07.睨み合い探る本音は腹の中
「――――――疲れた」
ぐったりと寝台に突っ伏しているのはセインだ。場所はセインに割り当てられた客室、ミシリーと同衾予定の寝台を横断する形で伸びている。
「セインさーん、とりあえずお着替えしませんか~」
自身は侍女に礼装を脱がせてもらいながら声をかけるのはミシリーだ。
「……動きたくない」
「動かなくていいですよ、立ってるだけでお着替えさせて貰えますよ。てかその豪華な礼服が皺になったら取り返しつかない気がするので早く脱いじゃいませんか。あたしのじゃないけど気になりますよう」
無感情を装ってミシリーの着替えを手伝っていた侍女がほんのり苦笑を滲ませる。
国王との謁見は極短時間で終了した。
セインが早々にキレたからだ。
◆◆◆
謁見の間として案内された広間には、最奥の三段ばかり高くなったところに老齢の国王、一段下にセインと同年代と見える青年、左右の壁に沿うように十名ばかりの官吏たち――ガルゼスを含めた重臣方だった――と警護の衛兵たち。
中段に居る青年は極力視界に入れないようにして王に礼を取り、型通りに一時帰還の報告を行い、それに対する労いを受けたあとが、セインにとって試練の時間となった。
「此度の帰還は使命完遂の上ではなく、エレアザル近郊に沸いた魔を祓う術を調べるため、と聞いておるが……術式の内容が分かればそれを神殿に伝えれば事足りよう。そなたはしばし領地に身を置き、当主として領主として空白の十年を埋め、また未来への流れを残す義務を果たせ」
深い年輪の刻まれた頬が微かに動いて重厚な声を紡ぎ出す。枯れていながらも威圧感溢れる権力者の言葉、だが、そんなものに恐れをなすセインではない。
「――恐れながら、使命半ばにして生家に落ち着くつもりはございません。また、義務にも優先順位があると考えます。私自身が問題の魔と接触し、実在の報告を神殿にした以上、見届ける義務が優先されると」
白く太い眉をぴくりとさせて、王は幼い子供に言い聞かせるようにゆっくりと語りかける。
「使命についてはそう焦ったところで仕様の無い部分も多かろう。魔を祓うのは――そもそも、魔を発生させぬが神殿の本分。報告をした時点でそなたは義務を全うしておる、これ以上神殿の領分に踏み込むは均衡を崩す」
重々しい王の言葉に微塵も表情を変えず、常の無表情でセインは淡々と応じた。
「一介の民としての義務は果たしておりましょうが、私は『ユークリッド』にございますので」
「だが、『力』は持たぬ。出向いたところで清めの術ひとつ扱えぬ身でなにを成す」
――『名ばかり』が法術士取りか?
――その『名ばかり』に神殿と渡り合えっつてんのはそっちだろ。
見えない火花が確実に王とセインの間に散った。しばしの睨み合ののち、先に口を開いたのはセインだった。
「……私は『力』を持ちながら扱えずにいるだけです。此度の帰還にて調べることは魔を祓う術式のみならず、私自身の『力』の解放も含めております。そして、解放さえ成れば神殿と共同して浄化に当たれます。使命の完遂も容易になるかと」
「解放が成るか? かつて大神官にすら匙を投げられた謎の封印であろうに」
「その大神官は代替わりされ、今代の御方は不可能事ではないと」
――今代の大神官サマはむしろ自分にも解呪できなくて申し訳ないって対応だったけど、こういうことにしといて貰おう。
「湧いたという魔は『ユークリッド』が出ねばならぬほどの存在であるのか」
「魔を祓うことこそ神の子〈アスカ〉の末裔たる私の役割でしょう」
「偉大なる魔術士の代替機能としての神殿である。そなたにはそなたにしか為し得ぬ役割があろう」
「……その『役割』が領地に引き籠もって婿殿を迎えて子を産むことの一択ですか?」
「っ、セイン!」
鋭い声で制止をかけたのはガルゼス、だが僅かに遅かった。
「シルグルアという国が、ユークリッドという特殊な血脈を飼殺しにしておきたいというのはよぉく解りましたが、この血を残すことにどれほどの意味がありますか。一族は長い時間の中で数を減らした、それこそが天意だろうに。
父の遺志を果たすこと、一族の負債を清算して二度と過ちが起きないようその根から絶つことさえできれば、それで私が生きてきた意義は果たされます」
そもそもセインは堪え性があまりない。数年来の連れたるルドからは猪突猛進と評される程度には気が短い。大人しくするのは自身の理を通すための我慢であって、他人の我を押し付けられて黙っていろと言うほうが無理だった。
「私は私の生きたいように生きている。ユークリッドが王家に次ぐ高貴なる一族というならこの主張は通させていただく。私を『ユークリッド』とお認めなら過ぎた干渉はお控えいただきたい。
認めないと仰せなら――即刻貴族としての籍を抹消していただいて結構。どうぞ国王陛下の貴重にして有限な時間をこれ以上一介の小娘に割かず、他の多くの民草のために有意義にお使いいただきたい」
言うだけ言ってセインは傲然と顎を上げた。
視線の先にある王は、なにかを口元で呟いてから深く息を吐いた。そうして、セインとの面談を切り上げることにしたらしかった。
「今日のところは下がって休め。明日は正餐を設けるゆえ、他の者らの言葉もようよう聞くがよい」
許可を得るなりセインは踵を返してさっさと後方の扉へ向かう。扉脇に留め置かれたルドたち――四者四様の呆れ顔をしていた――を促して退出すると、案内の女官を捕まえるなり客殿へと戻ったのだった。
◆◆◆
「お、着替えたんか」
「……お前は着替えなかったのか」
ミシリーにせっつかれてなんとか再起動したセインが客殿の一階に降りると、玄関脇に談話室として設えられている共用空間で寛いでいたカイルとかちあった。セインは王宮に入ったときと同じ緑の一揃いに着替え、髪も簡単に結い直して貰ったが、カイルは謁見時の装いのままだった。
「アレイクとルドは着替えてたぞー。でもって夕飯前にちょっと散歩っつって出てったから、部屋に行ってもいないぞ」
「散歩……?」
「ルドが転移陣をじっくり観察したいってさ。俺がくっついてると注目集めちまうし、バカやらかさない自信もないんでここでお茶してマス」
へらりと笑って茶器を掲げて見せる。周囲に視線を走らせれば、奥の壁際にひっそりと控える侍女たちの姿があった。
「んで、セインは一人でどした? 姉ちゃんは?」
「あー……、ミシリーは夕飯まで休むって部屋に居る。私は……散歩?」
「なんで疑問形よ。てかセインが歩き回ると俺以上に面倒臭くね?」
「……だよな……」
転移陣での移動による疲れはあるのでミシリーと一緒にだらだらしていても良かったのだが、今日明日で二泊は王宮に足止めされることが確定している。そのあとの予定も分からないため、一度動き出すと気分的に落ち着かなかった。やむなく風に吹かれてみるかと外へ足を向けようとしたのだが。
「……うっかり藪蛇と遭遇しても面倒だしな」
「謁見で『これが婿でお披露目はいつで挙式はどこで』とか言われなくてよかったな~、セイン」
「面白がっているだろう、お前……」
「ははは」
半眼で睨むセインにカイルは平坦に笑うと、座らねぇ? と促した。
卓子を挟んで腰掛けたセインの前に、抜かりない侍女が茶器を調えた。
「――エリオット王子サマ、だっけ? 王様の一段下にいた兄ちゃんがそう?」
「多分、な。段上に立つのは王族だけのはずだし、ガルゼス様のお言葉通りなら他に該当者がいなかったから」
終始黙して佇んでいた青年は切れ長の目元が涼しげな印象、カイルよりは華奢な体躯をしていた。ぬばたまの黒髪は緩く括られて背の中ほどまで、深い菫色の瞳はセインを認めて輝いたように思えた。
「俺より年下っぽかったな。セインと同い年くらいか」
「私の謁見の態度で向こうからお断りしてくれりゃいいんだけど」
「貴族サマの結婚って個人の性質とか相性とかって後回しなんじゃねぇの?」
「………………」
「あ、いっそ条件出してやれば?」
憂鬱に落ちかけたセインの頭が止まる。視線を上げればいつもの軽い笑顔。
「セインに剣で勝負して勝てた奴がセインを嫁に出来るとか」
「……条件としては緩いぞ、多分……」
エリオットは優男然として武術に長けているという雰囲気はなかったので勝機はあるだろうが、武門の家からの候補となればセイン一人の腕では恐らく厳しくなる。今まで生き延びて来られたのは法術士の援護があってこそ、それも、叩き伏せるのが無理だと思えば勝ちに拘らず逃げて来ているからだ。
だが、カイルは笑顔のままセインの言葉を否定した。
「いやぁ? 悪くねぇと思うぞ、貴族サマ相手なら」
「……どういう……?」
「まずオンナノコに負ける訳ないって思い込みの油断があるだろ。で、その油断に輪をかけて万一怪我をさせちゃぁマズイってんで手加減しちまうだろ」
「……お前もアレイクも手加減はしてくれてるだろう?」
思いっきり顔を顰めて反論すれば、向かいからは軽くも柔らかな笑みが零れた。
「最低限、怪我させねぇようにって『気遣い』はしてるけど、手抜きはしてねぇよ?
まあ、そもそもセインは俺のだし、なんだったら俺に投げてくれてもいいぜ?」
おいこら、とセインが反論を口にしかけたところで、侍女が来客の旨を伝えに来た。
「エリオット殿下がセイン姫とお話をなさりたいと仰せでございます」
――藪蛇が突きもせんと来た場合、どうしたもんだろうか。
溜息を呑み込んでこの場に招くよう応じる。
向かい側で「姫って、お嬢様どころかお姫様かよ!」と腹と口元を押さえて悶えている莫迦を放置して別の卓子へ移った。さすがにカイルと同席をさせるのは煩いだろうと思ったので。
現れた青年は、とても嬉しそうな笑顔を浮かべていた。




