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紅の闇  作者: 水無神
第二章 神聖都市エレアザル
30/90

11.お年頃取扱いには要注意


「そういやセイン、駆け付けるのがえらく早かったな? 大神官サマに聞いた風でもなかったけど、なんで分かった?」



 大神官の言葉に甘えて昼食を貰い、セインが滞在していた客間の並び三室に荷物を放り込んで――ルドはセインと相部屋予定――現在、セインの部屋の居間部分に全員が落ち着いている。

 セインから預かっていた外套その他の荷物を返しながら、今更だけど、と疑問を投げてきたのはカイルで、セインは荷物を外套に包んで茶卓に放ると簡潔に答えた。


「ああ、――ルドの気配が」

「え、分かるもんなの、そんなの。ってかルド君限定!?」

「限定」


 素っ気ないセインの態度に愛情の差を嘆きつつ、それまで壁際に立っていたミシリーが寄って来る。長椅子に居たセインがさっと端に身を寄せて躱すと、同じ長椅子のルドを挟んだ反対側に腰を下ろした。

 ささやかな攻防を苦笑ながらに見守っていたルドが、そっと呟く。


「正確には、僕が持ってる“石”の気配、だよね」

「んー」

「ルドが持ってる?」


 素知らぬ顔で視線を泳がせるセインの向こう、寝室の文机から取ってきた椅子に座っていたアレイクが首を傾げた。

 ルドは頷いて襟元に手を突っ込む。服の下から抜き出したのは布を裂いて編んだ紐、その先に小さな巾着袋がある。

 袋を開けてルドの掌に乗ったのは――小さな紅玉。


 椅子から腰を上げて覗き込んでいたアレイクが一瞬目を見開いた。


「意外だな……。いくら浄化されていると言っても、ルドに“石”を持たせるとは」

「あー、迷子防止に。“石”の気配は浄化済みでも追えるから」

 答えるセインの隣でルドも頷いて見せる。

「これを預かっているから、今回、どうせすぐ戻ってくるなって思えたんです。まあ、セインがひとりで無理無茶無謀をしないかっていう心配はしたけど」


 ルドが、じとっとセインを睨む。ぐ、と一瞬言葉を詰まらせたセインは、ゆっくりと息を吐くと、小さな声で詫びを入れた。


「……悪かった」

「セイン、悪いって言うけどそれが反省になってないし改善にも繋がらないでしょ。いい加減覚えようよ。ミシリーさんにまた・・教えてもらわなきゃダメ?」


 だがルドはセインの謝罪を簡単には受け入れなかった。


 かつてミシリーに「『ごめんなさい』と『ありがとう』は忘れちゃいけない間違えちゃいけない」と厳しく突っ込まれて以来、セインは少しだけ謝罪と感謝に関して素直になった。――本当に、ほんの少しだけ、だが。

 そんな実績を盾にセインへ反省と改善を迫ると、セインは盛大に顔を顰めてそっぽを向いてしまった。


 と、自分のことが話題に出ても黙ってルドの手元の紅玉を見ていたミシリーが、ひょいとルドの顔を覗き込んだ。


「ルド君がセインさんの気配を辿れるのも紅玉コレのおかげ?」

「あ、いいえ、僕はセインの気配そのものを辿れます。ミシリーさんたちの気配も分かりますよ。ちゃんと相手を認識していれば大丈夫です」

「うわぉ、便利ね~」

「えーと、持たせててダイジョブなもんなのか?」


 茶卓を挟んだ向こう側、床に直に座り込んで茶卓に頬杖を突いていたカイルも声をかけてくる。

 自身が無自覚ながら“石”に取り込まれた経験からだろう、やや警戒する響きの声だ。答えるルドはいつもの穏やかな笑みを浮かべる。


「綺麗な紅色をしている間は大丈夫だそうですよ。徐々に濁るだろうってセインは言ってたんですけど……どれだけ経っても変色しないよね、セインが傍にいるから?」

「かもな。父様は私の身から離すなと言われたけど、近くにあれば問題ないんだろう」


 軽い調子で肯定するセインを前に、カイルは僅かに身を引いていた。浄化されたあとでもやはり危険はあるのか、と。

 その一方でミシリーが一人ふむふむと首を上下させ――唐突にルドに抱きついた。

「ルド君と居ればもれなくセインさんが付いてくる、と!」

「わ、っぷ!?」


 小さな背を頭ごと抱き込むと、ルドの顔がミシリーの胸に埋まった。薄いと揶揄されるセインのそれとは違って、しっかりと存在を主張する、柔らかな膨らみ。

「ルドくーん、仲良くしようねー!」

 ミシリーは、ぎゅう、と腕に更なる力を込める。

 と。


「わぁあああああ――――っ!!」


 ルドが場の空気をつんざく悲鳴と共にミシリーの拘束から逃げ出し、隣に座っていたセインの前を素通りしてその向こう、椅子に座り直していたアレイクのところまで駆け、膝越しにその硬い腹にしがみついた。


「うああああ、あう、ううぅ」


 アレイクの腹に顔を埋めた状態で、最早、言葉を喪失したかのごとき取り乱しようである。普段、のんびりふんわり、多少のことでは驚きもしないような子供のまさかの大混乱に、悲鳴を上げられたミシリーは言わずもがな、カイルも、腹にしがみつかれているアレイクも呆然としてルドを見つめている。

 変わらないのはセインだけだ。いや、微かに口角を引き上げて、意味深な視線をルドの後頭部に投げていた。


「な……、なんでよぅ、ルドくーん……」

 さすがに悲鳴を上げられた挙句に脱兎のごとく逃げ出されるとは思わなかったミシリーが、非常に情けない声を上げた。

 答えず唸るばかりのルドの背に、ニマニマと笑いながらカイルが追い打ちをかける。

「母ちゃん代わりに甘えときゃいいのに。妙なとこでマセてんなぁ、ルド」


 がばっ、とアレイクの腹から顔を上げてルドがカイルを睨みつけて叫んだ。


「ミシリーさんはお母さんじゃありません女の人です甘えるなんて無理っ!!」


 威勢のいい声とは裏腹に顔は真っ赤に茹で上がっていて、動揺の深さを示している。

 湯気を吹かんばかりのルドの様子に、カイルが声を上げて笑い、ミシリーが困惑を深め、アレイクは熱くなったルドの頭をそっと撫でてやっていた。

「うーん、私みたいなのと一緒に居てこの純情さを維持できたのがルドのルドたる所以ゆえんだろうかなぁ」

「セインのばか――っ!! いいからもう説明して――っ!!」


 セインの呟きを拾ってルドが更に叫び声を上げた。


『説明?』

 首を傾げる三人を一旦置いて、セインはルドを見た。茹だった顔のまま頷いて見せるルドに、「じゃあとりあえず」と、くるりとミシリーを振り返る。基本仕様の無表情に真面目な雰囲気を乗せ、視線を合わせて宣言した。


「今後ミシリーはルドへの接触禁止」

「うえぇ? セインさん、なんでそうなりますか!?」

 意味不明です! とミシリーがセインに喰ってかかる。そんなミシリーを半眼で見遣ってセインは言葉を接いだ。


「三つ下までは守備範囲」

「――は?」


 突然発せられたセインの言葉の方向性が理解できず、ミシリーは間抜けな声を上げた。

 アレイクもカイルも、ルドまでが首を傾げたが、セインは一切気にせず続ける。


「五年後にはおいしい感じ」

「あ、いつだかそんな話はしましたね、ハイ。……って、はい?」


 野郎二人と合流する以前の、寝る前の雑談だったと思い出す。確かルドが先に眠ってしまい、女二人で恋バナをしようとして早々に終わった――というか、セインに打ち切られた話題。

 脈絡がない、と眉尻を下げるミシリーをまっすぐに見据えて、セインは、つ、と人差し指を向ける。


「十五」

「え、あ、はい。十五ですね、まだ」

 セインの挙げた数字が自分の年齢だとミシリーが理解したのを確認して、背後に立つルドを肩越しに親指で指し示す。


「十三」


『――――はぁああああ!?』


「冬で十四」


『じゅうよん……』


 絶叫、のち呟きを斉唱した三人分の視線が、アレイクの腹に腕を回したままの幼子に注がれる。


 セインと立って並ぶとルドの頭の天辺はセインの鳩尾に届かない。セインと頭半分違いのミシリーとでも、辛うじてその胸に届くかどうか。

 平均的な子供の身長でいくなら、五つか六つの子供のそれ。アレイクとカイルには軽々と抱え上げられてしまう、細く小さな体だ。二人がセインより頭半分高く、鍛えた身体だとはいえ、さすがに十の子供を同様に抱えられるかと言われれば、おそらく否。


 それが、十どころか、あと半年で十四。


 確かに、どこか達観したような物言いや立ち居振る舞いだけを見れば、あるいはもう少し上だと言われても納得できるものがある。が。しかし。

 ぐるぐるとした驚愕から最初に立ち直ったのはアレイクだった。

思い至った可能性を、ルドを気遣うようにそっと問いかけてきた。


「あー……、病気とか……か?」

「いいや。生まれつきの身体だけど病気とかって訳じゃない」

「そ、そうか……」

 即答するセインに若干の安堵と、先刻より深い困惑を浮かべる。


「…………ルド、森の生まれだったりする?」


 次に訊いてきたのはカイル。物凄く微妙な――笑いたいのか驚きたいのか――引き攣った表情をしている。

 カイルの問いにルドは苦笑し、セインは極軽く口の端を吊り上げて見せた。

 二人の反応に、カイルは手を後ろに突いて天井を見上げた。


「うわぁ。――伝説とか伝承とかってカッコよく体裁整えてるだけだと思ってた」

「や、ちょっと、意味分かんないんだけど。なに納得してんのよ」

「姉ちゃんは創世記知らなかったよなー。アレイク、第二節」

「創世記第二……? あ――ああ!?」


 なにかを理解したらしいアレイクの様子に、ミシリーが更に不機嫌な顔になる。と、セインが軽く手を振ってミシリーの気を引いた。

 ミシリーがセインの方に向き直ると、薄い笑みを佩いたまま、セインが口を開く。



  遥か遥かいにしえの、その後の世界を語ろうか。

  神の御手に拠る、輝ける箱庭に生きる者たち。

  風舞う谷に住まうは、有翼の者〈ヴォル・レーン〉。

  涼しき泉の水際には、銀色の者〈スィ・アルジン〉。

  深き森に置かれるは、小さき者〈エラス・ソルア〉。

  そしてあまね広野ひろのには、聖寵の者〈ディ・エンファ〉。

  彼ら皆、神の御姿を写した者たち。

  長い長い平穏の時。

  神の子らは世界を謳歌せり。



 女声低音アルト男声高音テノールの間の心地よい声で、語ると言うより歌うように一篇の詩が紡がれた。


…ここまでルドの素性というか年齢ネタを引っ張るつもりはなかった…。

と、言いつつぎりぎりまで十二歳か十三歳かを葛藤したり。

結局初期設定どおり十三に落ち着きましたが…。

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