02.望むのは気楽なお喋り恋の花
神聖都市エレアザルは、大陸中央に位置するメルス王国の南東にある一都市にしてメルス王の威光の届かぬ、いわばひとつの国である。他国における『王』に当たる統治者は『大神官』と呼ばれる神官の長であり、政治の中枢機関が置かれる『王城』に代わる存在は『大神殿』である。
そして、この大陸に於いて、『神殿』と言えばエレアザルに連なるものである。
世界創造の神を唯一神とする大陸の信仰に、特に宗教としての名は無い。大陸の、少なくとも国に管理される人里にある神殿はすべて唯一神の信仰の場であり、立地に応じて「どこそこの神殿」と呼ぶだけで事足りる。
極論すれば、『神殿』、あるいは『エレアザル』が宗教の名であり得るだろうか。
その『神殿』の担う役割は大別して二つ。
第一の役割は言わずもがな、信仰の担い手であるが、積極的に布教を行う訳ではない。
大陸の民は誰もが唯一神の存在を知り、神殿の存在を知っている。理由の一端は幼少期からその存在に触れ続けることが挙げられる。
エレアザル大神殿を頂点とする神殿は大陸全土をほぼ網羅する。大陸各国では国立の孤児院や幼児学舎を設立し、その管理人や教師として神殿からの人員派遣を要請する。よって幼少期より神殿に――神殿に仕える神官に――慣れ親しむことになるからだ。
第二の役割は法術士の育成である。
神殿に連なる神官は大きく下位神官と上位神官とに分けられる。
前者は天恵たる法力を持たず、よって奇跡の業を行うことはできない。彼らは実務を負う者として各地の神殿に配属され、礼拝者の対応や冠婚葬祭の取り仕切りなどの神殿の日常を支える。また、多くはそこから近隣の孤児院や幼児学舎へ派遣される。
対して後者の上位神官は法力を持ち、しかるべき修行を終えた『法術士』を指す。
法術士は各地の神殿の長に任命され或いはその補佐として配属され、下位神官たちを管理監督し必要に応じて奇跡の業を振るう――民に知られているのは治癒術程度だが、実際には各神殿に敷かれている術式の維持稼働が重要任務として存在する。
そうして任された神殿の統括地域内の民から、法力を持つ子供たちを発掘し、修行を施し次代の法術士として育てる。修業は基本的に各地の神殿で行われるが、特に有望な子供がいればエレアザルへと送り、より高度な法術を学ばせる。
修行を終えた者たちは神殿を管理する上位神官となって各地へと散り、再び有望な子供を探すのである。
すべての法術士は神殿での修業を経て世に出る。
では、そもそも『法術士』とはいかなる力を持ち役割を担う者か。
◆◆◆
セインが法術士の解説に入ろうとしたところでミシリーがその先を制した。
「…………ぅう、待ってくださ~い……」
「……早すぎるか?」
「いや、もう、なんていうか……セインさんの美声をたっぷり堪能させて貰えたのは嬉しいんですけど……」
煙を上げそうになっている頭を抱えて呻くミシリーを、セインは無表情に見遣る。
進路を南に転じて徒歩数日。この日は夕方早めに宿を確保した。
早々に食事も済ませて、部屋で人心地ついたところでミシリーがセインに訊いたのだ、「エレアザルってどんなとこですか?」と。
その問いに、セインは少し考えてから、先の内容をとっくりと語ったのだが。
「セイン、ミシリーさんはたぶん街の雰囲気とかを聞きたかったんであって、別にエレアザルとか神殿とかの存在意義その他を聞きたいんじゃないと思うよ……」
隣り合わせの寝台にそれぞれ腰掛けているミシリーとセインの間、寝台の隙間の床に座り込んで荷物をいじっていたルドは、頭上で交わされる会話に苦笑しつつ突っ込んだ。
「そう! そうだよルド君、その通りなんだよぉう! あたしが聞きたかったのは観光案内的な軽いモノであって、重苦しい歴史的考察ではないのですよ、セインさん!!」
「そりゃ悪かった。昔、ルドに同じ話をしたときは割とすんなり理解していたから」
しれっとしたセインの言葉に、喚いていたミシリーはぴたりと口を閉じた。
そして自分の足元、床に座り込んでいる小さな姿を見下ろす。
「………………ルド君のばーか」
「ええ!? 八つ当たりですか!」
「八つ当たり上等! ルド君、子供になりなさい!」
ビシィ! とルドに指を突き付けてミシリーが言い放つ。あまりの理不尽に、大概のことは笑って流すルドも噛み付いた。
「意味わかりません! 僕はまだ大人じゃないですから!」
「子供らしくないのよぉ! こんなに可愛らしい顔でっ、こんなに愛らしい姿でぇえ!」
「へにゃ顔もちっこい体も、セイン程じゃないけど捻くれた性格も丸ごとで僕なんですっ」
「……しれっと人を貶めるな、ルド」
「セインさんっ、あなたの教育の賜物ですかこの子供らしくない子供はっ」
ミシリーがルドを見ていた視線を上げ、悲哀の籠った眼でセインに迫る。
その気迫にやや押されながらも、セインは肩を竦めて諦め顔で応じた。
「更に私を巻き込むな。ルドは最初っからこんなヤツだよ」
「セイン、逃げないで投げないで一緒にお説教されようよ」
「お説教チガウ、教育的指導です、情操教育的なモノです」
「僕子供だから違いが分かりませーん、おやすみなさーい」
「放棄して布団に潜り込むな。そして壁側は私だ、空けろ」
「たまには女の子だけの内緒話でもすればいいと思うよ~」
床に広げていた荷物を雑にまとめて、ルドがセインの腰かけている寝台に上がる。そのままセインの背中側に回って横になり掛布を頭から被ると、セインの非難も聞かずに目を閉じた。ものすごく投げやりな一言を残して、あっという間に眠りに落ちて行く。
いつになくミシリーに噛み付いたのは単に眠気の限界だっただけなのかもしれない。
安定した寝息を立て始めたルドを眺め、セインは唸った。
――女の子の内緒話?
「……なにを話せと」
「やっぱ恋バナかと」
「無理。経験がない」
「…………いや、セインさん。それはそれでどうなのか」
現在十七、来月には十八になるお年頃の娘だと言うのにそれでいいのか。
現在十五のミシリーが責めるように言い募る。
「こんな生活で発生するわけないだろ、ンなもん」
「出会いは豊富にあるんじゃないの? ほら、ゼフィーアの生真面目兄さんとか、結構親しげじゃなかったですか」
「班長さんは保護者。年も離れてるだろ」
「今年二十三って話だったから、割といいとこ行ってません?」
投獄中に雑談として聞いた年齢はセインと五つ差だ、釣り合いは悪くない。セインが軽いノリの話に乗って来たのに気を良くしたらしいミシリーが食い下がる。だが、セインはミシリーの言葉にやや外れた反応を示した。
「……班長さん、若いんだな」
「セインさん、まさかあの兄さんを三十路と思ったとか」
アレイクを擁護する義理はないが、さすがに十も上に見られたのなら可哀相だと、ミシリーの口調がやや責めるものになる。
セインは気まずげに視線を彷徨わせて言葉を濁した。
「いや、さすがに……まあ、二十後半かなぁとか……」
言ってアレイクの姿を思い出す。焦げ茶色の短髪と茶斑の入った緑の瞳を持ち、がっしりした体躯と精悍な顔付きの青年。常にはこれぞ兵士という堅物な雰囲気を纏うものの、表情を緩めれば人の好さが滲む。
外見から判断するなら、二十代前半というのはそのままだ。決して老け顔という訳ではなく年齢相応の顔立ちだろう。
ただ、セインの中でアレイクは『やたらと度量の広い、落ち着いた大人』だ。
突然、城門に押しかけて入城を迫る子供たちを真面目に取り扱った上に正規の許可の手続きをしてくれたり、犯してきたいくつもの違反を追求しないでくれたり、隣国の高位貴族という素性が判明しても態度を変えずただの子供扱いのままだったり。
――生真面目なのか、おおらかなのか。
そうして散々に振り回したというのに、王都を発つときには一人見送りに来てくれた。
返せるものは何もないが、おそらくこの先、忘れることの無い出会い。
セインは一応、話の雰囲気を壊さないようアレイクを検討の対象にしてみた。
が。
「――年のことを置いても、『いい人』にしかならないような」
お互いに剣を打ち合ってその技量を認め合う光景は思い浮かべられるが、静かに寄り添ってお茶をしている様子はしっくりこなかった。
セインの回答に、ミシリーは納得したように数回頷いた。
「確かに、あの兄さんは『保護者』って言葉がピッタリですもんね。対象外かぁ」
言ってミシリーは表情を改めた。面白がる様子を引っ込めて、真面目な顔でセインの方に向き直る。
「……ちなみにセインさん、下はどの辺までイケます?」
「下?」
一瞬、意味が解らず、セインはミシリーの言葉を繰り返した。目を見返そうとすればミシリーの視線は自分のやや後方に向けられていて――追えば、眠っている小さな背中。
「ルド君を育てて婿にするつもり、とか」
「…………ミシリーはありなのか、それ」
セインには予想外の話の飛び方だった。思わずその真意を問うと、ミシリーはへらりと笑って見せた。
「あ、セインさん的にはナシなんですね。
そーですねー、ルド君ほど離れてるとちょっと、ですけど。ニ、三コ下までならアリですかねー。ほら、五年後くらいにはおいしい感じになりそうな?」
「……覚えておく」
「んん? あれ、セインさん? なんで急に御機嫌ナナメ!?」
突然低くなったセインの声に、さっきまでの軽い雰囲気を収められないミシリーが首を傾げた。
だが、セインはこの話はここまでと羽織っていた外套を取り、掛布の上に重ねてその下に潜り込む。
「寝る。おやすみ」
「ええ! ちょ、セインさん、あたしの何がセインさんの御機嫌に障りましたかっ」
「うっさい、寝ろ」
「セインさぁ~ん」
ミシリーの悲哀に満ちた呼び掛けにも答えず、セインはルドを抱き込むように丸くなって眠ってしまった。
タイトル負けです。恋バナにはならない…(泣)




