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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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02.決別の覚悟に謳え鎮魂歌

※凌辱・虐待と取れる表現があります。


 アレイク同様、休養日だったにもかかわらず疲労の濃い様相で戻ったミシリーになんとか食事を摂らせ、賑わう食堂からさっさと引き上げる。


「――とはいえ、落ち着いて話ができる場所……となるとなあ」


 外に出ながら、アレイクはまだ完全に日の沈み切らない藍と緋の混在する空を見上げた。

 兵舎の談話室は他の兵士たちも当然使う。夕食後の一時となれば簡易の飲み屋状態となるので、真面目な話どころか女子供を置いておくのも危うい空間だ。

 部外者との面談室であれば周囲を気にせず話せるが、これは兵舎付属ではなく外壁の門脇、詰所に付属するので内郭に部屋を持つセインたちには遠すぎるだろう。


「私らの部屋でいいだろ。内郭の詰所はルドの術で通り抜ければ」


 首を捻っているアレイクを余所に、セインはさらっと返して足を踏み出した。


「おーい、セイン。さすがに俺は城内での悪さを黙認できないんだが」


 セインの無理無茶無謀ぶりにはだいぶ慣らされたが、いくらなんでも王都の王城のそのど真ん中で無法に付き合うまでに暢気ではいられない。

「……真正面から受け取る辺りがアレイクの堅物班長たる所以だな。昼前に第二師団長おっさん経由で第一師団から全員の立ち入り許可を取ってる」


 半ば呆れたような口調で応じたセインは、懐から許可証を取り出して肩越しに振って見せた。

 口元を引き攣らせたアレイクだったが、それ以上の追及はせず大人しく内郭へと足を向ける。あとの三人も苦笑ながらに続いた。




  ◆◆◆




「うはー……、さすが王城の貴賓室……」


 法術の白々しい光に照らされただだっ広い部屋の中央に、でんと置かれているのは天蓋付きの寝台。

 扉寄りには見事な螺鈿の卓子テーブルと細やかな彫り物が背面になされた椅子。毛足の長い絨毯の向こうの窓際に大小の長椅子ソファが対面で置かれ、豪奢な造りの脇机が添えられている。


 忙しなく内装を見回している元盗賊二人ミシリーとカイルを置き去りにセインは小さい方の長椅子へ座った。アレイクとルドは続き部屋のようになっている水場へ回る。茶を淹れるくらいのことはできるよう設えられているのだ。



 お茶が薫り高く淹れられた頃、ようやく落ち着いたらしいミシリーたちがセインの元へ寄ってくる。


「……気は済んだのか?」

「いやぁ、つい我を忘れて見入っちゃって。すみません」

「こればっかりは盗賊(前職)さがだよなー」


 部屋中の装飾を眺め回し壁だの柱だのを撫で回し、一頻り部屋の探索をしていた二人は揃ってへらりと笑う。

 カイルの言葉にセインが小さく首を傾げると、いっそ晴れやかなほどの笑顔でカイルが言い切った。


「遺跡に限らず王城とか神殿とかは探るために在る! 隠し扉がなかったの残念!!」


 その隣でミシリーが、「こいつと同じ思考は不本意ながら激しく同意」とうんうん頷いていた。


「……いいけどな。いいけど、間違っても備品を持ち出すなよ!?」


 思わず苦言を呈したアレイクだが、「さすがに兵士アレイクの目の前でバカはやらない」と言ってけらけらと笑われて流された。アレイクは肩を落とし、諦めたように茶器を配りながら着席を促す。

 セインの隣にミシリー、もう一方の長椅子にカイルを真ん中にしてアレイク、ルドが収まった。


 全員が茶を一啜りしたところで、場を作ったセインが口を開いた。


「シルグルアに着けば面倒に巻き込まれるだろうから、前振りをしておこうと思って」

「面倒が起きるのは確定なんですか?」


 ぱちくりと瞬いてミシリーが問うてくる。

長期不在の最高位貴族の帰国、歓待されこそすれ――その歓待をセインが疎んじているのは脇に置く――面倒が起きるとは思ってもいなかったのだ。

 セインは小さく溜息を落として首肯した。


「シルグルアはユークリッドを擁することで神殿に対し強く出ることができている。現在、ユークリッドを名乗れるのは私ひとりだ。神殿との関係を考えれば国は私を再び外に出したくないだろう。

 ――少なくとも、子を産むまでは」


 うえぇ、と呻いたのはミシリーとカイル。アレイクは一瞬苦笑を閃かせただけ、ルドは既知の情報として流している。

 呻いたままの歪んだ顔で、カイルが口を開いた。


「お国はなんで『ユークリッド』に固執する?」

「ユークリッドに限らず、長く続く領主きぞくとしての血を重んじるというのが大きいかな。

 あと、神殿に対する優位性の保持のため、か。……国と神殿の関係性は分かるか?」


 ひとつ目の理由にはすんなり頷いたカイルだったが、続く理由には歪んだ顔を顰め直し、セインの問いに僅かに考える素振りを見せる。


「あー……、基本的に国と神殿は共存関係、くらいか。国が神殿の資金だの施設建設だのの面倒を見る代わりに、神殿は国が必要とする人材の育成・派遣をする?」


 カイルの回答に、悪くない、とセインは頷く。


「その他に、神殿は戸籍を扱う。これを国は気にするんだ。結婚から出産、葬儀に至るまで神殿が関わるし、名付けを神官に依頼することも多いから適任ではあるんだが。

 戸籍は税の徴収に必要不可欠、この戸籍を最初に作成するのが神殿。ある意味で国は神殿に収入の根を押さえられている。他国では国と神殿は対等だが、シルグルアでは大神官(神殿のトップ)と同等位とされるユークリッドを傘に神殿を下に置いている」


 神殿の在りように疎いミシリーだけが、難しい顔をして話を飲み込むべく奮闘していた。一通りの理解はあるアレイクは軽く頷き、しかし改めて首を傾げる。


「……しかし本来は対等になるよう、長い年月をかけて創り上げられた関係だろう? 神殿を従える必要もない、今のままでも利は十分に回る」

「それでも上下を付けたがるのが人の性、か。対等を標榜している他国でも思うところはあるらしい。……神殿は神の子〈アスカ〉の偉業後に組織が整備された、国はその遥か昔から組織として機能していたのに新参者と肩を並べるのは気に喰わない、って感じの話を聞いたことがある。

 ――ましてやシルグルアは神の子〈アスカ〉の生誕の国だから」


 そしてセインは盛大に顔を歪める。


「私が戻れば、たぶん片端から見合いと縁談と――で、済むといいな。もう十八になるし、既に伴侶が決まってて、すぐに子作りしろとか言われても不思議じゃない」


 うわぁ、と今度の呻きにはアレイクも参加した。

 くつを脱いで膝を長椅子に引き上げていたルドだけが、大変だよねー、と眉尻を下げつつ笑っていた。

 ルドを軽く睨んでセインは続ける。


「とにかく、そういった面倒を避けて実家ヒペリオンに直行して用を済ませてシルグルアを脱出したい。必要なら力尽くにでも。巻き込むから、事情を説明しておきたかった」


 あーやっぱり暴れん坊上等なんだー、とは全員一致の心の声。しかし「巻き込む」と宣言したセインに、これも全員が表情を緩めた――自分たちが、セインと共に行動することを、真に了承したのだと。


 だが、セインの話が転換するなり、場の空気は冷えた。


「血を繋ぐことが貴族としての責務だと分かっているけど、――行為に向き合えない」


 セインは俯いて表情を隠し、声音から感情を削ぎ落として語る。


「私は、男に、そういう意味で触れられることが怖い。強引に奪われたから」


 ルドだけが、抱えた膝に顎を乗せて、凪いだ表情を保っていた。


「――クロッセを斬ることになったのは、クロッセが私を抱いたからだ」



 まだ国元に居た幼少期から周囲の大人たちに「子をすのは高貴な血を継ぐ者の責務だ」と繰り返し刷り込まれてきた。だから、セインも成人を迎えれば早々に婚姻し子を生すのだろうと、漠然とは思っていた。

 旅に出て、十になったころからだろうか、クロッセも折に触れその話を繰り返すようになった。ときには自分が伴侶にと仄めかすことさえあった。


 両親の死が無ければ、いや、父の遺言さえなければ、セインは故郷を離れることなく後見人を据えた上で領主位を継ぎ、成人を迎えれば相応の婿を迎えて――ちなみにこれがクロッセになった可能性は限りなく高い――子を産み、と分かりやすい一生を過ごしたことだろう。

 けれど、セインは一族の負債を清算すべく旅に出ていて、そして、クロッセへの疑念を育ててしまっていた。


 だから、セインは曖昧に流すだけだった。


 そして、あの日――頷かないセインに業を煮やしたのか、十五(成人)になっていないどころか十三と少しでしかない、初潮が来たばかりの子供を、クロッセは抱いた。強引に、力尽くに押さえ込んで。



「……無茶苦茶に抵抗してもクロッセは止まらなかった。事後の混乱した頭じゃまともな考えも浮かばなかったけど、ただ、もう駄目なんだなと思った。だから剣を振り回して……、浅く脇腹を斬ったときにクロッセが隠していた“石”を見つけた。それで、一気に頭に血が上った。……逆かな、冷めたのかな。

 結局、“石”を奪おうとして奪えないまま深く斬り付けて、クロッセが身を捩って足を踏み出した――先が、湖で。落ちて、沈んで」


 膝に肘を乗せ、両の掌で顔を覆う。零した吐息は夏の宵闇に淡く消える。


「潜ればあるいは“石”を回収できたかもしれない。クロッセが今際の悪あがきで〈闇〉を呼ぶ前に、とどめを刺してやれたかもしれない。でもその時はもう、なにもしたくなかった。考えたくなかった」


 指先にかかる髪の毛を掴み込んで更に俯く。


「クロッセが湖に沈んだあと、……三月みつきくらい、記憶が定かじゃない。森や山の、人のいないところばかり歩き回っていた気はするけど。

 明瞭な意識を取り戻したときにはメルスの南方、イーハ公国との国境近くの貴族家に保護されていた。湖からはかなり離れた森に倒れていたのを拾われたらしい、一時は生死の狭間を彷徨っていたとかで相当危うかったそうだ。

 ――その間のことだから、私には実感が無いんだけど」


 淡々と紡がれていた言葉が、微かに震えた。


「…………子を、孕んでいたらしい。保護されてすぐに流れたって」


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