06.生まれ持つ色は貴きものなれど
「到着を出迎えられなくて悪かったね。失礼ついでに座らせてもらうよ、私も着いたばかりでねぇ」
寄る年波には勝てないね、と笑いながら言ってガルゼスはセインと卓子を挟んだ向かい側にゆったりと腰掛ける。
アレイクたちに簡単に名乗ると、全員に座るよう促した。
「積もる話は山とあるのだけれど、謁見前だし関連する注意事項だけに留めておこうかな。あ、でもその前に」
す、と眼を細めてセインを射抜くように見遣って微かに口角を上げた。
十年ぶりに相対するとは思えないほど親しげに、しかし隙のない態度で。
「セイン、君の今回の帰国の用件と要望とを確認させて欲しいな」
考えをまとめるように一度目を瞑って、深呼吸をしてからセインは口を開いた。
――神聖都市の近くに魔が湧いているという話は、無暗な混乱を避けるためという神殿の判断により周辺地域の噂以上には知られていない。その意向を汲んで、セインも大神官にすらクロッセのことを省いて「魔が居ることを確認した」としか説明していない。
経由地となった神殿やゼフィーア王城には、ただ、大神殿の威信と『ユークリッド』の名で以って無理を通したのだ。
クロッセの詳細を語る気の無いセインは、大神官にした範囲の説明を繰り返す。
エレアザルの近くに魔が湧いた、神殿でも対応しているがセインにも協力を仰がれている。
初代の秘術に関する書物なり記述が実家にあるだろうから極力急いで戻りたい。
秘術を確認でき次第、エレアザルへ取って返すつもりであり、よって、王都で時間を取られたくない。
更に、エレアザルへ戻る際にも転移陣の使用に便宜を図って貰いたい。
淡々とセインが語ることを聞き終えたガルゼスは、一度大きく頷くと、寛いだ様子で足を組んだ。
「一刻も早く王都を、引いては国を再び出たい、というのが難しいのは分かるかい?」
「……跡継ぎの問題でしょうか」
「うん、分かっているなら良いよ。さっきねえ、謁見の間にエリオット殿下がいらっしゃると聞いたから。あ、セインのお婿さん最有力候補ね、陛下のお孫さん。――すげなくその場でお断りしないように」
ガルゼスの前半の言葉にがっくりと項垂れたセインだが、断るな、という言葉に頭を上げて胡乱な眼を向けた。
「表面上は陛下の御意向に逆らわないって方向でいなさいね。でないと王都で拘束監禁されてしまうよ? 法術では閉じ込めることが出来なくても物理的には可能だからね」
にこやかな笑顔のまま、ガルゼスは続ける。
「今回の帰国も、大神官の一声でゼフィーアの王都までは一気に経路が決まったろう? あれねえ、結構あちこちで反感を買ってね、主に国府関連の方々から。神殿風情が我が物顔で国に仕える法術士を使役するのか、とかね。
……ゼフィーアの方々は気にされてないようだから、うちが口を出すことではないのだけどねぇ」
セインは再び項垂れる。面倒臭い、の一言だ。権力争いというか覇権争いというか。明確な勝敗など見えない不毛な争いなどこちらの知ったことではないというのに巻き込まないで欲しい。
「で、神殿に上から物を言えるのはユークリッドだけなので、セインを手放すという選択肢はないんだなあ」
ガルゼスはのんびりと、感情の読めない笑顔で話し続ける。
「なのでとりあえず、殿下がヒペリオンに同行するのまでは黙認していなさい。うっかり拒絶とか置き去りとかすると本当に面倒にしかならないから」
「ヒペリオンまで同行するんですか!?」
思わず叫びに近い声を上げた。反射的に頭を上げてガルゼスを見詰めると、謹厳な年輪を刻んだ顔がこくりと上下した。
今度こそ頭を抱えて沈んだセインからガルゼスは視線を外し、その隣に掛けていたミシリーに移す。しばし観察し、更に長椅子に収まっている男二人と子供を眺める。
そうして視線はカイルに留まった。じっくりとっくり眺められてもカイルは動じずに、だが不思議そうに小首を傾げて見せた。
「……俺の顔がなんか問題っすか?」
「うーん、顔は問題ないよ。男前だねえ」
「どうも……?」
「ただ、髪の色がね。とっても綺麗だけれど、目立つなぁと」
言われたカイルは傾げた首の角度を深くする。鎖骨を過ぎるところまで伸びた髪は今、きっちり結い上げられて巾に包まれている。そういえば身支度を手伝ってくれた侍女らが、いっそ頭巾でも被せようかと言っていたのを思い出す。
隣国でも「派手頭」呼ばわりされたこともあり、大陸北部ではよほど珍しい髪色なのだろう自覚はあるし、シルグルアの民は貴族に限らず黒髪が基本だとも知っている。一行の中で貴人の集まる王宮に違和感なく受け入れられるのはミシリーだけだろう。
それでも、隠せと言われるほど奇異な色味だろうかと不思議に思う。
――髪、といえば。
「あ、『おーに』?」
「…………『おうに』ではないかな」
「ああ、そんな感じで言われたかな。で、おうにってなに?」
セインのご先祖、ユークに『黄丹の君』なる呼ばわれ方をした。意味はセインに訊け、と言われていたが、それきり忘れ去っていた話題だった。
「君の髪色のように、鮮やかで艶のある黄赤のことだね。紅花と梔子で染める、金と赤を縒り合わせたような色という方が的確かな。――エレアザルで大神官には会っているのだよね? 彼のお方の帽子にその色の刺繍がされていなかったかな」
ああ、とセイン以外の全員が首肯した。セインはまだ絶賛沈没中である。
「神殿の位色はシルグルアの貴色……家格に応じて定められた、礼服などに用いる象徴の色だね、これに倣っている。最上位たる王家は身分で細分化されていて、その中の最高いたる陛下は白、帛衣。でもこれはさすがに憚って、第二位の貴色を神殿に於ける最上位の色に置いている」
カイルは自分の髪を摘まんで見る。額にかかる髪すら綺麗に香油で撫で付けられてしまっているので、そこから一筋だけ引っ張り出した。
「……王家第二位っていうと、王妃様?」
「残念。王家の序列に於いて王の次となると王太子殿下だよ」
まあ、王族方が貴色を纏うのは大きな儀礼式典のときだけだけどね、と締めくくったガルゼスに、カイルは苦い顔をしてしばし黙考し、
「――俺って居るだけで不敬罪に問われたりする?」
至極真剣に訊いた。
そのカイルの問いを、ガルゼスは一笑に付した。
「ははは。精々注目を浴びて少々居た堪れない思いをするくらいだろう。もし、くだらない難癖をつける莫迦が国の中枢に居るなら容赦なく叩き潰してあげるよ。
――さて、そろそろ時間だね。私が先に謁見を賜ることになっているから、君たちはもうしばらくここで寛いでいなさい」
入室したとき同様にさっさと、先導の女官も呼ばずにガルゼスは退室していった。
◆◆◆
ガルゼスが退出した後、侍女が入ってきて茶を淹れてくれた。茶器を並べ終わると退室していくのはガルゼスの指示だろうか、本来なら壁際で待機するものだが。
薫り高い茶を啜って、最初に口を開いたのはアレイク。微かに口元に笑みを佩いて、視線の先にはカイルを据える。
「いきなり不敬罪まで考えが飛ぶとはな……」
「しゃーねぇじゃん。こんな北の果ての国の常識だの礼儀作法だの知るかっての。セインの妨げにはなりたくねーの」
軽佻浮薄な言動尽きないカイルとて、セインの枷になりたい訳ではない。象徴として尊ばれる色を持っている自分の存在が、セインの立場を危うくするのであれば隠すなり染めるなりは厭わない、との心積もりでの問いだったのだ。
「あ、そういや『色』で身分が丸分かりなら俺らの服ってどういう扱いよ?」
アレイクとカイルが纏うのは同じ衣裳、薄墨の筒袴に濃灰の上衣を重ねている。白糸の刺繍が施された上衣は丈が膝下まであるが、左右に腰元まで切れ込みが入って動き易い。帯は浅黄、剣は携行を許されなかったので腰元が心許ない。
「平民に貴色なんぞないからな、衣裳の色味はあまり関係ないだろう。位色がどれだか知らんが、借りられるくらいだから下級武官あたりの正装じゃないのか」
実はアレイクの推察通りである。ちなみに位階は帯の色で識別され、浅黄は見習い官吏の扱いだ。
本来なら謁見に臨むのはセイン一人で良いところを、セインが全員の同席を譲らないとイライアスから報告されたための苦慮の結果である。
「……正装だと男物でも面倒臭そうだなぁ……」
「おう。着せて貰ったはいいけど脱ぎ方が分かんねぇわ」
セインが男二人を見て呟けば、両手を広げて衣裳を見せ付けるようにしながらカイルが笑う。
なお、ルドは二人の衣裳をそのまま子供規格にしたような仕立ての上下、色はミシリーと揃いの浅葱基調で明るい印象になっている。
「着るのも脱ぐのも人任せだよ、こういうのは」
「おぉう、まじでか。じゃあ女物の脱がし方習っとこう」
「セインさんこいつゼフィーアに送り返しませんか」
「……『さん』が完全に取れたら考える」
「あああ、もう! ってかどうしてそこに拘りますかセインさ、――セイン!」
「私、友達っていなかったんだよなぁ」
膝に頬杖をついてセインが溜息を落とす。
「物心つく前から術やら歴史やらを教えられていたし、村――館があるのは山の中で周囲には極僅かな人家しかないし、数少ない子供は大人たちに言い含められてて私を領主家のお嬢様としてしか扱わないし」
微妙な表情で黙ったのはカイル以外の三人、カイルは「お嬢様セインも見てみたかった」と笑っている。
「同じ年頃の子供と一緒になにかしたって記憶がない。旅に出てからは多少の交流はあったけど通り過ぎるだけで先がないし。ミシリーは無駄に私に執着してくれてるから、離れることがあっても縁が切れる心配なさそうだなぁと」
ちらりと視線を流してくるセインに、ミシリーはしばし視線を彷徨わせてから項垂れた。
ゆるりと片手を挙げて宣誓するように、だが小さく自信なさ気な声で言葉を紡ぐ。
「……無二の親友を名乗れるよう精進します……」
「うん、よろしく」
蛇足ですが、セインの家の貴色は紅、アルギウス家は翠です。
色のアレコレは冠位十二階とか養老衣服令とかを参考にちゃんぽん。
あまり細かくは設定していません。
ということで衣装の雰囲気も倭風のような中華のようなイメージだったり。
が、かなり適当なので軽く流しておいていただければ幸いです…。




