13.鈍色の空を見上げし幼き日
「『魔力』って法力とは別物なんですか?」
「ああ。つっても厳密な違いははっきりしないけどな」
「ええぇ、そんな扱い!?」
ルドとアレイクが出て行くなりセインはだらけた。ぽぽいと沓を脱ぎ捨て足を長椅子に乗せると、同じ長椅子に座るミシリーを蹴らない程度に寝転がったのだ。
長椅子の端に詰めてやってから、ミシリーはセインに質問を投げた。ミシリーはセインのことを、基本的に無愛想だが寡黙ではない、と見ている。応じたくない話題には無視をもって返されるが、そうでなければいっそ饒舌だ、と。
今も、だらけた姿勢のままながら滔々と語り始める。
ユークリッドの一族が継ぐ『魔力』は魔物から奪った力を源にしている、と言われる。しかしその始祖、神の子〈アスカ〉が魔物から力を奪う際に行使したそもそもの『力』は、『法力』でしかありえない。
よって、神の力と魔の力と。相反するふたつの『力』を縒り合わせひとつの『力』としたものを、神の子〈アスカ〉の血脈は継いでいると伝えられている。
が。
「さっき、義兄は法力が強かったんだろうと言ったろ? 先代の大神官の見立てでも純粋な法力とは異質に感じられるモノを保有しているとは言われたけど、実際は『魔の力』がどんなものか、魔が祓われてしまった今となっては分からないからな」
小さく肩を竦めて見せる。
「私の場合、『力』が内に籠り過ぎて先の大神官には『法力らしきモノの欠片しか感知できない』と匙を投げられた。だから実は私も法力があるだけなのかもしれない。
私が血と“石”を媒介にして行使できる術は極限られた範囲の法術だし。違いと言えば、術発動時の光が法術士のは白いのに対して、私のは血を使うからか赤い、くらいか。
――ただ、私が決定的に法術士と違うのは、法術の効果を無視できること。名ばかりと揶揄されながらも堂々と『ユークリッド』を名乗れる根拠のひとつだ」
ミシリーが眉尻を下げるのに苦笑して、セインは言葉を探す。
「前にルドの結界に閉じ込められたよな? あれは『入れるのはルドが個人を認識している者のみ、ただし一切出られない』という制限になっていた。けど、私の『力』はその制限を無効化する――私は制約を無視して出入りが可能だ」
「……セインさんは出入り不可、って狭い制限だったら?」
「無効だ。法術による障壁は私には障壁にならない。私の進路を塞ぎたかったら、戸板を立てるか溝でも掘った方が有効だな」
ふぅむと呟いたミシリーが腕を組んで話を咀嚼する隙を突いて、カイルが「治癒術とかは?」と問いかけてきた。
長椅子の肘掛に乗せた頭を仰け反らせるようにしてカイルに一瞥をくれると、まっすぐセインを――その身体に隠れている右手を見ていると思われる夕日色の視線にぶつかった。今は丁寧に包帯が巻かれた、浄化の術を使うためにセインが自身で切った右手。
頭を戻して、言葉だけを後ろに放る。
「基本的には有効だ。昔、色々有効範囲を実験してみたけど、結論は『私の意思に反することには作用しない』だ」
ひらりと右手を振り上げて見せて、自分の意思で治癒をしていないのだと明示する。
「ん、分かった。覚えとく」
あまりに簡単に飲み込んだらしいカイルの表情はセインには知れないが、敢えて深く確認や突っ込みはしなかった。
視野に居るもう一方の話し相手は、話をなんとか咀嚼して飲み込んだものの消化不良らしい、人差し指を顎に当てて難しい顔で宙を睨んでいた。
「……えーと、制限無視ってフツーじゃないんですね?」
「ない。――今朝、大神官謹製の厳重な結界を素通りして見せて、上位神官共を驚愕と不可解と理不尽の混沌に叩き落としてやったから、興味があれば誰かしら聞いてみたらいい」
「あ、遠慮します。お話より先に善悪のお説教とか喰らいそうでヤです」
ミシリーは、きぱっと拒否して次の疑問を言葉にした。
「ちょっと戻って、セインさんの『力』が籠ってるってのは?」
「――封印の術式がかけられているというのが、両親を始め法術士の一致した意見だけど、解呪はできないとこれまた前の大神官は匙を投げた。
ああ、今代の大神官には見立てて貰ってないな、あとで訊いてみるか」
思うところはあるがそれは伏せ、曖昧に一部の事実だけを放る。最後にややおどけたような一言を付け足せば、ミシリーはそちらに喰い付いた。
「確認は明日の出がけにさらっととかにしてくださいね? 今はあたしに付き合ってくださいね?」
ミシリーが拳を握って前のめりに言い寄る。
追及されなかったのはいいが妙な勢いで迫られ、物凄く胡乱な眼でセインはミシリーを見た。対するミシリーは揺るがない。蒼天の瞳を輝かせて言葉を接ぐ。
「とりあえずお喋りしましょう、お喋りしてください」
「……」
セインが黙り込んだところで苦笑混じりの声が降る。
「なにを喋らせたいんだよ、姉ちゃん」
「その呼び方やめろっつってんのよ脳ミソ腐ってんのバカなの?
内容不問ですセインさんの美声を三日も聞けなかったんで餓えてるだけですじっくり堪能させてください!」
「……呪文を延々詠唱するのでもいいか」
一息にカイルを潰して一息に要求を突き付けるミシリー。
創世記の暗唱もできるが、一応は物語である創世記だと歌代わりに聞き惚れられそうだ、とセインは敢えて呪文を提示した。
「え、いや、できれば理解可能なお話でお願いします」
ミシリーもさすがに頬を引き攣らせて抵抗する。その反応が、かつてのルドと対照的で、ふとセインは目を細めた。
「――ルドは呪文でもいいって言ったなぁ」
「は? ルド君?」
「一緒になった最初の頃、しばらくな。眠れないって言って、子守唄代わりに散々『お話』をさせられた。ルドが創世記を覚えたのはその時だろうな」
◆◆◆
不可解な事象も、気のせいか聖地のせいということで早々に割り切ったルドは、当事者たる自分より怪訝な顔をしているアレイクを促して聖堂を後にする。
ルドの歩調に合わせてゆったりと歩くアレイクがぽつりと問いかけてきたのは、客殿までの道程を半分ほど過ぎた所だった。
「……お前『五人兄妹弟だった』と言っていたな?」
「はい」
「あー、その兄妹弟や親御さんは……いや、しんどかったら話さなくていい」
アレイクを仰ぎ見れば、精悍な顔を決まりの悪そうに歪めていた。
その表情でルドは理解する。先刻ルドが、五人兄妹弟だった、と話したとき。ミシリーが詮索しようとしたことにアレイクは気付き、敢えて遮って元の話題に誘導したのだ、と。それでも気掛かりではあるから聞けるものならと切り出してきた、と。
――ゆっくりと、当時を思い出す。
今なお小さな体は、より小さく弱く、ただセインに縋り付くしかできなかった。大切な者たちとは永劫に切り離され、残ったのは臆病で薄情で我儘な子供がひとり。
微かに自嘲の笑みを口元に浮かべて、ルドは言の葉を落とした。
「……僕は、みんなを置き去りにして、逃げ出したんです」
◆◆◆
「そういえば、ふたりの出会いって……?」
セインの言葉に触発されてか、ミシリーの質問がセイン自身のことから僅かに逸れた。
「……小さき者〈エラス・ソルア〉は深い森の奥に部族単位で集落を築き、密やかに生活する種族だという。ルドはクラフィクター公国の西に広がる大森林に里を置いていた部族の生まれだった。
その森の中で、四年前の白月の終わりに出会った。私は“石”を追って森の奥に入り、回収してから血の臭いに気付いた」
目線を天井へ彷徨わせて過去を描く。
「最末期の“石”の持ち主が通り過ぎたあとだった。完全に正気が飛んでて、道も何も無視して目的地まで一切の障害を無視して直進する、って動き方だったらしい。森の深部にあった里を通り過ぎざま――」
言葉尻を濁らせたセインに、ミシリーは黙って頷いた。セインは相変わらず虚空を眺めているので見えていないかもしれないが、気配は伝わるだろうと黙ったまま耳を傾け続ける。
「あの日、ルドは薬草摘みだかで一人で森に入っていたらしい。里の異常に気付いて戻ったときには惨事は終わっていて……耐えられずに里に背を向けて森をでたらめに走って、力尽きたところで私と遭遇した」
思い出すのは昼なお暗い森の、夕暮れ時の陰気な気配と鼻を突く鉄錆の臭気。
森の深部で、血みどろの少女は蒼白な顔をした幼子と邂逅する。
こそとも動かぬ幼子はなにも映さない虚ろな瞳で、木々の合間に透ける鈍色の空をただ見上げていた。
◆◆◆
「ただいま~」
軽い声音と足取りで部屋に入ってきたのはルド、数歩遅れてアレイクが戻ってくる。
出迎えたミシリーの瞳が、ルドを捉えて一瞬揺れた。揺れた瞳と真正面からかち合ったルドが足を止め、きょとんと見返す。
「どうかしました? セインがまた我儘でも言いました?」
「また、ってなんだ。いつ私が我儘言ったよ」
「それとも屁理屈ですか? ミシリーさんの持論を貫いていいんですよ?」
ミシリーの挙動不審の原因はセイン、というのは確定扱いだ。
違う違う、と両手と頭を振るミシリーの隣で、だらけた姿勢から起き上がったセインがルドを半眼で睨んで低い声を出す。
「……ルド」
「なにやったのセイン」
「……お前の」
「僕?」
「お前が、昔、私に喉が枯れるまで喋らせたって話をしてただけだ」
その断片だけでルドは話を理解した。苦笑というよりは呆れた笑みを淡く浮かべる。
「……こっちでもしてたの」
ルドの返事に、居残り組の三人が同時に首を傾げた。
カイルが椅子を占領しているのでその背後の壁に寄りかかりながら、アレイクも苦笑を零した。
「俺も聞いたんだよ、ルドの身の上。主にセインとの出会い前後。セインが常識の斜め上をぶっ飛んでるってのを再認識させられた」
「……ルド、なにを喋った」
「ありのままそのまま飾らず全部」
アレイクの話にルドを改めて睨むが、セインの目付きの悪さなど見慣れ切っているルドは涼しい顔だ。さらりと言い切ると、苦虫を噛み潰して味わっているセインの隣に腰を下ろした。
いつでもすぐそばに感じるこの温もりが、今生きていることの、すべて。




