左様でございます。年頃は十になるかならないか、ですな」


 幼い子供相手にも丁寧な態度を崩さないブロンクの返答に頷いて、ルドは隣を見上げた。


「セイン、初代ユークさんだと思うよ」

「……まあ、一番濃厚だが……なんで十歳児……」

「僕がお会いしたお姿がそのくらいだったよ?」

「会う?」

「夢の中っていうか意識の中? 体貸してね、ってご挨拶いただいたの」

「ああ、なんか言っていたな……って、なんで黙ってた?」

「話すタイミングがなかっただけだよぅ」


 半眼で睨んでくるセインに、他意はなかったルドが肩を竦めつつ反論する。

 話の見えないシルグルア組を置き去りに、アレイクもミシリーも「ああ、こっちシルグルアでなら幽霊になれるんだ」と妙な納得をしていた。


「つーか、だったら今ここに出て来てもいいだろうに。寝てんのかね?」


 同じく妙に納得したカイルが言葉を挟んだときだった。


 ――起きていますよぉ?


 セインの背後から子供の声が響いた。長椅子の背凭れの向こう側がゆらりと歪んで、座るセインの頭の上にひょこりと顔が現れる。


「どぉうっ!?」

「あ、初代さん」

「初代様……?」


 振り仰ぐようにしてその顔を確認したセインとルドがそれぞれに初代と呼んだソレは、薄い唇で綺麗な弧を描いて微笑んだ。肉声を持たぬ、虚空から響くような鈴の音が笑い含みに言の葉を紡ぐ。


 ――おかえりなさい、いとし子。


 地に着くほど長い髪は淡く燐光を放つ月の色、吊り上り気味ながら茶目っ気を含む大きな瞳はくれないに輝く。通った鼻筋、中性的な白皙のおもて。声変わり前の幼さが残るのに整い過ぎた容姿の子供――神の子〈アスカ〉、個人名はユークだと名乗った、ユークリッド家初代がそこに居た。


「……なぜ、子供の姿で?」

 ――魂を可視化したらこんな感じになりまして。死んだときは一応成人男性の身体からだだったのですけど。初期化されるものでしょうかねー。


 鏡など見詰める趣味の無いセインでも、目の前で笑みを浮かべる顔が自分の幼少期と瓜二つ――瞳の色が完全なあかか茶が混じっているかの差と、表情の差だけ――であることは理解できた。なんとも言えない複雑な心持で意味の無い問いを思わず投げる。


 しかしユークも自分でも子供の姿になった理由が判然としないのか、こてん、と首を傾げただけで、すぐにセインの座る長椅子の横に並んだ。

 ブロンクに向けて小さく会釈をし、ゆっくりと声を掛ける。


 ――当屋敷の初代当主です。長く眠っておりましたが先日目覚めまして。懐かしくてつい、あちこちを見て回ってしまいました。お騒がせして申し訳なかったです。


 は、いえ、としどろもどろな反応をしているブロンクを余所に、セインの連れ(ミシリーたち)は自由であった。


「……セインさんとおんなじ顔でセインさんにはありえないふわふわ笑顔とか……」

「普通に穏やかに幸せに育っていたならありえたかもしれない姿といった風情だな」

「俺こいつあんまし好きじゃないんだけどとりあえず一発殴ってみてもいいかなあ」

 ――おや、私はなにかご不快な真似をしましたか、黄丹おうにの君?


 カイルの言葉を拾ったユークがくるりと向き直る。面白くなさそうな顔をしてカイルは鼻を鳴らした。


「ルドの身体を乗っ取って好き勝手喋った挙句にセインの表情を暗くさせやがったろ」

 ――乗っ取りではなく拝借ですよ、許可は頂きましたってば。愛し子については……暗くなっていたのですか、愛し子?」

「さあ……? 色々あって疲れていたのは否定しませんが」


 軽く肩を竦めて躱しておく。


「セイン、馴染んでお話しているところに申し訳ないのだけどね? 状況を説明してくれないかな?」


 基本的に穏やかな表情を絶やさない――笑顔という無表情を駆使するガルゼスが、盛大に頬を引き攣らせていた。隣に座っているエリオットも、斜め後ろに控えているブロンクも同様に、驚愕するべきか畏怖するべきか、という複雑そうな顔をしている。



 エレアザルで得た『実家ヒペリオンに戻れば解呪及び退魔の法が分かる』という話は、正しくは『ユークリッド家初代(神の子〈アスカ〉)が出現して、戻れば解呪できると言った』という話です、と軽く説明すると、引き攣り度合いを深められた。


「どうしてそういう……後出しをするかなぁ、セイン? エレアザルで古文書でも当たったのかと思っていれば……っ!」


 両手で頭を抱えるようにしてがっくり項垂れた。そのガルゼスの隣で、いまいち状況把握が追い付いていないエリオットとブロンクは、尚も複雑な表情で固まっている。

 だが、そんな彼らを思い遣る者はひとりもいなかった。困惑と混乱の渦中にあるシルグルア組を放置して、ユークはセインに声を掛けていた。


 ――中央の社から大急ぎで戻ってきたのだから疲れているでしょう? 早く帰ってきてくれて嬉しいのですけれど、細かいことは明日に回す方が良いかと思って出迎えなかったのです。

「……面倒なことは先に済ませたいです」

 ――うん、でもきちんと食事をして心身を休めてからいらっしゃい。湖のアレ・・の話とか、結構あけすけにすることになりますからね。


 言われてセインは黙った。常の無表情で沈思することしばし、では、と話を変えた。


「雑談になりますが、この屋敷に古い術が残っているのはご存知ですか?」


 訊いてみたのは転移陣の定着を阻む術式の存在である。


 ――うーん、徘徊して確認した限りでは私が置いた術がひとつ、残っていますね。

「どんな……いえ、それは初代が置かれたのですか?」

 ――ええ。なにか問題が?

「その術式と反発するため転移術が使えなくて不便しています。夏場(この時季)はまだいいのですけどね、雪の季節が」

 ――雪の間は麓に降りているから移動の問題はない……のではないの? 私がに居た頃はそうしていましたよ?


 シルグルア王国の北限、険しい山に抱かれるヒペリオン領は豪雪地帯でもある。山中に築かれたこの本館は、転移術での行き来ができない以上、雪が深くなれば陸の孤島と化す。そのため雪の激しい期間は、門前集落も含めて、雪の重さで潰れぬよう、雪が内部に侵入しないよう、念入りに戸締りをして麓で過ごす。

 現在でもそれは変わらない。門前集落の民の中には麓に親類縁者がいる者が多く、それ以外の民もそれぞれに冬の内職を確保している。高齢者や病身の者などは領主館で引き受けることもある。


「その往復が面倒なんです。転移術が使えれば――全員に使わせるのは無理でも、年寄り子供辺りの移動は格段に楽になるでしょう」


 かくいうセインも幼少期に雪の山道を延々と移動した覚えがある。――民らが徒歩で移動する隣を父や義兄の御す馬に乗って、ではあるが。


 ――ふぅん。解呪後にでも貴女がいじったら良いですよ。

「…………これまで誰にもさわれなかった術式です」

 ――ああ、無駄に精魂込めましたからねぇ。……貴女が、私の跡・・・を継げばどうとでもできるでしょうけれど。

「初代?」

 ――その話も含めて、明日に回しましょうね。


 にこりと笑んでユークが会話を終わらせるのに、仕方なく同意してセインはブロンクに夕餉と寝床の案内を指示した。




  ◆◆◆




 東翼に与えられた客室の窓から、エリオットはぼんやりと夜空を眺めていた。


 半ば流されるように訪れた、ヒペリオン領のユークリッド邸。訪れたいと渇望する反面、この十年、主不在のために訪れる意義を感じられずにもいた、法術士にとってはもうひとつの聖地。



 エリオットは、法力を持ちながら決してそれを活かす選択をし得ない身分に生まれた。王族として、王太子の次男として、文武を問わず厳しくも最高の教育が施された。徐々に臣下らからも認められ、成人(十五)を迎える頃には国政に関わるほどになった。


 その一方で、折に触れ交渉を持つ神官らからは冷ややかな眼を向けられた。民意を得るためには神殿とは良好な関係を持つ必要があったにも拘らず、『天恵を活かすことをしない』エリオットの立場は、『名ばかりユークリッド』と揶揄されるセインと同様に慇懃に卑下された。


 女に生まれていたなら。三男以降に生まれていたなら。

 ――法術を修め上位神官として身を立て、かつ、国と神殿とを取り持つ架け橋となれただろうか。


「……姫……」


 いかに揶揄されようと、どれほど優秀な義兄と引き比べられようと、決して俯くことなく凛として大人たちの前に立っていた、ひとつ年下の女の子。

 今なお鮮明に思い出すのは、出立の挨拶に彼女が登城した際の一時ひととき

本人には忘れ去られてしまっていたが、共に庭園で花を眺めながら交わした、他愛無い会話に縋っている。



 ――ユークリッドの許でなら、神殿に気兼ねなく法術を学べるだろうか。

 ――そうですね。わたしでよければお教えしますよ、殿下。



タイトルの「静寂」は「しじま」とお読みください。


「しじま」で「静寂」に変換されないかなー、と期待して入力してみたらば、候補に「ひらがな・カタカナ・四十万」と並びまして。

思わず「四万十(しまんと)」と打ったかと、ひらがな・カタカナの部分を二度見してしまいましたとさ…。

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