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紅の闇  作者: 水無神
第三章 シルグルア王国
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01.束の間の憩いのときは斯く流れ


 神聖都市エレアザルから転移陣の敷かれた神殿を経由して九日、夕刻近くに辿り着いたのはゼフィーア王国王都クラルテ。転移陣が敷かれていたのは王城内郭の東翼にある大広間である。

 城内のことで軍が出張るなら第一師団このえかと思いきや、なぜか第二師団の師団長アルフレッド・ノーマンに出迎えられ、翌日は休息日として一日自由に過ごし明後日は朝の内に出立になると告げられた。


 セインとルドは以前も滞在した内郭の貴賓室、アレイクとカイルは兵士宿舎を割り振られ、さてミシリーはと師団長が言うより先に、ミシリーが市街へ泊まると宣言した。


「ミシリー、なにも街に出なくても私らと一緒でいいぞ? どうせ寝台はデカいから三人でも寝れるし」

「あははー、ルド君とセインさんに挟まれるのは至福の極みですけどね~。クラルテに戻った以上はちょーっと顔を出しとかないとマズイ所が。でもそっちで宿泊と食事は面倒見てくれますから~」

「……明日の昼の内とかじゃだめなのか、挨拶くらいなら」


 セインが眉根を寄せて引き留める様子に、ミシリーは小首を傾げてしばし考え、次いで奇声に近い嬌声を上げた。


「セインさん、そんなにあたしと離れるのが寂しいんですか? ああ、初めての出会いから苦節ウンヶ月、まさかセインさんに離れるのを惜しんでもらえる日がくるとは!」

「……そうだな」


 抑え気味のセインのいらえにミシリーは続ける言葉を見失い、笑い混じりに眺めていた野郎三人(師団長含む)は目を丸くしてセインを見遣った。

 ルドは面白そうな顔でセインを見上げ、注目されたセインは軽く仰け反るようにたじろぎ、ぼそぼそと言い訳めいた言葉を並べた。


「……いや、話しておきたいことがあるんだけど、時間が取れないからどうしたもんかと思ってるだけで。別に寂しいとかではなく」


 その補足にルドは口角を上げ、野郎どもも表情を戻して落ち着き、上げて落とされたミシリーだけが、がっくりと脱力していた。



 エレアザルを発ったのはルドの身体が動くようになるなりすぐ――法力はまだ万全ではない状態――だった。転移陣での移動は原則一日一回だが、『通行人』への負荷ギリギリの距離を見極めての行程が組まれていたため、僅かな移動時間のあとはしっかりとした休養が必要だった。

 ……ちなみに術式を起動・維持させる法術士への配慮はほぼ皆無だった。大神官、穏やかな物腰の割に職権乱用を躊躇わなかった模様である。


 転移陣を渡る時間は体感十歩、実質三刻。一日の中で言えば自由時間の方が長かったのだが、転移以外の時間はほぼ食べて寝てに費やされていたため、腰を据えて話をする状況にはなかった。



「……でもやっぱりスミマセン、真っ先に行かないで礼を欠いたとか言われて痛い目見るのしんどいです……」


 明日の夕方には戻るんでお話は夜でもいいですか、と力なく言うミシリーにセインは頷いた。それからひょいと首を傾げ――俯いているミシリーの顔を覗き込むように背を屈めて声をかける。


「どこ行くんだ?」

「えぇと。大恩あるお姐さんたちの巣窟です。セインさんは連れてけません。ルド君はもっての外だし兄さんは説教始めそうだから却下でバカはとりあえず邪魔」

「あー、そう。……気を付けてな」

「いやぁん、セインさんに気遣われた~! 大丈夫です行ってきます!!」


 いわゆる「裏の世界」の女たちのいるところだと納得してセインは身を起こす。セインとルドの間をすり抜けたミシリーは手を振りながら駆け出し、すぐにその小柄な体躯を建物の影に消した。

 ぼんやりとその後ろ姿を見送りつつ、ミシリーの先の科白せりふの最後で「バカ」と呼ばれたのが自分だと理解しているカイルが肩を落としてぼやいた。


「……限りなく俺の扱い悪いよなー、姉ちゃん……」


 が、慰める者も、笑う者すらいないままアレイクに連れられて兵士宿舎へ収まり、惰眠の中へすとんと落ちたのだった。




  ◆◆◆




 翌日、晴れた夏の昼下がり。

 鍛練場で剣を振るうダシルバ元班長の姿があった。

 打ち合うのはアレイクの同年同期の友人で同僚、アレイク不在の間、第二師団第六大隊グレイズ小隊第五班の班長に着任した男。名をディイと言う。


「だぁあ、アレイク! てめえなんで腕上げてんだよ、ふつー逆だろ落ちるだろ、長期任務で放浪してたらさぁ!?」

「残念だったな、ディイ。連れが手練れなもんでな」

「えぇええ、ずっりぃい! ――おい、派手頭! ちょい俺とも手合せしろや!」

「……えーと、それって俺のことっすかねー……」


 隅っこで見物していたカイルが、派手と言われた黄赤だいだいの髪を引っ張ってみる。いつの間にか伸びていた髪の半分は後頭部で括っているが、下ろしている半分の毛先は鎖骨を過ぎている。

 に、しても。――ミシリーといい、人の扱いというか呼ばわりようがさりげなく酷い。


「俺ちょっと向こうで凹んできていっすかねー」

「こら、どこ行く派手頭。アレイクの監視下から外れんじゃねぇよ」

「えー……、いいよな、アレイク?」


 がっくり脱力しているカイルに、アレイクは苦笑を返すしかない。


「談話室でルドとセインが法術講義やってる。邪魔しなけりゃ置いてくれるだろう」

「うぇーい……」



「――いいのか、アレイク。ひとりで行動させて」


 とぼとぼと去って行くカイルの背を見送りながら、ディイが剣呑な気配を滲ませて問うてくる。再び模擬剣を構えながら、アレイクは軽く肩を竦めてみせた。ディイも向き直り剣を構え、打ち合いを始めたところで口を開く。


「警戒が必要なほど突飛な真似はしないぞ、あいつ。基本的に従順というか、自分の立場を弁えている」


 おバカな言動のせいでミシリーにどつかれることは多いけど、とは心の中で付け足しておく。自分がその突っ込みに参加することが多いのは完全に無視だ。


「まじでか。確かにあの〈鬼〉の凶悪な面影どこ行ったよってくらい凪いでるけど」

「――ディイ」

「あー、はいはい。分かってますよ、ちゃんと。打ち合いながらのこの距離なら他の奴らにゃ聞こえてないって」


 ガンガンと模擬剣が立てる音に紛れさせてディイが際どいことを口にする。アレイクが咎めても小さく舌を出すだけだ。

「……〈鬼〉と派手頭あいつとが分離された(別物扱いの)噂があるの知ってるか? 班長」

「呼び方を改めてくれ、ディイ。今はお前が班長だろ。――噂ってのは?」


 南部三国を股にかけて動いていたオルヴァ一家を斬殺したのは、その末っ子扱いだった『夕焼けの子』――というのがアレイクの知る噂。これはミシリーが齎した情報ののち、軍独自でも確認を取った話の内だ。

 だが、〈鬼〉と『夕焼けの子』が別物扱いの噂、というのは初耳だった。


「いーじゃん、俺が班長ってなんの冗談よって話だし。

 えーっとだな、『夕焼けの子』と顔見知りだった〈鬼〉がオルヴァ一家を潰した、唯一生き残った『夕焼けの子』は贖罪と仇討ちのために追いかけた、ゼフィーアで図らずも王国軍と連携し見事捕縛した、実力を見込まれてゼフィーアに飼われることになった、ってとこだな」


 〈鬼〉=『夕焼けの子カイル』という図式は公にはされていない。公式発表は〈鬼〉がゼフィーア王国王都で捕縛され刑に処された、だけだ。遥か南の国で全滅した盗賊団のことなど関知しない。巷では好き勝手に憶測が飛び交っていたが、軍は一々それらを訂正して回らない。


 一家を知る者は、顔見知りでなければ彼らを不意打つことは困難だろうと言いつつも、末っ子の得物は頭領と同じ双剣であることも知っていて、凶器が大剣と判断された際には首を傾げてもいたという。

 ミシリーが後々零したそれらの情報はなしからすれば、〈鬼〉とカイルを同一視しない噂はむしろ一家を知る者たちにも納得のものだっただろう。


「……悪くない噂だが、最後の『国に飼われる』ってのはなんなんだ」

「今、元班長殿と一緒にユークリッドの姫さんにくっついてることを指してんだろうと思うけどなあ? なんせあの頭だろ、ちょいと外に出りゃ目につくわ」


 確かに〈鬼〉=カイルであれば、〈鬼〉捕縛の報が巡って二月足らずで外を――それもゼフィーア王国の外を――うろちょろしているとは誰も思わない。そこまでゼフィーア王国軍は間抜け扱いをされる謂れはない。

 に、しても噂の精度と速度が妙に高いのはなんなのか。


「……噂ってのはつくづく怖いな」

「アレイクに関する噂もあるんだぜー」


 思わず零した言葉に、ディイはにんまりと笑んで模擬剣を一閃させる。

 僅かに開いた間合いの先、切っ先を構え直すというより突き付けるようにして、


「堅物班長、隣国貴族の姫に惚れ込んで、職位返上で追っかけてった」

「――っ、誰の話だぁああ!!」

「おうわっ、俺じゃない、発信源は俺じゃなあああい!!」


 構えもなにも無しに踏み込み斬り付けてきたアレイクに悲鳴を上げつつ、ディイは飛び退って逃げ始めた。


 堅物の呼び声高いアレイクの御乱行に周囲が驚いたのは一瞬のこと、笑って囃し立てた挙句に追いかけっこに混じる者が出ると、鍛練場はいい年をした男どもの遊技場と化したのだった。




  ◆◆◆




 ――結果、休養日だったはずなのに疲れ果てたアレイク元班長は、のろのろと兵舎へ向かった。扉の無い談話室の入り口、そっと様子を窺えば隅の長椅子にセインとルド、その近くの窓枠に座ったカイルが揃っていた。


 法術講義は終わったのか、主に喋っているのはルドとカイルのようだ。


「……で、お頭がぶち切れて俺も兄貴たちもまとめて拳固」

「えぇえ、カイルさんはともかく、兄貴さんたちって大人だったんでしょう?」

「おー、最年少でも十八になってたんじゃねぇかな。でもお頭にかかったら一括りに『ガキどもがバカやってんじゃねえ!』だから」

「ふふふ、楽しそうですね」

「ああ。――恵まれてるよ、俺は」


 話の区切りを見計らってアレイクは入室した。


「――そろそろ夕食に行こうか」

「あ、アレイクさん。……なんかお疲れですか?」

「ちょーっと色々あってな」


 ほら行くぞ、と促せばセインも静かに席を立つ。

 連れだって少し早目の夕食を摂りに出かける。



 ミシリーが戻ってきたのは、アレイクたちが食堂の卓子に落ち着いた頃だった。


作中のディイ君は、第一章「05.無茶言うな~」が初出。

再び出るとは予想外。←


「シルグルア編」と言いつつ、しばらく居場所はゼフィーアです。

あと数話ゼフィーア滞在にお付き合いください。すみません。

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