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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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09.手探りの道を示すは光る鳥


 世間一般的に、子の出産には概ね神官が立ち会う。

 上位神官ほうじゅつしが立ち会えば生まれ落ちてすぐに法力持ちかどうかの判別は成され、持っていれば神殿に入ることを勧められる。生まれて間もない赤子を神殿が望む訳ではなく、最低でも学舎に通う年頃、つまり五つを越えるまでは親元で育つのが常である。


 下位神官が立ち会った場合、あるいはいずれの神官も立ち会わなかった場合でも、大陸の民は誕生の報告や名付けの依頼、傷病を得たとき、学舎への入学など、なにかしらの節目で幼い子を連れて神殿へ足を運ぶ。そこで上位神官に引き合わされ、法力を持つ子供は神殿入りを促されるのだ。


 多くの両親は子供が法力持ちであったことを喜ぶ。神の祝福ともされる奇跡の事象であるからだ。神殿に入るからとて、親子の縁を切る訳でもなく、年に数回の里帰りは認められている。衣食住の保証がされて教育を施された上に将来も安泰となれば、まさに願ったり叶ったりである。


 だが、一部の者たちは、己の子が法力持ちと判断されると非常に渋い、複雑な表情を浮かべるのも事実だ。


 王族および貴族、あるいは豪商ら、すなわち富と名声を得ている者たち、である。

 特に、国の中枢に関わる地位の者たちには顕著である。幼少時から独り立ちするまで、長い時間を神殿の教義の中で育てば、思考は神殿寄りになり、必然的に、神殿と対等という名の対立を見る政治の中枢の理論からは遠くなってしまうからだ。


 神殿に入れば、親子の縁は切れずとも俗世の身分を失うと言っていいだろう。


 よって、跡取りとなる長男、万一に備えての次男は原則として法力持ちであっても手放す選択肢はない。どれほど強大な法力に恵まれていたとしても、三男以降あるいは娘であれば検討する、という態度である。神殿側もそれは承知しているため、法力判定の際におざなりに勧誘はするが拒絶されれば引き下がる。……そうして、陰で呟くのだ。天恵を腐らせるなど神への冒涜に等しい、と。


 国を負う王侯貴族と神を説く神殿の密やかな対立は、こうして積もり積もった小さな確執が凝り固まって出来上がっている。



 エリオット・ヴァル・シルグリウスは、シルグルア王国の王家直系、国王の孫にして王太子の次男として生まれた。同時に彼は、法力を持って生まれてきた。




  ◆◆◆




「――姫、客殿までお送りいたします」


 国王以下、重臣や一部の貴族を交えた晩餐は宵の内に始まり、深夜になる手前で散会となった。

 序列の高い者から退室を始め、最後尾でセインが扉に差し掛かったところで待ち構えていたエリオットに捕まった。

 ほんの少し眼を眇めて、しかし一切の感情は乗せずに、セインは応じた。


「――できれば少し夜風に当たりたいのですが」

「ご一緒しても?」

「……もちろんです」


 セインがあからさまな拒絶を示さなかったことにエリオットは内心で安堵の息を吐いた。寄り添うように、だが決して触れることの無い距離を保ってセインを外へと誘う。



 夏の星が煌めく夜空の下、並ぶふたつの人影。半歩先を行くのは淡い髪を揺らすセインだ。昨日の謁見時同様、否、夜の盛装としてより豪奢な簪を挿された頭を重たげに動かして満天の星を見上げた。

 首を反らしたままゆっくりと歩を進めるセインを僅かに案じながら、エリオットは静かに問いかけた。


「セイン姫。貴女は……本当に、その……あの男と……」


 はっきりとさせたいような、決して聞きたくないような。

 戸惑いに揺れた言葉尻が己の情けなさを露呈するようで益々居た堪れない。

 返るセインの答えは素っ気なかった。


「さあ。いずれにせよすべてが片付いてからのことです」

「そ、う……ですか。……姫……」


 エリオットが言葉を重ねようとしたところに、星の瞬きではない光が降った。ふわりと闇夜を泳いできた光は、白い鳥に似ていた。

 目を瞠るエリオットを余所に、セインはちらりとだけ光る鳥もどきを確認し、それから呆けている王子殿下に冷えた声をかけた。


「殿下。ヒペリオンへ来られますか」


 月光の下、しばし沈黙で向き合ったのち、セインは踵を返す。くるりと頭上を舞う光の塊を従えて――否、その光に導かれるように、後を追って。


「…………姫?」


 頼り無げな小さな呼び掛けを無視してセインは歩を進める。


 先導する光の鳥は、敷かれた道などお構いなしに逸れて建物の隙間へと入り込んで行く。手入れはされているが通行用に整えられている訳ではない草木を踏みしだきながらセインは鳥を追う。と、道なき道を躊躇いなく突き進むセインの耳に、慣れない足元に苦戦しながらついてくる足音と息遣いが届いた。

 ほのかに口元を緩め、だがやはり歩は止めずに、セインは目的地へと向かう。



 ほどなくして、光はふうわりと下弦の軌跡を描いてひとつの建物へと入り込んだ。

 夜の闇に在って白く浮かび上がるそれは、王宮内に建てられた神殿である。


 セインに続いてエリオットが足を踏み入れ、開いていた距離を詰めて奥に進むことしばし。辿り着いたのは最奥の聖堂、祭壇裏の扉に秘された広間――すなわち、転移陣の敷かれた場であった。

 法術のあかりどころか蝋燭の一本もともされていない暗闇、しかし中央の床だけがぼんやりと白い光を浮かべていた。光の鳥は迷うことなく広間の中央へと舞い、そこに佇むいくつもの人影の内、もっとも小さな影の傍へと降り立って消えた。



「セインさん、お疲れー」


 人影の中から明るい声が響く。弱々しい光の中、跳ねるようにセインに近付いてきたのは元々の旅装を纏ったミシリーだった。


「こんな時間まで宴会とか、爺さん陛下も元気だなー」

「不敬罪で首を落とされる前にわきまえろ……」

「ふふふ、君たちは本当にいい相棒コンビだねぇ」

『ええぇ……』


 暢気に不敬な言葉を発するのはカイル、窘めるのがアレイクで笑うのがガルゼスの声だ。最後の不満げな声は青年二人の声が綺麗に重なっていた。

 その傍らで、両手で頭を抱えるようにして呻く一回り小柄な影があった。足元の光に浮かび上がる姿は頭の天辺から足の先までが白い。――白い布を被り、白い衣装を纏う、法術士の姿である。


「……ありえない……」


 落ちた呟きに、隣にあった最小の影――ルドが首を傾げる様子が見えた。

 応じる声は、平静であれば艶を含んだ妙齢の女のそれなのだろうが、今は喉から絞り出すような苦悶の響きを帯びていた。


「転移陣の起動を補助しつつ『導きの光』を放つとか普通しないできないありえない」

「……変、ですか?」

「変といえば変だけどそうじゃなくて異常というか。なんで制御できるのかしら」

「…………変ですか?」


 自信なさ気に繰り返すルドの声に、セインがさらりと割って入った。


「ルドの保有法力は大神官のそれに匹敵しますから。同時行使のふたつやみっつは簡単にこなしますよ」

「低位の法術なら驚きませんよ、姫様! 転移術も導きの光も難易度かなり高いですからね!?」


 肩に寄りかけるようにしていた杖を握りしめ、がっ! とセインにその先端を突き付ける女法術士。しかし。


「……そうだっけ?」

「……どうだっけ?」


 眼を見交わして首を傾げるセインとルドに、がっくりと首を垂れるしかなかった。


「もうヤダこの師弟……。そもそもこんな幼い子供になんて小難しい術を……。

 えーっと、気を取り直しまして! 姫様、こちらへ。殿下もお早く」


 頭を一振りして、女法術士はエリオットに顔を向けた。二十代半ばから三十辺りとおぼしき、はっきりとした目鼻立ちの白面。被布から零れる髪は癖のある黒、仄かな明かりに見える瞳も黒。

 顔を確認したエリオットは眉間に皺を刻む。僅かな時間で脳裏を探り、思い当たって口を開く。


「……イライアス(アルギウス家の長男)の嫁御、だな? 今はヒペリオンの領主館勤めだろう、王都ここでなにをしている」


 黒い瞳が丸くなる。一拍置いて満面の笑みを浮かべてこうべを垂れた。


「わたくしのような僻地の法術士のことまでご承知とは光栄ですわ、殿下。

 ええ、ヒペリオン領主館勤務でございますので、領主代行たるお義父(ガルゼス)様の送迎のために同行して参りました。昨日今日と神殿ここから出ておりませんから、ご存じなかったやも知れませんが」

「……で、ここでなにをしている」

「みんなで仲良く王宮を脱出してみよう大計画?」


 エリオットの低い声音の問いに答えたのはガルゼスの穏やかで真摯な声である。内容が真摯でないのは愛嬌だ。


「ガルゼス……っ! ふざけるな!」

「ふざけてはおりませんとも。大丈夫です、ちゃぁんと宰相補佐殿に事後を託しておりますから。追手に捕まる前にヒペリオンに入ってしまえばこちらのものですから。転移二回の間に馬車移動を挟みますが、ユークリッドの館には明々後日しあさっての夕刻着予定です」


 口元だけの笑みを浮かべて語るガルゼスに、エリオットはとうとう沈黙した。

 沈黙するしかなかった。今回ガルゼスが王宮に入ってからは一昼夜、たったそれだけの時間ですべての手回しをしているとなれば、自分が今更なにを喚いたところで彼らの『脱出』は阻めない。


「分かった……。陛下にはよしなに伝えておこう、道中気を付けて行け」

「え、殿下も参られるのでしょう?」

「いや、私は……」

「法術のお勉強ができますよ? セインに教わりたいんでしょう?」


 舌足らずの言葉を投げたのはルドだった。――種族(生まれ)を明かしていない相手に子供の振りをするのは、既に身について長い習慣である。


 ――セインに師事できる。その言葉は、エリオットの心を突いた。ためにガルゼスに襟首を掴まれて転移陣の中に引きこまれたときに反応が遅れた。

 気付けば淡かった転移陣の起動を示す白い光が昂然と視界を埋め尽くす。


「はい、いっきまーす」

「な、待て、――っ!!」


 ぎょっとして慌てるエリオットを完全に無視して、女法術士は転移術を発動させた。



 そうして静寂と暗闇の底に沈む秘められた広間の片隅に、セインが放り出した正装の上着と簪だけが残された。



どーでもいいですが、このお話の時点で紅月コウゲツ(夏の真ん中の月)下旬くらいです。

セインさんのお誕生日(紅月の中旬)はしれっと通過していたり…。

ゼフィーアの王都クラルテ港湾都市メールの間辺りで特にネタもなくスルーです……。

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