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紅の闇  作者: 水無神
第二章 神聖都市エレアザル
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08.待ちぼうけ潰す時間に悪巧み


 細かく言うと、神殿に居る『上位神官』は『法術士』の一部だ。民間人がどう認識していようと、『神殿』から見て『法術士』と『神官』とは別物ではない。というか、むしろ同じもの扱い。


 野に下ったと表現されるかもしれない自営業法術士たちも、きっちりかっちり神殿と繋がりは保っていて、有能な法力所持者を見付ければ勝手に自分の弟子になどせず、神殿に連絡してしかるべき修業が施されるよう手続きを踏むそうで。

 ただ、彼らは上位神官ほど表には出ず、王城やら施療院の治療室やらに引きこもりがちなせいで、イマイチ神殿との繋がりを一般に知られにくい。




  ◆◆◆




「てことは? 俺らが言う『法術士』って、『神殿の外にいる上位神官』と同義か?」

「うーん、カイルさん視点だとそれであってます。本当の意味の『法術士』は、『神殿のなかにいる上位神官』を含む総称です」


 光眩しい午後の食堂の片隅で、幼い舌足らずの声が響く。


 神聖都市エレアザルの一隅、落ち着いた雰囲気の食堂は、昼時の山を越えて静けさを取り戻しつつあった。

 そんな食堂で食後も延々と席を占めたままなのは、ルドを筆頭にセインに置いてきぼりを喰わされた旅の愉快な――哀れな?――仲間たちである。



 ルドの見立てでセインの居所が大神殿だということは間違いない、ということで、一応、大神殿の門まで行って問い合わせはしたのだが、けんもほろろに追い返された。

 ミシリーが侵入しての様子見を提案したものの、結界があって入れない、と法術士ルドが断言しては実行する気にはなれず。


 やむなく初日は早々に宿を確保して休み、翌日は昼までだらけて過ごしたあとに旅の必需品を色々と買い回り装備を手入れし、今日は午前中をのんびりと裏道などの散策に当ててみた。

 そうして現在、昼食を摂ったあとの茶飲み話をしている。


 最初に『法術士ってなんだ?』という話題を振ったのはカイルで、答えたのがルドだった。そこからルドによる法術士講座が始まったのだが。



「ちょ、ルドくーん。あたしこの手の話はもうお腹いっぱいですー」


 遠くない昔に、セインによるエレアザル講座で頭から煙を出しかけたミシリーが泣きを入れる。思いがけずカイルは少々お堅い話題でもきちんとついてきていた。


「ミシリー、よほど勉強嫌いで育ったな?」

 アレイクが揶揄を込めて軽く声をかけると、ミシリーは頭を抱えたまま睨みつけ、

「っていうか、生きるためのお勉強以外、必要も縁もなかったからねっ」

 返す言葉には咎める響きがあった。


 生まれたときから裏の世界育ち、と断言するだけに、ミシリーは国の施設である学舎には通っていない。必要な知識は育ての親――代わりの、裏の世界の住人達に仕込まれた程度だという。


 むくれるミシリーを横目に、カイルが苦笑を浮かべた。

「俺もお頭から教わった範囲だけどな。お頭が読み書き計算どころか政治経済歴史に神話伝説までどんとこいな人なんで、ダメ生徒の俺もそれなりなだけだ」

「……お前の『お頭』も大概おかしな人物だったんだな」


 呆れ半分のアレイクの言葉に、カイルは苦笑を深めるしかない。

「でも俺は本っ当にダメでなー。創世記の話とかなー、物語っつーか歌みてーで眠くなるばっかで」

「えぇ~、僕、あれ大好きですよ!」

 それに続いたのはルドだ。カイルの隣から、瞳を輝かせて卓子テーブルの方へ身を乗り出してくる。


「えと、


  遥か遥かいにしえの、この世の始まりを語ろうか。

  混沌の闇に射すは一条の光、は神の御手。

  光は蒼き海原を見出し、雲を呼び、風を歌い。

  水底から土を掴み出し、山を盛り、谷を刻み。

  窪地から清水を起こし、草を撒き、森を成し。

  神の御姿を写した人を置き。

  小さき獣と大きな獣を置き。

  永い永い創世の時。

  神は輝ける箱庭を創り給うた。


 ――って、やつでしょう?」


 ミシリーがドン引きしていた。

 カイルは片眉を上げてルドを見遣り、アレイクは呆れと驚きの間の微妙な表情をし。

「素晴らしい! こんなに幼い子供が創世記をそらんじているとは!!」

 甲高い男の声はルドを絶賛していた。



 ルドの向かい側、ミシリーの背後に立っていたのは、四十過ぎと思しき小柄で痩せた男だった。法術士の証たる長杖を持ち、埃に汚れた外套を纏っている。

「……誰?」

 予期せぬ闖入者に最初に反応したのはカイルだ。普段は温かみを感じさせる夕日色の瞳を警戒にきつく眇め、声には夜の冷ややかさを乗せていた。


「ああ、お話し中に申し訳ない。私はイーハ公国ティルズドの神殿に仕えます、法術士のメドリングと申します。そちらの坊やの見事な暗唱が聞こえたものですから、つい……」

 メドリングと名乗った男は、言いつつカイルの後ろを回ってルドへ近寄ってくる。

 そして甲高い声のままルドに言い募った。

「坊や、続きも覚えているかな? どうだろう、神殿で勉強をしてみる気はないかね?」


 詰め寄られたルドは、椅子の上でメドリングから身を引き、それでは逃げたりないと椅子から降りて隣のアレイクの膝によじ登った。アレイクの厚い胸板に顔を埋めて男の視線を断ち切る。

 一言もなく拒絶されたメドリングは鈍いのか、拒絶ではなく照れと取ったらしい。にこやかに笑いながらアレイクに目線を転じた。


「おや、人見知りかな。ええと、貴方は……坊やのお父上ですかね……?」


 ぶふぅっ! という音の発生源は元盗賊の二人。それ以上の音は続かなかったが、二人とも卓子に突っ伏して肩を震わせている。

 アレイクは口元を引き攣らせながら、なんとか平静を装った。

「いえ、この子は預かっているだけで、血縁はありません」


 縋り付くようにするルドの背を少し強く叩く。小さな肩が震えているのは怯えからではない、と確信しているから思わず手に力が入ったが、表面上は宥めているように見えるだろう。


「ふむ、そうですか……。いや、こちらの坊やは法力持ちですからね。それにとても賢いようだ。ぜひ神殿へ法術士見習いとして薦めたいのですがね。親御さんはいつごろお戻りでしょうか」

「――どうかお気遣いなく。この子は自分で自分の居場所を決められる子です」


 メドリングの言わんとするところは理解したが、それはセインが避けようとし、ルドも拒否していた事態だ。アレイクは礼儀に則って、しかしやや素っ気なく断りを入れた。

 しかし、法術士を名乗る男は引き下がる気がないようだった。


「いやいや、この子は非常に強い法力を持っていますよ。こうしているだけでも感じられるほどですから、きちんと導いてやらねば却って持て余しましょう。然るべき修業は施されるべきですよ」


 ああ、とアレイクは納得した。


 セインが神殿を毛嫌いしている節はあった。単にユークリッド家の人間としてのしがらみや思うところがあるのかと思っていたが、それだけではなかったのだ。

 ルドが法力を持つことを隠すように指示したのは、『上位神官ほうじゅつし共に目を付けられたら、確実に神殿に拘束される』と言っていたのは、過剰な心配でも比喩でもなかったと痛感する。


 まさに今、目の前にいる法術士は、本当に、悪気もなくそれを『正しいこと』として、ルドを捕まえ、神殿に閉じ込めようとしている。


「成程……貴方は、この子は神殿に入るべきと仰るか」

 ゆっくりとアレイクが言葉を紡ぐ。向かいに座っていたカイルも、左隣のミシリーも既に笑撃から回復し、静かにアレイクとメドリングとの会話に耳を澄ましているようだ。


「ええ。才能は育てねばなりません。天恵たる法力は遺伝しないが故に、次代を担う者を見出し、育てるのもまた神殿の役割であり義務ですからね。この坊やは本当に逸材になりますよ、いや、素晴らしい」


 ――おそらく、見る目はあるのだろう。セインもルドの法力は強過ぎると言っていた。


 言い募るメドリングの言葉に、ふ、とアレイクは微かに笑みを浮かべた。

 そうだ、セインは『強過ぎる』と言ったのだ。

「生憎だが、俺の一存ではどうしようもありませんね。この子の保護者は今、大神殿に滞在しているからそちらで確認をしていただきたい」


 笑みはそのままに、やはり素っ気なくメドリングを突き放す。

 顔を伏せていたルドが、微かに身動みじろぎしてアレイクの顔を見上げてきた。不安げな表情を見せるルドに、宥めるように笑みを見せ、背を撫でてやる。

 再びメドリングに目を向ければ、何かを一人で納得したらしく、ずい、と身を乗り出して提案をしてきた。


「では、大神殿に共に参られませんか? 私も今から行くところでしてね、私の客人としてお招きできますがね、どうですか?」

「いえ、この子の保護者がいつ戻るか分かりませんので、今日のところは一旦宿に引き上げます。明朝までに保護者が戻れば一緒に、戻らなければ俺たちだけで、大神殿にあなたを訪ねましょう」


 アレイクは内心で「釣れた!」と快哉を挙げたが表には出さず、礼儀正しく淡々と応じる。メドリングも不審に思う点はなかったのだろう、それ以上強くは出なかった。


「おやぁ、そうですか……。ああ、だが、確かに今日では大神官様へのお目通りは叶わないですね、明日の方が時間は取れましょうな。では明朝、六ノ刻ろくのときに大神殿正門でお待ちしますよ」



 静かになった食堂で、カイルが面白そうな眼をアレイクに向けた。

「……で、アレイク。なにを考えてあの法術士おっさんを釣った?」

「ん? 初日の門前払いの意趣返しが出来るだろう?」

「兄さん、意外とねちこい」


 にやりと口角を上げて言うアレイクに、ミシリーが即座に突っ込んだ。アレイクは軽く肩を竦める。


「どうとでも言え。明日までにセインが戻れば無視してエレアザルを出るだろうし。

 ――ルド、心配するなよ。神官たちに引き渡すようなことはしないから。セインをとっ捕まえて、さっさと出て来るぞ」

「ふふ、ありがとうございます、アレイクさん」


 アレイクの膝に座り込んだまま、ルドはいつもの明るい笑みを見せたのだった。


冒頭はルドの解説に由るので若干文体を崩してみました。

……大差、ない? あれ?


あと、文中の「笑撃」は誤変換ではありません。

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