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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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05.里帰り迎える景色は変わらねど


 広がるのは整然とした碁盤目状の街並み。

 雪が積もり過ぎないよう傾斜を付けられた屋根は、いずれも同じ高さでずらりと並び壮観である。短い夏を謳歌するこの時期は、窓辺に花を飾り通りに緑を楽しむ。


 街は北半分が官公庁やくしょ通り、および貴人の住宅地として区分けされている。南半分の東側に職人らの工房や一般の住宅街が置かれ、中央から西側にかけてが宿や食堂を含む商店街。西の端に遊興施設がひっそりと――夜は賑々しく――佇んでいる。


 ――大陸最北の地、独立した一個の島国でもあるシルグルア王国の王都エリクシア。


 王都の北半分の内、もっとも北の奥に築かれた王宮は、高さは無論のこと、なにより広大な敷地面積で威容を誇る。

 その広大な王宮敷地に於いては外郭部分の東端、他の建築物とは様式を異にする白亜の建屋が輝く。一般開放されていない、王宮関係者のみが利用する神殿である。


 その神殿最奥、聖堂裏の秘された広間に転移陣は敷かれていた。




  ◆◆◆




「……懐かしい、と思えないってのもどうなんだろうな」


 王宮敷地の内郭、やや南寄りにある客殿に案内されたセインは、窓際の肘掛付きの椅子にどかりと座り込んでぼやいた。開け放たれた窓の向こうには外壁越しに僅かに覗く王都の街並み。

 セインの声に反応して、室内の卓子テーブルに突っ伏していたミシリーが頭をもたげた。


「お城には来たことなかったんですか?」


 同じ部屋に居るのはミシリーのみだ。


 客殿に案内された際、セインが最上階にある上級の客室、あとの四人は一階の部屋へと告げられたためセインが抵抗、粘り勝ちでミシリーをセイン用に整えられた客室へと引きずり込んだ。

 アレイクたちは個室に分かれるという話だった。ルドはどちらかの部屋で面倒を見るよう指示されていたから、恐らくはカイルの同室になっているだろう。


「いや、何度かある。といっても最後が旅に出る挨拶に来たときだから、十年ちょっと振りか。その前と言ったら四つか五つのときだな」


 旅に出たのは十年前の春の盛り、セインはまだ七つだった。クロッセはセインと十違い、早春生まれの彼は十八になっていた。


「うわ、覚えてる方が怖いかもですね」

「今や『外』で過ごした時間の方が長いからな」

「ヒペリオンのおうちなら懐かしめそう?」

「…………どうだろうな」


 セインがヒペリオンの屋敷で過ごしたのも当然七つまで、石造りの大きな館だったとは記憶しているが、明確に思い出せるのは仄暗い燭台の灯しかない部屋の、寝台だ。母を、次いで父を看取った、彼らが永い眠りに就いた、そのときを切り取った情景ばかりが脳裏を掠めていく。


「ところでセインさ、……セイン」


 さん、と呼びかけたところでセインの視線とぶつかり、慌てて呼び直す。

 ミシリーは足首に纏わりつく裳裾を摘み上げて眉尻を下げた。


「いつまでこのステキ衣裳を着てないといけないんでしょーか」


 床に着くほど裾の長い朱色の裳裙スカートに、脛まで丈のある前開きの白い薄衣うわぎを重ねたそれは、シルグルア王国の夏の正装である。

 ミシリーの問いにセインは微かに眉根を寄せ、目を眇めた。セインも同様に、深緑の裳裙と一段明るい緑の薄衣を纏っている。



 セイン一行はゼフィーア王国最後の中継地となった港湾都市メールで、シルグルア王国の駐在大使を務めるイライアスと面会した。今後の日程の簡単な説明のあとに渡されたのが、セイン用のシルグルア衣裳だった。


 胡乱な表情を隠さないセインに、『ユークリッド』の十年ぶりの帰国に、まさか着の身着のままで王都に入る気じゃないよな、とイライアスが押して引かず、同じく引きたくなかったセインが「連れもシルグルアの衣裳を纏う」という妥協案を飲んで決着した。


 そうしてセイン用に数着用意されていた中から適当にミシリーに着せ、アレイクとカイルはイライアスの衣裳――こちらは平服――を借りることになった。

 ただしルドには、メールで小奇麗な子供服を調達してそれを着せたが。



「……侍女たちが新しい衣裳を持ってくるまで?」

「あたら、しい?」

「このあと国王陛下との謁見があると言われているから、そのための正装だか礼装だかにお着替えだよ」

「まさかこれ以上動き辛い恰好させられるの!?」


 悲鳴に近い声と共に仰け反ったミシリーに、セインは片眉を上げた。


「私が女物を嫌がる理由が解ったろ」

「いやいやいや、あたしが普段着てるような女物ならここまで動けないことないですから。ってかむしろ動き易さは重視してますから、あたしだって」

「ふぅん?」


 ミシリーの旅装ふだんぎは確かに動き易さ重視と言える。

 上衣シャツの丈は腿のまであるが裾が広がるので足の動きを妨げない。下は裳裙ではなく細袴スパッツに柔らかな仕立ての長靴ブーツで、それこそ壁登りを容易にこなせる程度には身軽な服装だ。


「……ま、どう足掻いても王宮に居る間は正装コレだから諦めて」

「うはぁい」


 落ち着かなげにミシリーが裳裾を下ろしたところで、扉を叩く音が響いた。




  ◆◆◆




「うわぁ、セイン豪華!」


 謁見前の控室として与えられた一室で合流したルドがセインを見て目を輝かせた。

 対するセインはルドと眼も合せないまま、疲れた顔で一言、簡潔に応じた。


「重い」

「……セイン。言うに事欠いて正装の感想がそれってどうなの?」

「暴れたい」

「落ち着けセイン」


 苦笑して宥めにかかるアレイクに、鮮やかにべにを引かれた唇を尖らせて、セインは白皙の美貌を顰めた。


 セインが纏うのはユークリッド家の貴色たる紅だ。神の子〈アスカ〉の瞳になぞらえた色の無地の裳裙に、重ねるのは金糸の刺繍がこれでもかと施された同じ紅の薄衣。首にかけた紅玉は、光を返す輝きが無ければ一見して衣と見分けがつかない。

 帯は金糸と銀糸の錦織、一部を残して結い上げられた髪に挿されているのも金細工に柘榴石と、きらきらしく金銀紅尽くしである。


 ちなみに「重い」のは頭で、長い髪を結い上げられて編んだり丸めたりと趣向を凝らされた挙句、いくつも簪を挿されたせいだ。夏の正装なので、衣裳自体の重みはそれほどでは無い。――普段の旅装とは比べようもないが。


「御前に出る以上、最正装になるのは仕方ないだろう。紅も良く似合う」

「嬉しくない。似合わないならいっそ開き直れるのに」

「うーん、確かに似合うんだけど、あんまし見たい色ではないなぁ」


 口を挟んできたのはカイルで、これにはアレイクだけでなくルドも驚いた。


「え、カイルさん? むしろべた褒めするかと思ったのに。あかってセインに似合いませんか?」

「似合うって言ったぞ? でも俺にとってはちょっと、な。心の傷を抉る色だわ」


 セインの纏う紅から眼を逸らし、どこか痛々しい苦笑を浮かべる。ややして、物問いたげな視線を投げてくるセインに応じた。


「“石”に乗っ取られてた間にいたのがそんな感じの色ん中だったから」

「……覚えている、のか?」

「というより、思い出した、かな? 目の前に手をかざしても見えないよーなあかい空間にいて、なんか色々考えるのも面倒だしもういいや眠っちまえーって思ったところをセインに引きずり出されたんだよ」


 険しい表情を浮かべたセインに「気にすんな」と手を振る。

 セインの表情が変わらないのを見て、カイルは殊更軽い調子で言葉を続けた。


「――で、目ぇ開けたら別嬪さんが心配そーに覗き込んできてるじゃん? 一目惚れするよなぁ」

「え、その時点で好きになるとかあるんですか?!」

「うん」


 ルドが思わず確認するも、至極あっさりカイルは頷いた。


「で、愛想は無いないけど甲斐甲斐しく看護しに来てくれる健気さに二度目惚れ。話してみれば素っ気ない中に気遣いがあって嬉しいし、ルドに突っ込まれて拗ねる様子は可愛いし」

「……もういい」


 だんだん話がずれて行っている。満面の笑みで言葉を並べられてもセインにはカイルの本心が読めない。先程とは違う意味で表情を険しくしながら、しかし紅の衣裳を纏うことはどうでもよくなって、手近な椅子に腰を下ろした。

 ――セインの背後にくっついていたミシリーの姿が露わになったのはそのときで、ルド含む男三人がきょとんと目を瞬かせた。


「見るな野郎ども」


 セインに負けず劣らず虚ろな瞳になっていたミシリーが小さく吐き捨ててセインの椅子の背後に回る。


 ミシリーに用意された正装は瞳の色を意識してか薄い空色を基調とした一式、肩までの黒髪は下ろしたままに左右の一部だけを編み込むようにして、簪ではなく白い花弁の生花が挿されていた。

 セインに比べれば日に焼けた顔に白粉おしろいが乗せられ、紅を引いた様は文句なしの美少女――否、美女に格上げしても良いかもしれないほどにあでやかである。


「どうした、ミシリー。セインを飾りたがる割に、自分が飾られるのは嫌なのか?」


 艶やかであるのに憂鬱そうな様子のミシリーにアレイクが首を傾げる。


「別に……ただ、場違いって言うか、分不相応? あたしが自力でやってる贅沢じゃないから気分が乗らない」

「あー、確かに。自分で揃えたもんなら逆に趣味悪いって言われようと気にせず胸張って見せびらかすのになぁ」


 ミシリーにとっては不本意なことながら、一行の中で感覚的なものを一番共有できるのがカイルである。今もカイルの同意にふいとそっぽを向いて黙ってしまった。


 と、扉を叩く音がして、女官の先導で一人の男が扉を押し開いて入室してきた。


 遠目には鋼色に見える黒と白の混じった髪の、初老の男だった。黒の上衣は官服だろう、帯は鮮やかな紫、そこから下がる飾りは翡翠だ。

 俄かに緊張したセインだったが、見覚えのある面差しに安堵した。

 薄く笑みを佩いて立ち上がり、会釈して男を迎える。


「お久し振りでございます、アルギウス様」

「セイン、おかえり。綺麗になったなぁ……」


 目元を和ませて応じたのは、イライアスの父にして現在ヒペリオン領の代行領主を務める、ガルゼス・フォン・アルギウスだった。


セインが緑を着ることが多いのは紅玉と対になって鮮やかだから。

自分チョイスでなく周囲が持ってくる服がそればっかり。はは。

対比でいくなら白でもいいだろうと本人セインは思うけど、セインの言う「白」は無漂白の生成りなので高貴な方々の前に出るには却下。

というか本人も高貴なお生まれなんですが(笑)


2014.04.03 一部修正(都市名)

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