04.高所から眺める世界美しく
キィン、と高く澄んだ音が初夏の黄昏の中に響く。
小さな森にしては広めの草地で剣を打ち合わせているのは、淡い金髪を夕日に濃くしたセインと、まさに今が我が時とばかりに夕焼け色の髪を更に輝かせるカイルである。
男二人がなし崩しでセインの旅の連れとなったのは昨日の午後浅い時間。
朝のうちにこぢんまりとした町を発ち、いくつかの町を抜けて来た。本来ならそのまま宿を取れる町へ入る筈だったのだが、その手前の森で野宿と相成った。
というのも、朝からカイルがセインに手合せを強請りに強請り、街中では思いきり暴れられないとセインが体よくあしらおうとする横で、久し振りに野宿したらどうかな暖かくなったし大人数なら楽しいよ、とルドが笑ったからだ。
ゼフィーア王城の練兵場でアレイクと仕合ったときは刃を潰した模擬剣を使ったが、今はそんなものはない。棒切れではあんまりだと言って二人は真剣を打ち合っている。
カイルの得物は鞘ひとつに収める双剣だ。自分を拾って育てたオルヴァ一家の頭領に倣って、幼い頃から双剣で鍛えてきたと言う。双剣は、一本ずつは長さも重さも控えめなもので、斬撃に重さを求めるのは難しい分、速さを極めたらしい。
速さを持ち味にするのはセインも同様だが、カイルは速い上に動きが変幻自在で、攪乱から防御へ、攻撃から回避へと、途切れなく舞うように戦う。
鳩尾辺りを突きに来たセインの剣をカイルは左の剣で払い、ほぼ同時に右の剣でセインの首を薙ぎに行く。セインは腰を落としてカイルの右の剣を躱そうとし――左の剣がセインの脇腹へ戻っているのを認め、動きを止めた。
「はい、俺の勝ち~」
「――――っそ」
「女の子が『クソ』とか言わな~い」
「……ミシリーみたいな、こと、言うな」
あはは、と笑ってカイルは双剣を左腰の鞘に収めた。
能天気に笑われて、セインは負けて不機嫌になっていた顔を更に顰めた。こちらはまだ息も整わないのに、その余裕っぷりが気に喰わない。
「ったく、そんだけ双剣を、扱う癖に、なんだってあんな、剣を手にしたんだよ」
「だーから、見た目カッコイイだろ、大剣を背にどーんと構える色男」
「……どこから、どう、突っ込めば……」
「むしろ笑ってー」
カイルの最後の言葉には返事をせずにセインは踵を返す。
セインたちが仕合っていた草地の端っこで火を熾していたアレイクが苦笑で迎えた。
「左手でやっても駄目だったか。残念だったな、セイン」
「……あんたのその余裕の笑みも気に喰わない」
苦虫を盛大に噛み潰す気分でセインは応じた。
「腐るなよ。俺やカイルが割と規格外なだけで、セインも年からすれば手練れだぞ」
「自分で規格外とか言う?」
「ゼフィーアでそう言われ続けたからな、自称することにした」
「あ、っそ」
セインはカイル戦の前に久し振りにアレイクとも手合せをしたが、やはりの完敗――右で負けたあと左で挑んでみても同じ――だった。
ぶすったれたセインが焚火の傍に腰を落ち着けるのを見つつ、アレイクは自分の剣を取って立ち上がる。
「カイル、体力が残っているなら一戦どうだ?」
「おー、いいね。どんと来い」
「……くそったれ」
アレイクの言葉に軽く応じるカイル。セインは自分との手合せがただの準備運動扱いかと捻くれずにはいられない。
不機嫌を極めていくセインの眼前に、程よく焼かれた串刺しの川魚が差し出された。
思わず目を見開いてその出所を辿ると、にこりと笑うミシリーと、その隣ですでに魚を頬張っているルドが居た。
「まぁまぁ、セインさん。あんな無粋な野郎どもは放って食事始めちゃいましょー」
「魚……?」
川はこの草地の端から少し森に入ったところにあるのは確認済みだが、いつの間に。
「セインさんが大暴れしておられる間にちょろちょろっと釣ってきましたぁ」
胸を張って威張るミシリー。意外と逞しい――いや、盗賊ならば必然の技能か。
素直に焼き魚を受け取り、ルドとミシリーともども慎ましやかな晩餐を開始する。
一方、やや離れた草地の中央では。
――ほとんど人外の戦いのような世界が繰り広げられていた。
両手持ちの長剣を時に片腕で振り回して間合いを広げるアレイクと、変則的な動きで懐に潜り込もうとするカイル。しなやかに伸びてくる双剣を流しつつ重量感のある斬撃を落とせば、正直に受ける真似はせずに身を引いて躱し、跳ねて上段を狙いに行く。
ほんの一呼吸の間に、信じられないほどの攻防が交わされていく。
「本当に、お前の身の軽さはとんでもないな!」
「まーかせて! ま、お頭は俺並みに速い上に、斬撃重いけどなッ」
「どんな、バケモノだっ!」
「最強の双剣使いだ、よ!」
しかも、それほどの攻防の最中に会話が成立していた。
瞬きを忘れて見つめていても、ルドとミシリーには戦う男たちの動きが追い切れなかったらしい。串に噛り付いた状態で目を丸くし、そのまま固まっていた。辛うじて二人の攻防を読んでいたセインは、その実力の高さに不承不承ながら自分の完敗を飲み込んだ。
ちなみに、結果はアレイクの完勝で終わり、ぐったりと膝を突いたカイルを置き去りに、いい汗かいたとばかりに爽やかな表情でアレイクは焚火の傍に戻ってきた。
◆◆◆
これまで旅の速度を決めていたのは、一番歩幅が短く体力も少ない、最年少のルドの足である。そのルドの足が基準になる以上、成年男性が二人加わったところで速度が上がる訳はない。
そして、新参者であるアレイクもカイルも、その状況に文句など言いはしなかった。
そんな総勢五名の旅の二日目――手合せのために野宿で夜を明かした翌日――に、突然カイルがルドを抱き上げた。
「う、わ! え、カイルさん!?」
「おわ、軽っ。ルド、お前軽いなー」
急に視点が高くなり戸惑うルドを左腕一本で抱えてカイルが笑う。
「こんなちびっこいのに、一人前に徒歩旅とか。偉いなぁ」
「……カイルさんって、子供に慣れてますか?」
収まりよくカイルの腕に座らされ、その肩にごく自然に手を置くよう誘導されたルドが不思議そうに問う。
カイルがルドを抱き上げてから腕に収めるまでの動きが躊躇いなく滑らかで、これまでに幾度もそうしていたという経験を感じさせたのだ。
「ああ。縁のある孤児院でさ、金を渡しに行ったついでに皆で遊んでやったりな」
「遊ばれてた、の間違いじゃないのか」
「うるせぇよ、アレイク。さくっと事実を突くんじゃねぇ」
「へぇえ~。裏稼業のお兄さんたちと子供たち、かぁ……微笑ましいですね」
ふふ、と笑うルドに、残りの四人が微妙な顔をする。
――今まさにその『盗賊とちびっこ』の図が成立しているのですが、と。
そんな微妙な空気に気付いているのかいないのか、ルドは笑顔のまま高いところから眺める景色を堪能しているようだった。
楽しそうに眼を輝やかせているルドを見て、カイルはひとつ頷く。
「よし、ルド。これからお前の指定席として俺の腕を提供しよう。ちっこいのに一日歩き通しっちゃキツイだろ」
「え、そんな、重い……」
「軽いっつったろ。ん、でも荷物はアレイクに頼むか」
困惑するルドを無視して小さな背から荷物を剥ぎ取り、半歩後ろのアレイクに押し付ける。
「ああ。ただし、腕が疲れる前に代われ。いざというときに剣を握れないのじゃ笑えん」
「了~解」
あっさり荷物を受け取っただけでなく交代要員を申し出るアレイクに、ルドは困惑顔をしていた。自分を抱えて歩くと言う二人を交互に見て、なんとかカイルの腕から降りようとする。
「あの、えっと? 僕、大丈夫ですよ?」
『いいから大人しく抱えられとけ』
「…………はい」
アレイクとカイルに同時に言われ、数歩先を歩いていたセインにまで黙って頷かれてはそれ以上の抵抗は無駄だ。ルドはしゅんとして返事をした。
その落ち込んだ様子に、アレイクが苦笑を零して声をかけた。
「ルド。足手まといって話じゃない。適材適所ってことだ」
「……はい?」
「お前は法術士だろう。有事の際に結界張ったり治癒したりが本分だし、法術を使うのには体力も消耗するから、温存しておくに越したことはない。俺やカイルは力仕事が本分で、平時には荷物持ちが妥当だ。――『荷物』ってのは言葉の綾だぞ」
アレイクの言葉に、ルドの中で一応の折り合いがついたのだろう、いつもの明るい笑みを返してきた。
「――はい。ありがとうございます。お言葉に甘えて、高い視界を楽しみます」
実に子供らしくない言葉でもって抱っこで運ばれることを了承したルドは、一日の大半を男二人の腕に代わる代わる乗せられて過ごすことになった。
最年少に代わって速度を決めるのは、次いで小柄なミシリーだが、うっかりお喋りに熱中して歩調が落ちると容赦なくセインに引き離されていく。
ルドの足に合わせる分には喋りっぱなしでもついて行けたし、セインもルドを置いては一定以上の距離を取らなかった。だが、そのルドが荷物宜しく抱えられ、しかも抱える男どもはその状態でも全力疾走できるとあっては引き離されたら追い付けなくなる。
――その後の数日でミシリーは、黙って歩く、ということを学んだ。
◆◆◆
そうしてやや静かになったセイン一行は、その都市に辿り着く。
都市の規模はおそらくゼフィーア王国の王都クラルテと同程度。高い外壁の向こうには、整然と立ち並ぶ建物と掃き清められた石畳の通り、そして何より目を引く白亜の巨大神殿がある。
大神殿は、一階建てあるいは二階建ての棟を渡り廊下で繋ぐことで、高さではなく広さで威容を誇る。東西南北にのみ半円の屋根を持つ高い塔を置いているが、華美な装飾は一切なく、ただただ白く煌めく荘厳なる建築物の群れである。
大陸全土の神殿を統べる最上位の神殿、最高位の法術士の統べる神殿。
――神聖都市エレアザル。
独立都市国家の体裁を持つこの都市では、外壁の門にて国境を越える際と同等の厳格な検問を受けなくてはならない。
セインは憂鬱な気分でその門を見上げ、一歩を踏み出した。




