08.藪蛇と軟派野郎とお姫様
「お久し振りですね、セイン姫。とてもお美しくおなりで驚きました」
喜色を表情どころか全身で発する勢いでエリオットはセインの前に立った。
一応王族の訪れということで起立して出迎えたセインは、しかし眉根を寄せる反応しかできなかった。
「……どちらでお会いしましたでしょうか」
セインの記憶に収められている人物録は顔や声より名前が優位にある、にも拘らずガルゼスから名を聞いてピンとこなかったという時点で関わりは知れている。よって会ったことがないか、碌に名乗り合いもしなかった程度の存在だと判断していたのだが。
つれなく返されたエリオットは眉尻を下げて情けない表情になり、離れた卓子に座ったままだったカイルは遠慮なく噴き出した。
「――君、外してくれるかな」
笑われて鷹揚に受け流せるほど老成はしていないらしい、エリオットが不機嫌を露わにカイルに退室を命じた。だが、カイルはにんまりと笑んで拒絶してみせる。
「一応セインの護衛役なんでお断りしまーす。セインが外せってんなら聞くけど?」
くい、と首を回してセインに視線を遣れば、セインは無感情な視線で応じた。
「護衛を頼んだ覚えはない。本来自由であるお前がここに居るのはお前の意志だろう。好きにすればいい」
セインがカイルの立ち合いを認めてしまうと、エリオットにはそれ以上言い募れなかったようだ。苦い表情を、いかにも渋々といった風情で引っ込めてからセインに軽く腰を折った。
「改めて名乗りましょう。私はエリオット・ヴァン・シルグリウス。国王陛下の孫にして王太子の次男に当たります」
――うげ、ド直系。
「セイン姫が王宮に来られた際に一緒に遊ばせて頂いたのですが」
「……王宮で遊んだ記憶は一切ありませんが」
最後に訪れたのは十年と少し前、出国の挨拶のためで、忙しなく短い滞在を終えた。その前に王宮を訪れたときのことは、父親に連れられてあちらへこちらへと挨拶に歩き回った程度の記憶しかない。四つくらいの幼児期のことだ、挨拶回りを覚えていただけ褒めて欲しい。更に遡るとなると覚えていろという方が無茶だ。――というか、エリオットとてセインと大差ない年頃に見えるのだから、覚えていないだろうと思う。
さっくり会話を断ち切るセインの前に立ったまま、エリオットは益々もって眉尻を下げて情けない表情を晒した。が、奥の卓子から押し殺す笑いが届くと秀麗な面を険しくして笑いの根源を睨み据えた。
「せめて口を閉じ壁となっておれぬか、下賤めが」
忌々しげに吐き捨てるエリオットにセインは目を細めた。
「――コレは私の友人でもあります。私と同等とはいかずとも、それなりの扱いを頂けませんか」
セインにしてみれば自身もエリオットの言う『下賤』と同義の生活を、少なくともここ五年ばかりはしてきている。生まれだけで貴賤を論じるのは片手落ちだ。
怜悧な美貌が不快を表明すれば迫力を増す。セインの冷ややかな視線に、エリオットは癇癪寸前の子供のような歪んだ表情を浮かべた。なぜ自分を否定ばかりするのかと、認められたくて足掻く子供のように。
そのやや張り詰めた雰囲気を、ものともしない男。
「え、俺はオトモダチのつもりはねぇぞ?」
それが、カイル・オルヴァである。
「セインは俺の嫁だからな」
ふふん、と得意げに胸を張る。エリオットとは違う意味で子供のようである。
セインは睨み合いを続ける気力を失くして目を閉じ、脱力して肩を落とした。
「お前な……」
「っな、貴様、なにをっ!?」
セインが強く否定や叱責をしないがために、ただの戯言と流せなかったエリオットが目を剥く。益々得意げになったカイルはにんまりと口角を上げて余裕たっぷりにエリオットを見返した。
「ま、俺に剣で勝てたらセインを口説くのは黙認すっけど?」
「貴様ごときにっ……。ならば、手合せ願おうか。私が勝てばその不敬の極みの頭、剃り上げてくれるっ」
「――おやぁ、聞き捨てならないお言葉ですねぇ。有言実行で叩き潰すべきかな?」
突如、割って入った穏やかな声音の不穏な言葉に、セインを含め全員が振り返った。
談話室の入り口にガルゼス、やや後方の玄関から入ってすぐの広間の部分にアレイクとルドの姿があった。
「ガルゼス……! 何を笑っている!?」
「いぃえぇ。殿下ももう十九におなりでしょう、もう少しご自身のお言葉には慎重になっていただきたいものですねえ」
声音同様に穏やかな表情のガルゼスが、やんわりとエリオットを非難する。
「生来の色を謗るなど、幼子の負け惜しみのようなことを」
「えー、僕はそんなこと言いませんよぉ? 僕が大きくなれないのは僕のせいじゃないし、僕のお父さんたちのせいでもないですもん」
ほてほてとガルゼスの隣にやって来たルドがにこやかに追い打ちをかけた。無邪気を装う辛辣な言葉にエリオットは苦々しい顔をして沈黙した。唇を噛み締めて俯くと、そのまま固まってしまう。
「……えぇと、お帰り?」
気の抜けた調子のセインの出迎えにはアレイクが苦笑混じりで応じた。
「ただいま、セイン。カイル、人がちょっと散歩に行ってる隙に騒ぎを起こしてるんじゃない」
「まーまー、いいじゃん。たまには別な奴らと仕合ってみたくね?」
「そ……んな理由か、貴様……っ」
「セインが俺の嫁ってのはホントだし、譲る気はねぇよ?」
カイルの軽口を窘めるも、奥の卓子から近寄ってきたカイルは気にもしない。エリオットが忌々しそうに言葉を返そうとするが、どこか愉しそうな、だが一切の容赦の見えない薄笑いが視界に入って続きを呑み込んでしまった。
「おやぁ? セイン、初耳だね?」
面白がっている色を隠しもせずにガルゼスが問うてくる。セインはやや虚ろな眼でガルゼスを見遣り、平坦な声で肯定を返した。
「ええまぁ私を寄越せって言われて是と応じたのでそうなるのでしょうね」
「おやおや。セインが了承しているのなら仕方ないねぇ。殿下、どうやらセインを口説くのは黄丹の彼を倒してからのようですよ」
「ガルゼス!!」
「私はかわいい娘の味方ですから。ふふふ」
「くっ……! 貴様、外に出ろ!」
「はいな。模擬剣だか木剣だかあるんかね~」
「――カイル」
「あ、だいじょぶだいじょーぶ。怪我はさせない」
「叩きのめしてくれるわ!!」
肩を怒らせて暮れなずむ屋外へと足を向けるエリオットの後ろに、飄々としたカイルが従う。
ガルゼスが調達してきた木剣での仕合いは、日が完全に沈むまで続けられた――カイルが一方的にエリオットを打ち倒し、めげない殿下が幾度となく挑んでいく形で。
◆◆◆
「いやあ、頼もしい仲間たちだねえ。成程、実力行使で領地に戻ろうとか考える訳だ」
セイン一行の夕餉に同席したガルゼスがのんびりと口を挟んだ。羹を口に含んだところだったセインが咽て咳き込み、顔を歪めてガルゼスを見れば、その隣で強飯を味わっていたルドが顔を上げた。
「あ、僕が喋っちゃったー」
「おい……」
悪びれもせず言い放ったルドに思わず半眼になるが、いいじゃない、と肩を竦めて流される。
「セインはシルグルアを子供の頃に出たっきりで内情に詳しいとは言い難いし、僕らは異国の生まれ育ちだから余計に分からないし。地理に暗くて伝手もないんじゃ、こっそり移動は難しいもん。頼りになりそうな味方を引き込むのは必須でしょ」
ぱく、もぐもぐ、ごっくん。
強飯を再び口に運んで咀嚼し、きちんと飲み込んでからルドは続ける。
「セインは短気で言葉足らずの暴れん坊上等の子だから、無茶するなって言う方が無茶だものー。セインがいくら暴れても手綱が取れるように手を回して気を回して、って僕なりに頑張ってるのー」
「……ルド」
「うわぁ、ルド君絶好調……」
呻くしかできないセインの隣でミシリーが口元を引き攣らせている。
その遣り取りに素直な笑い声を上げたのはガルゼスだった。
「おやおやおや。本当に坊やの方が保護者なのだねぇ」
そんな話までしたのか、とセインが息を吐いた。ちらりとルドを見遣れば、幼い容姿にそぐわぬ笑みを浮かべていた。
「……ガルゼス様とは僕たちが神殿に行く途中でお会いして。僕が転移陣を『視たい』って言ったら、一緒に来て、神官さんのお相手を引き受けてくださったの」
「正直、俺ではああも見事にルドを自由には動かせてやれなかっただろうからな。本当にありがとうございました」
補うように言葉を挟んでアレイクが軽く頭を下げた。鷹揚に頷くガルゼスに、しかしセインはやや冷めた視線を向けた。
「お立場上、私の無謀に関わるのはよろしくないのでは?」
「私の立場は領主の補佐だよ。あと、かわいい娘の味方だよって言っただろう?」
娘はまずいな、姪かな? と首を傾げていくガルゼスに、セインは眉根を寄せた。
「家同士の関係でサージュともリシテアとも知らない仲じゃなかったからね、二人の結婚は心から祝福したものだよ。それだけに、遅くに生まれたセインのことはもう我がことのように嬉しくてね」
サージュというのはセインの父親の、リシテアは母親の名である。
「王都でのらりくらり拘束されていたのじゃ、あの子たちのお墓参りがいつになるか分からないからねぇ。セインたちの無謀に乗って、エリオット殿下を攫って王都脱出しようか」
「……前半は同意しますが、後半は納得いきません」
「え、脱出しない?」
「そこではなく! 余計な荷物をなぜ増やせと!」
セインの噛み付く勢いをものともしないでガルゼスはにっこりと笑顔を貼り付けて、質問の問いを返してくる。
「だって『エリオット殿下がヒペリオン領へ同行する』は決定事項だからね。謁見前に言っただろう?」
「聞きましたけど……、なんの必要が」
「うーん、済し崩しで押し掛けお婿さん?」
「…………いらねえぇええええっ!!」
「うん。冗談だから落ち着こうか」
「……ガルゼス様……」
恨みがましい眼を向けてみてもガルゼスの表情は一定の状態から動かない。にこやかな笑顔のまま、ゆっくりと口を開いた。
「……エリオット殿下はね、法力持ちなのだよ」




