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紅の闇  作者: 水無神
第二章 神聖都市エレアザル
34/90

14.白昼に夢幻か滲む闇


「例の湖って、アレかぁ? マジででかいな~」


 ゆるい坂を登り切ったところで足を止めたカイルが、両手を腰に感嘆を漏らす。数歩遅れてアレイクとミシリーが並び、同じく息を吐く。続いて今日は自分の足で歩いていたルドが坂の上に立った。


 空の青は濃く鮮やかに、渡る風は夏の盛りへと向かって熱気を帯び、午後の光は容赦なく一行をいている。

 彼らの遥か前方に臨むのは濃い緑に縁取られた青緑の湖面。後方になだらかな稜線を描く山々を従えて悠然と豊かな水を湛える湖は日差しを受けまぶしいほどに輝いている。

 縁取る森の更に外周にぽつぽつと見え隠れする茶色いものは板葺の屋根、人里を示している。成程、湖に遠すぎず近すぎず、水の恵みと森の恵みとを享受できる立地と言えた。


 ルドから一歩遅れて隣に立ち止まったセインだけが、暗い瞳で湖を見遣った。


「……今日は辿り着かないな。手前の村で泊まる算段をしよう」


 冴えない気分をいつもの無表情の下に隠したセインの言葉に、それぞれに歩き出しながら能天気な声が流れ出す。


「ちなみに姉ちゃん、あの辺の村に関しての情報は?」

「だぁから名前呼びを特別許可してやってんでしょうが学習しろよッ。

 注意事項は特になし、最寄りの神殿は湖の向こうで、一番近い集落は宿と呼べるモノはなさそうなんで、村長とか有力者の家を頼るしかないかな」


 相も変わらずカイルを一息に叩いてミシリーは肩を竦める。


「お前らなぁ……もうちょっとどうにかならんのか……」

 アレイクの溜息は生温く澱んだ風にさらわれていった。




  ◆◆◆




 神聖都市エレアザルの大神殿の客殿に、セイン一行は結局数日の足止めを喰らった。セインが“石”を回収・浄化し、ルドたちと合流した日の夜半過ぎ、雨が降り出したのだ。

 土砂降りというほどではなかったが断続的に降り続く雨に、女子供ミシリーとルドの徒歩旅は厳し過ぎると判断、大神官の厚意に甘えて客間を陣取って雨をやり過ごすことにした。



 足止めされた日、深更。


 声にならない悲鳴を上げて目覚めるのは珍しくない。

 全身に冷えた汗を感じてセインは仰臥したまま静かに息を吐く。

 僅かに手を動かせば触れる温もりはルドのもの。

 小さな温もりに縋り付くようにして夢の残滓を振り払う。


 ほんの数日、ルドから離れていた夜は夢を見る間もない浅く短い睡眠を断続的に繰り返していた。ようやく近くに温もりが戻ったと思えば、深い眠りの底で見たくもない夢を見る。


 ――どうしようもない、な。


 自嘲の溜息とともにセインはゆっくりと寝台を降りた。

 夜着の肩に外套を引っ掛けて、居間を抜けて回廊を歩く。

 客殿の端まで来て、セインは回廊から庭に続いている階段の一番上段、辛うじて回廊の屋根が差し掛かっている範囲に腰を下ろした。


 ――あと、六つ。


 ミシリーと出会った廃坑で“石”を見つけたのは春まだ浅い紺月コンゲツ上旬、それからまだ三月と少ししか経っていない。これほどの短期間で四つもの“石”を回収したことはかつてなかった。――その前の半年ばかりは無収穫だったので、均せば大騒ぎするほどのことではないにせよ。


 増えた分だけ、紅玉が胸元にかかる位置は下がった。

 ひんやりとした感触を無意識になぞる。


 ――あと六つ。


 ばらばらと降る雨の闇夜の向こう、意識を西に向ける。触れる気配は複数、一塊ひとかたまりのまま動かない。

 一つ所に固まっているいくつもの“石”、西の湖、魔が湧くという噂。

 ぼんやりと符号を並べては辿り着く忌まわしい予測に首を振る。



 どれほどそうしていたのか、セインは身近に聞こえた衣擦れの音に肩を跳ね上げた。


「――おはようございます、ユークリッド様」

「大神官、サマ。おはようございます……?」

 階段に座り込んでいたセインの斜め後ろ、すぐ近くに立っていたのは隙なく法衣ローブを身に着け、その位を示す刺繍の入った帽子を被った大神官だった。

 まだ真っ暗だけどもう朝だっけ、という疑問符付きのセインの挨拶に、大神官は小さく苦笑を零して時刻を告げる。


「もうじき三ノ刻さんのときです。朝の勤めがある者は起き出す時間ですよ」

「ああ……、そんな時間になりますか。すみません、部屋に戻ります」

「ユークリッド様。なにか……ございましたか? お顔の色が優れないようですが」


 立ち上がったセインの顔を覗き込むようにして大神官が問うてきた。セインはゆるく首を振って立ち去ろうとし――ふと考え付いて足を止めて大神官を振り返った。


「ミナトゥス様、雨が降っている間に少し、お時間をいただけませんか?」




  ◆◆◆




 晴れ間が覗くなりエレアザルを発って西に数日、一行は噂の湖へと向かっていた。



「……なんだか懐かしい感じ」

「ルドー、お前のとしで『懐かしい』とか言うなー。兄ちゃんの立場がねぇわー」

「に、兄ちゃん……」


 一夜の宿を頼んだ集落を発ってしばらく、鬱蒼とした森の中の小道を歩きながらぽつりとルドが零した言葉に、即座に突っ込んだのはカイルだ。

 カイルの『自称・兄ちゃん』発言に思わずたじろいだルドのすぐ隣から、素っ気ない声が響く。


「おっさんで充分よ、夕焼け頭のおっさん」

「ちょ、姉ちゃん、改めミシリー! 俺まだ若い!! まだ二十歳はたち――じゃねぇか、記憶吹っ飛ばしてる間に年越えてたから二十一か。……でもまだ若いから!」

「おっさん確定かくてー。二十越えたらおっさんよぉ」

「アレイクのことは『兄さん』呼びの奴がなにを言う!?」

「兄さんは紳士だものー、おっさんとは別のイキモノよー?」

「アレイクー! なんとか言ってくれー!!」


 ミシリーの暴言にカイルはアレイクに助けを求めたが、アレイクはどこか遠い目をして、

「ルドの父親に間違われたときに色々諦めたから今更擁護されても縋られても知らん」

「あああ、諦めるなぁあああ!!」


 悟りを啓いたアレイクにカイルは絶叫し、ついでにアレイクの襟首をひっつかんでガクガク揺すりだした。

「ルドの、父親?」

 騒ぎを後目しりめに、セインが別のところに引っ掛かりを覚えて繰り返すと、ルドが満面の笑みで振り返ってきた。隣でミシリーも思い出し笑いを堪えている。


「あ、話してなかったっけー?」

「いや、ルド、話さなくていい。

 あー。懐かしいってのは? 来たことがあるのか、この森に」


 瞳をキラキラさせて事の顛末を語ろうとするルドを、カイルの手から逃れてきたアレイクがやや焦り気味に制した。

 セインは片眉を上げて消化不良の意を示したが、取り敢えず追及は控えた。ルドが応じるのに耳を傾ける。


「ない、はずですけど、えっと、森の雰囲気? が、来たことがあるような感じです」


 ルドの言葉を受けてミシリーは周囲をぐるりと見回した。


 みっしりと立ち並ぶのは太い幹の広葉樹を主体とした木々、生い茂る葉は夏らしく濃い緑が鮮やかだ。木漏れ日を拾って育つ下生えも勢いがあり、いくつか白や黄色の淡い花を咲かせているものもある。

 一通り確認し、ゼフィーア王国生まれ王都近郊育ち行動半径は王都から徒歩八日いっしゅうかん以内で過ごしてきたミシリーは小首を傾げた。


「どこでもこんなもんじゃない?」

「ミシリー……。認識が雑すぎないか、それでよく遺跡探索とかやれていたな?」

「なぁによう」


 突っ込んだのはアレイクだ。唇を尖らせるミシリーを宥めるように穏やかに笑む。生まれ育ちと行動範囲はほぼミシリーと同じだが、学んで来たものの差が如実にある。

 微妙な沈黙は数歩先んじていたセインが肩越しに投げた言葉ですぐに途切れた。

「ゼフィーアや東隣のスカリア王国は針葉樹の森が多かったけど、メルス中央部このあたりルドの住んでいた森(クラフィクター公国)とほぼ同じ気候帯だから、そっちと植生が似てるんだ」

「あ、そういうことかぁ。そっか、しばらく北部巡りしてたから」


 なっとくー、と明るい声が小道に転がる。

 一瞬前の不機嫌を忘れたミシリーが「それにしても」と会話を再開させた。

「こんな森の中やら水辺やらに“石”が流れ着くこともあるのねー」

「あは。ミシリーさんと会ったのは山の中でしたしねぇ」


 セインに説教をしたミシリーの勢いを思い出してくすくすと笑うルドと、セインに剣を突き付けられた初対面を思い出して悲哀の表情を浮かべたミシリーと。もう一人の当事者であるセインは知らぬ顔だ。

 が、思い悩まないのがミシリーである。さっさと表情を戻すと、ルドの顔を覗き込んでくる。


「そうそう、あれって不思議だったんだけど、なんで山ン中で、しかも坑道の隠し部屋に埋もれてたりした訳?」

「さあ? 時々意味不明なところから出土するんですよね、アレ。無造作に山の中に転がってて狐に咥えられて逃げられて追いかけっこしたのもいい思い出で」


 途中からルドの眼がどんよりと曇った。

 ミシリーが名前を呼ぶが反応しない。

 数歩先んじていたセインが、半眼でルドを振り返る。


「……豪勢な晩飯にありつけて喜んでたろ」

「うん。おいしかった。毛皮が高値で売れたのもありがたかったね」

「なんか野性味溢れる会話が聞こえるなー」

 数年来の連れふたりの会話に、能天気カイルが割って入った。


「ゼフィーアの王都に行くまではずっとそんな旅だったんですよぉ」

「ルド、お前、苦労してんだなああぁ」

「……私の苦労は」

「とりあえず棚上げ」


 チッ、と小さく舌打ちをしてセインは足を踏み出し、――その気配に再び足を止めた。



 セインが足を止めたのにつられてアレイクたちも歩みを止める。数歩先の空間を凝視して固まるセインに怪訝な視線を投げ、セインの視線を追って林道の先を見て――彼らも身を固くした。


 小道に根を張りだした大樹の根元近くに現れていたのは、ゆらゆらと陽炎のように揺らいでいる黒い靄。


 皆が息を詰めて見ている先で、靄はやはりゆらゆらと不安定な状態で、しかし徐々に濃度を上げて行く。輪郭の曖昧な漆黒の靄となったところで、それは揺らぎを止めた。

 昼前の明るい陽射しは木々に遮られて林道自体はやや薄暗いが、前方からは時折湖面の輝きが届く。


 その光の中、まるで布を裏返すようにして靄の中から現れたのは、若い男、だった


ちなみにタイトルの「夢幻」は「ゆめまぼろし」で読んでください。

「むげん」だと語呂が合わないのです。…どうでもいい?

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