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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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04.泣き笑い前を向けたらいざ行かん


 アレイクが冷めきった茶を淹れ換えて戻る頃になって、セインは落ち着きを取り戻した。腫れた目元を隠すように長い前髪を更に顔にかけて茶を啜ると、長く息を吐く。


「……疲れた」

「泣くのって体力消耗しますからね~。今夜はぐっすり眠れますよ」

 ぽつりと落ちたセインの言葉に、ミシリーがあっけらかんと応じる。熱々あちあちと手元の茶と格闘するいつも通りのミシリーに、セインは躊躇いがちに問うた。


「ミシリーは、……醜いと、思わない?」


 力無く言うセインに、ミシリーは虚を突かれたように目を瞬かせ、すぐに泣き笑いのような表情になる。


「セインさんを、ですか? 思いませんよ。なんでセインさんをそんな風に見なきゃいけませんか、被害者でしょうに。――ヤッた奴の方はり潰しても足りないですけどね、かつ死人じゃ殺せもしないのが残念無念。既に息の根止まってるんならあとは欠片も残さず燃すしかないですかねえ」


 軽く肩を竦めて見せてから、ミシリーはお茶に口を付け――「熱っ」と諦めたように茶器を脇机に置いた。


「大丈夫ですよ、セインさん。あたしはこれくらいのことじゃ離れませんよ」


 からりと笑うミシリーにセインは瞠目して見入った。

 そこに被せるようにアレイクの低音が入ってくる。


「俺も同じく、だな。追い詰めるようにして辛い話をさせて悪かったが、話して貰えてよかった。

 ……ゼフィーア王国軍兵士という立場でいくと、他国シルグルアでの騒動に積極的に関わるのはまずいんだが……まぁ、力仕事くらいは役に立つから存分に使ってくれ」


 見開かれた赤土の瞳が向かいの長椅子に落ち着いているアレイクを見る。驚きを隠さないセインに思わず笑って頷いた。アレイクの隣に戻ってきているルドも驚いたように見上げてくるが、こちらは軽く頭を撫でてやることで応じた。


「俺もアレイクに同じく~」


 へらりと暢気な声を上げたのはカイル、細縄に両手足を拘束されてアレイクの足元に転がされているのでどうにも締まらない。

 ミシリーでは捕えられなかったが、アレイクが茶を淹れ直す前にミシリーから細縄を借りて手早く縛り上げた。猿轡を噛ませ(くちをふさが)なかったのは温情だ。


「……なんとも無残だな、カイル……」

「慰めて~?」

「セインさんこれマジで捨ててきましょーか」

「……ま、気が向いたらな」


 セインの答えはカイルに対してかミシリーに対してか。

 それ以上の言葉は省いて、セインはまだ熱さの残る茶を一息に飲み干す。

 と、向かい側でルドがによによと笑っているのを視界に収めて眉根を寄せた。


「……なんだ、ルド」

「セインの素敵な笑顔を初めて見れたなーって感動に浸ってた」


 どう見ても感動しているというより面白がっているとしか思えない。

 だが、確かにルドと一緒になってほぼ四年、これほど笑ったのは――泣いたのも、初めてだったと認めるしかない。

 によによを止めないルドを睨みつけたところで、ふとある約束が脳裏を過ぎった。

 脇机に置いた茶器をつついているミシリーに向き直ってその名を呼ぶ。


「私の爆笑ぶりはちゃんと見たな?」

「はい! それはもうバッチリとこの目に焼き付けましたとも!!」

「ん。じゃあこれにて借金完済ということで」


 拳を握って力一杯答えたミシリーに、セインは口角だけを僅かに上げて笑みの形を作って切り返した。

 瞬時にミシリーは硬直し、だがすぐに奇声を上げて抗議した。


「はうあぁぁあ?! は、え? ここでお別れって話ですか? しませんよ?!」

「いや、『借金取り』とはここで決別さよならする。――負債回収したら素直に消える、とも宣言したよな?」

「うええ……言いましたけどぉ……」


 あからさまに肩を落として悄然とするミシリーに、セインは笑って見せる。口元だけのぎこちない笑みが、より自然に、穏やかな笑みになる。


「――っ、そんな極上の微笑み見せられたらもうなにも言えないじゃないですかぁ!」


 悔しそうに、そして若干泣きそうな顔と声でミシリーが叫んだ。

 うう、と唸るだけになったミシリーに、セインはほっと安堵の息を漏らす。


「じゃあ、これで完済チャラだな、ミシリー?」




  ◆◆◆




 翌日、早朝のゼフィーア王国王城内郭の東翼、転移陣の敷かれた大広間。

 王城勤めの法術士十名の内、転移術を扱えるのは六名。その六名全員が招集され、既に起動の準備を終えて旅立ちのときを待っている。

 見送りと称して第二師団長アルフレッド・ノーマンと、更に三名ほどの文官の姿もあった。王都クラルテから先の行程については現地確認と大神官に告げられていたが、出立の間際の今、ようやくその説明を受けている。


 いわく、クラルテから国土北東端の港湾都市メールまで二ヶ所の中継を切ってシルグルア王国へ。神殿ひとつを経て王都エリクシア、以降のことは現地確認、と。



「……やっぱメール経由か……。イライアスが待ち構えてる……憂鬱」


 文官からの説明を受けてのセインの一言がこれである。


「なんかまずいのか、その人」

「あー、カイルはまともには会ってないか。……まぁ、私の幼少期を知る人だ」

「おお、セインの小さい頃の話が聞けるかな? いいねぇ」

「……やめろ」


 地を這うように低い声での威嚇もカイルには通用しないらしい、からからと笑いながら転移陣に向かっていく。陣の中央に立って腕を組む姿だけは威風堂々としているが、笑いを収めていない表情が軽薄さを漂わせて残念だ。

 深々と息を吐くセインの肩を軽く叩いてアレイクも陣に向かい、ルドもその背を追うように陣に向かっていく。


 もう一度だけ吐息を落として、セインも転移陣へと足を踏み出した。


 陣の手前、所定の位置に四人が並んだところで法術士のひとりが始めて良いかとセインに尋ねる。

 セインはくるりと連れを見回し、――首を横に振った。

 法術士が僅かに眉根を寄せて怪訝を示すが、セインはそのまま背後を意識した。


「もう少し。あとひとり、来るから」


 そうセインが言葉にするのとほぼ同時に、大広間の入り口に甲高い声が跳ねた。


「おっはよーございまーす! お待たせしましたー!」

 動き易そうな女物の旅装に丈夫そうな荷袋かばんを肩から斜めにかけた、荒事とは無縁そうな華奢な少女が駆け込んでくる。一方の腕に布に包まれた長細い荷を抱えたままセインへ一目散、飛びついて来ようとしたミシリーをセインは片手で制した。

 ――片手で顔面を掴むようにして強制的に押し留められたミシリーの、肩まで伸びた黒髪がふわりと踊った。


「セインさん、ひどぉい……」

「正当防衛」


 がくりと肩を落として離れたミシリーは、セインの背後で笑っていたカイルへと近付くと、顰め面をしつつ持っていた包みを差し出した。


「……ほら、あげる」

「ほへ? 俺宛て?」

「不本意ながら、ね」


 言ってそっぽを向くミシリーに首を傾げつつ、手に持っていた自分の荷物を床に落としてカイルは布を剥いだ。

 現れたのは一振りの剣。

 一切の装飾が削ぎ落とされた鞘と柄からは、だからこそ洗練され磨き上げられた業物であることが窺えた。刃渡りは長剣にしては短めの造りだが、カイルには使い慣れた長さでもある。


 柄を見てカイルは目を見開いた。微かに手を震わせながら一息に鞘を払う。

 そっと鞘を床に置き、両手で剣を持って擦り合せるようにゆっくりと両手を離していけば、それは薄刃の二振りの剣となった。


「これ……」


 呆然と剣を見詰めるカイルに、ミシリーは得意満面に胸を張って見せた。


「いつまでも代用品じゃ心許ないでしょ? 古強者の姐さんがとっときの逸品を放出してくれたわ、感謝なさい」


 カイルはクロッセと対峙した湖から退く際、手にしていた双剣を置いてきている。丸腰ではまずいとエレアザルで調達したのは長剣一振り、鞘ひとつに収められる型の双剣は神聖都市の道具屋では見つけられなかったのだ。


 剣に見入っているカイルを横目に、アレイクは薄く笑みを佩いた。


「ミシリーが自発的に入手してきたのか? カイルに依頼された訳でなく?」

「――う、な、なんか悪い? こいつは一応セインさんの護衛って名目なんだし装備不足でここぞってときに盾にもならないんじゃ目も当てらんないでしょ?」

「別に長剣一本でも私より強いから充分じゃないのか」

「セインさーん! いいからここは納得しておいてー!!」


 狼狽する言葉の羅列にセインが静かに割り込むと、ミシリーが懇願の勢いで被せてきた。

 ほとんど泣き顔になっているミシリーに、セインが若干拗ねたような表情を向ける。


「その『さん』が取れたら納得する」

「…………あぅ」

「あはは。『お友達』までの道は遠そうですねー、ミシリーさん」

「ガンバリマス……」


 『取り立て屋』から『友人』に格付け変更(クラスチェンジ)したことに、さすがに一晩では慣れられない。薄く頬を染めたミシリーが視線を彷徨わせたところで、密やかな声がミシリーを呼んだ。


「これ持ってた姐さんってどんな人」


 寸劇を余所に双剣を検めていたカイルが、鞘に収めたそれを腰の長剣と差し替えながら聞いてくる。

 一瞬、面倒臭そうな顔をしたミシリーだったが、カイルの表情が妙に深刻そうだと気付くと素直に紹介した。


「姐さんって呼ばないと死ねるけど実際婆ちゃんに近い年の熟女。生まれる前から『カトレア』住まいって言って憚らない大御所。アンタの情報も持ってて、得物が要るなら持って行けって言ってくれたのよ」


 言ってくれたはいいが、渡すなら拵えを変えるだの砥ぎに出すだのとも言ってくれて、結果、受け取りが今朝になってしまった。――期限に間に合わせるべく細工師や砥ぎ師が夜を徹して仕事をする羽目になったのは余談である。


「……『カトレア』っつーと、北部随一の情報や集団の根城だっけ」

「根城って聞こえが悪いわねぇ。表向きは最高級の娼館よ」

「ああ、それでか。……あんがとな、ミシリー。今度なんか礼するわ」

「うわ要らないキモイ気色悪い」

「…………姉ちゃん、まじで俺の扱い悪いよなー……」


 まあいいや、と小さく笑ってから、外した長剣を師団長に渡すと転移陣に戻る。



 全員が揃い、ようやく次の神殿へ向けて転移の術式が起動した。


取り立て屋ミシリーの話は第一章「17.哀愁は~」参照。

本当はもっと丁寧に友人格上げの流れは書きたかったのですが、

紙幅と、なにより筆力の問題がありすぎました…orz


ようやくシルグルアへ移動します…。


2014.04.03 一部修正(都市名)

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