幕間/食卓の憂鬱
※「01.束の間の~」と「02.決別の~」の、ちょうど間の小ネタです。
「ただいまでーす……」
よろりと食堂に現れたミシリーは、セインたちの姿を認めるや配膳も受けずに卓子へ寄り、空いていた椅子にぐてりと座り込んだ。
「ミシリーさんもお疲れですか……。お帰りなさい」
「うう、ルド君和むー。疲れたよー、ギュッとしていいかーい」
「お断りしますごめんなさい他を当たってください」
「断る」
「つれなーい……」
咀嚼を止めて短く拒否したセインにミシリーが呻く。両腕を垂らして額を卓子の上に落とした。
その有り様にセインを含め皆が注目するも、ミシリーには起き上がる気力がないらしい。突っ伏したまま「疲れた」を延々と繰り返している。
どうしたものかと視線を交わしていたら、思わぬところから声がかかった。
「ほら嬢ちゃん、メシ」
「イモ主体じゃないから喜べー」
夕食の膳だの飲み物だのを手に現れたのは厳つい兵士二名。年齢はアレイクよりだいぶ上に見えるが腰の剣に提げられた手貫緒は縹色、上位という訳ではないらしい。真顔になれば威圧感しか存在しないだろう強面に必死に穏やかな笑みを浮かべようとしている、ように見える。
妙に親しげに声をかけてくる兵士にアレイクは首を傾げ、ミシリーは胡散臭げに頭を上げた。
「……どぉいうフリよ、それ。別にイモ嫌いじゃないけど?」
ミシリーが眉を顰めて応えれば、二人の兵士は顔を見合わせ、徐に表情を正して口を開いた。
流れ出たのは詩とも歌とも言い難い、奇妙な節の付いた言葉たち。
「芋いもイモ今日も今日とて芋が主役~」
「そのうちあたしも芋娘~……ってなってたまるかコンチクショウ」
『…………』
強面から紡ぎ出された謎の呪文にミシリーのみならずアレイク含む全員が沈黙した。
「以上、嬢ちゃん作詞作曲『芋飯の歌』でした」
真面目な表情のまま歌い切った厳つい兵士が、ぴしりと姿勢を正して締め括る。
微妙な沈黙ののち、ミシリーが小さくぼやいた。
「あー……、牢獄担当の兄さんたちかい……。そりゃ毎日毎食芋尽くしで食事が出てたらそんな歌も歌いたくなるわよ……」
春先に王城の牢獄に囚われていた間、供された食事は芋尽くし。そういえば二日目の晩辺りからそんな鼻歌で食事の気分を盛り上げようとしていた気がしないでもない。
疲れを倍増させたように項垂れたミシリーの前に膳を置き、二人はそのまま隣の卓子に座った。まだ話は続くらしい。
肉ががっつり盛られた膳に目を輝かせてぱくつき始めたミシリーに合わせるようにセインたちも食事を再開しつつ、強面二人の言葉に耳を傾ける。
「いや、もう、嬢ちゃん癒しだったんだわ。まさか牢獄の詰所で笑いと闘うとか、勤めてそこそこ長いけど初めてだったわー」
ゴツイ野郎どもが狭い詰所で笑いを堪えて肩を震わせていたとか。
笑いの衝動を逃すために硬い石壁をガンガン殴っていたとか。
ミシリーが次はどんなぼやき節を奏でるか密かに賭けていたとか。
鉄格子の前に立ち塞がる姿勢から項垂れ姿勢になる間隔を計っていたとか。
セインの訪問に乱高下する感情の起伏を密かに愛でていたとか。
段々偏執じみてくる内容にミシリーの咀嚼が止まる。
ジト目で二人を見遣り、
「……キモイ」
言われた男たちは挫けない。堪える必要のない場だからか、心から爆笑した。
「ははは、そう言ってくれるなって。牢獄に若くてかわいい嬢ちゃんが居りゃ嫌でも気になるし」
「その言動が一々面白おかしいんじゃ観察したくもなるし」
「職務上馴れ馴れしくするわけにゃいかんから、結構葛藤してたんよ?」
と、言われてもミシリーには「あっそ」としか返せない。別に兵士と仲良くなりたいとは思わない。――情報源としてある程度の知己を得ておくのは悪くない、という打算がちらりと脳裏を過ぎらないでもなかったが、変態一歩手前の付き纏いとうっかりオトモダチになりたくない、という思いの方が強かった。
「嬢ちゃん、旅に飽きたら城に来いよ、口利くよー」
「宿舎の下働き辺りなら雇ってくれるはずだから」
「野郎の巣窟に年頃の娘を放り込もうとしないでくださいよ」
牢獄担当の二人が並べる言葉を、アレイクが苦笑しながら制止した。
止められた二人はアレイクを見ると、それまでの笑顔を不貞腐れたようなものに変えて新たに言葉を並べ立てた。
「なんだよダシルバ。お前ばっかりずるいよなぁ」
「……なんの話ですか」
「嬢ちゃんみたいなカワイイ女の子連れて姫さんみたいな美人のお供とか。爆ぜろ」
「…………あくまで旅の連れと護衛対象なんですが」
「んな建前知ったことか。両手に花かー、堅物班長が聞いて驚きだなー」
「………………オルヴァと子供は無視ですか」
「監視対象と保護対象は論外」
たん、たん、たん、と打ち返されてアレイクは疲労の濃い顔に更に疲れを上乗せた。
「そもそも惚れた姫さんを追っかけるために護衛任務ぶんどったって話もあるしな?」
「――ただの噂です師団長直々に下された任務です他意は一切ありません」
どこまでこの噂は広まっているんだと頭を抱えたアレイクである。
噂を知らないセインとルドは首を傾げた。カイルは知ってか知らずか、我関せずと食事を続けている。
「うーわ、ここまで話きてんだ。冗談だったのに」
斜め向かいから跳ねた声にアレイクは勢いよく頭を振り上げた。
「……ミシリー?」
「あ」
「発信源はお前か……?」
「い、いやいやいや、あたしも聞いただけです笑っただけです誓って面白おかしく捏造した挙句に姐さんたちにバラ撒いてなんていないです!」
「お前か――――!!」
一声怒鳴って、しかし少女に手を上げる訳にもいかず、再び頭を抱えて呻いた。
発信源が『裏』側となると広がりはそちらが主流、『表』であるはずの兵士たちまで回っているとなるとその拡散範囲は計り知れない。
――復職、できるのか? 俺……
過ぎった不安は杞憂であって欲しいアレイク・ダシルバであった。
ミシリー作詞作曲の『芋飯の歌』は第一章「12.大騒ぎ~」参照(笑)
市街警備も仕事のうちだったアレイク班長は街の人たちにもそれなりに認知されています。
と、いうことで「復職=振られた」の扱いで生温い目で見られること必至。
つくづくアレイクは苦労人…。ごめんよ。




