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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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10.山奥の古城は静かに佇みて


「……うーわ、まさかアレか、セインの実家って……」


 視界に捉えた光景に、小さな傷痕の残る顎をカコンと落としてカイルがぼやいた。

 生い茂る木々の向こうに覗くのは断崖絶壁の様相を呈する灰色の岩山。視界一杯に広がる岩壁の根元に、大きな建築物の上部半分程度が覗いていた。背後の岩壁と同化するような色合いの中央の一棟と陽光に輝く白壁の両翼の、三棟から成る山城。

 周辺の植生と現在辿っている山道の様相から、目指すところがかなり険しい斜面の一画であることは容易に推察されるため、無茶な立地に無茶な規模の城だと断言できる。


 ぽくぽくと長閑のどかな足音を立てて歩を進める馬は三頭が騎馬、一頭が荷車をいていた。騎馬の手綱を取るのはカイル、エリオット、ガルゼス。荷車の手綱を取るアレイクの隣にミシリーが、ガルゼスの後ろにセインが乗り、ルドはカイルの腕の間に収まっている。


「山奥のお城っていうか、山そのもののお城っていうか……」

「うまいなぁ、坊や。実は半分その通りでね、中央の建物の背面は岩壁をそのまま壁にしているんだよ」

「ええ!? セイン、そんなこと教えてくれなかったぁ!」


 小さく零れたルドの言葉に律儀に反応したのは先頭を行くガルゼス、セインを非難するルドの声を無視して、ガルゼスの背後から前方を確認したセインは目を眇めて懐かしい我が家を見詰めた。


 鋭角な屋根を乗せた中央棟は初代がこの地に永住を決めた際に建てられたと言われ、築九百年を数える。両翼は後世、一族最盛期の頃(新暦五〇〇年代)に増築された。

 北の僻地の山奥には不似合いな巨大な建築物。

 一族が数を減らすにつれ使われない部屋は増え、ただ維持されているだけの威容。



 ――――父親の葬儀を終え、旅立ちの報告のために王都へ向かうセインが最後に振り返って見たときと同じ姿が、そこにはあった。




  ◆◆◆




 王都エリクシア脱出に際し、セインらが王宮附設の神殿から転移したのは王都の北ではなく、北寄りではあるが西に位置する神殿。ヒペリオン領へ向かうならまっすぐ北上するところなのだが、いかんせん王宮法術士を蚊帳の外に置いての脱出劇であったため、女法術士単独の法力では届かなかったのだ。

 西の神殿から一日半ほど馬車で北上した神殿から転移して出たところがシルグルア王国北端の領地ヒペリオンの更に北端近く、領主館に併設された聖堂だった。



「……追手とか待ち伏せとか……ないもんだなー……」

「やむなくとはいえ西の神殿を経由しましたから、一種の攪乱にはなったかもしれませんね。あと、領主館での待ち伏せはありえませんから心配しておりませんでしたよ?」


 転移陣を覆う白い光が薄れるまでは警戒をしていたらしいカイルが気の抜けた呟きを落とすと、女法術士――名をレイリーという――は小さく笑いながら応じた。

 レイリーの言葉に首を傾げれば、ガルゼスが笑い含みに説明を足した。


「当主不在とはいえ『ユークリッド』の治める地だからね、ヒペリオン領は。物々しい様子の人々の移動要請を神殿が快諾するとは考えていないよ。そもそも宰相補佐に根回ししてきたから、そんなに迅速に追手もかからないだろうし」


 殿下という『人質』もおられるしね、と表情を変えずに続けたガルゼスに、その後ろに居たエリオットが、苦いとも諦めたともいえない微妙な表情で口元を引き攣らせた。



 聖堂を出ながら、この先は大型の馬車が使えないのだけれど馬に乗れる人~? とのんびり問うガルゼスに、異国の民三人だけが首を傾げた。その反応にガルゼスらも首を傾げる。

 小さく吐息を落としたセインが口を開いた。


「ここは役所みたいなもんで、私の実家というのはもう少し北の山の中にある。昼過ぎいまからだと、徒歩じゃ日暮れまでに辿り着けないだろうな。

 馬で駆けても一刻近くかかるんだったか、執務に不便だってんで麓の街(ここ)別館これを建てて仕事場にしたんだよ。確か、初代から数えた方が早いくらいの代の頃に」


 夏の間(今の時季)はともかく、冬になると馬車どころか乗馬でも移動が困難になる土地柄である。冬の間は皆そうそう出歩かないから領主の仲裁が必要になる騒動が起き難い代わりに、物資の困窮や雪崩その他の災害といった対処すべき有事はそこそこ発生する。山奥から雪を掻き分けながら出張っていたのでは間に合わない――というか、有事が伝わる頃には大惨事になっている。



「実家に転移陣を、って話は昔っから言われてはいるんだけど、なにかの術式が屋敷の奥に敷かれていて反発するから転移陣を定着させられないらしい。父や祖父の代より前からそんな状態で――ひょっとすると初代の仕掛けた術が残ってるんじゃないかって話だったかな」

「よく覚えておいでですわねぇ、姫様……」

「人の顔は覚えないんですけどね」


 レイリーの言葉に肩を竦めて返せば、顔どころか存在自体を忘却の彼方に押し遣られていたエリオットが眉尻を下げた。


 ユークリッド邸の敷地は『古の術』の影響下にあるらしく転移陣の定着ができない。門前には小さな集落が斜面に張り付くように拓かれているのみで、広場どころか個々の庭すらまともに存在しないような狭小立地である。畑とて同様に斜面に階段状に開墾されているため、転移陣を安定稼働させるための用地確保ができないという。


「用地? 条件があんの?」

「陣自体は大人十数人が手を伸ばして輪になったくらいの大きさ、その安定稼働のために一回りは余白が要る。更に陣が傷んだり崩れたりしないように囲って屋根をかけて、っつーと結構な面積と空間が要求される。だから相応の規模の神殿にしか転移陣はないし、行政機関も重視される立地が厳選されて敷かれている」


 王城だとか国境の要衝だとか、である。

 ヒペリオン領は北限の僻地、本来であれば転移陣は必要ない。敷かれているのは領主が『ユークリッド』だから、の一言に尽きる。


 転移術は便利だが、扱える法術士が限られるため、そもそも神殿がそれほどの力量を持つ上位神官を外に出したがらない。『ユークリッド』は自身が優れた法術士、わざわざ雇用する必要がなかったからこその結果である。

 ――セインとその義兄あにとが旅立ったことで『ユークリッド』は完全不在となり、その留守を預かる法術士としてレイリーが雇用された訳だが。



「用地確保のために館なり集落の周辺を更に切り拓くっつー選択肢は?」

「ありませんわねぇ。……ご覧になった方が早いですわ。私は領主館こちらでの留守番しごとがありますので現地でのご説明はできませんけれど、まあ、ご覧になれば言葉は不要でしょうからお楽しみに」


 そう締め括ったレイリーの言葉通り、カイルは到着を実に楽しみにし――目前に迫るとんでもない立地と威容に唖然としたのだった。




  ◆◆◆




 領主代行を務めるガルゼスは、当主不在の館の管理も請け負っている。当主代理のガルゼスの動向は極僅かしか置いていない使用人どころか門前集落の民にまで周知されていたのか、恐らく総出と思われる数の人影が集落の入り口に集っていた。


「……なんとも大仰なお出迎えだねぇ」


 先頭で集落に踏み入ったガルゼスが苦笑と共に傍らに寄って来た老爺に呟けば、見事な白髪を撫で付けた頭を下げて老爺は応じた。


「予定よりもお早くお戻りいただけて宜しゅうございました、ガルゼス様。少々、お屋敷の方で問題が起きておりまして」

「うん? ああ、とりあえず頭を上げて話してくれるかな」


 ガルゼスの言葉に従って頭を上げた老爺はしかし、目を見開いて固まった。視線の先にセインを捉えていることに気付いたガルゼスは、軽やかに馬から降り立った。


「報告を聞く前にこちらからしようか。君らが主、セイン・ユークリッドの帰還だよ」


 紹介の言葉と共に差し出されたガルゼスの手を取って、セインも馬から身を降ろす。

 翻る淡い金の髪を背に振り払って晒された白皙の美貌。簡易な旅装を纏うのに気高さを喪わない凛とした佇まい。シルグルア王国の貴族にはありえない、だが伝承に残る神の子〈アスカ〉と瓜二つの色合いに――なにより、十年と少し前までは日々目にしていた幼い少女の面影を残す女性の姿に、集った民は一斉に歓声を上げた。


「お帰りなさいませ、姫様!」

「お嬢様、ご立派になられて……!」

「ご無事で何よりです!!」


 わあわあと騒ぐ声に会釈ひとつで応じて、セインは白髪の老爺に向き直った。


「……ブロンクじい?」

「――セイン嬢様ぁっ!!」


 弾かれたに老爺がセインの両手を、枯れた両手でうやうやしく取って跪いた。滂沱の涙を流しながら、セインの指先に額を付けるようにして声を震わせる。


「よくぞ、よくぞご無事にお戻りになられました! お可愛らしかったセイン嬢様が、斯様にお美しくご成長されたお姿を拝見できるとは……旦那様より長く生きる恥を忍んでお待ちした甲斐がございます!」

「……爺、嘘泣きは鬱陶しい」


 セインがぽつりと零せば、老爺は皺だらけの顔を上げて口を尖らせた。


「む、なにを仰いますか嬢様。爺めは本心よりお喜びを申し上げております」

「爺が一筋縄でいかないのは幼心に刷り込まれているから騙されない。年寄りが拗ねて見せても可愛くないよ。

 ――でも、元気に待っていてくれてありがとう。ただいま」


 ぎこちなく微笑んだセインに、ブロンクは皺だらけの顔に更に皺を寄せて、満面の笑みを返してきた。記憶にあるより皺の増えた、だが慈愛に満ちたさまは変わらない家政の老爺に、セインも人心地をつけた。


「爺、屋敷の問題って?」

「はっ、そうでした! 歴史ある館でありながらこれまで無縁でしたのに!」

「……なに?」

「セイン嬢様、……魂だけで里帰りなどされてはおられませんよな?」

「爺、なにが言いたいの」


 怪訝な表情をするしかないセインに、ブロンクは至極真面目な顔で上申した。


 ――いわく、紅月コウゲツに入った頃から、セインそっくりな“子供”の幻影が館内を徘徊するようになった、と。



アレイクが荷車の御者なのは乗馬技術に不安があるから。

(乗れなくはないけど市街警備に馬は要らないから身についていない)

カイルはお頭が色々器用な人で乗馬もできたので仕込まれました。

(早駆け曲乗りどんと来い! なくらい乗りこなす)

…という、本文に差し込めよっていう裏設定でした…。


時々「セインさんは美人さん」という設定を思い出して描写を挟むのですが、美辞麗句を並べれば並べるほど、違和感が拭えなくなるのは何故だろう……。


「え、心根なかみ容姿そとみって別モノでしょ? セインはただの猪さんだもん。ある意味詐欺だよねー」(超イイ笑顔のルド)

「笑顔の幼児の振りした腹黒が詐欺を語るな」(いつもの無表情なセイン)


2014.04.29 誤字修正

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