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紅の闇  作者: 水無神
第二章 神聖都市エレアザル
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17.避けられぬ力の解放血の呪縛


 セインは眉を顰めながらも『彼』の言葉を待った。向けられた指はセインの首にかかる紅玉を示し、静かに子供の声が紡がれる。


「ひとつ、その“石”をまだ集め続けるつもりがあるか」


 ――その問いには是も否もない。それだけが今の自分セインの存在理由ですらある、と即座に頷く。

 『彼』は紅玉から指を逸らし、しかし倒すことなく次の指を立てる。


「ひとつ、湖の『アレ』を滅するつもりがあるか」


 僅かに逡巡する。手に負えるか定かではない、だが放置できない問題であることは揺るがない。何よりアレは“石”を、それも複数個を所持しているのは間違いない。結局は対峙せざるを得ないし、向き合えばどちらかが消えるしかないのだから、これも頷く。


「ひとつ、私の跡・・・を継ぐつもりがあるか」


 これには怪訝な顔をして首を傾げる。継ぐもなにも、セインは既に家督を得ている。領主業こそ代理を立てたが、どちらにせよこれらの地位なり仕事は代々継がれてきているので今更であろう。

 回答のないセインに『彼』は小さな笑いを落とし、


「私は世界の均衡バランスを保つために創られ、役目を終えて眠りに就いた。あとは緩やかに消滅するのを待つばかり――のはずが、消滅を前に目を覚ました。これは世界が再び歪み出していることの証左。目覚めた以上、私の役目は果たさねばならないけれど、今の私には『力』が振るえない。よってこの血を継承した貴女にその責を任せたい」


 顰め面を戻せない。世界の均衡、創られた存在、永眠した者の目覚め、何もかもが今ひとつ理解に及ばない。

 セインに解ることは、己の負う責任が、またひとつ増えるらしいということだけ。


「愛し子、私の跡を継ぐ気があるならヒペリオンに一度戻ってください」


 その言葉に、セインは険しい表情のまま、重くなっていた口を無理にこじ開ける。

「……なぜ、故郷ヒペリオンに戻る必要が……?」

ここ・・じゃ『力』が使えません」


 ルドの顔でルドが良く浮かべるものに似たにっこり笑顔、しかし鮮やかに赤い瞳だけがそぐわない。

「私がこちらに出てくるだけでも大仕事なのですよ。本来なら自力でを取って対話できるはずのところを、この子の体を借りないと難しいくらいにね」


 大神官が口を開こうとするのを制して『彼』は続ける。視線はぶれることなくセインに注がれたままだ。


「ここでは思うように『力』を使えませんが、ヒペリオンはまだ歪みが少ない。あちらでなら貴女の『呪い』を解呪できます。手間ですけど一度戻っていらっしゃい」

「――解呪、できる?」

「はい。しないことには湖のアレを滅せないでしょう?」


 真剣な表情ではっきりと告げられた内容に、セインは唇を噛み締めて俯いた。

 父も先代の大神官も、今代の大神官にも、セインの『力』の解放はできないと言われた。それを、こうもあっさりと。


「戻りますね、愛し子?」


 押してくる言葉に、ようよう頷く。

 セインの了承を得て、『彼』はおもむろに大神官を振り返る。ルドと同じ柔らかな表情に一片の冷酷さを乗せて、口調は丁寧ながらも命じる色で声を発する。

「社の長、愛し子らがヒペリオンへ戻る手配をお願いできますか。最短で我が許へ彼らを運んでください」

「――仰せのままに、神の子〈アスカ〉」


 一切の疑問を飲み込み、ただ深く一礼して大神官は退出した。

 その背中を見送りながら、『彼』はルドの顔に複雑な表情を描いた。

「やめてくださいって言ったのに……。いっそ『初代』でお願いしようかなぁ……」

「つか、きっちり名乗る気はねーのか?」


 ぼやく言葉にカイルが素っ気ない正論を投げれば、苦笑が返る。

 しかしその軽さに気が向いたのか、すぐに『彼』はカイルを見上げて口を開いた。

黄丹おうにの君の言う通りではありますね。私の名はユークです」


 ようやく与えられた名を飲み込みつつカイルは首を傾げる。どうやら自分を呼んだらしい言葉を受け止め損ねたのだ。


「で、おうって?」

「お・う・に、ね。黄丹の意味は愛し子にどうぞ、私はもう戻りますので」


 くすくすと笑いながら幼い身体をセインの隣に横たえて、『彼』――ユークは、カイルに手を振って見せた。

 静かに赤い瞳が閉じられ、一拍後には穏やかな寝息だけが残る。


 ゆっくりとセインは息を吐く。


 結果的に三つ目の問いに頷いたことが、――救世の魔術士と呼ばれた偉人の跡を継ぐことが、どんな意味を持つのか。


 結局は、遠き故郷へ足を運ばねば、すっきりとはしないらしい。




  ◆◆◆




 ルドの体から『初代ユーク』が去ったことを確認したセインは、くしゃくしゃになっていた掛布を引き上げ寝る体勢に入った。


「って、おい待てコラ。寝るな。説明終わってねーだろバカセイン」

「首と腹が痛いから寝る」

 誰かさんに殴られて蹴られたおかげで、と皮肉を投げて掛布に潜り込めば、容赦なく引っぺがされた。

 横臥したまま睨み上げれば、非常にイイ笑顔のカイルが見下ろしていた。


「ふ・ざ・け・ん・な。恨むなっつっただろぉが。

 ちなみに落とした理由はお前の意識があったら結界にも入らねえし転移陣も通らねえと思ったからだぞ、間違ってたか?」

「……正解、だろうな」


 舌打ちを堪えて応じる。事実として意識が落ちていたから結界に放り込まれ、挙句に転移術を拒むこともできず荷物同然に運ばれてしまったのだ。


「おお、素直。その素直さをもうちょい出して、とりあえず湖のアレの正体を教えろ、見当ついてんだろ」


 イイ笑顔を貼り付けたまま、吐くまで寝かせないと言外に威圧してくる元盗賊に、深い溜息を落としてセインは体を起こした。掛布をルドにしっかりと掛け直してやってから寝台の上に片膝を抱いて座り込み、立てた膝に額を付ける。

 暫くののち、絞り出すような声でひとつの名前を紡いだ。


「……クロッセ」


「どっかで聞いた……」

「セイン、義兄上あにうえ殿の名前だな?」


 ミシリーが思い出すより先にアレイクが辿り着いた。まさか、という驚愕が滲んだ声。セインは静かに肯定する。


「そう。五年前、未浄化の“石”をひとつ道連れに、あの湖に沈んだ」



 クロッセが狂気に魅入られていることを確信したのは五年前。セインが十三になってすぐ、二度目に神聖都市エレアザルの大神殿を訪れたあと。そして、数ヶ月と置かずに結末は来た。

 だが疑いは相当に早い時期から心にきざしていた。

 そう、父が、自分セインひとりに全ての責を負わせてすまない、と謝りながら息を引き取ったときが、すべての始まり。


 遺された言葉の意味を、ずっと考えていた。

 父の葬儀の間も、王都に呼ばれ、家督の相続と領主の代行委任を済ませる間も、故郷を離れ大陸中を旅するようになってからも。

 全ての清算がなぜ自分にだけ託されたのか。

 ――『力がある』として養子とされたはずの義兄クロッセには託さなかったのか。


 恐らく父は、床に伏した頃には気付いていたのだろう。引き取った当時には分からなかった、クロッセの内面の奥底に隠されていた闇に。


 ――ユークリッドの一族はほとんど絶えている。

 直系を名乗るのはセインただ一人、傍系と名乗れるだけの血脈もセインがこの旅に発つ頃にはすべて消え、残ったのは本家の養子となっていたクロッセのみ。

 傍系の血が消えたのは、果たして時の運命さだめだったのか、闇に侵された者の仕業であったのか。


 ぐるぐると考えれば考えるだけ、苦しい現実が突き付けられる。


 恐らくは、クロッセはユークリッド本家に引き取られる前から狂っていたのだ。

 でなければ、引き取られた二年後に跡継ぎセインが生まれるやすぐに『力』を封印し、あまつさえ周囲のれっきとした法術士たちの眼を欺くだけの知識と技術を持ち得ていたはずがないのだから。



「私の『力』を封じたのはクロッセでしかありえない。父どころか、大神官さえ手出しできないほどに覆い隠すことができる術士など他にはいない。

 だから、……私が生まれる前から狂っていたというなら、根が深すぎて祓うこともままならない。それで五年前――私が、斬った」


 不慮の事故などではない。セインがクロッセの腹を薙いだあと、脚を縺れさせたクロッセは湖に落ちた。そうして、そのまま、湖の底に沈んだ――はず、だった。


「クロッセが狂ったのが“石”のせいかどうかは不明だけど、ただ、クロッセは旅に出る前から“石”を持っていたのは間違いないだろう、だからこそ、父は“石”を回収しろと遺したんだと思う。

 なにより、途中で手に入れたのであればさすがに気付けただろうから」

「――あれ? でもお前、“石”の気配が分かるんだよな? なんで……」


 はたと思いついたように、やや論点のずれるところをカイルが突っ込む。

 セインは苦笑を返して話題を転換させた。


「“石”は一族の血液を元に作られた。クロッセは遠縁とはいえ血族だ。だから気配が紛れて感知が難しかった」

「……血液……て」

「“石”ひとつに、血族ひとり」

 首にかかるいくつもの紅玉、ひとつつまんで持ち上げれば連なった全てが引かれるように持ち上がる。鮮やかな紅は鮮血のそれ、比喩ではなくそのものの色である。


 セインが辿る『“石”の気配』は、紅玉の元となった一族の血――正しくは血に含まれる魔力だ。ルドたち法術士が辿るのは『個人の纏う〈光〉』と称する気配だが、それは雰囲気だとか魂だとかの見えない『何か』であって、間違っても個人の『血』を感知・識別する訳ではない。


「大きさの差は年齢――というより体格、すなわち血液の総量と、保有魔力の量に比例する。といっても、当時の一族に保有魔力の差はほとんどなかったはずだから、実質血液量の差によるか」

「うえぇぇ……と」


 気色悪い、を隠さずに顔に浮かべるミシリーに、いっそ冷ややかなほど凪いだ笑みを向ける。


「ひとりの血液すべてを凝縮して凝固させて、出来上がるのがこの紅玉いしひとつ」


 抓んだ指を放して胸元に落ちるそれは三十二個――ひとつはルドが持ったままなので――の連なり。遺された記録に拠れば創り出されたのは三十九個。

 すなわち。


「――三十九人の、一族の命そのものだよ」


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