03.待ちたるは悲喜交々の再会と
メルス王国に入りおよそ半月。途中進路を南に転じて徒歩の旅を続けるセインたちが、その日、午後まだ早い時間に足を踏み入れた町はこぢんまりとしていた。
この時間からでも次の街には日暮れまでに辿り着く距離だという。よって、本来この町は旅人に対して通過点として構えており、宿は食堂と酒場と雑貨屋を兼ねた一件のみというこぢんまりっぷりだった。
だが、次の街までの所要時間は大人の足での計算である。子供の足では日暮れまでに踏破できる距離ではない。
当然、セインたちは一件のみの宿へ足を向けた。
――――そして、そこに、彼らは居た。
◆◆◆
「よっ、別嬪さん。思ったよりお早いお着きで~」
入ってすぐが食堂になっている宿にセインが足を踏み入れた途端、入り口に近い卓子に居た男が声をかけてきた。妙に暢気な声の主は鮮やかな黄赤の髪と瞳の青年。隣の椅子には、杯を軽く上げている穏やかな微笑みの青年が居た。
「ここまで無事で何よりだ。セイン、ルド、久し振りだな」
それは紛うことなきゼフィーア王国軍の堅物班長ことアレイク・ダシルバで。
先に声をかけてきたのはゼフィーアで絶賛療養中の筈のカイル・オルヴァだった。
「…………は?」
セインから気の抜けた声が零れた。
「あー、兄さん方もきっちりここに来れたようで何より~」
ミシリーの軽い声が響く。
「…………え?」
再びセインが呆けた声を漏らす。
珍しく硬直して動かなくなっているセインを後目に、ミシリーは男二人が座る卓子へと寄って行き、空いていた椅子にさっさと腰掛けた。
その様に、セイン同様に硬直していたルドがようやく口を開いた。
「ええ、と? 班長さん、カイルさん? ミシリーさんと待ち合わせ、ですか?」
ルドの問いに、おう、と答えたのはカイルだった。にやりと笑ってルドを手招くと、ほてほてと寄って来たルドをひょいと抱え上げて自身の膝に座らせてしまう。
「追い付けて良かったぜー。ルドも元気そうだなー」
「は、あ……。カイルさんこそ、本当にお元気そうで……」
「まぁな~。とりあえず剣も振り回せるくらいにはなったぜ。アレイクにはまだ全然敵わないんだけどな。コイツ強すぎじゃねぇ? 俺の腕が落ちたとは思いたくねぇんだけど」
むう、と口元を歪めてしまうカイルに、ルドは体の力を抜いて笑った。
「班長さんは強いですよね。セインも一回も勝てなかったですもん」
「へえ。アレイクもセインは強いって褒めてたんだよ。あとで相手してくれよ、セイン」
いまだ立ったままのセインに眼を転じれば、弾かれたようにセインが顔を上げ、次いでようやく声を上げた。
「――何を馴染んでんだルド! なんで私らを見送った班長さんが先回りとか!」
叫んだセインに答えたのは、変わらぬ穏やかさで微笑むアレイクである。
「王都の転移陣を使わせていただいて、途中の神殿をいくつか経由してメルス王国王都サラスまで移動した。で、そこから徒歩でここまで。
サラスでなくエレアザルに出して貰って待つ方が早かったかな?」
「転移、陣……て、ことは、班長さんは任務か? カイルも連れて?」
転移陣は法術の大掛かりな術式のひとつである。
一方の部屋の扉を開けて、廊下を渡って他方の部屋の扉を開けて中に入るような感覚で、遠く離れた地を二つの扉で繋いだ空間を渡ることで長距離の移動を短時間に行うことが出来る。
転移陣は王城やそこそこの規模の神殿には必ず敷かれており、陣がある場所同士は任意で繋いで行き来することが可能である。
ただし、この陣を使用するにはその場の責任者――王城であれば王、神殿であればそこの神官長――の、許可が必要であり、こちら側の扉を開く力量を持つ法術士が必要になる。
許可はそう簡単には下りず、鍵となる法術士は相当に高位の者が求められる。
はっきり言って、個人が「ちょっと隣の国まで物見遊山」で使えるモノではない。
「半分任務、だな。残り半分は好奇心とか探究心とか?」
「班長さん……爽やかに半分出世を捨てた発言すんなよ……」
苦い顔になるセインとは対照的に笑うアレイクの傍らに、卓子に立てかけられた剣の柄が見えていた。その柄尻に通された手貫緒の色は茶色味を帯びた黄色。
セインがそれを見ているのに気付いて、アレイクは更に笑みを深めて言った。
「半分任務だから支給品の剣と手貫緒だよ、これは。班長職は一旦返上したから一兵卒扱いの桑色だけどな。ああ、だから『班長さん』でなく名前で呼んでくれ」
「――あぁあああ! マジでなにやってんだ、アレイク・ダシルバ! 莫迦かあんた、莫迦なのか!」
「まぁ、自分でも多分に阿呆だろうとは思うがなぁ」
「はいはい、セインさん落ち着いてー。兄さーん、部屋取ったぁ?」
喚くセインの肩を押さえて椅子に座らせながら、ミシリーがアレイクに声をかける。
問われたアレイクも気安く頷き返す。
「ああ、女部屋と男部屋で二部屋。ルドは女部屋でいいのか?」
「ルド君、あたしの添い寝とゴツイ兄さんの添い寝とどっち? セインさんは選択不可」
「アレイクさんでお願いします」
ルドは僅かの躊躇いも見せずに挙手までして言い切った。拒絶されたミシリーは、カイルに膝抱っこされたままのルドにガバリと迫って回答の撤回を求める。
「なぜに!! 何故に即答で男! どうして美少女の添い寝を拒否るか少年!」
「色々むずかしいお年頃なんですぅー」
言ってルドは頬を膨らませ唇を尖らせる。どう見てもお年頃というよりはちびっこ扱いが妥当に思われる有り様なのだが、本人は真剣に、心底、複雑な心境である。
「ははは。ルド、俺でもいいのかー?」
「カイルさんでもいいです。カイルさんの方がアレイクさんより細いですし」
一緒に寝るなら細身の相手の方が隙間は広い、と言外に臭わせるルドの様子にカイルは思わず噴き出した。
「確かにまだ肉が戻り切ってないから、ちょいと貧弱かな。っても、もともとアレイクほどの身体はなかったけど」
くつくつと笑うカイルの顔を見上げたルドが、ふとその右顎に眼を留めた。
「……傷、残っちゃいましたね」
既に傷口は塞がり瘡蓋も取れて完治している状態の小さな、しかし白く浮き上がり存在を主張する傷痕。
「んあ? ああ、顎のコレか。覚えてねぇけどセインに斬られた痕だって?」
カイルが顎に手を遣りつつ応え、ルドからセインに視線を転じるとセインが顔を顰めていて、その表情のまま、小さく「悪ィ」と呟いた。
「いや、俺覚えてねーから。気にされても困るわ。まぁ、女に付けられた傷なら男の栄誉ってことで」
「……うん?」
カイルのその言葉にはセインとルドが首を傾げ、ミシリーが「サイテー」と半眼になってカイルを睨んでいた。
首を傾げていたセインがその意味を理解したのはアレイクの入れた訂正で。
「……それは爪で背中なりに付けられた場合の話だろう……」
それはつまり、寝台の中での話で。
セインは思わずカイルに掴みかかる勢いで怒鳴りつけた。
「――――っざけんなぁ!」
「ははは、アレイク、子供がいるんだぞー」
「あは?」
「元の話を振ったのはあんただろうがっ」
「ちなみに歯形でもありだけどー」
「やかましい!」
再び喚きだしたセインが、アレイクに宥められて落ち着くまでには時間が少々かかり、その間、セインの怒声をのらりくらりと躱すカイルの膝に座らされたまま曖昧に笑っているしかなかったルドが、かなり疲れることになったのはまた別の話。
椅子に座り直したセインは、自分を宥めていた青年に目を向ける。視界の端に黄赤が入り込まないように、しっかり顔ごと身体ごと向き合って、状況の説明を求めた。
「で。班長さん改めアレイクさん? なんの用でここまで来たんだ。そもそもどうやって待ち伏せ――いや、ミシリーと連絡を取ってたんだ?」
アレイクも面白がっている表情を引っ込めて、真面目に説明を始めた。
「先に二つ目の質問から回答しようか。ミシリーがお前たちに同行することを、釈放する際の条件にしたんだ。
具体的には『裏』の情報網を使ってお前たちの安全を確保すること、同じく情報網経由でお前たちの動向を随時報告すること、俺たちの合流を調整すること、を条件に完全な放免と身分証の発行を提示して取引が成立した」
そこまで聞いて、セインがじっとりとした眼をミシリーに向けると、悪びれない笑顔が返された。
「利害の一致ってヤツで~。あたしは最初っから借金取りに行く気満々でしたし~」
言い切るミシリーに最早突っ込む気力の萎えて来ているセインである。
人間、諦めは肝心だ。
「で、一つ目の質問に関しては、半分は任務、と言っただろう。シルグルア王国の最高位貴族ユークリッド家当主、セイン・ユークリッド様の護衛がその任務になる。
シルグルアから護衛の派遣の話もあったそうだが、選定に時間がかかることと、何よりお前が了承しないだろうことをアルギウス様が進言されて流れたらしい。代わりに俺を使うことになった、と」
セインは頭を抱えつつ、療養中の筈のもう一人がここにいる理由も確認する。
「カイルは俺とミシリーを足して割ったような扱いだな。ミシリーと同じく『裏』の事情を知っている点と〈鬼〉の力量とを見込んで護衛に。対価としてゼフィーア王国発行の身分証と多少の資金が出されている。ああ、俺の任務にはカイルの監視も含まれる。
カイルの体調に関しては医師から問題なしと太鼓判貰っているから心配するな。
ちなみに、俺が護衛に指名されたのはお前たちの世話役をやっていたから馴染み易かろう、カイルはセインが負い目を感じているから拒絶し難かろう、と」
セインが聞いていたカイルへの対処については、知らされていない裏事情があったらしい。
恨みがましい声がセインの唇から洩れる。
「……ざけんな……」
「そう言い切ったのは師団長だ。文句はそっちへ頼む」
「あンの、おっさん……っ」
今更ながらに人が好いだけではないと主張してくる師団長のニヤリ笑顔を脳裏に浮かべて、振り回した代償がこれかとセインは頭を抱えたまま卓子に突っ伏した。
「見送りのときに『またな』って言っておいたじゃないか」byアレイク
セインたちはゼフィーア滞在中に
そこそこカイルと話をしているので多少は馴染んでいます。
一番カイルと馴染んでないのはミシリー。




