12.祈る声光か闇か応ず声
「11.お年頃~」からモロつながっています。
半端なところで「幕間」を間に入れてしまいまして…すみません。
朗々としたセインの暗唱が途絶えると、室内はしんと静まり返った。
「……創世記、の、続き?」
昨日、ルドが暗唱したものに似た印象の韻律にミシリーがそう呟けば、セインが頷いて詩の内容を補足する。
「創世の昔、神はヒトに四つの種族を設けた。一般に『人』と呼ばれているのは――要は、ミシリーたちは広野に生まれた聖寵の者〈ディ・エンファ〉だ。
そして、ルドは、森に置かれた小さき者〈エラス・ソルア〉の子」
「種族……って、本当に存在してたんだなぁ」
はあ、と驚嘆か感嘆か読めない息を落としてカイルがルドを見る。
ルドはやや居心地が悪そうな顔をしてアレイクの腹から手を解き、しかし長椅子に戻ることもせずにその場に立ち尽くした。
「黙ってて、子供のフリしてて、すみませんでした」
『いや、子供らしくはなかったけど』
恐る恐る、ルドが謝罪をすれば、きれいな三重奏でがっつりダメ出しされた。
「えぇえ~。駄目でしたかぁ? 無駄にちょこまか動いてみたり舌を噛みながら喋ったりしてたんですけど~」
いつもの拙い滑舌を心掛けて上目遣いになってみたが、三人三様の苦笑を返されただけだった。
「喋り方だけ舌足らずを装ってもダーメ」
「まさに『無駄』だったなぁ」
「まあ、十三ってのはさすがに驚いたけどな」
ごまかしに頭を掻くルドを見て三人が明るく笑う。セインだけはただ黙ってその遣り取りを眺めていた。
ひとしきり笑ったミシリーが、ふとなにかを思い出したように固まった。
「……あれぇ? セインさん?」
「なに」
「さっきの創世記、四種族をまとめて『神の子』って言った気がしますけど……?」
セインさんの声で聴いたので刷り込みは良い筈なのですが聞き間違い? と場の全員が若干引くような問い方をする。
セインも一瞬口元を引き攣らせたが、すぐに身を捩ってミシリーに向き合い、やや言葉を考えながら問いに応じた。
「あ――、『神の子らは世界を謳歌せり』な。神がその手で創ったって言うから、『神の子』であってるだろ」
「いやいやいや、セインさんのご先祖が『神の子』ですよね?」
納得しないミシリーの言葉に、セインは「うーん」と唸って天井を見上げる。
「ちょっと特殊な位置付けなんだよなぁ、神の子〈アスカ〉って。
一千年前に神が新たに下ろした五つ目の種族って言われてるけど、根拠は薄い。
周囲の人間が初代を祀り上げるために単一種族にしたとか、実は本人がそう名乗ったとか、謂れは色々。真実は歴史に埋没して、それこそ『魔の最も古き者』でも呼び出して聞き出さなきゃ分からない」
ミシリーが頭を抱えて呻いた。
「……偉業を成した存在を只の人とは呼びたくなくて、それっぽく祀り上げて飾り立てた挙句の称号が『神の子』になった、とでも言えばいいか?」
「あ、なんとなく納得」
セインのざっくりしたまとめでミシリーは顔を上げた。
「でもまぁ、聖寵の者〈ディ・エンファ〉ではなかったんだろうな」
「お? 確信あり?」
「聖寵の者〈ディ・エンファ〉の法力は遺伝しない、にも拘らずユークリッドは代々同質の力を受け継ぐ」
「……メドリング殿も『遺伝しない』云々は言っていたな。どういうことだ?」
上位神官は任地周辺の子供たちから有望な者を見出すのも仕事だが、そういうものだ、という刷り込みが先にあって根本的な理由はアレイクも知らない。興味深そうに話題を広げてくるアレイクに、セインは首を回して話を続けた。
「そのままの意味なんだけど……そうだな、大神官が同じく上位神官の伴侶を迎えて子を成したとして、その子が法力を持つかと言えば、可能性はある、としか言えない。
逆に、アレイクもミシリーも法力を持ってないけど、二人の子が大神官並みの法力を持って生まれる可能性もある」
唐突に解説に組み込まれたミシリーが、ぎょっとした顔でセインの腕にしがみ付いた。
「ちょ、セインさんっ。妙な喩えは止めてください」
「別にカイルとの子でも同じだけど?
聖寵の者〈ディ・エンファ〉は突然変異的に法力を持ち、法術士としての在り方は一代限りになる。だから常に法術士たちは次代の法術士となり得る者を探している。
一方で他の三種族は遺伝でしか法力を継がないという。――現状、他の三種族はほぼ絶えたと言われているから古い伝承によるけど」
セインがルドを見遣れば、ルドは小首を傾げつつ話を補強する。
「えーと、同性の子だけが継ぐみたい。うちの場合は父さんが法力持ちで、五人兄妹弟の妹ふたりは法力無かったの。よそもそうで、両親とも法力持ちだと子供はみんな法力持ちだったし」
ミシリーがなにかを言いかけたが、それより先にアレイクが口を開いた。
「成程、ユークリッド家も代々力を継いでいる、というからには純粋な聖寵の者〈ディ・エンファ〉ではありえないってことだな」
「そゆこと。初代はシルグルアに落ち着いて、聖寵の者〈ディ・エンファ〉の女性を妻にして子を成した。以来数百年、基本的に一番強く『魔力』を顕した子が家を継いできた。ただ、聖寵の者〈ディ・エンファ〉と婚姻するからか、時々、魔力ではなく法力に突出した者が出る」
「ふうん?」
「義兄は傍流の末裔で、『力』が強いからって本家に引き取られたけど、実際は『法力』が強大だったみたいだ。大神官にもなれるって持て囃されたくらいの実力者だったよ」
「ああ、義兄上殿……。そういえば亡くなられたのはエレアザルの近くだったよな。墓……は、無いんだったか」
何気なく言ったアレイクに、セインがちらりと眼を遣る。アレイクはすぐに失言だった、と片手を上げて詫びを入れた。
と、重くなりかけた空気を軽くした上に馬鹿らしくさせる能天気な声が響いた。
「セイーン、だいぶ話を巻き戻すけど、『魔の最も古き者』ってあれか、魔王様の別名であってるか」
「あー、あってるあってる」
どうでもいい脱線に、セインの態度がおざなりに変わる。カイルは気にしない。子供のような好奇心いっぱいの瞳で茶卓越しにセインを覗き込んでくる。
「呼べんの?」
「無理だろ。実在するかも知らねぇよ」
「なんだよー、救世の魔術士様の子孫だろぉ、呼べよー」
「うっさい」
「セイン」
「なぁんだよ」
「僕ちょっとお参り行ってきたい」
「――ああ?」
対カイルの状態で応じてしまったが、名を呼んだのはルドだった。眉根を寄せるセインに、ルドはにっこり笑顔で言い切った。
「滅多に来ない神殿だし。しかも最上位の大神殿だし。聖堂を覗いてきたい」
「……私は行かない」
「いいよー。アレイクさんかカイルさんにお願いするもん」
「あたしは選択肢外ですかー……」
「です。セインのお守りをお願いします」
「あ、了解」
「ざけんな」
ルドの二択にがっくり肩を落としたミシリーだが、続くお守り依頼にニヤリと応じた。セインの突っ込みは二人して聞こえない振りだ。
軽妙な遣り取りに小さく笑ったアレイクが椅子から立ち上がってルドに声をかけた。
「俺が行こう。カイルは女二人の護衛な」
「へーい」
「むしろこいつが居た方が危ないんじゃないの……」
「姉ちゃん、そいつは言わねぇお約束ってヤツだ」
ミシリーがカイルを半眼で睨みつけるが、やはり気にしないカイルである。
「否定しろ、阿呆」
「自分に正直に生きてます」
「……間違いは起こすなよ」
「大丈夫~」
アレイクの釘に手を振って応じて、カイルは空いた椅子に移動した。
◆◆◆
アレイクはルドの歩調に合わせて複数あるという聖堂の、自分たちが立ち入れる所を目指した。すれ違う神官たちに道順を訊きながら辿り着いた聖堂は、大神殿の敷地の外れに位置していた。
両開きの扉は二枚とも開け放たれ、出入りが自由であることを示されているので遠慮なく入る。外れの聖堂でありながら広々とした内部の、中央を貫いて敷かれた毛足の短い絨毯は祭壇への通路、その両脇に直角になるように敷かれた厚手の絨毯は跪拝用のもの。
「――誰もいないな。部外者向けで今は礼拝者がいないだけか、よほど高位の者向けで滅多に人が寄らないか……俺たちの立ち位置だと微妙だな」
昼食の際には既にアレイクたちの扱いが大神官預かりになっていると周知されていた。道を尋ねた神官たちも心得ている風だったが果たして。
扉脇の壁に凭れるようにしてアレイクが呟く。
ルドはさっさと絨毯を踏んで祭壇前に立っていたが、静寂に満たされた堂内では小さな呟きも良く響く。アレイクの言葉を拾って振り返った。
「どっちでもいいですよぉ。神官さんたちに邪魔されずに静かにお祈りできるなら儲けもんです」
――神官を『邪魔』とか。『儲けもん』とか。
「ルドの物言いは時々黒いな……」
「口の悪い保護者と四年近く一緒にいるからしょうがないですねー」
アレイクの嘆きに、ルドはにっこり笑って責任をセインへ丸投げする。
呆れを含んだアレイクの苦笑を置き去りにして、ルドは祭壇前に膝を折り胸の前で手を組んだ。
口の中で祝福の呪を呟きながら深く祈りを捧げ、無心に近くなったところで――ルドはその声を聞いた。
――……愛し……連れ……、おね……りま――――
「ふえっ!?」
「どうした、ルド!」
ルドが突然奇声を上げて祈りの姿勢を壊したのを見てアレイクが駆け寄るが、ルドはきょろきょろと辺りを見回すばかりで返事をしない。
「ルド?」
「あ……、えと、なんだろう今の……」
言いつつ周囲を再度見回す。しかし、ルドとアレイク以外誰もいない静謐な空間には異常はなにも見受けられない。
「ルド、どうした?」
「んー……、なにか聞こえたような気が、したんですけど……」
「……神託、とか?」
場は大神殿の聖堂、状況は法術士が祈りを捧げている最中。まさか、という思いながらもアレイクが問うが、ルドは眉根をギュッと寄せて首を傾げた。
「…………ない、と思います。なんだか妙に軽い感じだったので……」
ルドの言葉に、聖堂の奥深くで苦笑する響きが落ちたが、ルドもアレイクもそれには気付かないまま、聖堂を後にした。




