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紅の闇  作者: 水無神
第二章 神聖都市エレアザル
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05.別行動黙って取ってはいけません


 神聖都市エレアザルの検問所の列に並びながら、セインは後ろを振り返った。


「アレイク、ルドを頼む。子供一人じゃ不審がられる」

「ん、そうだな。……なんと言うか、気圧されるな」


 門の両脇を白い法衣ローブ姿ながら杖の代わりにこんを携えた神官が固め、入口と出口が一方通行で区切られた検問所の付近にも同様の武装神官の姿がちらほら見える。

 エレアザルは大陸中の神殿の、いわゆる総本山であるため、日々多くの神官が様々な用件を抱えて出入りする。そして、聖地巡礼と称して訪れる一般の民も多い。


 万が一にも総本山に不埒な輩の侵入を許してはならないと、門周辺は物々しい雰囲気を漂わせていた。


「昔っからエレアザルってこんな感じで取っつき難いんだよなー」

「ああ、カイルはこの辺も縄張りだったのか」

 メルス王国と、その南に接する二国を渡り歩いていたカイルの言葉に、アレイクが反応する。カイルにしてみれば本来の縄張りは国境周辺のため、メルス中央部に近いエレアザルはやや外れているが、有名どころなだけに冷やかしに来たことはあると言う。


「中に入ったこたぁ無いけどな。身内は誰も神殿と縁のねぇ育ちばっかりで身分証は無いし、興味本位で壁越えしようとしても法術で妨害されるし」

「……そうか」

 カイルの言葉にふと疑問を感じたアレイクだが、その疑問の答えをかつてセインに突き付けられたことを思い出して、曖昧な相槌を返した。


 ――身分証がないのにどうやって三国を渡り歩いていた――って、愚問だったな。


「あたしも中の情報、ロクに集められなかった~。観光案内的な情報は入ったけど、これって一般的に知られてる範囲のコトよね~」

 男二人のやり取りにミシリーが割り込んだ。がっくりと肩を落としているのは、役割を果たせなかったという自責の念から。


 ミシリーは一行内における自身の役割は情報収集であると自負している。安全安価の宿の確保に始まり、移動手段や経路の確認、物騒な連中の出没状況等々、そこらの兵士詰所や観光案内所では得られない情報ネタを得てくるのが筋だと言うのに。


 落ち込むミシリーを慰めるつもりがあるのか、セインが軽く肩を竦めて声をかけた。


「そもそも『裏』の連中が立ち入れる所じゃないからな。カミサマの御膝元って意識が過剰なまでにあるから、一切の『不浄』の侵入を認めないんだよ。

 ま、検問は二人とも大丈夫だろ、身分証がしっかりしてんだから」

「うぅ、お役にたてず……」


 言いつつも僅かに浮上したミシリーを見て、アレイクが全員を促した。

「じゃあ、検問を抜けたところで合流しよう。ルド、おいで」

「はぁい。あ、荷物を」


 ルドは抱えられるときには、自分を抱えていない方に荷物を預ける。だから今もカイルを見上げたのだが、その脇からセインが荷を取り上げた。首を傾げるルドを無視して、小さな背嚢から頭を出している短い杖を引き抜く。

 セインは自分の荷袋から適当に荷をつかみ出し、それらと法術士の証ともいえる杖を一緒に脱いだ外套で巻き込んで、一見するとただの布の塊な荷物を作り上げた。


 出来上がった新たな荷物をカイルに押し付け、ルドの背嚢はアレイクに渡す。軽くなった自分の荷袋を肩にかけつつ指示を出す。

「荷の中も簡単にだが検められる。ルドにしか分からないような薬草なんかが入っているから、背嚢はルドが持ってろ。カイル、極力それには触られるな。単に外套を丸めているだけだと思わせて通過しろ」


 なんで杖を隠す? と首を傾げる全員を無視してセインはルドに視線を転じた。すでにアレイクの腕に座っているルドの顔は、セインよりやや高いとろこにある。

 セインはルドを見上げる、というこれまでにない動作をしながら声を低くした。


「ルド、この先は法術の使用は禁止だ」

「え? なんで?」

「お前の法力は強すぎる。うっかり上位神官共に目を付けられたら、確実に神殿に拘束されるぞ。術でなくとも法力を表出させるような真似は控えろ。――エレアザルに根を下ろす気があるなら別だが」

「僕はただのお子様です。法術なんて使えません」


 妙にキリッと答えたルドに、セインは小さく頷いて、列の流れに身を委ねた。




  ◆◆◆




 神官の御仕着せ法衣の特徴のひとつとして、頭から被る大きな白布とそれを押さえる平たい円筒形の帽子がある。帽子は縁に施された刺繍の色が位階を示す。

 門の周囲を固めていた武装神官たちのそれは、下位神官であることを示す青か緑の系統の色味ばかりだった。

 しかし、検問でアレイクが当たった神官二名のうち一方は浅いあけの刺繍、確実に上位神官であると知れた。


 身分証は念入りに、手荷物は形式的に検められた。

 腕に抱えるルドとの関係は、旅の途中で孤児となった子供を引き取ったと適当にでっちあげる。エレアザル訪問は両親の弔いの巡礼として。

 ルドの身分証はシルグルア王国発行で出身もシルグルアとされている。発行も出身もゼフィーア王国のアレイクでは、兄弟だの親戚身内だのという言い訳が通用しないから仕方がない。


 事前にその辺りの打ち合わせをしていなくとも、方便ウソは滑らかに成立する。自分も図太くなったものだと、アレイクは内心で苦笑しながら検問を抜けた。



「身分証無しだったらセインと兄弟で通ったかな?」

「うーん、今まで孤児同士で道連れになってる扱いしかされませんでしたよ」


 検問を抜けたところは開けており、荷馬車や旅人たちで混雑していた。それらの邪魔にならない端の方、かつ、門を抜けて来た者の目に留まりやすいだろう場所を探してアレイクは立ち止まった。


 左腕にはルドを抱えたままにして軽く話を振ってみると、ルドは思いのほか真剣な面差しで答えてきた。茶髪茶眼のルドと淡い金髪に赤茶眼のセインなら、色味は多少似ている。あるいは血縁と言われても納得できそうな気がしたが――真剣顔のルド曰く、「僕はあんなに目付き鋭くないですから」とのこと。


 取り留めのない話をしていると、能天気な声がやって来た。


「いたいた。どうよ、無事の入国を果たしたぜ~」

「当たり前だ。正真正銘のゼフィーアの身分証で弾かれる訳がないだろう」

「へーいへい。でも杖がバレないかってちょいと緊張してたんだぜ?」


 言ってカイルは肩に掛けた外套を軽く持ち上げて見せた。

 セインが作った布の塊はやや不自然だったので一旦解き、セインの荷物は自分の荷袋に押し込んだ。代わりに紐を取り出して器用にも外套の内側に杖を固定し、ただ脱いだ外套を肩に掛けている風に装っている。


「あ、大丈夫でした?」

「おう。荷物に注目はされたがな」

「って、何を隠しこんでいたんだ?」

「セインの下着」

『…………』


 カイルの淀みない回答に、アレイクとルドは沈黙しかできなかった。

 二人の何とも言えない表情にカイルは苦笑して、一応の自己弁護を図る。


「言っとくけどセインが押し付けてったセインの荷物の分で、何故か男物だからな。寸法サイズが合わないだろうって追及されてさぁ」

「……なんて、答えて……」

「一山幾らで買った服ン中に混ざってたっつっといた」

「そ、それで通れちゃうんですね……」

「バカらしい理由の方がもっともらしいだろ、俺の場合」

「なるほど」

「な? ――お、姉ちゃんも無事の通過おめでとさん」


 確実に莫迦にしているアレイクの相槌も気にせずカイルは笑い、次いで背後から近付く気配に振り返った。

 カイルに真っ先に出迎えの言葉を掛けられて、ミシリーは不機嫌そうな表情になる。


「その呼び方やめてくんない? 特別に名前呼びを許可してあげるから。

 ――セインさんがまだ?」

「みたいだな」


 ミシリーの前半の言葉に苦笑を堪えつつアレイクが応じた。


 ミシリーの中でカイルは非常に複雑な位置付けになっているらしい。世間を騒がせた殺戮者〈鬼〉と思えば軽蔑の対象となるし、尊敬する「オルヴァ一家」の者と思えば邪険にしづらい、というところだと言う。

 カイルはミシリーのそうした態度を特に気にしていないように見える。本心から気にしていないのか、そう努めているのかは――半々かな、とアレイクは見ていた。


 零れそうになる溜息を飲み込んで、アレイクはセインを待った。




  ◆◆◆




 ――セインは真っ白な世界にいた。


 正しくは白亜の建築群のど真ん中に、法術発動時に発現する白い光に包まれていた。


 転移陣から発生していた白い光が淡い欠片となって消え去ると、一足先に報せが走っていたと見えて十名ばかりの神官が転移陣の周りに集まっていた。

 集団から年嵩の女が歩み出る。位階を示す刺繍は紫を帯びた赤、蘇芳すおうだった。


 女神官はゆっくりと腰を折ると、やや枯れた声でセインに挨拶を述べた。


「……ようこそ、セイン・ユークリッド様。三度みたびの御渡り、心より歓迎いたします」

「覚えていて貰えたとは光栄です。突然に押し掛けて申し訳ありませんが――“石”を、こちらで所持されていますね? 引き渡しをお願いします」


 かつてセインが訪れた際にも大神殿に勤めていたらしい女神官は、しかし頭を下げたままセインの言葉に否を返した。

「恐れながら、くだんの貴石は大神官の管理下にございます。大神官はただいま五日の籠りの三日目。明後日のお戻りをお待ちいただきたく」


 その言い草にセインは内心で複雑な溜息を落とした。


 神の子〈アスカ〉一族の直系末裔、現在責務は果たしていないとはいえユークリッド家当主にあるセインの用件より、大神官の禊が優先されるとは。

 ――本来ならばユークリッド家の用件が大神官の定期業務に優先されてもいいのだ。ユークリッド家と大神官は同位の扱い、その上で急ぎの用事と言われれば後回しになどしないのがあるべき礼儀というもの。


 だが、現実はそうではない。自分が認められていないことは、過去二度の訪問の際に嫌というほど示された。

 一族直系の血を継ぎ魔力を保持しながら、その力を顕せない『できそこない』――――


「……分かりました。大神官の御身体が空くのを待つ間、滞在させていただけますか」


 

そうしてセインは、大人しく大神殿の客室に収まった。


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