06.法術士神の代理と驕りたる
「……遅すぎる、よな?」
「ああ。さすがにおかしいな」
セインがエレアザル立ち入りのための検問から出てこない。
カイルとアレイクの遣り取りも聞こえないほど必死に、ルドは周囲の人混みからセインの姿を見つけようとしていた。
大陸中から人々の集まるエレアザルでは、大陸北部に多い濃い色の髪色の他に、南部に多い明るい茶色や金色の髪、灰色がかった変わった色、さらにはカイルよりも濃く深い緋色の髪を持つ者まで見られる。
だが、アレイクに抱えられた高い視界からも、セインの特徴的な淡い金髪が見えない。
無意識に胸元を握り込みながら、法術を早々に解禁し失せもの探しの術式を構築する。――一応、最小限の法力で、目立たぬように気を付けて。杖がない分、不安定になりがちな制御に細心の注意を払って。
そうして捉えた気配が動く場所は、検問所でも広場でもなく――――
「……え」
『ルド?』
アレイクとカイルがルドを見上げると、ルドは背後に体を捩じって目を眇めていた。
「ルド君?」
「セイン、大神殿の辺りに、いるみたいです」
「え? どうやっていきなり都市の中心部?」
ミシリーの驚愕の声に、ルドはひとつ頷くと体の向きを戻して視線を門に向けた。
検問所の左右、分厚い外壁には内部を刳り貫くようにして神官たちの詰所が設けられている。
「術式の気配……あれが転移陣なのかな。検問官の中に上位神官もいるんですね」
「俺たちの対応をしたのも上位神官だったよ。――と、いうことは、セインが連れがいることを伏せたか、……何を言うまでもなく拉致された、か?」
「拉致されるような奴かぁ?」
アレイクの推測に、カイルが疑問を呈する。そんな事態になればセインが大人しくしている筈がない、というのはアレイクも分かっているのだろう、答えず肩を竦めて見せた。
と、門を睨むように見つめていたルドが小さく溜息を零し、何かを諦めたような顔でアレイクの顔を覗き込む。
「――自分から乗り込んだ、が正解だと思います。セインの身分証って『ユークリッド』になってますよね?」
「うん? ああ、国から正規発行されたものだから、正式名称の筈だ」
答えてアレイクは納得した。『ユークリッド』の名を盾に、大神殿への立ち入りを迫ることは不可能ではないだろう。
「そうか。ユークリッド家はエレアザルと縁が深いんだったな」
「だからなんで! あたしら放置はともかくルド君置き去りの理由がない!!」
悲しいことにセインの扱いからすればミシリーの叫びは的を射ている。
お節介な同行者扱いであることは承知しているアレイクも、僅かに眉を下げて苦笑を浮かべていた。
そんなことは意に介さないカイルが、ポンと手を打った。
「あ、あれじゃね。ほら、検問の前にセインが言ってたじゃん。ルドは法力が強いから神官共に見つかったら捕まるって」
「あー、……成程。それで俺らに預けて、か」
「じゃね?」
「多分そんなとこでしょうね。――セインなりに、皆さんを信用してるってことですねー」
はあ、と再び溜息を落とすルドを見て、カイルは自虐的な苦笑を浮かべた。
「どうかなー。信用してんのはアレイクのことだけかもだぞー」
「だったら僕の杖をカイルさんには預けてないです、きっと」
だがルドは、カイルのそんな自虐ネタをきっぱり切り捨てた。
カイルはまじまじとルドの顔を見て、自分の肩に掛けたモノに眼を向け、抱えた荷袋の中の荷物に思いを馳せ、もう一度ルドを見上げた。
押し付けられたセインの外套の隠しには財布が入ったままだった。杖の細工を直す際に見つけたもののセインは既に列の向こう、仕方なくまだ近くに居たアレイクに中身を確認させてから自分の荷袋に放り込んだ。
セインにとっては事故でカイルに財布を預ける形になったとはいえ、『うっかりでも財布を預けることはしない』ではなく、『僕の杖を預けはしない』と限定する。そのココロは。
「……杖、そんな重要なモンだったりする?」
「します」
「うわぁ。そりゃ責任重大」
ルドの即答に、カイルが慌てて外套越しの杖を掻き抱く。口振りは軽いが、その口元がやや引き攣っている。
「これ以上ここに居ても仕方ないから、宿を探しましょう。セインはもういいです。用事が片付いたら勝手に戻ってきますよ」
「ちょ、ルドくーん! なんで急に投げやりなの!! 落ち着こう、ね!?」
顰めていた顔を一転してにっこり笑顔にしたルドが今後の方針を提示するのに、ミシリーが慌てて宥めにかかった。男二人は苦笑するに留めてルドを放置する。
「大丈夫ですよー。むしろミシリーさんが落ち着いてくださいねー。
うふふ、戻ってきたら一緒にお説教しましょうねー」
「ルド、お前とセインの関係についてちょいと突っ込んで訊いていいか」
放置するつもりだったが、ルドの言い草に思わずカイルが口を挟んだ。答えるルドは文句のつけようのない笑顔だが、吐く言葉は棒読みで薄ら寒い。
「保護者と被保護者ですー。どっちがどっちかはご想像にお任せしまーす」
「――と、りあえず、宿、だな」
ルドの笑顔の背後に黒い靄を見た気がして、アレイクは思わず言葉を細切れにしてしまった。だが、それでも最年長はなんとか場を纏め、一先ず市街へと足を踏み出した。
◆◆◆
今よりおよそ一千年の昔、神の子〈アスカ〉と呼ばれる存在は突如現れた。
彼の者の個人としての名は、公には伝わっていない。ただ「アスカ様」とだけ呼ばれていたと記録されている。
闇より生まれたという魔物に襲われ蹂躙され、疲弊していた人々は、彼の者をまさに神の代理と畏れ敬い、救世の魔術士として崇め奉った。アスカは生誕の地たる北の大地シルグルアから大陸中央のエレアザルへと渡り、その奇跡の御業を振るって魔を祓ったという。
以来、エレアザルはアスカの偉業を伝え、彼によって齎された大陸の平穏を護るために存在し続けてきた。
――と、いうのが神殿と神官の言い分。
セインは与えられた部屋の居間で、長椅子に横たわって腹の上で開いていた本をゆっくりと閉じた。
「平穏とやらは護ってくれてんのかも知らないが……アスカの直系が私だけになったことで、自分らが『神の代理』の代理気分なのかねぇ……」
エレアザルの門前に立った時点で、セインには“石”の位置が分かっていた。大神殿の奥まった場所だ、と。だからまっすぐに大神殿に行くことは、セインの中では問答無用の決定事項だった。
検問所でセインが身分証を提示すると、担当の神官は物凄く怪訝な顔をした。
『ユークリッド』の名は上位神官で知らぬ者はいない。しかし、目の前にいる質素すぎる衣服をまとう十代の若造が、あの神の子〈アスカ〉の一族とは思えなかったのだろう。
それでもセインが大神殿へ直行したい旨を申し出れば、複数の神官で身分証を確認した上で、検問所の責任者らしき上位神官によって詰所の奥、転移陣を敷いている場所へと案内され、そのまま大神殿へ転移させられた。
やってきた大神殿では事務的に歓迎され、セインの用件は大神官預かりになるが当の大神官は禊中で出てこられないから待っていろ、ときた。
神官の――法術士たる上位神官の世界において、上下関係は実力主義で決定される。強い法力を持つことは大前提、高度な術式を操る知識と技術を習得すれば上位神官の中でも位階は高くなる。
彼らすべての長たる大神官は、いずれの点においても他の上位神官から抜きんでているということになる。
その一方でセインと言えば。
セインには生来の力はある。だがそれは、身の内に秘せられて顕現させることの叶わぬ状態だ。扱うための知識は修めたが、技術は身につけようが無く、結果として実態を伴わない『名ばかりユークリッド』になっている。
義兄は大神官に就いてもおかしくないとまで持ち上げられていた。その義兄を欠く状態で訪れれば、下手をすればそこらの上位神官よりも扱いが下に置かれることは分かっていたし、実際に慇懃に下位扱いをされてもいる。
そのことに対し、セインに不満はない。分相応だと思っている。だが、表面的には尊敬しているような態度を取るのが気に喰わなかった。
あからさまに下っ端神官と同位の扱いでもしてくれればまだ気分もいいものを――ゼフィーア王城で、兵士に混じって過ごしていたように。
際限なく零れる溜息を止める努力も放棄して、セインは客間に眼を泳がせる。
二間続きの廊下側、居間としての設えのど真ん中に置かれているのは長椅子と茶卓だ。長椅子はセインが肘掛を枕に転がるともう一方の肘掛に踵が引っ掛からない無駄な大きさ、それに高さを合わせてあるらしい茶卓には象嵌や塗装などの目立った装飾はされていないが、細かい彫刻が施され丁寧に仕上げられた一品である。
二面に取られた窓は大きく、高価な薄い板硝子がはめ込まれており採光に優れ、日があれば薄暗いということはない。
しかし、他には一切の家具も装飾品もない。
過去に二度、大神殿に滞在した折には壁掛けや絵画や壺やその他諸々が溢れる絢爛豪華な客間に放り込まれたというのに。
ただし、神職に在って贅の限りを尽くす部屋を望むのもどうなんだ、とセインは内心毒を吐いた覚えがあるので、今回の質素簡潔な客間はむしろ居心地は良いのだが。
奥に続く寝室は、居間と同じく見た目は質素ながら素材は良質の寝台と文机、衣裳棚が置かれているだけだった。
「怒ってんだろうなぁ、ルド……」
幾度目かの溜息と共に、セインは放り出した旅の連れを想う。
一緒に旅をするようになった最初の頃は、セインの姿が見えないと途端に怯えて泣いていた。今でも自分が黙って別行動を取るのは、ルドにとっては恐怖かもしれない。
「まあ、アレイクとか……騒がしいの二人とかいるから、気は紛れるだろ……」
勝手に増殖されて鬱陶しいと思うことの多い旅の連れもこんな時には便利だと、セインは都合のいいことを考えながら再び本を開いた。




