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紅の闇  作者: 水無神
第一章 ゼフィーア王国
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02.割り切れぬ一期一会の相部屋と

 親爺が食事を売りにしただけあって、寂れた安宿としてはご馳走と呼べる料理を腹に収め、ルドを先に部屋に戻す。セインはそのまま宿の裏手にある井戸を借りて洗濯を済ませた。

 できれば体も拭いてしまいたかったが、あちこちから丸見えの屋外屋根なしの井戸である。昨日川で泳いだしいいか、と諦め、濡れた洗濯物を抱えて部屋へ戻った。


 扉の前に立ち、軽く息をく。中からはルドの声と、今夜一晩を相部屋で過ごすことになった客の声が聞こえている。きゃらきゃらと笑う明るい声はルドのものではない。


「あ、セインおかえりー」

 狭い部屋の両端に簡素な寝台が置かれており、ルドともう一人の人物はそれぞれの寝台に腰掛けて喋っていたらしい。ルドがセインを迎えるのと同時に、もう一人も寝台から立ち上がった。

「干場、作るから待ってくださいね~。ルド君、こっちの端ちょっと持ってて?」


 どこからか両端に小さな鉤手の付いた細縄を取り出し、一方の端をルドに持たせる。もう一方の端を部屋の奥、申し訳程度の明り取りの窓枠に引っ掛ける。くるりと戻ってルドに持たせた端を取り、立てつけの悪い扉の上部の隙間に引っ掛けた。部屋を縦断して少したわむ程度、ちょうど良いと言える。


「はいどうぞー。あ、干すの手伝う?」

 ひょいとセインの顔を覗き込みながら少女は笑う。下町というか裏町の、治安の悪い安宿に一人で泊まろうとしていたのは、半月前に山中で出会った少女、名をミシリーと名乗った。

「……いらん」

 セインは目を合わさないように顔をそむけつつ、ぼそりと返事をして縄に洗濯物をかけていく。


「んもう、ありがとうごめんなさいの重要性がイマイチまだ分かってないね、お兄さんっ」

 両手を腰に当てて唇を尖らせて見せるミシリーは非常に可愛らしい。

 艶のある、まっすぐの黒髪は肩にかからない程度、蒼天を映した瞳は大きく、長い睫が縁どっている。

 セインの怜悧な美貌とは種を異にする、いわゆる可憐な美少女。

 ……ただし、黙っていれば。


 聞いてます? と上目遣いに覗き込むさまは、使う相手を間違えなければ非常に有効な愛嬌であるが、セインでは意味がない。ひたすら黙々と洗濯物を干していくだけである。その横でルドが「すみません、ありがとうございます」と、少々引き攣った笑みを浮かべていた。


 干した服や布は、きつく絞ってはいるのだが、縄にかけてしばらくすると滴が落ち始めた。朝夕は冷え込む早春でもあるし、朝までに乾ききるかは微妙かもしれない。

 気にしても仕方がないので、靴を脱いでごろりと寝台に転がる。壁際ぎりぎりに転がれば、ルドと一緒でもなんとか体を伸ばしていられそうだ。


 さっさと眠ってしまおうと目を閉じたが、すぐそばにルド以外の気配を感じて目を開いた。

 半眼で睨む先には相部屋の少女の顔がある。セインの転がった寝台の端にちょこんとしゃがみこみ、目線の高さを合わせて覗き込んでいる。

「……何」

「あ、気にしないで? ひたすら好みど真ん中の綺麗な顔をじいぃっくり観察したいだけだから~」

「……」


 満面の笑みで言われるとそれ以上は言葉が出てこない。

 セインは言われた通り気にせず寝てしまうことにした。

 壁の方に寝返りを打って。

「あああ! なんでそっち向いちゃうかなぁ!? おにいさーん、セインさーん!!」

 大げさに嘆くミシリーの声を意識から締め出す。


 野宿には慣れているが、やはり寝台で休むのは別格だ。狭くて硬い寝台と小さくて薄っぺらな掛布でも、朝露に濡れる心配をせずに過ごせるのは大きい。

 ほどなくしてセインは寝息を立て始めた。


「……ルド君。お兄さんはつれないお人だねぇ」

 あっさり眠ってしまったセインの後姿を、やや呆れ顔で眺めながら少女がぼやいた。

 ちなみにセインとルドは兄弟ではない。兄弟だと名乗ってもいないが、少女は「年上の男の子」の意味で「お兄さん」と呼んでいるらしかった。


「ミシリーさんくらい楽しい人だといいのかなーって思うこともあるけど、そんなセインはむしろ怖いかなーって。だからこれでいいのかなーって」

 普段より子供っぽい喋り方を意識しつつ、にっこり笑って見せる。

 ルドの返しを聞いて、ミシリーも軽く噴き出した。


「ルド君はしっかりしてるねー。あたし子供の年ってよく分かんないんだけど、五つか六つくらいでしょ? 体小さいだけでもっと上?」

「あは、セインといっしょだと、僕がしっかりしないとって」

「あははは! セインさんはあたしより上だよね、あたし今十五なんだけど」

「えーと、セインが三つ上かなあ? 次の夏で十八になるって」

「んん、二つ違いね。あたし、秋生まれだから。そっかー。十七でこの細い体と綺麗な顔かぁ。ルド君と二人旅だと大変そうだねえ」


 ミシリーの背はセインの鼻先に頭のてっぺんが届かない。同年代の少女の中では平均以下、やや小柄といったところである。体型でいけば細すぎずふくよか過ぎずの平均値。だが、セインはそのミシリーと変わらないくらいの肩幅しかない。

 痩せぎすの細い体、薄い胸板に棒のような手足を見れば、体重はあるいは同じくらいかもしれない。ちょっと悔しい気がする。


 男としては高くない背丈で体格的には貧弱な少年は金品を狙う賊からすれば余裕のカモであるし、整った美貌ぶりは好色親爺に色子を売ろうと思う輩からすれば垂涎の獲物である。

 ちなみに幼い子供というのは見目を問わず売り先に苦労しない。

 そう言ってしみじみと苦労を思いやるミシリー。


 だが、そんなミシリーには悪いが、ルドにとって、実のところ旅の危険はさほどではない。

剣を持つセインと法術を扱うルド、一人では厳しい状況も、二人でうまく手を組めば、野盗の四人や五人や十人はなんとか捌いて逃げ出すくらいのことは朝飯前になる。

 むしろ女一人旅、ましてやミシリーは見られる容姿をしているので、そもそも厄介ごとに巻き込まれる確率がセインたちより格段に高いはずだ。


 そう思って「ミシリーさんの方が大変でしょ?」と聞くと、ミシリーはきゃらきゃらと笑って流す。

「そこはそれ、蛇の道は蛇って言うっしょ~」

 聞けばミシリーは賊の端くれであるというのでさすがにルドも驚いた。

「脅す暴れる切った張ったは苦手だし、箔が足んないから無理だけどねー。まあ、遺跡やら廃屋を漁ったり、ご大尽の懐掠めたりってくらいのもんだけどー」


「……それ、ふつーに喋っていいの? 僕らが兵士さんに言ったらミシリーさん、つかまっちゃうよね?」

 遺跡廃屋荒らしはともかく、懐掠める……スリ、となれば完全に犯罪者として追われる。

 だがミシリーは一向頓着しない。


「赤ん坊のころからこーゆー世界にいるとねー、人を見る目は養われるのよ。ルド君たちにそういう心配はしない。

ついでにルド君たちも心配しないで? 荷物はもちろん、セインさんの首飾りも盗ったりしないから。でもってセインさんを襲ったりもしないから」

 ぱたぱたと手を振りながら明るく答える。


 あはは? と意味が分かってないふりで聞き流しながら、ルドはちらりとセインを見遣る。


 セインは今、長い髪を一本の三つ編みにしている。括っただけや、ましてや解いた状態で横になれば、同じ寝台で眠らなければならないルドの邪魔になるからだ。編まれた髪は枕の方へ払われて、先は寝台から落ちてしまっていた。

 だから今、セインの首筋はよく見える。


 そこに見える、紅玉の連なり。


 セインは眠る時も紅玉の首飾りを外さない。水浴びをする時でさえ。


 紅玉は大小が不規則に連なっている。ほとんどは小さく、親指の先ほどの粒、大きいものは親指と人差し指で輪を作ったくらいの直径。

 真紅の真円。澄んだ輝きを放つのに向こうを透かして見ることはできない。覗き込むと吸い込まれそうな程に底の無い深い赤。


 セインはこの紅玉を集めている。集めて連ねたその数は今、三十。

 一つ一つ、時間をかけて探し求め、時に厄介な思いをしながら手にしてきた石。

 うっかり荷物の中に入れて川に落としたり賊に盗られたりしては苦労が水の泡となる。そのため、寝ても覚めても肌身離さずにいる。本人に装飾の意図はない。


 装飾のつもりはないのだが何せ目立つ。白皙の美少年の首にかかる鮮やかな紅玉の飾り。

 カモネギである。


 ちなみにこの日、宿の親爺に案内されてきたセインの顔を見るなりミシリーの目は輝いた。「この間の~!!」と小躍りの大はしゃぎでまとわりついてきた。

 外套を脱ぎ首飾りが露わになると違う意味で目の輝きが増した。

 セインがミシリーを面倒臭そうにあしらうのは社交性がないがためだけではない。


 ……容姿端麗で宝飾持ちって、つくづく面倒なものなんだね。


 ルドは軽い溜息とともにセインの隣に身を寄せた。

安宿の寝台は、細身のセインと小柄なルドであれば、ぎりぎり二人並んで横になれるが、眠るにはやはり狭い。


セインがこちらに寝返りを打たないことを祈りつつ、ルドも眠りに落ちた。


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